「力が、血が足りぬ!!」
怪物は、そう言って私たちに襲い掛かった。
紅い双眸を怒りに燃え上がらせながら、影とも夜闇とも言えない“黒”を揺らめかせて立ち塞がる彼に、私は何もできなかった。
当たり前だ、私は何の力も持たない単なる“留学生”なのだから。
フランスはパリに門を構えるとある学院に在学する私は、長期留学として来日、先週よりこの町の高等学校へと通っていた。
本国にて在籍している学院が“教会”を母体としていることもあり、こちらの学校も当然、“教会の管理下”にある学校が選ばれた。
目的は一応、近年、信徒を増やしつつあり教会への理解が進む日本独自の“教会”の歴史を学ぶというもの。
……しかし、私個人としては日本で長らく親しまれている“サブカルチャー”を堪能したいというのが本音であった。
なので、留学枠を積極的に狙いに行き、見事選ばれてからは必死に日本語の勉強をして来日に際しては日常会話を無難にこなせるまでになった。もともと、“アニメ”で覚えていたのも大きい。
日本の礼儀作法、常識も学んで準備万端で日本を訪れた私だが、初日は柄にもなく緊張の連続だった。
会話はこなせると言っても、やはり異文化の根付く地、加えて己の容姿が日本国内において目立つ生粋の西洋人であることもあり、空港を出てからは行く先々で周囲の注目を浴びた。
それはもちろん留学先の学校に到着してからも、特に所属するクラスでの自己紹介に際しては男女両方から好奇の視線を注がれ、質問責めにされてしまい軽くパニックに陥ったほどだ。
だが、幸いというか私がお世話になるクラスは皆穏やかな気質の人ばかりで暖かく迎えてくれたのは感謝に堪えない。
……後から聞いた話だが、このクラスというよりもこの町そのものが“温厚”な性質にあり、曰く片田舎特有ののんびり感があるのだとか。
その話をしてくれたクラスメイトとは“サブカルチャー”を通じても仲良くなった。未だ慣れない私の緊張を和らげるように常にこちらを気にかけてくれる彼女と、趣味においても通じ合えたのは素直に嬉しかった。
たぶん、今回の留学における一番大切な思い出になると思う。
そんな彼女と、語り合ううちに盛り上がってしまい、その騒ぎを聞きつけた他の“オタク友達”とも仲良くなり、週末には近所の“サブカルチャー専門店”へと出かけるというイベントも待っていた。
楽しい。
当初の不安など払拭するように、人の“善性”に助けられた私は留学を心底楽しんでいた。……無論、勉学にも励んでいる。本気で遊びに来ているつもりは私とてないのだ。
とはいえ、今回は長期留学。時間はまだまだたっぷりとある。これを勝ち取るために私だって努力した。
ならば少しくらい、遊びに耽っても、主だってお許しくださるはずだ。
ーーそんな考えが、この結果を招いたのだろうか?
いつものように友人たちと談笑しながら帰宅する夕暮れ時。その日の授業の内容や課題の進捗、今週末の予定などを語り合う最中。
突如として、傍の友人が奇妙な呻き声を出した。
彼女の方へと顔を向けた私はーー
じゅる、ぐじゅ、ぴちゃ。
不快な水音を発しながら、友人の首筋に喰らいつく“怪物”を目撃した。
一瞬の静寂、数秒してから誰かが悲鳴を上げた。
それに反応して、ようやく首元から口を退けた怪物は不満そうに喉を鳴らした。
「足りぬ、足りぬ……この程度では、奴らに削ぎ落とされた力を補填するには到底、及ばない。
我だけでは足りない。
もっと、“集めさせ”ねば」
死人のような青白い肌、真っ赤な瞳、ボタボタと口元から溢れる鮮血。なにより鋭く尖った二つの牙。
ーー吸血鬼。
自然と、そう認識した。
一人の信徒ではあるが私とて現代社会の出身だ、まさか吸血鬼が実在するなどとはカケラも信じていなかった。
だが、目の前の怪物はどうだ?
