季節限定のイベントクエストがあるという知らせをユウキが受け取ったのは十二月になってすぐのことだった。
情報源は《鼠》のアルゴ。アインクラッド随一の情報屋であり、彼女の扱うネタはゲームの攻略情報からプレイヤー個人の人間関係など多岐に渡る。金さえ積めば自分のステータス──つまり個人情報ですら売ると噂されるほどだ。そしてそれらの情報が間違ったことなど、たった一度しかない。
「寒いね」
「ナー」
だがそのたった一度が、《鼠》にとっては大きかった。名を騙られたのだ。ゲームの攻略情報を本という形にして周知させても、それが本当にアルゴのものなのかという疑念が生まれてしまう。顧客との信頼関係が肝となる業界において、それは決定的かつ致命的な疑念だった。
ユウキを含む一部のプレイヤーにとっては全幅の信頼を寄せられる情報屋だ。もちろんそれ以外でも《鼠》の情報を頼るプレイヤーは多い。むしろそうでないプレイヤーのほうが少ないと言える。
それでも、アルゴにとってはそのたった一度が首の皮を落としかねないほどの大きな傷となっていた。幸か不幸か、その傷を与えた相手はアルゴの元相棒。今は《梟》と名乗る彼を見つけ出してとっ捕まえて《鼠》の名のもとにタダ働きをさせる、それを行動理念の一角に据えて、アルゴは情報屋としてアインクラッド中を駆け回る。
そんなアルゴと、ユウキは一年もの付き合いとなった。
「……もう、一年だね」
「……ナー」
夜の曇天を見上げて、ベンチに座るユウキは長く息を吐く。それは瞬く間に宙に溶け消えた。
あれから、一年。アインクラッド初の殺人被害者であるディアベルの死を巡ってさまざまな出来事が起きた。冬を越え、春を迎え、夏が過ぎ、秋が去り──殺人者《梟》は、姿を消した。
オレンジプレイヤー。アルゴによれば、犯罪行為をした者を頭上に浮かぶカーソルカラーでそう呼ぶらしい。ユウキが知る限りではあの短剣使いもその枠組みの中に含まれるとのことだ。とてもシュウと同列になどできないとユウキは憤った。だがその怒りは、世論には異なる方向に捉えられる。
『オレンジなんてものじゃない。意図的に罪を犯したのであれば、それはレッドカラーだ』
モンスターの頭上にも、カラーカーソルは浮かんでいる。自らのレベルと相手のレベルとの差によって色が変わり、自分よりも低いか同列ならグリーン、わずかに上ならオレンジ、とても倒せないというほどに差が開けばレッドというように見えるらしい。ある意味でその凶悪さを認められ、シュウは《レッドプレイヤー》の名をアインクラッドに轟かせたのだった。
「……とりあえず、オレっちは行くヨ。ユーちゃん、根は詰めすぎないようにナ。アーちゃんにも伝えておいてくレ」
「うん。アルゴも、たまには休みなよ」
返事はなく、ユウキと背中合わせになるようにしてベンチの裏側に寄りかかっていたアルゴの熱がふと消える。急に冷たさが背中を襲い、思わずユウキは背筋を伸ばした。
街はどこかそわそわとした雰囲気に包まれていた。現在ユウキがいるのは第四十六層。その主街区であるクリスタは中央にある木を中心に、煌びやかに装飾が施されている。それはここだけでなく、解放されている全ての層の主街区が同じように装飾されていた。そしてそれが始まったあたりから、NPCから一様に似たような話を聞くようになったのだ。
「プレゼント、あの人は喜んでくれるかしら。あら、そういえば──」
「ねぇねぇ、知ってる? 一年間いい子にしてたからね、プレゼントもらえるんだって。あのねあのね、──」
「今年こそ、あの子にプレゼントを贈るんだ。そして想いを伝えるのさ。そのためにも僕は探すよ。なにをかって? それはな──」
──どこかに巨大なモミの木があって、そこには大きなズダ袋にプレゼントをたくさん詰めた聖人がいるらしい。
