私は、
いや、厳密には歴史や何やらの
その分野へと両親を導いた
自分の趣味は自分だけで完結していて欲しかった。誕生日に送られてきたよく分からない古い壺なんかちっとも嬉しくなかった。
そんなのより、“海外に連れ去った両親を返して欲しかった”。
無論、学校教育における“歴史”については勉強した。子どもながら、ちゃんとした人生を送るためにはそれなりの職に就く必要性と、そのためにそれなりの学歴を確保する必要性を理解していたからだ。
それでも……嫌いなものは嫌いなわけで。
教科書を見るたびに、授業が始まるたびに顰めっ面をしてしまったのは無理からぬことだと自己弁護したい。
まあ、その結果。担当教員を「自分のことが嫌いなのでは?」と本気で
悩ませてしまったのは申し訳ないとは思っているけど。
先生、ごめんなさい。私は先生じゃなくて“教科”が嫌いなだけなんです。
……話を戻そう。
私は歴史とやらが嫌いである。
なにせ、幼い私から両親を引き離した概念だから。
物心ついた頃から幾度となく海外出張を繰り返す両親、最低でも一週間は帰って来ず。一ヶ月、時には半年以上も帰ってこない時もあった。
私の面倒は父方の叔母や祖父母が見てくれたが、祖父母も高齢になり通うのが難しくなった。叔母も就職先の繁忙期には来られないことも多く。必然的に、私の子ども時代は孤独が常となっていった。
それに関係してか、私は学校でも内気でよく言えば大人しい、側からすれば陰気な存在と認識されていた。
そこについては特に反論はない。確かに私はそのような性格だし、そういう存在が“迫害”されるのもやはり見え透いた結果だったのだろう。
幸いにも、私には“庇ってくれる幼馴染み”が二人もいたことで大したことはされなかったが。
そんな私にも誇れるものがあった。
勉強である。
学校という環境においてこのアドバンテージは非常に大きく、難問について所謂“陽キャ”と称される人々から助けを求められたことで彼ら彼女らとの仲も改善し、今でも連絡を取り合う関係に発展した。
だからこそ私はより一層勉学に励んだ、嫌いな歴史も勉強した。
結果、私は狙い通りにそれなりの大学に進学できた。
先述の幼馴染みたちも何やら目的があって同じ大学を目指したらしく。私が付きっきりで講義したことで滑り込みに等しいながらも無事に入学できた。
そして現在。
私は幼馴染みと共に大学に通い、講義を受けて、休日には遊んで、また大学に通い……という安定した生活を送っている。
ちなみにサークルには入らなかった。
だって、サークルとか……怖いし。ネットで見聞きしただけだが、大学のサークルとはつまり『◯リサー』と同義と言うし。
きっと、新人歓迎会で無理やりお酒呑まされた挙句に酷いことされちゃうんだ! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!!
……また話が逸れた。
え、と。なんの話だったか。
あ、そうそう。サークルの話だった。
先述の通りサークルには入らなかったと言ったが、それならばと幼馴染みの一人が提案した『オカルト研究会(自称)』という内輪ノリの活動には参加することにした。
だって顔馴染みの二人と一緒なら楽しそうだし。
オカルト研究会(自称)の活動はシンプルだ。
ネットや噂で聞いた“出る場所”に突撃して記念撮影やら活動記録という名の思い出作りをするだけ。
まあ、自称してるだけの単なる三人組なんだから当たり前だが。
実態は遊んでいるだけである。
しかも行く場所は大抵が“デマ”で、心霊も何もあったものではなく。その類には
ちなみに、私はオカルト系にはちょっと興味があるので陽キャのノリであるこの活動もかなり楽しんでいたりする。
勉強一筋だと、疲れるし。
そんなこんなで、毎日楽しんで過ごしていた私たちだが。
