今日はいつにも増して鎮守府がざわついている。司令官が夏祭りなるものを企画したらしいのだ。
朝から、やれ売店の準備だ、やれ花火は買ったか、などと本当に騒がしい。
まったく、なにがそんなに楽しいんだか。祭りでバカ騒ぎするのに意味があるとは思えない。
祭りの準備の中あたしは、出撃もないため部屋に戻ろうとしていたのだが、司令官に見つかってしまった。
提督「おはよう、天津風! 今日は俺が着任してから一番大きなイベントだから、ぜひとも顔を出してってくれ!」
「……まあ、気が向いたら」
いつになく忙しそうな司令官を軽くあしらっておく。断ったら、行くと言うまで諦めなさそうだし。
司令官はよくイベントをする。
艦娘の進水日パーティーだの、お花見だの、たこ焼きパーティーだの、それはもう多岐にわたる。
その甲斐もあってか、前の提督の死以来、塞ぎがちだった艦娘達もかなり心を開いているようだ。
執務はきちんとやっているので文句はないが、イベントの度にあたしを誘うのはやめてほしい。あまり交流を好まない娘だっているのだから。
そういうわけで、今日は一日部屋に籠もることに決めた。
◇ ◆ ◇
部屋のドアを閉め切っていてもなお、外の喧騒が聞こえてくる。ここ一番のイベント、という言葉に間違いはなかったらしい。
艦娘達がのんきに笑う声に若干イライラしていると、コンコンと部屋のドアがノックされた。
ドアは開けずに用件だけをきく。
「……だれ? なんの用かしら?」
提督「……俺だ。待っていてもなかなかこないもんだから、呼びに来たんだが……」
「……せっかく来てもらって悪いけど、そういう気分じゃないの。今日は帰ってくれる?」
お決まりのセリフで誘いを断った。
いつものプロポーズではなく、ただ単純に、善意で、祭りに誘っているという事実も、より一層精神を逆撫でする。
提督「そう言っていつも来ないじゃないか。これから花火も打ち上げるんだ。よかったらそれだけでも見に……」
「いかないって言っているでしょ!! あなたに構っている暇はないのよ!」
司令官が言い終わらないうちに、ついうっかり強い口調で拒絶してしまう。
自分で思っていたよりもずっと、わたしはストレスを溜め込んでいたらしい。
提督「そうか……。すまなかったな、失礼した」
ドア越しでもわかるくらい、しょんぼりした様子で提督は部屋から離れていく。
ああ、やってしまった。できるだけ角を立てたくなかったのだが、これでは完全に嫌われてしまっただろう。
……まあいい、どうせこちらも仲良くする気はないのだ。
そんな気分など露知らず、空気を読まない花火の音が聞こえてくる。
あたしは周りの喧騒から蓋をするように、頭から布団を被って眠りについた。
◇ ◆ ◇
予想とは裏腹に、次の日も、またその次の日も、司令官はいつも通り指輪を渡そうとしてきた。
あたしのなにが提督をあそこまで突き動かすのかわからない。特に何かした記憶もないのだが……。
とにかく嫌われてはいないらしい。
今だって、前線への出撃を頼まれ、海に出ている。
いまに戦闘が始まらん、という状況で、艦隊に緊張が走る。
遠くに見えていた敵の姿がはっきりとしてきた。戦艦が、いち、に、さん、し……五隻!? さらにその取り巻きにも無数の雑魚がいる。
これ、艦隊がもう一つ必要なんじゃ……
ドォン!!
敵に気付かれた……! 砲撃の数が桁違いだ。早く撤退しなければ……っ!
古鷹「艦隊、撤退します!!全艦、撤退の準備を……!!」
旗艦の古鷹さんが、いち早く指示を出す。その間も、敵の砲撃は止んでくれない。
五月雨「わわっ、ちょ、ちょっと!待って……」
急な状況の変化に五月雨が遅れをとっていたらしい。
まずい、気が付かなかった……!