《背教者ニコラス》──それが、聖人の名前だった。十二月二十四日の夜二十四時、とある場所にて聖人が現れる。アルゴが掴んだのはそんなクリスマスのイベントクエストで──そして《梟》が、シュウが現れる可能性が非常に高いとユウキが目をつけたクエストでもあった。
というのも、季節イベントは報酬が多いのだ。春の《巨大な錦鯉》、夏の《幽霊騒ぎ》、秋の特殊マップ《月》。それぞれのシーズナルイベントで得られる報酬は大きく、それだけに普段は迷宮攻略にしか興味を示さないプレイヤーたちですらその手を止めてクエストに挑んでいる。そしてそこでは必ず、とあるギルドのシンボルが目撃されていた。
《笑う棺桶》──ラフィン・コフィン。
オレンジカーソルのプレイヤーは、あの日以来少しずつ増えていた。ストレスが溜まりに溜まってしまったプレイヤーたちや、ゲームに閉じ込められてしまったことでどこか狂ってしまったプレイヤーたちのたがを外す機会を、図らずも《梟》に倣うという形で作ってしまったのだ。
そしてその中で、さらに区別されるレッド──意図的に犯罪を犯し、人を殺す集団、それが《笑う棺桶》だった。《梟》はアインクラッド初の犯罪者として、ラフコフ所属のレッドプレイヤーとなっていた。また、ときおりそのレッドプレイヤーたちの口からその名を聞くことがある。滅多に姿を現さず、その存在感は薄れてきているというのに《梟》という脅威が消えないのは、そうして名前だけが口伝いに残ることが大きな理由だった。
ユウキは、そうした噂が事実でないことを知っている。シュウが何を思い動いたのかはわからない。わからないけれど、彼は人殺しなどしていないし、間違っても悪人などでは決してない。キリトが言うようにやりすぎではあったし、もっと穏便な他の方法があったはずだとも思う。それでも、あの場において即座に動けたのはシュウしかいなかったし、結果的にシュウひとりを敵とすることであの場は収まったのだ。
だが全員から敵の扱いを受けて、それでいいわけがない。敵となる寂しさをユウキは知っている。誰からも遠巻きにされる感覚はとても寂しいものだ。
ユウキはどうにかして周囲の、シュウに対する誤解を解きたい。シュウにあの感覚をあまり長く味わっていて欲しくなかった。
そのためにも、まずはシュウに会う。会って話をして、あのときの真意を問いただすのだ。あの日以来ユウキは直接見たことがないが、アルゴを通じて春夏秋のイベントにてそれらしきプレイヤーの目撃証言は届いている。ならば冬にも現れるはず、とユウキは読んでいた。
言ってやりたいことは山ほどある。聞きたいことも、話したいこともこの一年でたくさん溜まった。
そしてなにより、シュウに伝えたい言葉があるのだ。なにはなくともこれだけは、絶対に言うと決めている。
「……よし」
ふうっと肺の中の息を全て吐き出し、冬の冷たい空気を思い切り吸った。思い出して熱を持った体の芯を、冷気がざあっと撫でていく。
掲げた目標のために、ユウキはさまざまな伝手を辿り寒空の下を駆けシュウを追う。
そのために、まずは──
「お待たせ。待った?」
「ううん、全然。そうだ、アルゴから伝言。あんまり根詰めないようにってさ」
「せめてあの人を一目でも見れたら考えようかな」
「憧れの人だもんね?」
「ぅえ? ちょ、ユウキ、しーっ!」
もう、と頬を膨らませてアスナは腰に手を当てる。白い生地に紅のラインが入った団服はギルド《血盟騎士団》のものだ。少数精鋭ながら現在の最前線四十九層攻略の主力を担う一団。彼女はその副団長を務めている。だがユウキからすれば自分と同じただの女の子で、年上のお姉さんだ。ちょっとからかうと耳まで真っ赤にするあたり、可愛いなぁといつも思う。
「ユウキだって大好きなくせに」
「ぅえ、ちょ、アスナ、しー! もー!」
違うからね、ボクはただ恩返しがしたいだけなんだから。ふーん? まぁ、そういうことにしとこうかな。もー! アスナのいじわる!
