野郎どもに花束を   作:小川 帆鳥

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イルファング・ザ・コボルドロードー2

 ずっと不思議に思っていたことがある。

 リアルの話になるから踏み込みはしなかったし、それと今とでそこまで深く結びつくものでもないと思っていたのだ。

 そういう子なのだと思えばそれまでだし、そういうことにしておくことで半ば無理やり自分を納得させていたところもあった。

 だが昨日の件。アスナに噛みついたこともそうだったし、寝言の件でもそうだ。押さえつけていた疑問がむくむくと起き上がってくる。そうなるともう止められなかった。

 

「スイッチ」

「ん!」

 

 アルゴはとんでもないルーキーだと評した。実際、周囲の動きを観察して当時ではベータテスターしか知ることのなかったエリアに到達していた、それもひとり、独力である。とんでもないルーキー。まったくそのとおりだ。

 さらにその実力は伸びていき、今ではキリトに比肩するほどだ。その一因としてアルゴ曰く、『不思議なほど怖がらない』。それはキバオウに反論したときもそうだし、ボス戦に参加すると決めたときもそうだった。

 いま思えば。そもそもの話として、ユウキはあの日ひとりでフィールドに出たのだ。あれだけ現実と死を強調したチュートリアルがあって、阿鼻叫喚の渦が巻き起こって。

 

「もいっちょ」

「やぁ!」

 

 キリトが戦いに踏み出したのは、夢のためだと聞いている。剣と自分とが一体化する感覚をもう一度味わいたい、それまでは死んでる場合ではないのだと。

 クラインが未だはじまりの街付近から足を伸ばさないのは、仲間を守るため。《仲間全員で》生きて帰るのだと、そのために確実かつ堅実な手段を取った。

 アスナは、自分が戦った爪痕を残すために。まるで燃え尽きていく流星の如くデスゲームを駆け抜けていく。

 そのほかだって、誰であれ何かしらの理由はある。

 ディアベルは、ゲーマーとしての矜恃を保つために。

 エギルは、現実で待つという奥さんのために。

 そして俺は、巻き込んでしまったアスナと、巻き込んでいたかもしれなかった浩一郎への贖罪のために。

 

「もっかい」

「とぉー!」

 

 ならユウキは、いったい何のために? 

 決して理由がなければいけないなんていうわけじゃない。けれど命のかかったこのゲームで、なんの理由もなくこうして最前線に身を置くことがあるのだろうか。

 昨日の夜の諍いから想像するに、決して死にたがりというわけではないとは思う。「どうせ死ぬのよ」という言葉にあれほど反応したのだ、これは間違いないだろう。

 では死ぬことを望んでないとして。ならばなぜ、こうまで敵モンスターに、自分の命を刈り取ろうとする相手に立ち向かっていけるのか。

 

「もう一回」

「てぇやぁ!」

 

 ガギギギギ、とユウキの剣がセンチネルの鎧に弾かれながらも振り抜かれる。ソードスキルでない、しかも鎧に阻まれた攻撃ではあるが、筋力値をはじめとした数値の高さがダメージとして判定される。

 だがソードスキルとそうでないものとで与えられるダメージ量は段違いだ。連続でパリィすることで無防備な状態を作りだしては何度も斬りつけているが、ほとんど敵のHPは減っていない。

 それにもどかしさを感じたのか、はたまたずっとこうして考えごとをしていたのがバレたのか。ユウキがついに声を上げた。といっても、不満そうな声じゃない。やけに楽しそうな声音だった。

 

「うーん、やっぱり硬いね。弱点って喉元なんだっけ?」

「……ああ、そうだよ」

「よーし、じゃあ次はそこかな。もう一回頼むね、シュウ!」

 

 言って、ユウキは“次”を見据える。

 そのどこまでも前向きな姿勢に、ついに疑問が声に出た。

 

「……なんでだ?」

 

 どうしてそこまで前向きになれる? 

 どうしてそこまで次を怖がらずにいられる? 

 どうしてそこまで、《普通》でいられる? 

 

「なんでだっていうのは、なにに?」

「あ、いや」

 

 聞かれているとは思っていなかったから返事に戸惑う。今さらパリィに疑問を持つのも変だと口ごもると、ユウキは苦笑いした。

 

「……ボクのこと、かな」

 

 そう言ったときの顔は、昨夜の寝言を言っていたときと同じだった。

 

「よく言われるよ、変だって」

「いや別に、変ってわけじゃ」

 

 センチネルの振り払われる斧を飛び退くように避ける。

 変じゃない。変ではないのだ。ただ不思議なだけ。やはり言葉遊びのような違いでしかなくて、だからなにも言い返せなかったけれど。

 まるでそれがわかったかのようにユウキは、今度は明るく笑った。

 

「へへ、わかってるよ。悪い意味じゃないんだよね、シュウのは。ぶきっちょなだけ」

「……すまん」

 

 体勢を立て直したセンチネルが、またも斧を振りかぶる。

 

「いくよ、シュウ」

 

 ユウキが迎撃する姿勢を見せる。それに頷いて、剣に光を纏わせて踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ──聞いてくれる? 

