もうずっとキクリヒメと一緒。あののじゃ口調が俺を狂わせるんじゃ〜
キクリヒメさまと恋仲になる縁は結んでくれないんですか!?
――油凪都市部のビルの屋上。そこに“黒”を纏った人影があった。
「……
人影は何処かへ短い通信を行い、すぐさまその場から動いた。
忍者を想起させる軽い身のこなし、“現実離れした身体能力”はこの人影が裏の世界に属する者だという証左。
月明かりに照らされたことで人影の姿も鮮明に夜空へ浮かぶ。
ぴったりと身体に張り付くボディースーツの上から、身体のラインに沿うように薄い機械類が装着されさながらボディーアーマーのごとき様相を呈している。
また、頭部にはバイザーのついた機械的なヘルメットが装着され、全身が余すことなく隠されていた。
そのような者が、
「……ああ、怨霊とサマナーはこちらで対処した。とにかく遠野さんは無事だ。安心してくれ」
ネミッサと化した遠野さんから回収したスマホでヨシオへと簡潔に報告をした。
このまま放置すれば彼は延々と、死体まみれの油凪を彷徨うことになるからな。
報告を聞いたヨシオも安堵した様子で後のことは俺に任せると言って通話は切れた。
……どうにも、先に遠野さんの話にあった通りヨシオの方も色々と大変だったようなので疲れが限界に達したのだろう。
彼はメシアンの中でも信頼できそうな奴だから、どうかゆっくりと休んでほしい。今後も何かと頼ることもあるだろうし。
「……というかネミッサ、いつ、遠野さんに身体を返すんだ?」
未だに変身したままの彼女に問いかける。
「私はすぐに返して構わないんだけど……ちょっと、身体を使いすぎちゃってね、多分、変身を解いたらすぐ気絶して眠っちゃうと思うから。家まではこのままのつもりよ」
なるほど、MAGを使いすぎたか。まあ、あれだけ派手に戦っていたらそうなる。
「……その事については、力不足だったこちらの落ち度でもある。責任を持って家まで送り届けよう」
「そうしてもらえると助かるわ……正直、もう……げん、かい」
言い終える前にふらり、とネミッサの身体が揺れる。
「おっと!」
慌てて抱き止めた時には既に、静かな寝息を立てて眠ってしまった。
「……まあ、こうなっては仕方ない。とりあえず運ぶか」
眠りかけた彼女を家まで運ぶのは難しい。
行きはともかく帰りの終電には間に合わんだろうし、とりあえず業魔殿にでも放り込んでおこう。
ネミッサを背負いながら周囲を見渡す。
霧が晴れたことで街中に転がる無数の死体が月明かりに照らされている。
これだけ大事になってしまっては早々に協会へ連絡せねばなるまい。連絡は帰り道で良いとして、事後処理が問題だ。
ふと、オサキに視線を移す。
……彼女は、ブラックマリアが消えた場所に座り込んだまま俯いている。
今は何か声をかけるべきではない、とにかく早めに休ませてやりたい。
……オサキはもちろん、仲魔たちも既に限界だ。今回はそれほどの激戦だった。
俺も早く帰って寝たい。
ネミッサを背負い直してから、仲魔たちに撤収を伝えに向かった。
――初めに気付いたのは千代女だった。
忍びとして、お館様の護衛を使命とする彼女は戦闘を終えた今になっても周囲への警戒を怠らなかった。
故にこそ、夜闇に紛れて接近する“敵意”を感じ取った。
「お館様!!」
主人に迫る“影”に小太刀で斬りかかる。
影も短刀を抜き刃を合わせる。金属音と共に火花が飛び散る。
「千代女ちゃん!?」
突然の剣戟に驚くヒデオに千代女は叫ぶ。
「っ、手練れです! ウシワカ殿を!!」
「待て! こいつらは……!!」
ヒデオが言い切る前に、千代女の左右から“影”が迫る。
「しまっ!」
影は素早く得物を弾き、腕を捻って彼女が対処する間も無く地面に組み伏せる。
――次に襲われたのはウシワカだった。
次から次へと襲い来る“影”に薄緑を振るう彼女だが、その動きは平時と比べるまでもなく鈍い。
たたりもっけとの戦闘でひどく消耗していた彼女は、あっさりと組み伏せられこちらも無力化される。
……尤も、四人がかりで無理やり地面に押さえつけている形だが。