一眼見ただけで分かる、アレは本物だ。
ーーそこからの記憶は曖昧で、パニックに陥った私たちを次々に襲い、吸血することで友人たちは軒並み昏倒してしまった。
しかし、私に襲い掛からんとしたその時、怪物はピタリと止まり興味深そうに私を見つめてきた。
「……珍しいな。この魔力量、“純度”、そして……ああ、処女か」
嘲笑うかのような視線と共に放たれた最後の一言に、私はゾクリと鳥肌を立てた。
羞恥と、このような怪物に自らの恥部を嘲られた屈辱が頬を熱くさせる。
そんな私へ、徐に手をかざした怪物は、短く呪文のような言葉を呟き、直後には私の意識は闇に落ちた。
そうして、目が覚めてみれば私は、いや、私たちは薄暗い石造りの牢屋に閉じ込められていた。
足枷を嵌められた私の周囲には、同じ状態の友人達が転がる。しかしその様子はとても普通ではなかった。
首元にくっきりと残る噛み跡は、紅い輝きを放ち、応じて彼女たちは苦しそうな呻き声を上げてもがく。
咄嗟に彼女たちを介抱しようと試みるも、持ち物も没収された状態で何ができるわけもなく。せめて、と彼女たちを宥め落ち着かせようと行動するより他になかった。
そんな私たちには目もくれず、鉄格子の外でなにやら作業に没頭する怪物。
ぶつぶつ、と意味不明な言葉を呟きながら奇怪な道具を振るう姿はそれだけで不気味で。
なによりこの状況そのものが常軌を逸していて、私は自らの精神が急速に削られていくのを自覚した。
「ああ……主よ」
それから丸一日。
友人たちは苦しむばかりで、怪物も作業に没頭したまま。しかしいつそれを終えて、再びあの恐ろしい牙を自分たちに向けてくるとも限らない。衰弱しつつある友人たちが、再び吸血された時、どうなるか……。
そしてなにより、なぜか、わたしには噛み跡が無かったが次はどうか分からない。
こんな状況で、友人たちより自らの命ばかり気にする自分が嫌になった。
薄暗い部屋の中には、怪物の唸るような声と、絶えず響く彼女たちの呻き声が反響する。
もはや、私には祈りを捧げることしかできない。
私をーー
「いや、違う」
私だけ助かっても意味がない、それは私自身が耐えられないと私が一番分かっている。
……だって、不安に震える私に今日まで暖かく接してくれた彼女たちを見捨てるなんて。
私には、できない。
恐怖がないわけではない、私だって自分の命が惜しい。所詮はその程度の小さい人間だから。
でもーー
私がこれまで信じてきた“教え”を心の支えにしたなら、ほんの少し、私でも、彼女たちのために勇気を振り絞ることができる。
だからーー
「主よ……彼女たちを、どうかーー」
ーーその時だった。
不意に、重苦しい音を立てて開かれる扉。
その向こうから現れた年若い男女。
コートを羽織った男の方が、一度だけこちらへと視線を向けすぐに傍の少女に向き直った。
「……ふっ、今回は俺の命令に従ってもらうぞ」
「くっ……こうなれば最早何も言いますまい。私はこれまで通り主殿の安全を優先して動きますので」
軽口を叩くように緊張感のないやり取りを続ける二人。
それに気付いた怪物が、ゆっくりと彼らに視線を向けた。
「おお……狂信者どもめ! 我が研鑽、我が叡智を簒奪するに飽き足らず。我が財産すら奪おうというか!
