「来ました」
襲撃に備え静まり返る聖堂内に、ブラックマリアの静かな呟きが響き渡った。
全員が声に反応して一気に気を引き締める中、教会のスタンドガラスが割れた。
そこからガラス片と共に侵入してくる影が二つあった。
考えるまでもない、涅槃台とその仲魔だろう。
皆もそれは承知しており視認するよりも前に攻撃を開始した。
まず、イヌガミのアギ系魔法の嵐が影に降り注ぐ。爆炎と煙を盛大に撒き散らして辺りの椅子やらも吹き飛ばしていく。この時点で教会はボロボロなのだが、これは命をかけた殺し合いなので容赦はできない。
続けて、クダの“青い炎弾”とジャンヌのコウハ系魔法が降り注ぐ。イヌガミと同様に襲撃前から準備してあったので相当な数の魔法が、未だ爆炎の残る地点へと向かう。
とどめとばかりに、ブラックマリアが“あの呪い”に特化した対抗魔術を敵がいるであろう地点に放つ。
影の着地点を中心に大きく円を描くように現れた光の魔方陣は、直後に眩い閃光を発し、巨大な光柱を作り出した。
言うまでもなくマハンマオンに相当する威力だ。
側から見れば明らかなオーバーキルだが、こと涅槃台に関しては仕留めたとは言い切れない。これまでも対峙するたびに異常なしぶとさを見せていたからだ。
やがて、光柱と煙が治まった頃。
攻撃地点には――
「もー! ズボンが破けちゃったよ!」
殺伐とした戦場の空気にそぐわない明るく幼い声。
「やれやれ、出会い頭に放火とは。それでも神聖を称する宗教の信徒ですか?」
次いで、もはや馴染みとなった男の声が聞こえてきた。
そのことに、「ああ、やっぱな」とげんなり。やな予感が当たったことに萎える。
「っ!」
しかし、ジャンヌとブラックマリアは予想外に元気な涅槃台たちに驚愕している。まあ、俺も初見はゴ◯ブリ並みの奴の生命力に、似た心情を抱いたからなんとも言えない。
煙が晴れ、そこには無傷の涅槃台と。
ボロボロの衣服を纏った幼子がいた。
「こいつが……」
初めて見る“ジャック・ザ・リッパー”という悪魔に、色々な意味で驚いた。
見た目の特徴はすでに聞き及んではいたが、改めて見るとあまりにも幼く無邪気で素朴な可愛らしさを持っている。また、ノースリーブで胸元しか隠していない黒い服、そしてボロボロの短パンという露出度の高過ぎる格好は、もはや恒例のように感じられる“英傑の衣装”を彷彿とさせる。
“彼”の姿を見たことで、俺は
「ジャンヌ、この子……男だぞ?」
「えぇ!?」
…… まあ、ジャックリパーたちからも男の子であるという証言を貰っていたが。
こんな時に言うことじゃないかもしれないが、男女というのは魔術・呪術的にも重要な意味を持つのであながち無駄ではない。
一方、間違いを指摘されたジャンヌはあまりにもジャックの見た目が“可愛らしい”事とのギャップに混乱しているらしく、奇妙な表情で仕切りに驚いていた。
「……これは」
不意に放たれたブラックマリアの呟きに、今が戦闘中であることを思い出す。
そして彼女の視線を追ってみると。
禍々しい濃紫の影のようなものが涅槃台とジャックの周囲を覆い、紫色の半透明な結界のようなものを展開していた。
その中央には“奇妙な紋章が描かれた護符”が浮かぶ。
「なるほど、“瀆聖の加護”ですか」
鋭い声で呟く彼女に、涅槃台は嬉々として答える。
「左様、“彼女ら”に特攻を持つ貴女の秘術と言えども。この加護は破れますまい。特に貴女に限っては――」
お得意の長話を始めた涅槃台の横っ腹をジャックが小づいた。
「もう、そんなのどうでもいいから早く“食べ”ようよ! お姉さんたちは不味そうだけど、
そう言って俺を指差し、次いで寒気のする残酷な笑みを向けてくる。