姦しく、ふたりは街を出る。探すは《巨大な樅の木》。そしてそこに現れるだろう探しびと《梟》のシュウ。
日付が変わる。雪が静かに舞い始めていた。
ふたりが訪れたのは第四十六層の狩場だった。川の流れによって削れた深い峡谷、その崖に空いた穴から虫系のモンスターが湧く。
最前線から三層しか降りてこないために敵のレベルは高いが、それだけ得られる経験値も多い。さらに攻撃力が高いぶんHPと防御力が低く設定されたステータスは被弾を最小限、もしくは避け続けることができれば大量に倒すことができる効率の良さもあって、ここはいま最も人気なスポットとなっている。
この場所にシュウが現れるとはふたりとも思っていない。人気なだけに夜ですら一、二時間、昼間になれば六時間待ちがザラにあるほど人目のある場所だ。もちろん顔を隠すのにフードをしているだろうが、彼の顔に火傷痕があることや武器が曲刀であることは知れ渡っている。それをシュウが知らないはずはない。
それでもふたりがこの場に来たのは、依頼人がいたからだ。アルゴを通してふたりにある依頼が届いていた。
「あ、いたいた。おーい」
ユウキが見つけたのは、順番待ちの列から外れたところで崖の上にひとり立つ茶髪の少女だった。峡谷で狩りをするパーティを見下ろしている。軽装の彼女が武器すらも持たず佇んでいるのは、何も知らぬプレイヤーから見ればなぜここにいるのか疑問に思うことだろう。だが、彼女はこれでいい。無手が彼女の戦いかただからだ。
少女はユウキたちに気づくと『ちょっと待ってて』と手で伝え、見下ろしていたパーティに声をかけた。
「あと五分で終了です! 最後、思いっきりいくよー!」
その合図に、狩りをしているパーティが沸く。待ってましたとばかりに各々が剣を構える。
そして彼女は
アップテンポの曲調だった。弾むような歌声につられて、狩場にいるパーティの動きも踊るように軽やかになっていく。その恩恵は近場にいたユウキたちにも与えられていた。視界の隅に現れる《被ダメージ減少》、《与ダメージ増加》、そして《敏捷》のバフ。
楽しげに歌う彼女の気持ちが伝播してか、狩りはスムーズに行われ、そうして次のグループと入れ替わる。あっという間の五分間だった。
「じゃあ、今日はわたしはこれで! 聞いてくれてありがとうございました!」
ぺこりとお辞儀をすると、狩りを終えた峡谷からも順番待ちの列からも拍手があがる。それに嬉しそうに手を振りかえして、少女はユウキたちに駆け寄った。
「お待たせしましたー。こんばんは、ふたりとも」
「こんばんは、ユナ! 今日も上手だったよ!」
「ほんと? ありがとう」
「また上手くなったんじゃない?」
「そうかな? へへ、そうだといいな」
ユナと呼ばれた少女は、ユウキたちの賛辞に照れくさそうにはにかんだ。
歌によるバフは、エクストラスキルに分類される特殊なスキル《
《吟唱》スキル持ちの中ではずば抜けてレベルの高いユナは、ときおりこうして攻略の補助という形で狩場に来ては歌を歌う。基本的に歌を聞かせた相手にバフを乗せることで熟練していくスキルで、だからこそユナはこういった狩場だけでなく各層の主街区でも歌を披露する。どちらかと言えばスキルの上達というよりできるだけたくさんのひとに自分の歌を聞いてほしい、その一心で。
こういった事情とユナが来れるタイミングや彼女自身の体力気力の問題などがあり、全ての狩場、全てのプレイヤーにバフを乗せることはできない。だがそれで暴動が起きることはなかった。アイドルがいつどこで歌ってくれるのか、そこに文句や注文をつけるようなファンはアインクラッドには存在しなかった。
「ごめんね、こんな時間に」
「だいじょーぶ、ボク夜更かし強くなってきたから」
時刻は深夜の一時を回っている。以前のユウキならばすでに夢の中だっただろうが、シュウの後を継ぐようにアルゴの影として《鼠》の手伝いをしていくうちに次第に夜にも強くなっていた。
「よくこっくりこっくりするけどね」
「アスナ! もー!」
「ふふ。相変わらず仲良しさんだね」
