「ソードアートオンラインって知ってるかい?」
病室のベッドの背もたれを起こして医師と話していた少女は、唐突な質問に首を傾げた。
「それって、最近ニュースで話題のゲーム?」
「そう、それ。最近発表されたVRゲームだよ」
これを被るんだよ、と医師──倉橋はヘルメット型のゲームハードを少女に手渡す。
「なかなか画期的でね、僕もやってみたいところなんだけど残念ながら入手は出来なかったんだよ。自分の五感をゲームの中に反映させる、いわゆるゲームの中に飛び込んでいく感覚を味わえるんだって」
「ゲームの中に? それホント?」
食いつくような質問に、倉橋医師は苦笑しながら頷く。
フルダイブ技術。
ナーヴギアと呼ばれる、少女が両手に持つヘッドギアが延髄部で脳からの命令信号を回収し、デジタル信号に置き換えることで、ゲーム内で受信した擬似的感覚を脳に本物だと錯覚させる技術である。
「でも、なんでそれがボクのところに来たの?」
「そのことなんだけどね……」
少女の疑問に、倉橋は言葉を詰まらせる。説明せねばならない、しかしどうしても迷いがある。それでも、と。これは少女のためになることだと信じて、倉橋は閉じた口をまた開く。
「その、だね。言いにくいことなんだけど……臨床試験として。ナーヴギアの、フルダイブの技術を医療に活用するためにつくられた試作機の被試験者になってみないかと提案しに来たんだ」
もちろん、無菌を保つクリーンルームで行われることで日和見感染を防げるから、症状の進行を妨げることができるというメリットがあることも伝えた。
実はもう、すでに彼女の両親には話してあった。彼らはとても悩まれたようだったが、最終的には娘の判断に任せる、と言ってくれている。
あとは、彼女の判断だけだ。
「そっか……試験……」
少女はポツリと呟き、手元のナーヴギアをそっと撫でた。
医療の場において、命をお試しでかけるなど許されることじゃない、と倉橋は強く思っている。だが、彼女に提供されるクリーンルームという環境は彼女自身の症状に有効であることも事実。今後の医療への貢献にも役に立ち、さらにはひょっとしたら、彼女自身の病気にも有効な手段が見つかるかもしれない。
そのわずかな可能性にかけたくて、倉橋はこの話を持ちかけた。
「……」
少女は俯いたまま、何も言わなかった。急な話だ、そう簡単に決められるものでもないだろう。
「ゆっくり考えてみてください。ゲームはいつだって始められる。急ぐ必要はありませんから」
倉橋はそう言って病室を出ようと扉に手をかけたところで、後ろから声がかかった。
「……先生」
「うん?」
振り向くと、彼女のまっすぐな瞳にぶつかった。
「お父さんとお母さんは、ボクに任せるって言ってたんだよね?」
「うん。君の判断でいいと言っていたよ」
「そっか」
うん、とひとつ、彼女は頷いた。
そして、ナーヴギアに手をかける。
「ねぇ、先生?」
「うん」
彼女の目に、迷いはなかった。
すっぽりとヘッドギアを被って、彼女は言う。
「ボク、ゲームの中、入ってみたい!」
そしてバイザーを上げて、にこやかに笑ってみせたのだった。