 

 そう言って、ユウキはセンチネルの攻撃を躱しながら、斬りつけ、また躱す。それに合わせるようにパリィの回数を増やして、できるだけユウキの攻撃回数が増えるように努めた。

 三体めともあって、攻撃パターンはある程度わかっている。話しながらでもセンチネル一体なら大きな危険はなかった。

 

「ボクね、体が弱いんだ。それも、生まれつきじゃなくて病気で。HIVっていうの、聞いたことあると思う」

 

 HIV。ヒト免疫不全ウイルス。その名のとおり、ヒトの免疫を弱めるウイルスだ。それにユウキは感染しているという。

 

「学校でね、ボク、成績良かったんだ。友達もいっぱいいて、楽しかった。でも……どこからなんだろうね、ボクがそのキャリア持ちってバレちゃって」

 

 学校、そう聞いて今さらながらも思う。そうだよな、どう見ても小学生くらい、高くても中学生だ。本当なら、今ごろ学校に通っていたはずだ。

 

「学校にいても、周りが怖がっちゃって。普通に生活してたら()()るものじゃないんだけど、みんなボクのこと変だって言って遠ざけてね」

 

 確かに珍しい病症ではある。だがそれが変かと言われれば、決してそんなことはない。それが、この子を遠ざける理由にはならない。なってはいけない。

 

「知らないと怖いよね。だからってわけじゃないんだけど、そのタイミングでもっと病気が悪くなっちゃって。そこからはずっと病院生活なんだ」

 

 それがきっかけということはないはずだ。だがそのタイミングの悪さは、周囲の悪意がそうさせたように見えてしまってならない。誰かが知っていれば。そう思わずにはいられない。

 

「でも仕方ないかな。ほっとけば死んじゃうらしいし、それは嫌だもん。でも悪いことばかりじゃないんだよ。それのおかげで、こうして一万人しかできないゲームができてるんだから」

 

 エイズというのは、免疫不全という名前からもわかるように色々なウイルスに弱くなるものだ。あまり詳しくはないが、極論を言えば誰であれ引き起こす熱や風邪に対しての抵抗力も下がるということだろうと思う。それの予防策は、思いつくものとしては隔離。無菌状態を保てる部屋にいる、それ以外には俺は思いつかない。

 だが、それとこのゲームとのつながりがわからない。

 

「……なんでそれで、このゲーム?」

「リンショウシケン、って言ってたかな。ま、要するにお試しだって。機械の。これが効果を発揮すれば、ボクと同じ病気の人にも、そうじゃない人にも使えるからってことらしいよ」

 

 リンショウシケン。臨床試験か。確かにナーヴギアは全身麻酔に似た効果を発揮できる。脳からの電気信号を遮断して変換するということは、自発的に現実の体を動かすことがないのだ。確かにそれを医療として使えるならば、画期的なものと言えるだろう。

 こんなデスゲームになってしまっては、それどころじゃないだろうが。

 

「まあ、ボクはなんにしても出歩けないから。ちょうどよかったよね」

 

 出歩けない。ということは、まさか本当に隔離されているのか。

 もしそうだとして、それならばユウキは。

 

「ここでこれだけ暴れられて、楽しいやら嬉しいやら、か?」

「そういう、こと!」

 

 ズバン、と。パリィされて無防備に腹を曝け出したセンチネルの、浮いた顎の下。唯一の弱点である喉元に、ユウキの鋭い刺突が突き刺さった。

 ギャオ、と悲鳴が上がる。ようやくにして、敵のHPは半分まで削れた。

 なんとなくわかったような気がする。ユウキが『不思議なほど怖がらない』理由が。現実の体に死が迫っている。このゲームでも死は間近にある。この子にとってはまさに、ゲームであってゲームじゃない。どちらであっても、どこまでも現実なのだ。

 

「どっちも変わんないし、それならめいっぱい頑張らないとね!」

「……なんか聞いちゃいけないこと聞いた気がするな」

「そんなことないよ。ボクが勝手に話したんだし。……それに、さ」

「それに?」

 

 センチネルが斧を振り回した。ソードスキルの三連撃にパリィが間に合わなかったので素直に間合いから飛び退く。

 