おお……おおっ! 許さぬ、おお……神よ!」
人間の言葉を使いながら、しかし意思疎通がまるで不可能な支離滅裂な言動を繰り返す怪物。
私にはこれまでの何よりも怖い“悪魔”にしか見えない怪物を、しかし彼らは強い意志の籠もった瞳で、正面から見つめ返していた。
「せいっ!」
「小賢しい!!」
相手を撹乱するような動きで刀を振るうウシワカ、その素早い太刀筋に器用にも反応して両手にある鋭い爪で迎撃するヴァンパイア。
迎撃の僅かな隙を突いて銃撃を加える俺。
しかしそれすらも奴は爪で叩き落とす。
「なんだ、結構やるじゃないか」
呟きながらリロードを済ませる。
事前にいくらかの情報は得ていたが、奴の戦闘能力に関しては一切教えてもらえなかった。しかし、アシヌスがメシアンという推測から、こいつがメシアンの襲撃を“生き残った”ことは、予想していた。
なら、これくらいは強いか。
どうやってこいつを仕留めるか考えながらも発砲。破魔属性の弾丸を連続して奴に浴びせる。
大半が叩き落とされるも、ウシワカによる猛攻から生じた隙によって二発ほどが腹部にめり込んだ。
「がぁっ!? 小癪な!!」
苦しそうに顔を歪ませる様子から、どうやら効いているらしい。
「そこだ!」
銃撃によってその防御態勢も崩れた、ここぞとばかりに叩き込まれるウシワカの斬撃は奴の身体に傷を増やす。
それに遅れないように俺も発砲するが、正直な話、ウシワカ一人でどうにかできる相手に思える。
念のために“スクカジャ”と“ラクカジャ”を掛けてみたが、その必要すらなかったかもしれない。
縦横無尽に動き回りながら、都度、あらゆる方向から叩き込まれる斬撃。奴の反応速度では追いつけていなかった。
だが、追い詰められた頃になって奴の魔力が高まるのを感知した。
「悪鬼、必衰!!」
それはちょうど、ウシワカが奴の腹部に鋭い横薙ぎを仕掛けるところであった。
神速で放たれる斬撃、それもこれまでよりも鋭い一撃だ。
吸い込まれるようにして腹部に迫った斬撃はしかし、宙を斬る。
「なっ!」
奴はその身体を黒い霧のようにして攻撃を逃れたのだ。
「万全とは行かぬが……ここでやられるつもりもない!!」
やがて全身を霧と化したヴァンパイアは、そのままウシワカの背後へとふわりと移動する。
「っ、これしき!」
対し、異常な俊敏性を誇るウシワカは即座に反応して刀を振るう。
がーー
「ぐっ!」
またも攻撃は虚空を通り過ぎ、なおかつ、彼女の背後に伸ばされた霧から打撃のようなものをもらってしまった。
「霧に化けるか、それ自体はヴァンパイアの基本能力だが」
それだけじゃない、と俺の勘が言っている。
試しにこちらも銃弾を何発か放ってみる。
本来なら、破魔属性を付与された弾丸ならば霧化したヴァンパイアであってもダメージを与えることができる。
だが、放たれた銃弾は奴を通り過ぎて石壁に突き刺さった。
やはり、当たらないか。となるとーー
「グオォォォ!!」
「あいたっ!?」
考える間にもウシワカを翻弄しながら蠢く黒霧。持ち前の俊敏性で回避しているもののその体にはじわじわと傷が刻まれ始めていた。
「おのれ……!」
ビキリ、と青筋を浮かべるウシワカ。
対して霧と化したヴァンパイアは、理性を失ったかのように闇雲に攻撃を繰り出すばかりだ。
そうして暴走状態にいてくれるのはこちらとしても助かる。存分に奴の能力を考察できるからな。
一応、傷が目立ち始めたウシワカには“
「感謝します!」
ヴァンパイアを睨みながらも、律儀にお礼を述べてくるウシワカに手を挙げて応じる。
しかし、どうしたものか。
当初、奴は能力を使わずに戦いを挑んできた。理性が失われている状態で単に忘れていた可能性もあるが。
それでも、仮に出し渋っていたとするなら。
もしかしたらあの特殊な霧化は長持ちしないのかもしれない。
……推測でしかないが、黒霧を使うと大量の魔力ないしMAGを消費するとか。
「希望的観測だな」
戦場ではあまり楽観視するべきじゃない、それでやられるサマナーも多いのだから。慢心ダメ、絶対。
「或いは、魔術」
屋敷でのループ魔術、この部屋が“工房”となっていること、しばらく出し渋っていたことなどを鑑みるにそれが一番可能性が高い。