「お、おう」
普通なら怖いと感じるのだろうが、いや、俺も老婆とかに言われたら少なからず恐怖を感じるのだろうが……
今の俺はなぜか
「た、食べるのか……(ゴクリ」
自分でも本当になぜかは分からないが、彼の言動がどうしても卑猥に聞こえてしまう。
そんな俺の様子に、めざとく気づいたオサキがすかさず腰に蹴りを当ててきた。
「あ痛っ!?」
「なに興奮しとるんじゃお主!? 今どういう状況か分かっとるのか?!」
ぐうの音も出ない。
いや我ながら「もしや俺は変態なのか?」と一瞬考えてしまったが、今はシリアスな気分に戻っているし考えすぎだと結論付けた。
「大丈夫だ、問題ない」
「不安しかないのじゃ……」
キリッとした顔で返す俺に、なぜかオサキはげんなりとした顔で首を振った。
失礼な。
と、そんな茶番をしている間に戦端は開かれていた。
俊敏な動きでジャンヌに襲いかかるジャック、それを援護するように呪殺魔法を装填しながら“あの泥”を操る涅槃台。
ジャンヌに襲い掛かる泥を、ブラックマリアが魔法で薙ぎ払い、涅槃台にもそれを振るう。
しかし、魔法は例の護符結界によって弾かれてしまい有効打を与えられていない。ブラックマリアも魔法特化なのか肉弾戦はせずになんとかジャンヌに襲い掛かる泥を祓うので手一杯だ。
対して涅槃台側は“一切の破魔系魔法”が効かない。それをいいことに二人でジャンヌを襲い、ジャンヌは魔法が効かないことから肉弾戦のみを強いられている。
ここまでの状況を瞬時に把握した俺は、仲魔に指示を飛ばしつつ突撃した。
四度目の対峙ともなればもう涅槃台の脅威も十分に理解した。出し惜しみは無しだ。
俺はライアットボムを投擲、ジャンヌたちとの交戦に加えてイヌガミ、クダ、オサキ、チヨメちゃんが注意を引いていたこともありボムは直撃。涅槃台を中心に電撃が迸る。
「ぐぁ!?」
「くぅぅ!」
敵二体は電撃に当てられ一瞬、動きが止まる。
そこへ、旗槍を振りかぶったジャンヌと、満を辞して接敵したウシワカが刃を振るった。
ジャンヌの方は、これまでの戦闘を見た限りかなりの“怪力”であり。ウシワカの方は
タイミングも完璧、俺たちは大ダメージを確信していた。
――そこへ、
「っ、キャア!?」
「っぐ!?」
影は真っ直ぐ涅槃台たちの側に降りるや否や、真っ黒な長物を横薙ぎに、ジャンヌとウシワカを一気に弾き飛ばした。
その一撃は、遠目に見ても脅威と理解できる。
膂力、速度が並みの悪魔のそれとは比べ物にならない。
やがて、長物を床に突き立てた影は、割れたガラス窓から差し込む月光に照らされ正体を現す。
「ハッ! なにを女々しい声を上げているのかしら? 柄でもないでしょうに」
その影は女だった。それも
おまけに旗槍まで似ている。
全てジャンヌを反転させた……というか、身も蓋もない言い方をしてしまえば
ただ、まあ、気配からも彼女が“悪魔”であることは明白だ。
つまり、涅槃台側の援軍ということ。
このタイミングでの援軍……何らかの思惑があると考えるのが自然だが、それが何かは分からない。
それよりも、ジャンヌと瓜二つの悪魔である彼女に注目すべきだ。
瓜二つということから、ちょっと前の“ヨシツネ”を思い起こす。
あの件を考えれば、まあ、彼女はジャンヌにとってのシャドウみたいなものなのだろう。
俺はすぐにこの推論まで至ったが、もちろんそんな事情は知らないだろうジャンヌとブラックマリアは大いに困惑している。
それらを見渡しながら女悪魔は再び口を開く。
「聖女ジャンヌ、私は貴女を許すわけにはいきません。ここで、消えなさい!!」
短い宣言の後、突如ジャンヌに襲い掛かる女悪魔。