今、私たちは大きな問題に直面し、活動を休止していた。
それというのも、先に述べた“心霊現象との遭遇”が原因だ。
いや、遭遇というか。
……うん、こう改めて言うとシュールな笑いを生みそうな事件だが。直接体験した私はちっとも笑えないくらい恐ろしい事件だった。
その日向かったのはとある“廃病院”。
私たちの住居がある首都郊外から一時間以上かけて辿り着く片田舎にある廃墟。
なんでも医療事故が原因で経営難に陥り、降って湧いたように黒い噂が続出したことで院長は自殺。後を継ぐ者もなく無事に廃墟と化したとか。
まあよくある心霊スポットというやつだ。
噂を聞きつけた私たちは、いつものように彼の車に乗り現場まで直行。出発した時には既に陽が傾き始めていたために目的地に着いた頃には辺りは真っ暗闇だった。
肝試しにはうってつけのシチュエーション、無論、そこまで計算して向かったのだから当然だ。
車を降りた私たちはいつものようにカメラやら懐中電灯やらを手に取りつつ廃病院まで歩く。
これまでならば、三人で色々と駄弁りつつズンズンと廃墟内へと進んでいくところなのだが。
――正面玄関に立った時、私は言い表しようもない“不気味さ”を感じた。
玄関口より建物内から伝わる“凍るような空気”。六月だというのに真冬のような冷たい風が吹き抜けた。
また、その時から……なんと言っていいのか、得体の知れない“気配”のようなものが幾つも感じられ。それら全てから
いつもとは明らかに違う。
直感でそう思った私は、玄関口を潜ろうとする二人を必死に止めた。
ここから先に、行ってはいけない。
先ほどまで一緒になってはしゃいでいた私が一転して、真剣な表情でそう言ったことで二人とも、一瞬だけ止まった。
だが、すぐに冗談だと思ったのか私の言葉を笑い飛ばしズカズカと二人だけで病院内へと入って行ってしまう。
いけない。ここは本当に――
そう告げる前に、
無数の手は、玄関を抜けようとした二人を一瞬のうちに羽交い締めにして瞬きの間に暗闇の中へと連れ去ってしまった。
――言葉にならなかった。
何かを言う前に、行動する前に、抗い切れないほどの恐怖で腰を抜かしてしまったからだ。
あの手、遠目に見ればただの白い手だが。目の前で二人を連れ去られた私は近くでそれらを見てしまった。
ひび割れ、あるいは指が千切れ、皮が剥がれ、骨が見え。
グロテスクという言葉では表しきれない悍しい光景を。
しばらく放心していた私だが、すぐに我に返り“対処法”を必死に考え始めた。
これが赤の他人であれば恐怖のままに逃げ帰っていただろう。それくらい私は臆病だし、自分が大切だ。
でも、あの二人は私の大切な“幼馴染み”だ。
ただの幼馴染みではない。
私が辛い時からずっと、一緒にいてくれた大切な人たちなのだ。
なんとしてでも助けなければならない。
しかし、無論のこと私には除霊スキルや幽霊を殴り倒すような勇気はない。自慢ではないが運動神経はかなり悪い方なのだ。
だから私一人で突撃するなんて選択肢はない。そんなことをすればただ単に犠牲者が一人増えるだけ。更には、ここに私たちが居るという情報は私たちしか知らないために“助け”も絶望的になる。
ならば、
……普通なら。こんな非現実的な事態に対処できる人なんて知り合いにいるはずもないだろう。
だが、私は一人、否。
――曰く、私が生まれる少し前。彼らは摩訶不思議な事件に巻き込まれたという。
――曰く、彼らはその超常事件をなんと自力で解決して見せたという。
――曰く。
そんな漫画の主人公みたいな活躍をしたのは
これは幼い頃に出会った『ランチ』と名乗るおじ様から聞いた話……
……今「頭おかしい……」とか思ったでしょ?
そこまではいかなくても「(現役の)病院に行った方が……」とか思ったでしょう?