「……ほれ」
試しにハマストーンを放り投げてみるも、放たれた“破魔属性の魔法”はやはり通り抜けてしまう。
だが、それはおかしい。
先程の弾丸は物理的干渉故に透化してしまうのも容易に理解できる。しかしハマストーンによる一撃は魔法である。
マカラカーン等で防ぐならともかく、すり抜けるのはおかしい。そんなことができるのは“神”だけである。
やはり、魔術か。
「とはいえ、そこまでの力がある魔術師ないしヴァンパイアにも見えないが」
COMPのデビルスコープによって解析したデータでも、それだけの大魔術を使える力は計測できなかった。よくて中の下といった実力のヴァンパイアである。
ならば、この特殊な魔術を制御する何らかの“からくり”があると推測する。
何かめぼしいものはないかと部屋を見回してみる。
「……あれ、か?」
そうして発見するのは、“僅かな魔力が漏れ出る場所”。しかし一見して特徴も何もないただの床である。
そこで俺は魔力探知に特化した魔術を使用した。
本来、俺は探知系や他作業系の魔術は専門外なので、単なる魔力探知であっても集中して使用しなければならない。
今はウシワカが奴を押さえ込んでくれているので安心して使用できる。
しばらく術を通して部屋を見回してみると、幾つかの“魔法陣”が隠されていることが分かった。
軽く見たところ、偽装魔術は聖母像にかけられていたものと同じ術式である。
「なるほどな」
言いつつ、見つけた魔法陣に銃弾を叩き込んでいく。
破魔の力を宿した弾丸は、偽装のために魔力だけで編まれていた術式を容易く粉砕する。
「がっ!?」
次々と破壊するたび、ヴァンパイアが声を上げて反応する。やがてその身体も霧から元の肉体へと変化していく。
全ての魔法陣を破壊したところで、奴は四肢持つ肉体へと完全に戻っていた。
「お、おのれ人間!!」
怨めしげに睨む奴に歩み寄りながら俺は嘲る。
「随分と杜撰な作りだ。『協会』でもさぞ落ちこぼれだったのだろうな。なるほど、それで極東の田舎町に逃げ出したか」
別に弱った相手を甚振る趣味があるわけじゃない。
奴は怒りで理性を失った状態にある、なのでそのうちに情報を吐き出させようという考えだ。
なにせ、手元には居場所と簡単な来日の経緯しか情報がないのだから。
単なるヴァンパイアならどうでもいいが、元魔術師となると話は変わってくる。先の牢屋に囚われた“一般人”、そしてアシヌスが提供した“この町で連続する失踪事件”を鑑みるに、こいつは“秘匿を厳とする協会の意に背いている”。
そして、本来なら不正を働いた魔術師の処理は『協会』が担当するはずなのだから。
「っ、知った風な口を……! 私は私の崇高なる研究のために自ら離反したのだ、断じて奴らに排斥されたわけではない」
ビンゴだ。
やはり、協会から離反していた。
「研究?」
「そうだ、“時と空間を操る術”。これを制御すれば、私は時間の概念に囚われることなく『真理』を目指すことができる。
貴様らも自らの身をもって味わった筈だ。我が施した空間を歪ませる術式を」
それは屋敷に張ってあったしょーもないループ魔術のことか。
確かに初見だと戸惑うかもしれないが、生憎とこちらもサマナー歴はそれなりに長いし場数も踏んでいる。ループ空間など経験済みだし対処法も一通り頭に入っている。
とはいえ、面白いようにペラペラと喋ってくれる。このまま吐き出せるだけ吐き出してもらいたいが。
「まあ、“夏休みの工作”としては合格点じゃないか?」
「き、貴様ぁ!?」
驚愕からの激昂。よほど腹に据えかねたらしく奴は身体をぷるぷると震わせながらビキビキと青筋を何本も浮かべている。
しかし返す言葉が無いのか悔しそうな表情をするばかり。
おっさんの“ぐぬ顔”とか嬉しくない。
どうもこれ以上の情報は出てこないと見た。
「つまり、いつもの“小物”か」
「っ、ほざけ青二才が!!」
怒りが頂点に達したヴァンパイアは叫び、自らの身体から赤黒いオーラないし魔力を放ち始めた。
応じて肉体が、肉音を響かせながら膨張し、或いは変形し。やがて悪魔のような姿に変貌した。
「もう手加減は無しだ。お前らは全力で殺す!!