敵は、ここぞとばかりに彼女に砲を向ける。あれだけの数の攻撃をくらったら、轟沈は免れないだろう。
五月雨「……っ!や、やだ……」
一斉に砲撃される───この状況に気が付いているのはあたしだけだ。動けるのは、あたししかいない。
……くそっ!
Uターンし、自分が出せうる限りのスピードで接近し、五月雨の体を掻っ攫う。速度には多少の自信があるのだ。
「くうっ……!」
そして五月雨を抱きかかえたまま、艦隊のほうへ戻る。途中で、逸れた雑魚の攻撃が何発か当たるが、その程度じゃ大破止まりだ。
あたしは大破、五月雨は中破したが、なんとか艦隊に戻る。
古鷹「あ、あの、ごめんなさい、私……」
五月雨「うえええええっ……!」
古鷹さんが申し訳なさそうにオロオロしている。五月雨ちゃんを見ていなかったことに、強い自責の念を抱いているようだ。旗艦だったので無理もないだろう。
五月雨は、恐怖で泣いてしまっている。
古鷹「天津風ちゃんっ、本当にありがとう……!」
五月雨「あまづがぜちゃんんんん! たずがったよおおおおおお!!!」
二人ともお礼を言ってくる。
五月雨にいたっては、泣きじゃくりながらあたしに抱き着いているが、少し過剰ではないか。
「お礼なんていらないから。まだ撤退中だし、気を抜かないでくれるかしら」
五月雨を引きはがしながら、そっけなく応える。好意を寄せられたところで、あたしには上手く返すことなんてできないのだ。
まあ、どれだけ嫌われようが関係ない。
あたしたちだって使い捨ての兵器。友情なんてものは、足枷にしかならないのに。
◇ ◆ ◇
夕飯を食べ終わり、自室に向かう途中の事だった。
古鷹「あ、あの提督。少しよろしいでしょうか?」
角を曲がろうとしたところで、緊張した様子の古鷹さんが司令官に話しかけていた。思わず隠れてしまったが、逆に良くなかったかもしれない。
提督「おう、どうしたんだ?」
古鷹「この前私、ケッコンできる練度になりましたよね……?」
提督「ああ。古鷹はよく頑張ってくれているからな、かなり助かっているよ」
笑顔で応える司令官に、古鷹さんはなにか言いたそうにもじもじとしている。
もしかしなくても、盗み見ていいような現場ではないだろう。
古鷹「あの、それでなんですけど……。その……」
提督「なんだ? 祝って欲しいのか? それなんだが実はもうケーキを……」
古鷹「わ、私と! ケッコンしてくれませんか!!」
提督「……!?」
ここから離れるべきだとわかっているのに、どうしても目が離せない。何故こんなどうでもいいはずの光景が気になってしまうのだろう。
古鷹「提督が天津風ちゃんを好きなのは知っています。ですが私も、いや、私は、たぶんそれ以上に提督が好きなんです!」
古鷹「あんなことがあって、落ち込んでいた皆をここまで励まして。執務も大変な中、合間を縫ってイベントを企画してくださって。私の進水日だって祝ってくださった……!」
古鷹「私、こんなに優しく扱われたのは初めてで! 本当に好きなんです!」
古鷹「たとえ天津風ちゃんが一番でも、それでもいいから……! 私と、ケッコンして下さいますか……?」
顔を真っ赤にして、不安そうに上目で司令官を見る古鷹さんは、すさまじい破壊力だった。可愛過ぎる。
あたしが見てもそうなのだから、司令官にとっては尚更だろう。
その上、古鷹さんはあたしと違って愛想もよく、気遣いもできる。考えうる限り最高の相手なのでは。
司令官が断る理由が見当たらない。
提督「まず、扱われた、なんて言わないでくれ。お前たちは兵器じゃないんだから」
古鷹「あぅ……」
提督「それにケッコンの件なんだが、すごく嬉しい。すごく嬉しいよ」
古鷹「! なら……!」
提督「でも、ごめん。今はできない」
