野郎どもに花束を   作:小川 帆鳥

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イルファング・ザ・コボルドロードー1

 十二月四日。

 暦の上では紛うことなき冬であるが、朝の寒さも夜の長さも感じない奇妙さがあった。だがその奇妙さをそういう日なのだと流せるくらいには、自分の感覚が狂って──あるいは適応してきたのだと気づいて失笑した。

 このゲームの世界では、あまり季節による気候変化が起きない。もちろん雨も降るし風も吹く。もしかしたら雪だって降るのだろう。けれど、どれだけ現実準拠であってもあくまで《ある程度》なのだ。肌をさするほど寒くなるのはおそらく、そういう気候に設定されたエリアだけ。逆もまた然り。それ以外は基本的にランダムだ。そのくせ吐く息は白いのだから変なところでリアルを追求している。

 見上げると、青空と俺との間に薄く膜があった。……ときどき雲なのか次の層なのかわからなくなる。

 

「さて、みんな集まったかな! 最終確認だ。みんなコレはもらったか?」

 

 迷宮区の入り口を背に、ちょうど近場にあった岩を壇にして、ディアベルが声を張り上げる。その場に集まっていた、彼を除く四十五人の視線が一斉に集中した。

 青髪の騎士が手にしているのは一冊の冊子だった。ひらひらと揺れるそれには見慣れたネズミのマーク。《鼠の攻略本》だ。だが、いつもなら黒い線で描かれているはずのシンボルが今回は赤い線で描かれていた。

 

「号外だ。いちおう各班のリーダーたちにはオレから共有してある。もし手元にコレがない人がいたらそれぞれのリーダーに聞いてくれ。──大丈夫そうかな?」

 

 ディアベルの問いかけに、そこかしこで頷きが見える。

 攻略本の号外。それには、第一層ボスの情報がこれでもかと記されている。偵察隊を向ける暇もなく、ディアベルのパーティ以外は姿も見ていない、その彼らだって姿しか確認していない相手の情報だ。それを知るのはベータテスター以外にはあり得ず、だからここでも騒ぎが起こるのかとヒヤヒヤしていたのだが、どうやらなんとかなったようだった。

 もちろん、筆者はアルゴだ。頼むぞと、あの時言われた言葉とともに送られてきていたメッセージの内容がこれだったのだ。それに気づいたのが今朝であり、急ぎ発行してすぐにディアベルに知らせたのはとっさの判断とはいえ自分を褒めてやりたい。結果論だが、ディアベルを起点とした情報共有がおそらくは最も速く、軋轢の生まれない手段だったのだ。

 

「ひととおり行き渡っているみたいだね。なら、内容のほうも大丈夫かな。要注意は四本あるHPゲージが最後の一本になったときだ。それ以外は昨日練った作戦と変わらないよ。分担も同じ」

 

 その言葉にまたも頷きが返される。

 

「よし、準備は万端だ! 行こう!」

 

 おおっ、と野郎どもの太い声が上がり、列をなして迷宮区に飛び込んでいく。キリトと俺とがその列に連なり、最後尾に一言も発さない二人がついてきていた。

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ、アレは」

「ケンカ……みたいだけど」

 

 険悪なムードを感じ取ったらしいエギルが、そう問いかけてきた。ディアベルもやはり気になったようでそれに続く。俺は苦笑いを返した。彼らの視線の先には、無言のままモンスターを容赦なく葬り去るふたりがいる。

 迷宮区に入ったとはいえ、目的地であるボスの部屋まではまだ遠い。道中に敵はもちろん湧くし、それぞれの戦闘がバカにできない緊張感を必要とする。そのための案として、一度目の休憩のとき、あるプレイヤーから提案があった。曰く、

 

『ダメージを分散させるよりも一箇所に集めたほうが良いのでは』

 

 と。全員が戦闘に参加して回復薬を半端に使うよりも、言い方は悪いがひとつのパーティが犠牲になることでその消費を抑えたほうが良いのではないか。そういう提案だった。もちろん、その犠牲は俺たちおミソパーティだ。

 ディアベルはいい顔をしなかったが、キバオウはそれに賛成した。続いてキバオウ班のメンバーの何人か、そしてその他の班にもまばらに賛成の手が挙がる。そしてそれに続いて挙手をしたのが俺だった。

 変にギスギスしてるより体を動かしたほうがいい。それがユウキにもアスナにもためになると思ったからだ。余計なお世話だとでも言いたげな視線を感じたが、だったら余計な心配をさせないでいただきたい。

