天津風は、最低一日一回プロポーズされる   作:阿斗 らん太

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後編:天津風、そして提督の思い

 

 それからもあたしは、できるだけ誰とも関わらないようにした。

 毎日の司令官からのプロポーズも、五月雨からの好意も、すべて無下にして、独りで戦闘と演習にだけ専念した。

 しかし、その時は突然訪れた。

 十月十九日。あたしが進水した日。

 そんな日にすべてが塗り替えられるなんて、思ってもいなかったのだから────

 

 

   ◇ ◆ ◇

 

 

 その日は大した予定もなく、一日部屋で連装砲くんの整備をしようと思っていた。ちょうど、戦闘での汚れを洗い落してあげようと、機会を覗っていたところだったのだ。

 しかし、起きてから顔を洗い、部屋に戻ってくるとドアに一枚の手紙があるのが目についた。ゴテゴテに装飾されたそれを開封し、中身を確認してみる。

 

『 Dear 天津風

 

  冬を前にした、穏やかな今日この頃。

  当然、君も知っていると思うが、僕にとっても特別な日だ。

  進水日、それは君が誕生した日といっても過言ではない。

  今日の透き通るような青い空が、神も君を祝福していることを証明している。

  しかしながら、こんな手紙では僕の君を祝う気持ちは収まらない。

  そこで例にもれず、『天津風進水日パーティー』を開催しようと思う。

  いつもの進水日パーティーとは一線を画した規模で企画している。

  準備は万端。後は君が来てくれるだけでいい。

  一九〇〇に食堂で待っている。

  それではまた、夜に。

 

                            君の将来の夫より』

 

 ……き、気色が悪い。こんな文章を送り付けてきて、恥ずかしくないのかしら。大方、深夜のノリで書き上げたのだろう。でないと、こんなおぞましいモノはなかなか生まれない。

 他の艦娘の皆────特に古鷹さんは、こんな人でいいのだろうか。誰かの進水日の度にこんな手紙を書いていなければいいのだけれど……

 あたしは手紙をそっと閉じ、隅のごみ箱に落とし入れる。

 さあ、気を取り直して連装砲くんの整備に入ろう。連装砲くんの世話は、意外と手間がかかるのだ。

 

 

     ◇ ◆ ◇

 

 

 連装砲くんの手入れもひと段落し、仮眠でもとろうかと思っていたところだった。

 

提督「おーい、天津風。そろそろ一九〇〇だぞ。きっと来ないと思ったから早めに迎えにきたんだ。今日ばかりは参加してもらうぞ」

 

 げっ、もう来たのか。どうせ来るとは思っていたが、こんなに早いとは。寝てやり過ごそうかと思ったのに。

 

 「今から仮眠をとろうとしているの、邪魔しないでもらっていいかしら」

提督「なあ、そこをなんとか頼むよ。今日はかなり手が込んでいるんだ」

 「なんどもしつこいわね。みんなで集まったりするのは嫌いなの」

 

 いつにも増してしつこい。こっちは疲れているのだ。

 

提督「行ってみれば、意外といいものだぞ。五月雨もぜひ祝わせてくれって言ってくれているし」

 「誰がなんと言おうがあたしには関係ない」

 

 なぜ、そこで五月雨が出てくるのか。仲が良いようにでも見えているの?

 

提督「…………なあ、天津風は寂しくないのか?」

 

 寂しい? あたしが? 勘違いも大概にしてほしい。

 

 「……あまりしつこいと流石に怒るわよ? いいからもうどっかいって」

提督「誰ともあまり話をしようとしないし、仲間との親睦を深めようという意思が見られない」

 「そんなの、あなたには関係ないでしょう? あなたはあたしの親かなにかなの?」

 

 話を聞いていたのかいないのか、司令官は自分の話を続けてくる。

 

提督「あまりそういうのを好まないと言われればそれまでだが、MVPをとった時でさえ表情を変えず、たったの一度も笑ったのを見たことがない」

 「もう黙ってよ! あなたに何が分かるっていうの!!」

提督「それに最近は、つらそうな顔をしてることが多い。なにか無理をしているんじゃないか?」

 

 司令官の言葉は一向に止まる気配がない。パンパンに膨らんだ空気を抜くように、少しずつ、だが確実に、今までの思いを口にする。

 

提督「これは俺の勝手な推測で違っているかもしれないが、もしかして天津風、お前は……」

 

 うるさい! うるさい! もう聞きたくない! これまであたしの深くで沈んでいた何かが顔を出してしまう気がする。

 

提督「怖いんじゃないのか? だれかと深い関係になるのが」

 

 その一言で察する。もうこれ以上話すべきではない。あたしは声を荒げ、無理やりに会話を中断させる。

 

 「うるさいって言ってるでしょう! もう二度と話しかけて来ないで!! あなたの顔なんてもう見たくない!」

 

 あたしはバンッとドアを開け、部屋を飛び出す。

 気に入らない! 気に入らない! 気に入らない!