アスナの茶々にユウキが口を尖らせる。それを見て、ユナは初めて会ったときのことを思い出す。あのときも、ふたりは似たようなやりとりをしていた。
およそ二ヶ月前、攻略の最前線が四十層だったころ。ユナには連れの少年がひとりいた。とある事情で攻略組から退かざるを得なくなった彼を励まそうと近くのカフェで話をしていたときに、事は起きた。
助けてくれ──そう言って、ひとりの男がカフェに転がり込んできた。ダンジョンでレベリングをしているパーティがトラップ部屋に閉じ込められてしまったと。《沈黙》という異常状態がかかり結晶アイテムを使うことができない、だが自分は装備の効果でそれが防がれたため、助けを求めるべくひとりで脱出したのだと彼は語る。
ユナは、連れとその場にいた何人かで即席のパーティをつくりトラップ部屋に向かった。たとえ傷心していようと元攻略組。連れの少年の実力は折り紙付きであり、ゆえに彼を先頭に据えていた。
だが──救出作戦が淀みなく行われることはなかった。
そうして事が終わったあとで、ようやくふたりが駆けつけた。どこから聞きつけたのか《鼠》のアルゴからの連絡で、四十層のボスを倒したその足で駆けてきたのだという。
『《梟》、どこ!?』
ユウキの第一声がそれだった。続くアスナが、それを嗜める。
『出たのは《梟》の名前だけって言ってたじゃない。ごめんなさい、この子《梟》さんのこと大好きで』
『あっ、ちょ、アスナ! 言わなくていいんだよ、もー!』
あの《梟》を? と、当時のユナは目の前で繰り広げられる柔らかな空気に笑うどころか、素直に照れるユウキを心配すらしたものだ。だが事件のあらましを話していくうちにふたりの中の《梟》像をさんざん聞かされ、次第にその評価は変わっていった。
「大好きな《梟》さんには、まだ?」
「あー! ユナまで! もーもー!」
顔を真っ赤にしてユウキは慌てる。けれど今は、素直にそれが可愛らしいと思えるのだ。
「シュウってば追いかけても追いかけても、名前しか出てこないんだもん。ユナと初めて会ったときだってそうだし」
「そうだね。確かにあのときも、《梟》とは聞いたけどその場に本人がいる感じじゃなかったもの」
「確か、『《梟》の言ったとおりだ』みたいなことを言われたのよね?」
アスナが頭に指を当てながら言う。それにユナは首を縦に振った。
「うん。《梟》さんが指示したってわけでもなさそうだったけどね。でも、私は遠回りに助けられたんじゃないかなとは思うよ。いっぱいシュウさんのいいところを聞かされたから、ひいき目もあるんだろうけどね」
シュウが《鼠》として攻略本作成に携わり色々なプレイヤーを補助してくれていたこと、右も左もわからないユウキに一から丁寧に教えてくれたこと、アスナとユウキが喧嘩したときに仲裁をしようとしてくれたこと。その他にも、偶然ではあったのだろうがアスナの窮地を救ってくれたことやディアベルというプレイヤーを救うべく誰よりも速く動いていたことなど。
多分に主観が混ざってはいたものの、シュウというプレイヤーのひととなりを知るには十分すぎるほど聞かされたのだ。今までがそういうものだと思っていただけに評価が完全に覆りはしないが、世論の《梟》像はひょっとしたら違うのかもしれないと思うようになった。
「でも、オレンジ側にいるのは間違いないかな。あのひとの手の甲にも、《笑う棺桶》のシンボルがあったし」
あのとき──二ヶ月前の救出作戦のとき。罠にかかったパーティを助け出すこと自体は上手くいったのだ。だが、それは決してユナたちの力ではない。
乱入があったのだ。
救出は難航した。ユナたちがたどり着いたときには、モンスターたちの数は十五を越えていた。六人のパーティがふたつ連なっても数で負けている。攻略組ほどの実力ならば一人一殺以上が可能だっただろうが、それができたのはユナの連れだけだ。たったひとりでは太刀打ちできるはずもなく、次第に増援パーティすらも押されていった。
そんなときだった。ひとりの男が、トラップ部屋に踏み入ったのは。
『邪魔だ邪魔だ、出てけ雑魚ども!』
そう言って、男はユナたちを部屋の外に追い出した。助けようとしてではなく、追い出すことに楽しみを見出しているような。