「……シュウには、知っておいて欲しかったから」

「? なんで?」

「へへ、ひみつ。ほらくるよ! パリィよろしく!」

「え? おわぁ!?」

 

 疑問に思ってユウキを見ようとして、センチネルから視線を切った。その一瞬を突かれて、すぐ近くに敵が迫ってきていた。真上から振り下ろされる斧を剣でただ受ける。筋力の数値的に、やはり俺はセンチネルにも劣る。ギャリギャリと刃と刃がせめぎ合い、火花を散らしながら俺を少しずつ下へと押しつぶしていく。

 それが鼻先にまで近づいた瞬間、ひときわ大きな音と共にふっと重さが消えた。

 

「もー、目を離したら危ないんだよ」

「すまん」

 

 腰に手を当てて、ユウキはいつもの人好きのする笑みを浮かべる。

 

「まあそういうわけで、アスナにはちょっと噛みついちゃったってわけ。どうせ、なんて許せないもん。諦めちゃいけないんだよってね」

 

 気にしてもらってありがとね、とユウキはまた笑った。

 

「ケンカに巻き込んじゃってごめんね」

「まあ目の前でやられたらな。それに翌日にはこれって思うと、さすがにやばいだろと」

「だよね」

 

 今度は困ったように苦笑い。この大一番の舞台でこれだけ笑顔でいられるのはユウキだけなんだろう。でも、だからこそ。きっと、アスナを踏みとどまらせることができるのもユウキだけなのだろう。死の重みを誰よりも感じているこの子だから。

 絶対に死なせたくない。

 そう、強く思った。

 

「まあ、そっちはボクが自分でなんとかする。シュウはいつもみたいに見ててくれればいいよ」

「……わかった」

 

 まあ、ふたりの話は聞いたし。なにかあったらまた間に入るくらいはするだろうけども、これ以上は言われたように見届けよう。

 

「さて、それじゃ」

「うん、やっちゃおう!」

 

 そうして改めてセンチネルに向き合う。敵のHPは残りわずか、この感じならふたりでも倒せなくはない。他の取り巻きもほぼ倒されつつあるし、これならば無事にクリアできるだろう。ユウキとアスナの問題はそのあとでも大丈夫だ。

 そうして、いざ続きをと踏み込んで。

 

「──まさにそれを狙うとったんやろが!」

 

 キバオウの声が、耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 センチネル二体に挟まれるようにして、キバオウたちE隊とキリトアスナが背中合わせに戦っているのが見える。今の声はまさにそこから聞こえてきた。

 

「なんだろ?」

「……さあ?」

 

 いちおう守秘義務があるので取引に関してはユウキには言えない。が、会議の件がある。キリトがベータテスターだと知っているユウキならば、キバオウと一悶着が起きてもある程度の想像はできそうだ。

 

「わいは知っとんのや。ちゃーんと聞かされとんのやで……あんたが昔、汚い立ち回りでボスのLAを取りまくっとったことをな!」

「な……」

 

 キバオウの言葉に、キリトの動きが一瞬止まる。だが敵は待ってくれない。その瞬間を見逃すはずもなく斧が大きく振りかぶられた。それをギリギリのところでキリトは躱す。

 

「ねえシュウ、LAってなに?」

「ラストアタックの頭文字だな。敵を倒したときに最後に攻撃したやつがもらえるボーナス」

「ふーん?」

 

 こちらもこちらで、敵は待ってくれない。パリィ、ユウキの斬撃、またパリィ。単調な動きなだけに考えなくてもできるようになってきた。それだけに思考のリソースは別のところへ割くことができる。

 キバオウがキリトのベータ時代のスタイルを知っている? そんなはずはない。もしそうならキバオウだってベータテスターでなければならず、その前提が成り立つのなら会議での一幕は全て瓦解する。まさに自縄自縛。

 だが『聞かされた』と言っていたことから、あくまで今のは伝聞情報だ。ということはキバオウにその情報を伝えた人物がいるということになる。

 

「あの人もそのLAっていうの、欲しいのかな?」

「そりゃそうなんじゃないか。ひとりしか取れないんだし、な──」

 

 そこまで言って、ふと気づく。

 LAが欲しいなら、本隊に入っておくべきなんじゃないのか。取り巻き担当でいたらほぼ間違いなくLAは取れない。指揮をしているディアベルに直談判をしてでもここではなく向こうにいるべきなのだ。

 

「そうか……そういうことか」

 

 不自然さはいくつかある。

 キリトが言ったように、四万コルはどこに行ったのか。

 どうしてキバオウは、あれだけしつこく取引を持ちかけておいてあっさりと名前を明かしたのか。

 なぜ、あくまでもキリトの剣に固執したのか。

 