 なによ、あたしのことを分かった風に! いつもあたしに振られてるくせに!

 今の自分は冷静じゃない。司令官に見つからない場所に行かなければ。思い当たる所は一つある。

 目を丸くする司令官の横を抜け、あたしはその場所まで一目散に突っ走った。

 

 

     ◇ ◆ ◇

 

 

 鎮守府のはずれにある、例の墓の近くに腰掛ける。後から着任した司令官はきっとこの場所は知らないだろう。

 木々の途切れから見える水平線へ、真っ赤な太陽が沈んでいく。それを眺めていくにつれ、あたしは少しずつ落ち着きを取り戻す。

 うう、恥ずかしい……。

 日が落ちるのと同時に、あたしの心も沈んでいく。

 あんな風に飛び出したらもう、そうだと言っているみたいなものじゃない。

 膝に顔をうずめる。

 これまで上手くやってきたのに。これじゃあ、これからどう司令官と接すればいいのだろう。

 日が沈み切っても、準備で盛り上がっている鎮守府からの光がここまで漏れ出てくる。そんなおぼろげな光さえ眩しくて、あたしは影に入るように墓の裏に腰掛ける。

 その時、誰かが近づいてくる音が、ザッザッと聞こえてくる。誰だ、こんな時に。あたしは正面からは見えないように体を縮こませる。

 その誰かは墓の前まで来ると、急に静かになった。

 気になってそっと顔を出してみると、なんと司令官だった。静かに目を閉じ、しゃがんで墓に手を合わせている。

 ここを知っていたのだろうか? いつから? あたしは思わず声を出してしまう。

 

 「……知ってたの? ここ……」

提督「……まあ、な」

 

 司令官は、最初からあたしがそこにいたと分かっていたように、驚いた様子もなく答える。

 

提督「しかし、ここに来たのは着任以来だな。まあ、けじめみたいなものだ。天津風と他の艦娘は安心して俺に任せてくださいってな」

 

 司令官はすでに知っていたらしい。ここの存在も、あたしがここに来ることも。

 

提督「悪かったな。何度も何度も、しつこく話しかけたりして」

 

 「ほんとよ……」

 

提督「でもな、どうしてもお前を諦め切れなかった理由があるんだ」

 

 謝りながらも、司令官は興味深いことを口にする。

 どうしてここまであたしに固執するのか。確かにそれは前から気になっていたことだ。

 出会ったのも半年ちょっと前だし、ろくに話したこともない。どれだけ考えてもこうなる理由がわからなかったのだ。

 

提督「……少し子供の頃の話をしようか」

 

 司令官も墓に背中を預ける。墓を挟んで背中合わせになっている形だ。しばらく無言だっが、意を決したように司令官は過去の話を始める。

 

提督「俺は小さい港町の生まれでな。母さんと父さんと三人だったけど、まあそれなりに

幸せに暮らしてたんだ」

提督「でも、あいつらは突然現れた。夜に激しい音で目が覚めると、そこはもう地獄で、家の屋根が吹き飛び、そこらから火が上がっていた」

 

 悔しさを噛みしめながら話しているのが伝わってくる。その光景が、トラウマになってしまっているのだろう。

 確かに、今まで色々な事例をみてきたが、深海棲艦に襲われた町はいつだって悲惨なものだった。

 

提督「俺は必死で両親を探したよ。部屋を飛び出し、さっきまで居間だった場所まで向かった。恐怖と願望でごちゃまぜになりながらも、ドアを開けたんだ」

提督「そしたら、両親ではなく、真っ白な肌に大量の返り血を浴びたそいつが立ってた。その姿に圧倒され、声も出なかったが、俺は幼い頭で理解したよ。ああ、母さんと父さんはこいつにやられたんだ、って」

 

 衝撃が走る。冒頭で察せうることだが、司令官は幼くして両親を亡くしていたのだ。いつもの司令官の態度からは想像できないほど重い話に、あたしは絶句してしまう。

 