実際、部屋に湧くモンスターはかつてのイルファング・ザ・コボルドロードのように《咆哮》を使用するという特徴のある人獣型であり、それによって動けないプレイヤーもいた。ユナもそのひとりだった。そしてそんなユナたちを、乱入者は短剣で脅して遊ぶような素振りを見せながら蹴飛ばして追い出したのだ。
その男の手の甲に、隠そうともしない《笑う棺桶》のシンボルが見えていた。
「短剣……」
ユウキが低く呟く。武器からしてシュウではない。だが条件に合うプレイヤーをユウキは知っている。
──上出来だろ。
そう言って嗤うあの口を、ユウキは忘れたことなどなかった。この件を初めてユナの口から聞いたときも、そして今も。今にも走り出しそうになる足を必死に押さえつける。そして視線でユナに続きを促した。大丈夫、とでも言うようになんてことない顔をして。
そんなユウキの様子を心配そうにしながらも、ユナはその心境を汲んで続きを話す。ユナとしても、この話が依頼に関わってくる以上は伝えておかなければならないことがあるのだ。
「それでも殺すまでいかなかったのは《梟》さんの考えみたいでね。『確かに殺すより美味いな』って」
全てのプレイヤーを追い出し、全てのモンスターを倒した乱入者は、部屋に眠る宝箱を漁りながら言っていた。
『《梟》の言うとおり、確かに殺すより美味いな』
そうして悠々と去っていく。まるで嵐が過ぎたあとのように、その場には静けさばかりが残っていた。
「殺すより美味いっていうのは、やっぱり……そういうことよね」
「うん。罠に引っ掛からせて、どんなのかを確認してから横取りするみたいな感じかな」
アスナの確認に、ユナは頷く。おそらくその推察に間違いはない。そういった乱入事件は、過去に何度も起きているからだ。
決して《笑う棺桶》ばかりではない。そうでなくてもオレンジになるプレイヤーは存在する。オレンジになってでも希少価値の高いアイテムを欲しがるプレイヤーだっているのだ。
だがそういう意味では。
「ラフコフのわりには甘いっていうか。殺そうとする素振りだけで済んでるのは、たぶん《梟》さんのおかげなんだろうね」
《笑う棺桶》とは殺人の代名詞でもある。その彼らが乱入してきて、殺しが起きなかったのだ。《梟》の指示ではないが、《梟》の影響ではあるのだろう。
「だから、私としてはなんともないんだけど、ね」
そう言って、ユナは表情に翳りを見せた。笑ってはいるが、ユウキたちのやりとりに見せたような笑いかたではない。もっと困ったように、眉を寄せる笑いかただった。
「見てもらったほうが早いと思って呼んだの」
言いながらユナは狩場を見下ろす。そこではちょうど、パーティの入れ替わりが起きていた。およそ三十分、先ほど歌い終わったときに入れ替わったパーティが場所を開ける。そうして現れたのは──。
「……え」
「ひとり?」
アスナが絶句する。ユウキが戸惑いの声をあげる。
眼下の狩場。湧く虫々を黙々と狩り始めたのは、たったひとりの剣士だった。
左手に盾、右手に片手直剣を携え、薄灰色の軽鎧を身に纏う青年。軽いフットワークと的確な剣筋は見事なもので、どれだけの研鑽を積んだのかは容易に伺える。その目つきは鋭く、敵の一挙一動をも見落とさない。攻略組を経験しているユウキたちですら目を見張るほどの実力だった。
だが、ひとりだ。普通ならば六人パーティで連携を取り、安全を確保しながら経験値を稼ぐ。それをたったひとりで彼は行っていた。周囲からはまたか、とか死ぬ気か、などと軽蔑の視線を向けられているが、そんなものを気にかけている様子もない。ただ黙々と、目の前の敵だけを見ている。
「……彼、って」
アスナは驚きの声をあげる。あの姿には見覚えがあった。
かつて同じギルドに所属し、そしてアスナがギルドから追放した。
交わした言葉こそ少ないものの、そのときの表情がひどく印象的だったためによく覚えている。
元《血盟騎士団》所属。そしてユナの連れでもある青年。
彼の名は──
「ノーチラスくん。彼を止めて欲しいんだ」
ユナの依頼は、ノーチラスの暴走を止めることだった。