そしてその肉体を散々に辱めてくれるわ!」
「ボキャブラリーに乏しいヤツだ。
ウシワカ、俺も全力で加勢する。アタックはお前に一任するぞ」
「お任せを!」
短い言葉でウシワカは的確に理解してくれる。ここ数日の戦闘でお互いの理解を深めた成果である。
「死ねっ!」
刃のように変形し爪と一体化した両手を振るい奴が襲いかかる。
俺たちは左右に飛び退くことで初撃を逃れた。
続けて隙を与えず瞬時に態勢を整えて奴に肉薄、斬撃の応酬を浴びせた。
「ちっ!」
二方向からの猛攻に怯んだ奴だが、すぐに爪を振るって距離を取ろうとする。
ウシワカは持ち前の俊敏性で難なく躱し切り、俺は即座に距離を取った。
そしてタイマンで奴を抑えるウシワカを尻目に、納刀し拳銃へと持ち替えた。
破魔弾による銃撃、おまけとばかりに放り投げたハマストーンと施餓鬼米。
「ぐがっ!?」
弾丸は爪で防がれたが、続けて放たれた破魔系魔法には対処し切れずに直撃。左腕を肩ごと消し飛ばした。
「往生際の悪い」
悪態を吐きつつ、再び銃撃。ウシワカの援護に徹する。
結局のところ俺たちが辿り着いた戦術は、前衛をウシワカに任せて俺は後衛、タイミングを見て前衛に加わるスタイルとなった。
そもそもウシワカは先陣切って敵にぶつかる戦い方を一番得意としており、対して俺は“そもそも前衛を務めるのは怖い”ので妥協案で両方を行き来することになった。
……無論だが、ウシワカに“前衛が怖い”ことは伝えていない。基本的に忠実な彼女だが、どのタイミングで“反逆”してしまうか分からない。あの武士然とした彼女の価値観に反する言動は極力慎まれるべきであるとの判断である。
銃撃の合間にはウシワカ目掛けて“補助魔法”を使う。
よく使うのは、マカカジャを除いたカジャ系三種として登録してある術式である。ただ、消費魔力をケチっているために効力は本来の術式には及んでいない。なので頻繁にかけ直す必要があるが、反面、僅かな時間で変幻自在に能力を変えることで相手を翻弄することが可能となっている。
このカジャ系に加えて“
“
……しかし、当然ながらこんな戦い方は術を操る本人にしかできない芸当であり、これまでは俺だけしか満足に扱えない戦術だった。
だからこそ、この数日間ひたすらに討伐依頼を受けウシワカにこのスタイルを教え込んでいたのだ。
「正直、できるようになるとは思ってなかったけど」
ウシワカが悪いわけじゃなく、単純に、俺が俺のために編み出した我流の戦術だからである。俺のように素が弱いならともかく、ウシワカは基本スペックは高いのだ。ともすれば、彼女の強みを潰してしまう可能性すらあった。
だが、彼女は持ち前の“天才肌”でわずか数日でモノにするまでになった。或いは俺よりも十全に戦術を活用できているかもしれない。
元々高い能力を誇る彼女がさらに能力アップを施され、尚且つ、能力増減を自在に操る戦いを覚えたなら。
もはや無敵だろう。