提督「親を殺された怒りよりも恐怖が勝って、足も動かなかった」

提督「俺も殺される。こいつには適わない。数秒後の死を確信し、ぎゅっと目をつぶった時だった」

提督「ドォン! とでかい音がして、目を開けるとそいつの首が吹っ飛んでた。俺に向かって倒れてくる首なしの怪物を蹴っ飛ばしてな、当時の俺より少し大きいぐらいの女の子が目の前に現れたんだ」

 「………………………………………………」

 

 思い出した。十年少し前、まだあたしが別の鎮守府に所属していた頃。突如現れた陸上型の深海棲艦によって町が丸ごと潰されるという、史上最悪レベルの事件があったのだ。

 当時あたしは、足の艤装を投げ捨て、連装砲くんだけ連れて助けに入ったが、助けることができたのは少年一人だけだった。

 

提督「透き通るような銀色の髪、上気して少し赤みがかった白い肌、意思の強そうな山吹色の瞳。自分がついさっきまで死にかかっていた事なんて忘れて見惚れてしまっていた」

提督「あの後、俺は海軍に引き取られたが、それからだ、艦娘という存在を知ったのは。もう一度その少女に会うためだけに、俺は提督を目指した」

提督「提督になるのは本当に大変だったが、運命を感じたよ。まさか、着任先にその娘が所属しているとは」

 「そう、だったの……」

 

 やっと合点がいった。あの時助けた少年が、司令官だったのか。なんという神様のいたずらだ。

 十年も前のことであたしは覚えていなかったが、司令官はずっとあたしを追い続けていたらしい。

 だからこそ、気になる。そんな悲惨な過去を持っていながら、どうしてこんなに能天気でいられるのか。

 

 「あなたは怖くないの? 一度大切な人をなくして、それでもまだ守りたいものを増やすことが」

 「…………」

 

 司令官は何も返さない。あたしの質問の意味を考えているようだ。

 

 「あたしは怖い。まだ艦娘になる前、普通の艦だった時、何人も何人も目の前で死んでいったけど、見ることしかできなかった」

 「艦娘になって、肉体を得て、今度こそ誰かを守り抜こうと思ったけれど、結局上司の一人も守れずに、あたしは成長しないままで……!」

 「頑張ったところで、誰もかも気が付いたらあたしの手のひらから勝手に零れ落ちていく! いつの間にかいなくなってる!」

 「だったら、もう悲しまないように、自分がいつ死んだってやり残したことがないように、誰とも関係を持たないのが賢い選択ってものでしょう?」

 

 いままで抱えていたものをすべて口に出す。前の提督が暗殺されてからずっと溜めこんでいたことだ。

 だが、司令官はあたしの言葉をはっきりと否定する。

 

提督「天津風、お前の言っていることも、その気持ちも分かる。……だが、それは違う」

 

 「どうして……」

提督「確かに、人間はいつか必ず死ぬ。いつも戦っているお前たちなんて尚更だ提督「だがな、それを怖がって何もしなかったら、俺らが生きている意味って一体なんなんだ?」

 「それは……」

 

 あたしにはその答えが出せず、言葉に詰まる。

 生きる意味、そんなものはないと思っていた。どうせ死ぬのだからなにをやったって無駄になるだけだろう。

 

提督「いつか死ぬからって、何もせずじっとその時を待ってやるのは癪じゃないか?」

 

 司令官は続けざまに問いかけてくる。

 それは、あたしの言葉を、今までの考え方を、真っ向から否定するものだったが、不思議と心に染み込んでいく。

 

提督「いつか必ず死んでしまう、それだからこそ後悔がないように、生きている間にやりたいことをやってしまうのが人生ってものじゃないかと思う」

 

 そんな理想など叶いっこない。世界は思い通りになんて動いてくれない。あたしも、司令官も、身をもって痛感しているはずだ。

 

提督「死ぬ瞬間、胸張って、これだけやりたいことやってやったぜ、って思えたら人生こんなものか、と諦めもつくんじゃないか?」

 

 そんなことを楽しそうに言う司令官からは、子供のわがままのような、しかしながら、どこか悟ったような雰囲気を感じる。

 そして、司令官は立ち上がり、あたしの目を見ながら言ってのける。

 

提督「それに、毎日命張ってる俺らが一番、今この時を楽しむ権利があると思わないか?」

 

 そんな、無茶苦茶だ。人生そんなに甘いものじゃない。

 そう否定するのは簡単だが、なぜか司令官の言葉にはそうさせない力がある。

 ああ、この人はもう分かっていたんだ。

 人生なんて、うまくいかないことばかりで、それなのに明日終わってしまうかもしれない。でも、だからこそ、今生きていること、救ってもらった命に、感謝してもがき続けるんだ。

