野郎どもに花束を   作:小川 帆鳥

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Eine-2

 フルダイブ不適合という症状がある。

 頭文字を取ったFNCが通称だ。

 脳からの信号をナーヴギアを介して電子世界に投影するまでの過程のどこかで不具合が生じる症状をおおまかにそう言う。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感のどれか、あるいはそれらのどれもがアバターを通した電気信号を上手く脳が感知できずに、目が見えない、見づらい、耳が聞こえない、聞きづらいといった症状がよく例えとして挙げられる。

 それらはどうしても仕方のないことではあった。高度に発達した現代医学においても、脳の仕組みはいまだはっきりと解明されていない。まして均一化された機械に対してそれを扱う人間には個人差がある。どうやったって、全てに対応することは不可能である。そんな、ある意味で不可避の現象はノーチラスにも発現した。

 ただ、こと彼の場合において。

 フルダイブ不適合の症状というには、あまりにも外聞が情けないものだった。

 

「怖くて動けない?」

 

 ユウキの要約しきった質問に、アスナはためらいがちに頷く。

 

「そう。団長が言うには、だけど。戦おうという気持ちはあるんだけど、その理性よりも、ほんの一瞬の生存本能が呼び起こす逃げ腰だとか足のすくみが優先されちゃうんだって」

「んと、つまり?」

「……僕の気持ちが弱いってことですよ」

 

 自嘲気味に、ノーチラスは笑った。

 たったひとりでのレベリングを終え、逃げるように狩場を後にした彼は近くに生えていた木の根に腰を下ろす。力尽き座るそのさまは、まるで倒れ込むかのようだった。

 

「……そんなふうに言ったんじゃないんだけどな」

 

 ノーチラスの言葉に、アスナは小さく返した。だがたとえどんな小声だとしても、意識を向けた相手にはシステムが耳まで届かせる。青年は苦笑気味に目を細めた。

 

「わかってますよ。ただ、自分のことですから。自分がよくよくわかってるんです」

 

 どれだけ自分を奮い立たせようと、『戦え』と己に命じようと、足は動かない。それはいかに理性が恐怖に打ち勝っていようが、本能が負けているのだからどうしようもない。ノーチラスは今までの経験と事実上の戦力外通告からそのことを理解していた。

 

「ボス戦を前に、戦えないやつはいらない。それはそのとおりだと思います。アスナさんの言っていたことは正しかったんです」

「だから……!」

 

 自虐的なノーチラスの言葉に、アスナが怒り立つ。それをユウキが慌てて止めた。

 

「待って待って。えっと、それって不適合の症状なの? ボクが知ってるのは目が片方見えてないとか、そういうやつなんだけど」

「そういうわかりやすい不適合なら、僕も諦めてましたけどね」

 

 ノーチラスは苦笑気味に首を振る。ユウキの言うような、普段の生活に支障をきたす不適合だったならば。それならば、すんなり諦めもついたのだ。

 

「体験ですが。ボスまでの道中は、何の問題もなく動けるんですよ。それこそ、さっきご覧になったとおりです。相手が通常のモブならば動けないなんてことはないんです」

 

《血盟騎士団》の一軍参加が認められるほどだ。彼の実力は、その実績が確かなものであると証明している。

《血盟騎士団》はギルド内でも段階があり、一軍と呼ばれる集団だけで攻略組の中での実力は五指に数えられる。特に団長と副団長においてはその実力から二つ名を得るに至っている。

《聖騎士》──団長ヒースクリフ。

《閃光》──副団長アスナ。

 ふたりの名声はアインクラッドで知らぬ者がいないほどであり、それだけに入団希望者も多い。だがその全員を前線に連れて行くなどできない。そのためにテストを設け、そこで定められた水準をクリアした者を一軍とし、最前線の戦力として数える。その高いボーダーをノーチラスは合格してみせたのだ。

 だが──

 

「ボスを相手にすると、足がすくむんです。僕の気持ちとは裏腹に、ですよ。僕は戦う意思を持っている。逃げたいだなんて思ったことはないし、戦う前から諦めるようなこともしていない」

 