「とはいえ、補助魔法を掛けるのはあくまで俺だからな。ちゃんとタイミングを測ってやらないと」
自分で言うのもなんだが、そこらへんに関してはベテランとして任せてもらって構わない。なにせこのスタイルでずっと戦ってきたのだから、どこでどの魔法をかけるべきかは骨身に染み付いている。
数分の攻防の末、もはや虫の息となったヴァンパイアに対して、ウシワカは傷らしき傷もなく澄ました顔で刀を向けていた。
「ごっ……がっ……にん、げん……!!」
ズタズタに斬り刻まれ、自己修復すら追いついていないヴァンパイアは身体中から血を撒き散らしながら声を発していた。
……今更気付いたが、どうやら奴はメシアンの攻撃によって“癒えない傷”を負わされていたようだ。
奴の身体をよく見てみると、自己修復しようと傷の周りが蠢くものの痙攣したように震えるだけで修復がなされていない。
メシアンがよく使う手だ。
自己修復能力を持つ吸血鬼やその他、驚異的生命力を持つ悪魔に対して“聖なる力”を用いて治癒不可の“呪い”を刻むのだ。
厳密には、“唯一なる主の力によって世界の理を叩きつける”らしいが。結果は同じこと。
肩で息をしながら膝をつくヴァンパイアに、俺は警戒しながらも近づき刀を構えた。
「ごぼっ……私は……時空の秘密をーー」
その首目掛けて横薙ぎにし、綺麗に首を跳ねた。
衝撃で宙を舞った頭部は近くの床に落下しコロコロと転がって、静止する。
遅れて、頭部を失った肉体がゆっくりと床に倒れ込んだ。
首の切断面からは真っ赤な血がドクドクと流れ出ている。
「お仕事終了っと」
刀を振るってから、ゆっくりと納刀する。
「ふむ……この“戦い方”にも大体慣れてきました」
「ああ、側から見ても分かったよ。というか、本来ならこんな戦い方しなくてもお前は十分強いんだけどな」
「天才ですから!」
えへん、と言わんばかりにドヤ顔するウシワカ。その反応にも慣れた俺である。
とりあえず“いつものように”その頭を撫でることで褒美とする。
「えへへ」
力が抜けるようなふにゃふにゃの笑顔を見せるウシワカに、こちらも自然と笑みを浮かべてしまう。
しばらくなでなでタイムを堪能した俺たちは、牢屋に赴き鉄格子を斬撃にてバラバラにした。
「きゃあっ!」
「おっと、大丈夫か、お嬢ちゃん」
さっき見た限りだと牢屋内にはぐったりとした女性しか見当たらなかったので何の気なしに刀を振るってしまったが。どうやら意識を保っている子もいたらしく、鉄格子が崩れると共に可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。
咄嗟に近づくと、薄闇の中でも一際目立つ綺麗な金髪と青々とした碧眼が視界に入ってきた。
その足首には金属で出来た足枷みたいなのが嵌められている。
とりあえず、刀でそれを断ち切る。
「大丈夫かい、“あーゆーおーけー?”」
ちなみに英語は苦手である。いや、魔術とかはちゃんと唱えられるけど! 日常会話が無理なだけだ!