残念ながら私は正気なのです。
至って正常な精神を保った普通の大学生なのです。
なので迷わず“国際電話”を掛けます。
相手はもちろん、海外で遺跡調査なんぞにうつつを抜かす両親。
あ、でもお父さんとはあんまり話したくないのでお母さんのスマホに掛けます。
しばらく呼び出し音が響いてから、
自らの置かれた状況と、依然として全身を苛む恐怖を鑑みるに。ちょっと腹立つくらいのハツラツさ。
だが今はそんなことを言っている場合ではない。
私は震える声で、なんとか今の状況を説明した。
私の話を静かに聞いていたお母さんは、やがて溜め息ひとつ。
少し怒ったような声で答えた。
『そういう場所には行っちゃダメって散々言ったでしょう……見たことがなくても、信じられなくても、
あと、遠くに出掛ける時は
どうして、誰にも言わずに行ったの?』
正論だった……何も言い訳できないくらい真面目なお説教だった。それも私の身を案じてくれているからと理解できるからこそ聞くのも辛い。
分かっている、これは私たちの
でも――
――たとえ自業自得でも、私はなんとしても彼女たちを助けたいのだ。
そのことを必死になって伝える。
すると、お母さんは少しの沈黙の後、一つの“解決策”を教えてくれた。
『確かその廃病院は“夕凪”だったわね……なら。
いい? 今からそっちに“手順を書いたメール”を送るから、その通りにして電話を掛けなさい。
そしたら“祓魔屋オウザン”ってところに繋がるから、私に説明したように今の状況を伝えなさい。
そこの“ヒデオ”って人ならきっと貴女を助けてくれるわ』
少しして、母の言う通り一通のメールが届く。
メールには、“何処そこに電話して、また別のところに電話して…”っといった内容が記されており、なんだか“秘密の手順”のような奇妙なものだった。
とりあえず、その通りにすることを伝えると。
「お金は心配しなくていいからね? それと、貴女は絶対に建物内に入っちゃダメよ? あと、無事に終わったら連絡を――』
段々と注文が増えてきたことに辟易した私は「大丈夫だから、私ももう大人だし」とだけ伝えて強引に通話を切る。
……助けを求めておいてアレだが、私だって色々と思うところがあるのだ。察してほしい。
ともかく、母が教えてくれた手順を踏んで目的の“オウザン”とやらに電話する。
『はい、祓魔屋オウザンです』
電話の先からは“妙に幼い声”が響いてきた。そのことに驚くが、すぐさま自分の名と、今の状況、今すぐ助けてほしいことを伝えた。
するとすぐに、彼女からの質問形式でより詳しい事情を聞かれた。
『承知……あ、いえ、承りました。店主に報告しますのでしばらくお待ち下さい』
事情を聞き終えて、彼女は冷静な声のままに“保留音”が鳴り始めた。
……色々いっぱいいっぱいで頭が回らなかったが、あんな幼い少女で大丈夫なのだろうか? 声だけだがかなり幼い印象を受けた。
やがて、保留音が止まり。“若い男の声”が響いた。
『お電話かわりました、オウザン店主のヒデオです』
――それから。
私の求めにヒデオさんは二つ返信で了承し、十分ほどで彼らは現れた。
黒いコートを羽織り少し癖っ毛な黒髪を持った十代後半から二十前半ほどの男性。彼こそがヒデオ。
その傍、ちょこんと立っているのは黒い眼帯のようなものを身につけた少女。声からするに彼女が電話を取り次いでくれた子だろう。
……なぜか、時代劇などで見るような忍者のコスプレをしているが。
二人は、この廃病院で間違い無いかを確認してすぐ。少女の方が廃病院の中へと突入した。
しかも、その速度が
某有名忍び漫画のようなフォームで、まるで疾風の如く廃病院へと入っていったために止める暇もなかった。
見るからに華奢な少女一人で大丈夫なのか?