 たとえ失敗だったとしても、自分はやれるだけのことをやったんだって。

 鎮守府から漏れ出る光が、にかっと笑う司令官の横顔を照らしている。そして、あたしの頭にポンと手を置き、優しい目で告げる。

 

提督「だから天津風、もう我慢しなくていいんだ。今までよく頑張った」

 

 これまでの自分を思い出す。そうか、色々理由をつけてごまかしていたけど、我慢していただけだったんだ。

 あたしは目を丸くしていたが、だんだん目頭が熱くなってくる。

 

 「そう、ね。ちょっと、疲れちゃってたかも……」

 

 じわじわと溢れてくる涙はもう止まらない。

 この人にここまで心動かされるなんて。

 

 「ねえ、あたし、かなり遠回りしちゃったみたいだけど、今からでもまだ追い付けるかしら。皆に、そしてあなたに」

 

 あたしも、一度すべてを諦め、人生に向き合うことをやめたあたしも、連れていってくれるのだろうか、この人は。

 この人と一緒に、これから歩んでもいいのだろうか。

 

提督「ああ、もちろんだ。どこにだって俺が連れてってやる。お前に救われた、お前のための命だ」

提督「だから、これは印だ。証だ。もう二度とお前を迷わせない。どうか、受けとってくれるか?」

 

 あたしの目線までしゃがんで、司令官はそれを差し出す。

 この半年、毎日のように見たケース。その度、拒否し続けてきたプロポーズ。

 だが、今日はそのケースは開いていて。中の指輪がキラキラと月の光を反射している。

 

 「もう、しょうがないわね。けど、こちらこそよろしく」

 

 あたしはぐしぐしと涙をこすりながら、左手の人差し指を差し出す。

 司令官はさっと下を向いてしまうが、顔が赤くなっているのがバレバレだ。それでも、しっかりと指に指輪をはめてくる。

 半年以上の月日を経て、ようやく実った司令官のプロポーズ。

 この長い間、司令官はどんな気持ちでプロポーズし続けたんだろう。ただ、一つ言えるのは、死ぬまで諦めなかったに違いない。

 あたしはぐいっと司令官の手を引っ張り、隣に座らせる。そして肩に頭を乗せるように寄りかかる。

 

 「少し、このままで……」

 

 外はかなり冷えてきたが、司令官から感じるこのぬくもりが心地よい。

 こうして、長い間凍りきっていた心は、司令官に溶かされていったのだった。

 

 

     ◇ ◆ ◇

 

 

 結局、かなり遅れてパーティーに参加したあたしたちだったが、想像をはるかに超えるくらいみんなに祝ってもらった。

 食堂を埋め尽くすほどのご馳走を食べたり、五月雨や古鷹さんからもプレゼントをもらったり、それはもう大規模なお祝いだった。司令官には指輪の他にも、アロマをもらった。進水日は進水日で別に用意していたらしい。

 古鷹さんはあたしの左手を見て、小さくガッツポーズをしていたが、見なかったことにしておこう。

 みんなには冷たく接してきたつもりだったが、誰もそんなこと気にしていないように、普通に話しかけてくれた。つまるところ、あたしは最初からうまく立ち振る舞えてなんかいなかったのだ。

 半年以上もかかったが、ようやくあたしは今まで見ようとしなかった自分自身の幸福に気が付いたのだった。

 

 

 

     ◇ ◆ ◇

 

 

 

 それから一年、相変わらず司令官はしつこいぐらいあたしにべったりだが、みんなからは理想の夫婦みたいに扱われてしまっている。

 古鷹さんもケッコンしているのだが、古鷹さん曰く、結婚している娘には適わないらしい。

 

五月雨「天津風ちゃん、今日も一緒にごはん食べようねー!」

 

 あたしの方は、五月雨を筆頭に駆逐艦達にかなり懐かれてしまっている。しばらく冷たくしていた申し訳なさで、五月雨にはあまり強くでれないのだ。

 でも、司令官からもらったこの日常は思った以上に楽しいものだった。

 それに今なら、はっきりと過去の自分に言ってやれるのだ。

 

 どうせ死ぬんだったら、神様が悔しがるくらい人生を満喫してやればいい。

 

 だってそうでしょう? 人生は一度きりなのだから。

 





 これで完結です。

 天津風の心理描写、かなり難しかった! 
 思うように書き表せなかったもどかしさがあります。


 作者のやる気に繋がるので、感想や評価を頂けるととてもありがたいです!

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 それではまた次回作で!
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