ジャンヌは旗槍で防いだが、膂力に差があるのか若干押され気味だ。
無論のこと、俺たちは加勢すべくそちらに向かうが、そこへ涅槃台が立ち塞がった。
「おっと、無粋な真似はさせませんよ?」
「ほざけ!」
問答無用、素早い抜刀でそのまま斬りかかる。当然、その一撃は錫杖で受け止められる。
しかし、こちらは多勢だ。
刃を交えた隙をついて側面からウシワカが斬りかかる。
俺よりも数段上の速度を持った斬撃は一瞬にして涅槃台の脇腹に迫る。
「っ!」
が、いつの間にか繰り出された蹴りで俺は飛ばされ、奴は蹴りの体勢のままにウシワカの刃を錫杖で受け止める。
そのままくるりと錫杖を回転、ウシワカも弾き飛ばした。
宙を舞った彼女へとすかさず“呪殺魔法”が飛ぶ。
「ちぃ!」
着弾寸前、オサキがなんとか魔法を受け流すことで事なきを得た。
「かたじけない!」
ウシワカの声に頷きで返したオサキは、幻術を以って涅槃台に立ち向かう。背後からはイヌガミがアギ系魔法を撃ちながら援護に入る。
俺も銃を構え、クダと共に援護に入る。
ウシワカは再び接近戦にて涅槃台の注意を引き、その間に気配遮断を用いたチヨメちゃんが背後からの奇襲を仕掛けた。
「させないよ!」
「なっ!?」
だが、横から割り込んだジャックによって不発に終わる。
そして再び戦闘は膠着状態に戻った。
「意外と連携が出来てるな」
涅槃台とジャックのことだ。あの涅槃台が仲魔とこうまでうまくやっていけてることに素直に驚いた。だが、鎌倉で戦った時も負傷したガシャドクロを退げたり、手長足長やヤコウを上手く使って連携していたと思い出した。
……もしかしたら、サマナーとしての技量も高いのかもしれない。
現在、ジャンヌの方にはブラックマリアが付いている。本当ならこっちも加勢して一気にあの2Pジャンヌを仕留めるべきだが。
涅槃台がそれを邪魔している。
加えて、ブラックマリアが抜けたことで涅槃台の泥も脅威となった。泥は相変わらず触れるだけでヤバそうなので、率直に言ってかなりまずい状況だ。
「どうするか……」
ちなみに事前に話し合った作戦とやらも、厳密にはジャンヌやブラックマリアを含めての連携を詰めたに過ぎない。作戦らしい作戦と言えば初手の全力攻撃くらいなものだ。
とはいえ――
「
四度目の対峙ともなれば油断もない。
俺は家から持ってきた“マハンマストーン”をばら撒いた。
「っ!!」
それを見て目を見開くも時既に遅し。
マハンマストーンたちは一斉に輝き砕けた。
瞬間、辺りに凄まじい濃度の
無数の魔法陣やら呪文やらが宙空を埋め尽くし、それに触れた端から涅槃台の泥は掻き消えていく。
やはり泥は破魔に弱い。
無論、ただのハマでは弾かれるだろう。しかし今回使用したマハンマストーンの量はざっと二十。無理やり全てのポケットに押し込んで持ってきた全てだ。
無論、赤字確定だ。だが、涅槃台を仕留めることに比べたら安いもの、こいつだけは確実にここで仕留め切らねばならない。
ただ、事前にジャンヌから聞いた話によればやつの破魔耐性も上がっているらしく、マハンマ程度の威力では弾かれているだろう。また先に見せた“謎の加護”もある。奴の周囲はほぼ確実に無傷だ。
俺は次いで状態異常系の石を投げよう、としたところで。予想外の事態が起きた。
「ぎゃあぁぁぁぁ!!!!」
突然、聖堂に響き渡る絶叫。何事かと俺も仲魔も音のした方に目を向ける。
そこには――
「ぎぃ……がぁぁああ!」
苦しそうにのたうち回るジャック・ザ・リッパーの姿があった。
その姿に一瞬動揺する。なにせ、奴は“英傑”だと聞いていたからだ。
この情報も事前にジャンヌから齎されたものだ。