 キリトからはさすがに危険だと反対されたが、残る二人は不服そうにしながらも賛成側にまわった。当人たちが賛成したことで場の空気の流れは定まり、しぶしぶではあるがディアベルを頷かせたのだ。

 そういうわけで隊列を変更、おミソが戦闘に立ち、その後ろに道を知るディアベル、アルファベット順に名付けたときのA班であるエギル率いるタンク隊、その後ろに順次ついていくというかたちで再度進行を開始したというわけだ。

 

「見てのとおりだよ。ケンカもケンカ、大ゲンカ。ド派手にやった」

 

 迷宮区に入ってからも、やはりふたりは口を開かない。一緒にいるのに、別行動をしているみたいな。奇妙な動きかたをしている。

 キリト先生のパーティプレイ講座は、結局アスナとのマンツーマンで行われた。昨日あんな言い合いをしてしまった以上は顔を合わせづらいだろうというのと、けれどもスイッチくらいは知っておいてもらわないと俺たちもアスナも危険だというのとで、キリトにメッセージで事情を伝えるとともに俺が教わったのもキリトだったこともあって先生役を頼んだのだ。

 ふたりでのクエストがどうだったのかは知らないが、少なくとも知識としてアスナの頭には叩き込まれたはずだ。彼女の学習能力の高さは信頼している。目の前で活かされている場面は一度たりとも見ていないけれども。

 

「それは……大丈夫なのかい? 今後の攻略とか」

 

 ディアベルの問いかけに、やはり返すのは苦笑い。エギルの後ろに続く面々も心配顔だった。あれかな、数少ない女の子だから目立つのかな。まあ顔の見えないアスナはともかく、ユウキは人懐っこく笑うからなぁ。

 そんなことを考えていると、キリトが俺の代わりに答えた。

 

「どうかなぁ。シュウがどう思ってるのかは知らないけど、俺としては難しそうな気がするな」

「それは……どうしてだい?」

「あのふたりが行き違ってる理由が価値観の違いだから、かな」

「なんだその恋人のケンカみたいな」

「いや、実際そんな感じだと思うぞ」

 

 エギルが呆れたように言うが、俺はそれに頷いてみせた。

 彼女いたことないからあくまで想像だけど、きっとそういう感じだと俺も思う。なんたって俺と同じで異性との交際経験がないキリトが言うんだから間違いない。

 

「エギルもディアベルもさ、外からの救出ってあり得ると思うか?」

 

 突然の問いかけに面食らうふたりだったが、間を置かずに首は横に振られる。少なくともこの点においては、意見は一致しているようだ。

 

「もう一ヶ月だぞ。外からってのは、オレは諦めた」

 

 エギルの言葉にユウキがぴくりと反応したのが見えた。まあ、外からじゃあ俺たちがどうこうできるわけじゃないから。そんな思いを込めてアイコンタクトを試みると、わかってるよとでも言うかのように少しだけ笑って戻っていった。一晩寝て、少しは熱が冷めたということなのだろうか。そうだといいんだけど。

 

「オレも同意見かな。ラグが一切ないこのゲームでも、微かにそれを感じた日があっただろ。あのタイミングで、オレたちの体は病院に運ばれたんじゃないかと予想してるんだ。つまり、ネットワーク環境を移動することはできてもナーヴギアは外せなかったんじゃないかな、と」

 

 たしかにそういう日はあった、らしい。俺とユウキは気づかなかったけど、キリトやアルゴがなんとなく違和感を感じたとボヤいたことがあった。ディアベルもそれを言うってことはほんとうにあったんだな、ラグ。

 というかここまで一ヶ月、ラグはともかくバグも見せないってどんな完成度してんだこのゲーム。

 

「だよな。俺も、それに関してはもう無理だろうと思っている」

 

 ディアベルのような予想はしなかったけれど、俺も俺なりに、ひと月も経って外からの沙汰がないことにある程度の諦めはつけている。それに関してはアスナの判断は正しかったし、速い決断だったのだろうと思っている。

 では逆はどうか。

 

「じゃあ、中からの脱出は? 要するにゲームクリアだけど、それは可能だと思うか?」

「言ったじゃないか。それを今からやってみせて、希望の一歩にするんだって」

 

 さすがディアベル、一分の迷いも見せない。だが今は、そういう話は横に置いておいてほしい。

 

「いや、そういう希望的観測や目標はいらない。冷静に、現在の死者数と進行度合いとその期間、俺たちのレベル、そういったものを加味した確率の問題で考えてくれ。百層までだ。どう思う? エギル」

「それは……難しいだろう。というか、ほとんど無理だと言えるだろ」

「だろ?」

 