何を言っているんだ、この人は。
提督「俺の中では、やっぱり一番は決まっているんだ、あいつに。……ずっと、前から」
古鷹「…………………………………………」
提督「だから、古鷹は何も悪くない。悪いのは、諦めのきれない俺のほうだ」
馬鹿じゃないのか? なんで、どうして、あたしに固執するのか。訳が分からない。
すると、古鷹さんはごくりと喉を鳴らし、祈るように、あることを切り出す。
古鷹「私に、脈はないんですか……?」
ここ一番で緊張している様子だ。まるで、ここが正念場だというような。じっと司令官を見据えて、答えを待っている。
提督「…………そんなことは……ない。言うのはかなり気恥ずかしいんだが、その、古鷹にドキッとさせられることも……結構ある」
古鷹「……そうですか」
提督「ただ、一番は決まっているんだ、どうしても」
古鷹「……わかりました」
提督「ほんとうに、すまない」
どんどん話が進んでしまっている。なんて優柔不断な返答だ。古鷹さんが不憫すぎるではないか。
しかし、古鷹さんは安堵したように息をつくたかと思うと、ニッコリとして司令官に詰め寄る。
古鷹「あの、提督」
提督「なんだ?」
古鷹「言質、とりましたからね!」
提督「え?」
古鷹「今ケッコンできないことなんて、最初からわかっていました! どれだけプロポーズを見せられたと思ってるんですか!」
提督「……なっ!」
古鷹「でも約束ですよ、天津風ちゃんの次は私とケッコンして下さいね! だって、脈ありなんでしょう?」
……なんて強かな艦なのだろう。最初からこのつもりだったのか。
しかし申し訳ないことに、あたしの次となると永遠にケッコンできないことになるのだが。
提督「……いや参った。やっぱり古鷹には適わんな」
観念したように微笑みながら言う提督を前に、古鷹さんは、やってやりました、とばかりにどや顔している。……可愛い。
提督「待たせてしまうようで悪いな。あいつへの告白が成功して、その時になってもまだ古鷹の気持ちが変わっていなかったら、その時は俺のほうから指輪を送らせてくれ」
古鷹「はい、待っていますよ。……いつまでも」
なんだかいい感じに終わってしまった。どうしてあたしとのケッコンが上手くいくつもりなのだろうか。
古鷹「それでは失礼しますっ」
提督「ああ、また明日」
少し気恥しそうに、そそくさと帰っていく。結局、最後まで聞いてしまっていた。
しかし、なんなのだろう、この煮え切らない気持ちは。
他人などどうでもよかったはずなのに、気にもならないはずだったのに、言い表せないイライラが止まらない。
この正体の分からない気持ちはなんだ? 単なる怒りでも、嫉妬でも、後悔でもない。それははっきりしているのだが、わからない。わからないからこそ、もどかしいのだ。
あたしは釈然としない気持ちを抱えたまま、自室にもどった。
◇ ◆ ◇
自室に戻ったのだが、なかなか寝付けない。横では連装砲くんが心配そうにあたしをみている。
そんなに悩ましげな顔をしているのだろうか、あたしは。
この気持ちを、疑問を、吐き出すように連装砲くんに呟く。
「ねえ、連装砲くん。あたし、このままでもいいのよね?」
連装砲くんは、よくわからないといったふうに首を傾げている。しかし、励ましてくれているのか、あたしの手をぎゅっと握ってくれる。
「いいのよ、心配しなくて。悲しいわけじゃ、ないから」
そういいつつも、連装砲くんの手を握り返す。
「やっぱり、他の人のことなんて気にするものじゃないのよ」
この悩みだって、いつかは無に帰すのだ。時間がもったいない。
「間違ってない。間違ってなんて、ないんだから」
あたしはこれ以上考えることをやめ、眠りについた。