さらに、飢怨権現を大勢で囲み互いに睨み合う状況下で、ヒデオに声がかけられた。
「降伏せよ」
短い声、その方へ目を向ければ。
「オサキ……」
女神状態の彼女が、首元に刃を突きつけられた状態で拘束されていた。
彼女を人質とする“影”はさらにこう続ける。
「無駄な流血は望まず、されど我ら、貴殿の身柄を欲す。
……速やかなる送還を」
独特な口調、装備、そしてこの戦闘能力。ヒデオは影たちの正体に気づき無駄な抵抗は無意味と判断。即座に仲魔たちをCOMPに戻した。
「待て、ヒデオ――」
オサキが何かを言いかけたのを無視してCOMPに戻す。
全ての仲魔を戻してから“影”へと目を向ける。
「……全員、送還した。それと、今、俺が背負ってるのは一般人だ。手を出すのは――」
「承知している。霊基名・ネミッサ、および個体名・遠野アイは我らの目的とは無関係。丁重にお送り致す」
影の発言を聞いて、ある程度こちらの情報が知られていることを悟ったヒデオは、影たちの言葉の真偽を計ろうとして次の瞬間、腹部に衝撃を感じた。
見れば、鳩尾に深くめり込む拳。
「――だが、貴殿の身柄はこちらで預かる」
「ク……ソ……」
抵抗する間も無く制圧されたことを悔しく思いながらも、俺の意識はすぐに落ちた。
次に目覚めたのは見知らぬ部屋だった。
白塗りの内装、机と椅子が中央に配置されその椅子に手足を拘束された状態で座らされている。
そして、目の前には見知らぬ男が座っている。
黒の羽織袴に柔和な顔付きの二、三十代ほどの男。なにより目を引くのは
「やあ、奧山秀雄くん。気分はどうかな?」
男は柔らかい笑みのまま問う。
「……とりあえず、ここはどこかを知りたい」
「おや、意外と落ち着いてるね。感心、感心。そうでなくては
別に、この状況ではどうしようもないからだ。
今、俺に装着されている手枷・足枷は感覚からして魔封の効果がある。加えて、霊力すらも“抑えつけ”られている。おそらくは“封印用”の道具だろう、それもかなり上等な品だ。
「ここは関東にある
「……それで、貴方は何者だ?」
どこの関係者かは大方の予想はつくが。
「私は
男はあっさりと答えた。
名の真偽はともかく、この男がヤタガラス内でそれなりの権力を持つ者であるのは事実だろう。でなければ“奴ら”を動かすことなどできまい。
「なるほど、“鴉”を動かせたのにも合点がいった」
「おや、彼らを知ってるのかい?」
『奥山』とヤタガラスに繋がりがある以上、それなりの情報は持っている。
ヤタガラス直属の諜報機関『鴉』。
國家機関……の前身組織が古くより蒐め続けてきた“忍び”で構成される隠密部隊。主に、表社会に影響を与える大事件の鎮圧や隠蔽工作に従事し、その任務内容ゆえに國家機関から最新鋭のボディーアーマーが支給されているとか。
そして……ヤタガラスの“不利益”となる存在の抹消にも使われていると聞く。
「……だが、それを“捕縛”に使う奴は初めて聞いた」
彼らの実力は、ガイア教の精鋭・アサシンに匹敵するとも聞く。
それゆえ、ヤタガラス内でも彼らに対する“命令権”を有するのは最高意思決定機関と一部の“上級幹部”のみである。
つまり、この男はその上級幹部の一人ということになる。
「いやいや、何も君に危害を加えるつもりはないんだよ? ただ、ちょっとした頼み事を聞いてもらいたいだけでさ」
危害なら既に加えられているのだが。
「その前に、遠野さんの無事を確認したい」
彼女は直近の依頼主、加えて共に戦った仲でもある。なにより、彼女のような人間は失ってはならない。
「うーん……君はもう少し、
重く、押しかかるような“重圧”が放たれた。
なるほど、ヤタガラスの幹部というのも伊達ではないということか。
クサカベはおもむろに懐からリモコンを取り出し操作する。
直後、壁に掛けられたモニターに映像が映し出された。
――瞬間、己のうちから燃え盛るような怒りが湧き上がった。
「おっとと、落ち着きたまえよヒデオくん。彼女にも危害は加えていないさ」
モニターには呪符を幾重にも巻かれて拘束されたオサキが映っている。
……だから、危害を加えているだろうが。