 杜撰な計算なのは否めないが、一層で千人、次で千人、その次で千人と考えれば十層で終わりだ。そしてそうなる前にプレイヤー全員の心が折れ、どうにもならなくなる。数字だけ見れば、やはりアスナの判断は間違っていないと言えるだろう。

 けれども、だ。

 

「でもじゃあ、ゲームクリアは諦めるか?」

「それはないよ」

「諦めるわけないだろう」

 

 ふたりとも迷う素振りを見せなかった。即答である。まあボス攻略に挑もうとここにいるのだから当たり前といえば当たり前だな。

 さて、本題だ。

 このふたりの意気込みが行く先は、《死んでもクリアする》なのか、《意地でも生きて帰る》なのか。まるで言葉遊びのような違いでしかないが、その違いがユウキとアスナのすれ違いを生んでいる。

 

「ここまでを前提として、ふたりに聞きたいことがあるんだ」

 

 ディアベル、エギルが頷くのを見て、俺は足を止めた。

 ちょうど先頭で暴れていた女性陣ふたりも立ち止まっていた。どうやら終着点らしい。眼前にそびえるは巨大な両開きの大門。鉄に錆が走り、古めかしさを感じさせる。

 この向こうに、いる。

 先頭に倣うように足を止めていく隊列。場の空気が、張った糸のように静まっていく。

 

「死ねない理由って、あるか?」

「あるよ」

「もちろんだ」

 

 即答だった。一切の迷いなく、ふたりともが頷く。

 

「それって、何か聞いても?」

「そうだな……」

 

 ディアベルは言いながら、足を止めた攻略隊の前に進み出る。注目を集めるために抜いた剣から、しゃいいいいんと高い音がした。

 

「みんな、ついにたどり着いた。これがボス部屋に繋がる扉だ。もうオレから言うことなんてたったひとつしかない」

 

 扉に向き直り、ディアベルは取っ手に手をかける。

 

「──勝とうぜ!」

 

 ゴゴン、と重い音がして。

 鉄扉がゆっくりと動き出す。

 広大な部屋だった。ボボボボ、と近いものから順に火が灯っていく。そうしてその向こう、玉座に鎮座する巨大な獣の姿が、火に照らされて闇の中から浮かび上がった。

 正面を見据えたまま、すぐ横に立っていた俺たちにだけ聞こえる音量で青髪の騎士は呟く。

 

「──オレはゲーマーなんだ。ゲームクリアは、自分の手で成し遂げたいのさ」

「──!」

 

 その答えに、キリトが息を呑むのが伝わってきた。キリトだってゲーマーなのだ、なにか通ずるものがあったに違いない。

 ディアベルが思い切り息を吸う。

 

「行くぞ!」

 

 迷宮区に入るときよりも大きな掛け声が響く。それに呼応するようにボスの──《イルファング・ザ・コボルドロード》の低い咆哮が轟き、そして戦端が開かれた。先行して駆けるキバオウたちとそれを迎え撃つべく湧いた取り巻きモンスター《ルインコボルド・センチネル》の、剣と剣とがぶつかる音が小さく聞こえてくる。

 俺の後ろにいたエギルが、全員が突入したのを確認して口を開いた。エギルさん、とボスの目の前まできたA隊の面々が彼を呼ぶ。

 

「ちなみにオレは、嫁さんが向こうで待ってるから、だ」

「え?」

「なに?」

 

 白い歯を見せて笑った色黒スキンヘッドは、俺とキリトの動揺をしっかりと見届けてから駆け出した。いっさい速度を緩めることなく戦線に合流したエギルは、すぐさま隊員と動きを合わせてボスの振り下ろす大斧に自分の斧をぶつける。

 完璧なパリィ。ボスの体がわずかに浮いた。

 

「……マジか」

 

 あのひと嫁さんおったんか。そりゃあ死ねないわ。

 

「俺たちも行くか」

「……」

「キリト?」

「あ、おう! 行こう!」

 

 まだ動揺していたのか反応の悪いキリトに発破をかけて、いざ戦場へ踏み込む。すでに女性陣は予定していたキバオウ隊の近くまで駆けている。

 生存プレイヤー全員の命運を賭けた挑戦が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スイッチ」

「はい!」

 

 俺の声に、アスナが合わせた。コボルド衛兵の長斧に俺のカトラスをぶつけて弾くと、一時的な短いスタン。その隙を逃さず、俺の脇を抜けて流星の如き刺突が衛兵の喉笛に突き刺さった。HPが残りわずかだったセンチネルはその一撃がトドメとなって爆散する。