「キバオウ……あんたにその話をしたやつは、どうやってベータ時代の情報を入手したんだ?」

「ああ? 決まっとるやろ。えろう大金積んで、《鼠》から買った言うとったで。攻略部隊に紛れ込んだハイエナを割り出すためにな」

 

 歯噛みするキリトに、憎々しげに話すキバオウ。

 これも不自然な点だ。というかもはやあり得ない。《鼠》は、アルゴはそんなことをしない。その情報だけは、金をどれだけ積まれても売らないものだからだ。

 もう決まりだ。キバオウは少なくとも黒幕じゃない。その向こうに、まだ誰かがいる。

 つまり、そもそも四万コルはキバオウのものではなかったのだ。使わなかったのではなく、使えなかった。それというのもキバオウもまた交渉の代理人だったからだ。俺たち《鼠》と、キバオウと。ふたつの間を介することで向こう側を見えなくしていた。キバオウもあくまで代理だったから、名前を明かすことができた。しつこく迫って断られたあとの気まずさなんて関係なかったのだ。

 そしてキリトにこだわった理由。それはキリトにLAを取らせないための作戦だろう。キリトのベータ時代のスタイルを知るのはベータテスター以外にあり得ない。キリトの剣を得ることで戦力アップを図り、かつキリトの戦力を削ぐことができる。一石二鳥だ。

 

「?? どういうこと?」

「ユウキが言ったとおりってことだよ」

「うん?」

「要するに、誰だってLAは欲しいよなってこと」

 

 言い終わると同時、大きくセンチネルの斧を弾く。その間隙をユウキが見逃すはずもなく。立て続けに斬りつけてHPを削りきった。

 

「唯一のボーナスなんだから、取れるもんなら取りたいよな」

 

 そしてそれを最も取りやすい位置にいて、それが不自然でないプレイヤー。

 それが誰なのか考えたところで思考が止まる。

 ……そんなん、絞れなくね? 壁役なら誰だって不自然じゃないんだけど。マジで誰であってもおかしくなくない? 

 もうちょっと情報があれば絞れるんだけどな、なんて考えていると、おおっしゃあ! と太く歓声が響いた。

 見ると、ボスの四本もあるHPバーの三段めがついに削りきられていた。そこまで追いやったB、F、G隊が下がり、最後の締めとばかりにポットローテで回復したC隊が、そしてそれを率いるディアベルが前線に出る。

 

「……シュウ」

「おう、キリト。どうだった?」

 

 ひとまず取り巻きたちを倒しきったキリトたちが合流した。

 

「聞こえてたろ。それ以上はないよ」

「……なんの話?」

「いや……とりあえず、敵を倒そう」

 

 アスナも交え、短いやりとり。キリトにはかなり衝撃だったのだろう。口数がかなり少なかった。ただ、それ以上は俺も答えを見出せていない以上何かを言えるわけでもない。

 頷いて、新たに湧いた取り巻きに剣を向けて。

 

 ── ゲームクリアは、自分の手で成し遂げたいのさ。

 

 ふと、ディアベルの声が頭に浮かんだ。

 

 ── オレはゲーマーなんだ。

 

「──まさか」

 

 再びボスに目を向ける。

 ぞるり、と。骨斧と革盾を投げ捨てたコボルドの王が、腰に帯いた凶悪なほどに長い湾刀を抜いたところだった。

 そこで、違和感。

 俺は武器に詳しくない。けれど、()()()はわかる。湾曲した刀剣というくらいだから似ているのは間違いないが、どう見ても洋風の拵えではない。アレはそれよりも、俺が憧れて、いずれは使いたいと思っている武器の形に近い。

 

「シュウ、くるよ! ……シュウ?」

「シュウさん! きます!」

「そっちは任せる」

 

 ふたりを手で制して、キリトを見る。俺が感じたものが間違っていればいい、そう思って。

 キリトも何かを感じたのか、同じようにボスを見ていた。ハッとした表情をして、それから嫌なことに気づいたように顔をしかめて、叫ぶ。

 

「……ダメだ、止まれぇ!」

「なに言っとんのや!」

 

 それをさらに、キバオウが止めた。

 

「おんどれがどんだけLA欲しいのか知らんが、ソレはディアベルはんのもんや。絶対に取らせへんで」

「そんなもんどうだっていい! とにかく下がらせろ、今すぐだ!」

「あぁ?」

 

 怪訝そうにするキバオウに、キリトは胸ぐらを掴む勢いで睨みつける。

 

「アレは違う! 湾刀(タルワール)じゃない、ベータテストと違うんだ!」

「ベータ……? おんどれ、やっぱり」

 

 キバオウがまたも突っかかろうと表情を厳しくして、それと同時にボスがソードスキルを発動した。

 湾刀は曲刀カテゴリ。ならば俺が知らない構えにはならないはず。ボスのレベルだけなら俺よりも下なのだから。

 なのに、()()()()()()()()()()()

 あれは、曲刀ではない──! 