「あ、あの……ぅ……」
ガタガタと震えながらも、なんとか言葉を発しようとする少女。
「大丈夫、大丈夫。無理に話さなくていいよ、とりあえず落ち着こうか」
はい深呼吸ー、と努めて穏やかな声で語りかけると、彼女はゆっくりと深呼吸を開始した。
しばらくして、なんとか会話できるまでになった彼女は開口一番にこう発した。
「あの、彼女たちを! どうか、助けてください!」
「え?」
予想外の言葉に暫し思考停止した。
すぐに思考を再開するもやはり彼女の言葉は意味がわからない。普通、こういう状況では自分の身を最優先するのではないだろうか。
しかし別に彼女以外を助けないつもりはないので素直に従う。従うのだが……
「……」
床に倒れている三人の女の子。いずれも黒髪の日本人顔であることからこの町で誘拐された被害者と判断できる。
そうなると金髪碧眼の彼女が異質だが、全員が同じ制服を着ていることから少なくとも“知り合い”であるのは確かなのだろうと考えた。
「あの、ど、どうでしょうか?」
焦るように問いかけてくる彼女に、しかし、すぐに答えることができない。
軽く見ただけだが、この三人はだいぶ吸血鬼化が進行している。おそらくは多量の血液を吸われた上に治療もできないまま長時間経ってしまったのだろう。
ーー本来、吸血鬼化は眷属化と同義である。それは吸血を行った存在が存命なうちに吸血鬼となることで自然と紐付けされて眷属と扱われるからだ。
しかし、稀にこうして眷属化しないうちに“親”が死滅してしまい放置される者がいる。
彼らがどうなるかと言えば、無論のこと“野良吸血鬼”となるほかない。
「……残念だが、彼女たちを救うことはできない」
「っ!!!! そんな……」
俺の言葉にビクリと反応した彼女は、力なくへたり込み俯いてしまった。
出来れば明言を避けてさっさと救出、ないし“三人の始末”を終えたかったが。
第一声から彼女たちを気にかけていた彼女は納得しないと判断した。
彼女はきちんと説明するまで絶対にここを動かない、そんな雰囲気、覇気すら感じ取れたのだ。
意を決した俺は、ウシワカに声をかける。
「ウシワカ、彼女に説明と……説得を行う。お前は先行して退路の確保をしておいてくれ」
「それは…………いえ、承知しました。ですが、くれぐれも“無茶”はなさらないでください」
「ああ」
俺の返答を受け、ペコリと頭を下げた彼女はすぐに部屋を出て行った。……あれだけの言葉で彼女はこちらの意図を察してくれたのだろう。
いつもなら食い下がる彼女だが、頑固なのは彼女だけではない、と理解してくれているのだろう。
或いは、“似ているから彼女が召喚されたのか”。
何はともあれ、これは俺が付けるべきケジメなので何としてもウシワカには出て行ってもらうつもりだった。
「お嬢さん、この娘たちはもはや助けられない」
「っ、ど、どうしてですか!?」
叫びながらもその声にこちらを責めるような雰囲気は感じ取れなかった。むしろ、己に向けて叫んでいるように感じた。
「君も聞いたことがあるかもしれないが、吸血鬼に噛まれるとね、いや、“意図して”噛まれてしまうとその人も吸血鬼にされちゃうんだ。
直後であれば治癒法もあるにはあるんだが……ここまで時間が経って、吸血鬼化が進行してしまうと、どうしようも無い」
かつて、俺も見たことがある。
その時はまだ覚悟も足りずに殺すことができず、結果として“理性のない下等な吸血鬼”へと変貌してしまい“怪物として処理することになった”。
それは、少なくとも俺は、とても残酷なことだと思った。
「だから、今のうちに死なせてやる」
「でも……! だからって……!!」
ポロポロと涙をこぼしながら、嗚咽混じりに声を出す。
……やはり、いつ見ても胸糞悪い情景だ。
今更、彼女たちを救えない、などと驕るほどの気概もないがやるせない気持ちにはなる。
なので、彼女からは視線を外して無言で床に倒れている少女たちを外に運び始めた。流石に牢屋内は狭すぎて“刀を振るう”には適していないからだ。
案の定、彼女は追い縋るように俺に駆け寄ってきた。
「待って! お願い、お願いだから。殺さないで!!」
「っ!」
その言葉に、僅かだが心が揺らぐ。
しかしだからといってどうすることもできない。
ーーその葛藤のおかげだろうか。
視線を泳がせた先で、偶然にも、彼女に襲い掛かろうとするヴァンパイアの姿を見つけることができたのは。
「っ!!!!」
もはや、奴と彼女の距離は1mもなかった。加えて背後。
銃では遅い、刀では彼女まで斬ってしまう。
だから、考えるまでもなく彼女を押し除けることでしか助けられなかった。
魔術戦……諸君、これが俺にできる限界だ。