曰く、“真名看破”と呼ばれるアナライズスキルを使って得た情報で、その精度は高いと聞いていた。
また、英傑であるならば“破魔は効かない”。
過去の英雄の亡霊たる英傑ではあるが、カテゴリとしては限りなく人間に近いらしく、総じて破魔属性には高い耐性を有しているのを確認している。これは、過去の記録にある“英雄”や“猛将”にも当てはまる特徴だ。
つまり何が言いたいかといえば――
「こいつ……
俺たちが動揺している隙に、涅槃台は真っ先にジャックのもとに駆け寄る。
「ジャック!!」
そして、素早く例の護符を取り出して破魔系の魔法を退ける。
彼らの周囲に発現するマハンマを退けてすぐ、彼はジャックに治療魔法を施す。
この間、二秒にも満たない。なにより涅槃台の
これまで対峙して仲魔やそれに類する悪魔を傷つけられても特に取り乱すことのなかった奴が、初めて仲魔の負傷で取り乱した。
その事実が予想外過ぎて次の行動が遅れた。
「……!」
俺たちをひと睨みした涅槃台、その腕に抱かれたジャックから突如として
ジャックを中心に瞬く間に聖堂全体に霧が広がる。
こちらが動く間もなく霧は聖堂内に満ちた。
「くそ、今更目眩しか……?」
視界を塞ぐほどの濃密な霧に舌打ちして、すぐに
「ぐっ、がはっ!?」
咳と共に飛び出す“血”。肺が痛い、焼けるように痛い。
肺だけではない、皮膚や目、身体中が焼かれたような痛みに襲われた。
「いったいどうなって、ぐっ!」
だめだ、声を出すのも難しい。というか呼吸すら困難だ。
訳もわからず、俺はとりあえずディアを自らにかける。
しかし回復した端から痛みと共に“焼かれて”いく。
原因は十中八九この霧だ。まずはこの霧から脱出しなければ。
――ヒデオが霧に苦しむのと時を同じくして。ジャンヌもまた霧に対して違和感を覚えていた。
異様に高い異常耐性を持つジャンヌにはダメージは無かったものの、身体全体が一回りほど“重くなった”ように感じられた。
「これは……」
ジャンヌが有する『サーヴァントとしての
とすれば、サーヴァントに匹敵する霊力を持つヒデオがダメージを負っているという事実に矛盾が生じる。
その理由を考えてすぐに思い至る。
それはヒデオから齎された情報。
このジャックが、ジャックリパーを捕食していたという情報だ。
なるほど、起源を同じくする悪魔を喰らうことで己の霊基を強化したということか。
しかし、いや、だからこそ。不可解な点もある。
ジャックが破魔系魔法に苦しんでいるこの状況だ。
以前対峙した際にアナライズした時は、はっきりと英傑カテゴリであることと“破魔系無効”のステータスを確認していた。
なのに、今、苦しんでいる。
つまるところ、
「……」
その推測を彼女は俄には信じられなかった。
彼女の真名看破は非常に強力だ。なにせ、英傑憑依の際に主より授かったスキルだから。悪魔のスキルランクでいえばAは確実だ。
これを欺くともなれば、それこそ
そこまで考えて、目前まで迫った“敵の刃”に気が付いた。
慌てて身を捩って躱すと、すぐさま後方に退がる。
「チッ!」
仕留めるチャンスを逃したもう一人のジャンヌ……ジャンヌオルタは舌打ちして旗槍を構え直す。
今のジャンヌは、この黒いジャンヌへの対処で手一杯だった。
「まずは彼女を……」
どうにかしよう、そう考えたあたりでようやく“思い出した”。
この霧の“真価”。
「っ、いけない! 皆さん、下がってください!! ジャックの宝具は……!!」
ジャンヌが声を張り上げた直後、霧の中に幼子の声が響いた。
「“此よりは地獄。炎、雨、力……”」
「
【あとがき】
風花雪月無双、楽しいです。