「……さっさと要件を言え」
じゃないと怒りでどうにかなりそうだ。
「……ふーむ、思ったよりも“効果的”みたいだねぇ。安心したまえよ、本当に彼女には傷をつけていないしつける気もない。なんなら、拘束を解いた後に身体検査してみるといい」
「テメェ……オサキを侮辱するつもりなら容赦しねぇぞ」
「だから落ち着けと言っている。私もヤタガラスの名を穢すような真似はしない」
そこまで言って、クサカベはゆっくりと机に手をついて立ち上がった。
「無論のこと、君に頼むのも
泰然自若、彼は当然と言わんばかりに嘯いた。
――同時刻。
ヒデオたちが連れ去られた後の油凪で、未だに戦う者がいた。
「消えろ……!!」
獣の唸りに似た声と共に振るわれる
「……っ!」
対するのは黒ずくめの“忍び”、國家機関直轄の隠密部隊“鴉”であった。
油凪で起きた大惨事の事後処理を行っていた彼らは、涅槃台一行の
涅槃台の仲間、さらには事後処理中の地域で発見された悪魔ともなれば殺す以外に選択肢はない。
彼らは迅速かつ冷静に“仕事”を進めているだけなのだ。
相手は満身創痍、さらに言えば戦闘能力においても
火力だけは脅威だが、扱いは疎い。動きも稚拙、なにより戦い慣れていない。
――なればこそ、彼らは油断した。
「うぁぁあああぁぁぁぁ!!!!」
“彼女”が咆哮し、続くように膨れ上がった黒炎は鴉たちを退ける。
そして――
「っ!!」
――目を眩ませるほどの光を放って大爆発を起こした。
――身体が痛い。聖女に文字通り手痛い一撃をもらったからだ。
のそのそと路地裏を進む。その歩みはひどく緩慢だ。
――左腕が痛い、奴らに散々斬りつけられたからだ。
腕だけではない。脚も、腹も、背中も。
聖女から受けた傷と、鴉たちに受けた傷で余す所なくボロボロだ。
人間なら既に死んでいてもおかしくない傷を負いながらも、悪魔たる彼女は歩みを止めない。
――――なんのため?
わからない。
すでに最初の目的は失敗した、そもそも前提から間違っていた。
――私という存在は“在り得ず”、私という自我は“ニセモノ”だと気付いた。だって、私には
子どもの頃の楽しい思い出も、村にいた頃の穏やかな記憶も、仲間たちと駆けた戦場の軌跡さえ。
何も、無いのだ。
「……バカみたい」
ふと、足を止めて壁にもたれ掛かる。
鴉たちは既に撒いた、というよりも“範囲外”に出た彼女をわざわざ追うほどに彼らは暇ではない。
率直に、『捨て置いてもよい』と判断されたのだ。
そのことに気付いているのか、定かではないながらも彼女の目はひどく澱んでいた。
聖女との戦いでは“意地”で喰らいつくことが出来た。だが、冷静になって考えてみればそれは根拠のない条件反射に過ぎないものだ。
オルタナティブとして、聖女の対極に位置する彼女は聖女本人に言い表しようもない“嫌悪感”を抱いていた。
……でも、それはただ“そうあれ”と願われたからそうあるだけのもの。
彼女本人に自らを定義する“モノ”は無い。
あるのは植え付けられた怨みと怒りだけだ。
それが、ひどく
「私は……なんの、ために」
ずるずると地面に座り込む。立っているだけの体力がもう無いからだ。
腕はもはや言うことを聞かず足もぴくりともしない。
やがて、視界もボヤけてくる――
「―――!! ――!」
ボヤけた視界の中で、何かが動いている。
……人影、のように見える。
ソレは、何かを必死に訴えるように口を動かしているが生憎と耳はすでに機能していない。
――アイツら? でも、どこか違う。
暖かいような、
素朴と
気付けば、人影は彼女に対して両腕を伸ばしていた。
そこでようやく、自らの最期を悟った彼女はゆっくりと目を閉じる。
その肩を掴まれる感覚があった。
――このまま殺されるか、嬲り殺しにされるのか。いずれにしてもニセモノらしい最期ね。
そんな自嘲を溢しながら彼女の意識はゆっくりと落ちていった。
【あとがき】
聖女のことも忘れてません……!
広げすぎた風呂敷を急いで畳む忙しなさ……!
ところで、門主さまがとんでもない格好してて吹き出しそうになったんだが。
ワイトはいいと思います。