 アスナの戦闘を間近で見るのは初めて会ったとき以来だが、どれだけの研鑽を積んできたのかは一目瞭然だった。剣筋は正確にまっすぐ、システムアシストに一切逆らわない滑らかな動き出し。フェンシングでいうボンナバンのような。一歩前へ踏み出し、その勢いで刺突する、ただそれだけの動きをどれだけ繰り返してきたのだろうか。

 聞いた話じゃかなり危ない橋を渡っていたらしいからあまり褒められたものではないのは確かだが、今この場においては頼もしい限りだ。

 

「ナイス。急拵えとはいえ完璧だな」

 

 さらに教わったばかりのスイッチをきちんと本番でこなせるようになってくるあたりもさすがだった。今のが二体目の敵兵だったのだが、ここまで変にぎこちない動きは見せていない。

 なんだろうな、ちょっと懐かしいような気もする。家庭教師もどきをやっていた頃を思い出す。

 

「……わたしは突いてるだけですから」

 

 褒めるとそっぽを向くあたりも、変わっていない。

 

「それでもだよ。な、キリト」

「うん、グッジョブ」

 

 俺の動きに合わせて後ろに下がっていたキリトが、爆散を見届けて頷く。

 アスナが突いているだけと言うなら、俺は相手の武器を弾いているだけだ。一度たりともセンチネルに直接攻撃はしていない。トドメやちょこちょこと生まれた隙をアスナが削り、それ以外の大部分をキリトとその後ろでポーションをくぴくぴと飲むユウキが叩き出していた。

 

「……むー。キリト?」

「やってくうちにできるようになるって。それか不意にコツを掴むか」

「コツかぁ。むむ」

 

 相変わらずユウキは上手いことソードスキルを発動させることはできないでいる。が、それでもキリトに肩を並べて戦えている。途中で蹴つまずいてHPが黄色くなったところで安全を考慮し攻撃から抜けさせたものの、軽い身のこなしと手数の多さはキリトと遜色ない。

 その当のキリトには、強いの一言だった。滑らかにソードスキルを発動、硬直時間すらも計算したかのようにユウキへとスイッチ、そしてまた絶え間なく敵を斬りつけていく。俺もユウキもアスナも互いを補い合っている中で、ひとりだけ安定感が違う。まるで違う次元にいるような、そんな遠い存在に思えてくる。

 

「……だから、なんだよな」

 

 誰にも聞こえないように呟く。

 俺はアスナを死なせるわけにはいかないと決めている。だが、それだけで俺が情報屋をやると決めたわけじゃない。

 あの遠い背中を、そうと感じさせないためでもあるのだ。

 

「ん、何か言ったか、シュウ」

「いや。順調だなって」

「そうだな、順調だ」

 

 俺の言葉に肯いて、キリトはボスに視線を向けた。

 攻略は順調に進んでいた。ボスのHPはすでに一本が削れ、二本目に突入している。今のところHPが黄色くなるプレイヤーはいても、赤くなる、すなわち危険域にまで突入するプレイヤーはいない。きちんと後退、回復、復帰というポットローテーションを成り立たせることができている。

 取り巻き担当の俺たちも、こうして少し会話ができるくらいには余裕があるのだ。

 ただ、その余裕が気をはやらせる要因になっているのも確かで。

 

「……向こうに参加しても?」

「ダメだって言ったろ」

 

 一体目の取り巻き兵を倒したときもそうだったのだが、アスナがとにかく前線に出ようとするのだ。

 

「この時間、もったいないです」

「ダメだ」

「一撃でも与えれば、そのぶん少しは楽になるでしょう?」

「ダメ」

「じゃあ黙って見てろって言うんですか」

「違えよ、休憩を挟むのも必要だって言ってんの」

 

 アスナの言わんとすることは分からなくもない。確かに、微々たる一撃でもないよりはマシだ。塵も積もれば山となるのだ。

 だが奥行きのあるこの部屋で、ボスのところまで行って戻ってくるのはそれだけでタイムラグ。HPに余裕があるとは言っても、時間に余裕があるわけじゃない。アスナがボスのところに着いたタイミングで取り巻きが現れたなんてことになれば意味がないし、飛び入りが変に本隊の陣形を乱れさせても意味がない。それでダメージを負わせた、もしくは負って戻ってくるなんてのは尚更だ。

 それをアスナが理解していないとは思っていない。それでも気をはやらせてしまうのは、昨日の言い合いから続く意地張りが原因なのだろうと思う。

 ──最後まで戦って死ぬの。

 諦めているわけではないらしい。もしかするとアスナは自分がここにいたという実績を、軌跡を残したいだけなのかもしれない。一矢報いようとすら思っていない。ただ足掻きに足掻いた爪痕を残そうと、それだけを必死に思っているだけなのかもしれない。そう思うと、キリトが感じたという鬼気迫るほどの気迫もわからなくもない。