心配になってヒデオさんに問うと……
『ああ見えて荒事には慣れておりますので』
あ、荒事……。
その言葉に血の気が引く。
……薄々、気づいてはいた。
あの時、二人を連れ去った“無数の手”はきっと並大抵の幽霊ではないのだろうと。
声が聞こえたり、物が動いたり、音が響いたり。凡そ考え得る“霊障”はそのようなものだが、きっと、アレは
呪い、祟り、
それほどまでに、あの怪異を見た私は怖気を感じていた。
……と。
私のそんな考えもあっさり杞憂となる。
件のニンジャ少女が友人二人を連れて帰ってきたのだ。米俵のように担いで。
そんな細腕でどうやって、とか。あの恐ろしい幽霊は平気だったのか、とか。色々言いたいこともあったが、無事に帰ってきた二人の顔を見てそんなのはどうでもよくなった。
……いや。あのヒデオという方が、ニンジャ少女の方を跪かせていたのは普通に引いたけど。
ともあれ、友人たちは傷一つなく戻った。
そのことが何より嬉しくて、また、恩人である二人には心の底から感謝の言葉を述べた。
彼は「仕事なので、どうかお気になさらず。無事に救出できて何よりですよ」と、バリバリの営業スマイルで応えた。
少女の方はぺこりとお辞儀をするだけだったが。
その後、報酬は規定の口座に振り込むよう言われ彼らはさっさと帰ってしまった。……口座のことはきちんとお母さんに伝えておこう。
私たちも、とにかくこんな場所に長居はできないと。急いで帰り支度を済ませて帰路についた。
……怪談もののお約束では、帰り道でもう一回霊障が起きるものだが。特にそんなこともなく無事に帰宅できたことに安堵する。
挨拶もそこそこに、かつてない恐怖体験で疲労困憊の私たちはとりあえず寝ようと合意し、詳しい話は後日改めてということになった。
……彼らほどではないにしても、私もあんな場所に一人でずっといたためにかなりの疲労を感じていた。友人たちの救出を待つ間はずっとヒデオさんの側にいようとしたのだが、なぜか彼は私から頻繁に距離を置くのであまり心休まらなかった。
まあ、それはともかく。
玄関を抜け、帰宅した私は見慣れたはずの我が家に多大な安心感を覚えた。帰る場所があるというのがこんなにも嬉しいと感じたのは初めてだ。
流石に、あんな体験をした後にシャワーを浴びる気にもならず。寝るのに邪魔な衣服を脱ぎ捨てて一目散にベッドに飛び込んだ。
そして布団に包まるようにして丸まり、目を閉じる。
……我が家に妙な安心感を感じている今がチャンスなのだ、これを過ぎればきっと、あの“恐ろしい光景”を思い出して眠れなくなる。
そんなこんなで必死に、それでいてリラックスした状態で目を閉じていたことで私はなんとか眠ることができた。
――これで終わればめでたしめでたし、なのだ。
これで終われば、ね。
――カーテン越しに差す淡い陽光を目蓋に受け、私は起床した。
「ふわぁ……」
大きな欠伸をして、ふと、昨夜のことを思い出す。
あんなことがあったのにぐっすりと眠れたことも驚きだが、まさか呑気に欠伸までしてしまうとは、と軽く赤面する。
今日は昨日のことについて改めて話し合う事になってるし、いつまでも寝ぼけてはいられない、とすぐにベッドを降りて洗面台に向かう。
バシャバシャと音を立てて顔を洗いながら思うのは、やはり昨日出会った“祓魔屋”。そして、そんな人と繋がりを持つお母さんないしは両親のこと。
あんな嘘臭いような話を聞いてすぐに駆けつけて、平然と友人たちを救い出した彼ら。明らかに普通ではない。
その連絡先を知っていたお母さんは、やっぱりああいうのを“知っていた”のだろうと思う。
そうして想起するのは、昔聞いた“ランチ”さんの話だ。
あれは単なるホラ話ではなかった、きっとお母さんたちは本当に“悪魔”たちと渡り合い、
「……やっぱりちゃんと聞いた方がいいよね」
友人たちと話し合った後、改めてお母さんに電話しようと決めてふと鏡を見た、その時――
「……え?」
鏡の前に立つ私の後方に、“あり得ないモノ”を見つけた。
二本の触角を頭部から生やし、体毛でふさふさの身体から奇妙な模様の羽を伸ばす。なんとなく“蛾”を思わせる外見のナニカが
理解が追いつかない。
しかし、“分からないものを確かめようとする”人間の本能故か私は思わず振り向いて――
――赤くまん丸な目と目が合った。
「……」
ナニカは特に反応もせずに直立している。
訳が分からない、わからないから確かめようとソレに手を伸ばして――
「ボク、モスマン。キミの家、まあまあだね」
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!?」
流暢に言葉を発したソレに驚き、悲鳴のようなものをあげながら尻餅をついた。
ソレは大声にびくりと反応して、倒れた私へとゆっくりと歩み寄ってくる。
私は逃げようと必死になるが、腰を抜かしてしまったのか体が動かなかった。
そんな私へと異形は一歩一歩近づいてくる。
「ヒィ……いや、いやぁぁぁぁぁ!!」
――私の視界を、奇怪な模様が埋め尽くした。
【あとがき】
モスマン可愛いよね……
もふもふしたいけど、したら鱗粉とかそういうので死にそう。
ところで、四章の登場人物が少な過ぎて話が進まない疑惑が浮上しているのだが……どうしよう。