 

「アレは、《カタナ》だ!」

 

 キリトが痛烈に叫ぶ。

 ギュルンッッ! と。水平に構えて跳び上がったコボルド王が空中で横薙ぎに旋回した。曲刀ならありえない、三百六十度の範囲攻撃。落下しながら繰り出される赤い斬撃は竜巻となり、ボスのぐるりを囲んでいた攻略本隊の全員を一様に吹き飛ばした。

 たった一撃で六人のHPが黄色くなったことも驚異だが、それ以上に状態異常を示すマークに目が行った。くるくると星が回る。行動不能、スタン。即時発動だが、効果時間が短いだけに回復手段が存在しない異常状態。こうなったときは代わりのプレイヤーが盾となり回復するまでの数秒を持ち堪えるのが一般だ。

 だが、動ける者はいなかった。号外に載っていた情報とは異なる現状とここまで順調だった流れがぶった切られたこと、そして絶対的指揮官たるディアベルがやられたことが攻略部隊の体を縛っていた。急な展開に戸惑うと、思考も体も止まってしまう。

 攻略本の情報に誤りがあることは覚悟していた。だからあくまで《鼠》が独自で集めたものであると大きく見出しも入れていたし、可能な限り綿密に情報の精査を行いもした。それでもどうしたって齟齬は生まれる。そうなったとき、今までアルゴならば一旦退き、その条件を再現することから始めていたものだ。

 だが今は敵がいて、動けない味方がいる。しかも待ってくれない。コボルド王はソードスキル発動後の硬直時間が解けると、まだスタンが解けず倒れているディアベルに狙いを定めて走り出していた。

 ──このままじゃ、やられる。

 

「うぉっ!? なんじゃワレぇ!」

 

 そう思ったときには、俺の体は動いていた。俺とボスとの間にいたキバオウを最小限の動きで躱してとにかく走る。再挑戦は不可能に近いとキリトやアルゴが言うのだ。そしてそれを率いてきたディアベルを失えば、それは確実なものになってしまう。彼だけでも救わなければならない。

 ──頼むゾ。

 アルゴの言葉が、耳に蘇る。

 

「ボクも行くよ!」

「おう」

 

 隣をユウキが駆ける。なんとなく想像はできていたが、こういうとき真っ先に動けるようになるのはこの子だった。軽く視線を交わして頷き合うと、俺は速度を上げる。ただいつもの戦法をするだけだ。俺が弾き、ユウキが斬る。今回はそのユウキの役割がディアベルたちを引きずってでも安全圏に逃すことに変わったというだけだ。大丈夫、いける。

 そうして剣に光を纏わせ、コボルド王の振るうカタナの軌道を見極めたときだった。

 

「オイオイ、止めてくれるなよ」

 

 男の声が聞こえた。トン、と背中に何かが当たる感覚。体が急に重い。足が思うように動かなくなり、走る勢いのまま地面に転がった。

 

「……な」

「シュウ!?」

 

 なにが起きたのか分からなかった。ただ体が痺れて重い。立ち上がる力すらない。ユウキの急速に遅くなった足音がすぐ後ろに聞こえていた。

 そしてかろうじて上げた顔のすぐ目の前。もう十メートルもない距離で、コボルド王が吼えた。

 カタナの(きっさき)が地面すれすれから振り上げられる。ディアベルの体がふわりと浮き、追いかけるように王も跳ぶ。刀身の光は消えない。追撃が無防備なディアベルの体に容赦なく繰り出され、そして吹き飛んだ。

 

「シュウ、大丈夫!?」

 

 駆け寄ってきたユウキが慌てたように上半身を抱き起こしてくれる。

 なにが起きたのか、理解が追いつかなかった。誰かに何かをされて、急に体が動かなくなって。それで目の前でディアベルが──そうだ、

 

「ディアベルは」

 

 聞こうとして、言葉に詰まる。吹き飛ばされたディアベルが、さっきまで俺がいた場所に重い音を立てて突き刺さるように落下したのが見えてしまった。

 近くにいたキリトが駆け寄る。アスナが呆然とそれを見ている。

 そして──やけに大きな音を立てて、青白いポリゴンの欠片が爆散した。

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