 だがやはり、ユウキはそれを許せないようだった。

 

「シュウの言うとおりだよ、アスナ」

「……ユウキには関係ないでしょ」

「今はパーティの仲間だもん、大アリだよ」

「ふん」

 

 やっと話したと思ったらこれだ。取りつく島もないといった感じか。キリトも苦笑いしかできていない。

 

「……やるなら、まずは取り巻きだ」

「シュウさん……」

 

 不服そうな、けれど止めないことにほっとしたようにアスナは肩の力を抜いた。俺もたいがい甘いと思う。

 DPSというのだったか。プレイヤースキルの高いキリトをはじめとして秒単位に出せるダメージ量がずば抜けて多い俺たちが速すぎるだけで、他のセンチネル担当は楽勝とまではいかずとも苦戦をしない程度のラインを保てている。あっちのヘルプに回ってさらに余裕を持たせることができるのであれば、ひょっとしたらディアベルから声がかかるかもしれない。実際、取り巻き担当だった三班のうちのG隊はその余裕さから本隊に呼ばれ合流している。可能性として無い話ではないのだ。

 もしそうなったら、その時は止めない。

 

「ただし、全部倒したら、な」

「シュウさん!」

 

 後出し条件に、アスナの下がった肩が上がった。でもこればっかりは譲れない。自分の仕事をほっぽりだしてやりたいことだけやるなんて認められるわけないだろうに。

 

「あとキリトを連れてけよ」

「え、俺か?」

「ひとりで行かせられるわけないだろ。こっちはユウキとふたりでなんとか保たせるから、あっち潰してこい。な?」

「うん、今度こそ成功させちゃうよ!」

 

 ソードスキルがうまくいかないことがよほど腹に据えかねていたらしい。やる気はじゅうぶんだった。

 俺としても、昨日の件でユウキの話を聞くのにちょうどいい機会だ。寝言のところまで踏み込むつもりはないが、アスナの意向だけを聞くのもなんだかフェアじゃない気がするから。

 

「でも、ほら。あっちには……な?」

「キバオウだろ」

 

 パーティを組んだキバオウ率いるE隊は、当たり前だがオミソの俺たちより人数が多い。そのぶん彼らがより多くヘイトを集めるのは当たり前だし、ボスの取り巻きである以上得られる経験値も多いわけで、それをベータテスターとの差で喚いたキバオウが見逃すはずがないのだ。実際、反対の壁際にいるから遠目でしか見えないが班をふたつに分けようとしているように見える。

 

「いっそお前から噛みついちゃえよ、なんだったんだって」

 

 キリトがキバオウを避けたがるのはなんとなくわかる。会議での一件があって、そこに取引が重なってくるとまるでキリトがベータテスターだと知ってるような気がしてくるからだろう。

 アルゴもそうだが、彼らベータテスターはその情報が漏れるのを極端に嫌う。だが、だからこそ情報統制はしっかりと行なっているのだ、そう簡単に漏れるはずがない。

 ならば向こうが避けこそすれ、こっちが身構える必要はないんじゃないか。

 

「いや、まあ……それは気になるところだけど。装備変わってないし」

「……そうなのか?」

「うん、昨日となにも変わってない。ちらちらと見ながら確かめたから間違いないよ」

 

 言われても俺はそこまで見てないからよくわからないが……もしそうだとして、四万コルもの大金はどこに消えたのか。いいじゃん、どうせ名前の公開も向こうが許可したんだし、聞く権利ぐらいあるだろ。噛みついとけ。あと目の前の敵には集中しような。

 そんなことを言い合っていると、ボスの咆哮が轟く。「三本目!」とディアベルの合図があり、壁の穴から追加の取り巻き衛兵が飛び降りてきた。

 

「……行きます」

「あっ、ちょ!」

 

 取り巻きの出現と同時にアスナが駆け出した。それにキリトが慌ててついていく。ユウキも走り出し、それについていこうとして──足を止めた。

 

「いこ、シュウ! ……シュウ?」

「あ、すまん。いくか」

 

 ユウキに呼ばれて振り返る。取り巻きの衛兵は敵を求めて本隊に近づきつつあった。それに飛びかかるようにして、ユウキがヘイトを稼ぐ。

 周りを見ても、おかしいと感じるものなんてない。本隊はボスに、そのほかは取り巻きに集中している。

 今のはなんだったんだ。なんというか……首の後ろが、ざわついた。

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