 それでもノーチラスの足は動かない。ボスを目の前にして、その巨躯や凶々しいデザインに一瞬でも恐れをなさない者はいない。それを振り切って、誰もがそれでも攻略のためにと戦闘に身を投げるのだ。

 その、一瞬の恐怖。

 その一瞬だけが切り取られたようにナーヴギアはアバターに信号を送り、どれだけ理性が動けと命じようとノーチラスの足は生物的本能により固まってしまうのだ。

 

「それって、障害なの?」

 

 ユウキの問いに、ノーチラスは頷く。少し悲しげな微笑みだったが、その目は獣のようにぎらついていた。

 

「どうやら一種の伝達障害らしいですよ。はたから見れば、ユウキさんが言ったようにビビって動けないだけなんですけどね。……さて」

 

 失笑して、ノーチラスは立ち上がる。ウインドウを操作して出した回復ポーションを傾けながら歩くその先には、先ほどの狩場へと続く列があった。

 

「……まだ、やるの?」

 

 アスナが問う。

 

「やりますよ」

 

 ノーチラスが返す。

 短いやりとりだった。だが、ノーチラスにとっては幾度となく繰り返したやりとりだった。何度も何度もユナに同じことを聞かれた。その度に彼は同じ答えを返している。

 

「やると決めたんです。止まっている暇はない。僕は強くならなければならない」

 

 二ヶ月前のあの日。あのときほど自分の無力を呪ったことはない。あのときほど、自分の弱さを痛感したことはない。

 強くありたいと、あれほど強く願ったことも、ない。

 

「そこまでして、何をするの」

 

 これもまた、繰り返された問答だった。

 ノーチラスはため息をついてアスナに向き直る。

 

「冬のイベントクエスト、知ってますよね。《背教者ニコラス》」

「ええ、知ってるわ」

「あれを倒すんですよ。僕ひとりで」

「……え」

 

 目の前の青年が放った言葉を理解するまでに、アスナは僅かに時間を要した。

 ひとりで、倒す。イベントクエストのボスを。彼が? 

 どう考えたって無謀だ。そも、このゲームのボスはその全てがレイドを組んでなお苦戦するレベルの難易度に設定されている。ソロでの戦闘などもってのほかである。まして彼には障害があるのだ。

 勝てるわけがない──それはアスナだけでなく、その場にいたユウキもユナも同じ思いだった。戦闘にすらひょっとしたらならないだろう。

 だがノーチラスは行くと言う。

 呆気に取られたアスナを一瞥して、ノーチラスは再び歩き出す。

 

「では、僕はこれで」

「あ、ま、待って!」

 

 その背中に既視感を覚えて、ユウキは呼び止める。まだなにか、と言いたげに振り向くノーチラスの顔にやはりどことなく見覚えがあって、だからユウキは問いかける。

 

「どうして?」

 

 それを彼がどう捉えたのかはわからない。わからないけれど、彼の視線が誰を捉えたのかはわかった。

 

「──約束したんです。それを簡単に破る人間にはなりたくない。それだけですよ。……ユナを、頼みます。送ってやってください」

 

 言うべきことを言ったのか、今度こそノーチラスは振り向かない。列の最後尾に並んだ彼は、すぐ次に並んだパーティの陰に隠れて見えなくなった。

 

 

 

 

「なんていうか……」

 

 アスナの瞳に、暖炉の火が揺れる。ぱち、と木が爆ぜ火の粉が舞った。

 三人は四十六層の主街区の宿まで転移結晶を使用して戻ってきていた。ユウキとアスナという戦力がいることと結晶アイテムは高価であるという経済的な面から歩いて帰ってもよかったのだが、なんとなくそんな気分にはなれなかった。

 部屋に着くやいなやユウキは暖炉に対して横向きに設置されたソファにダイブし、ユナとアスナのふたりは椅子を引っ張ってきて暖炉の前に並べ腰を下ろした。

 

「彼がああなったのって、やっぱり?」

 

 揺れる火を眺めながら、アスナはまるで自問するように言う。それにユナは首を横に振った。

 

「ううん、アスナのせいじゃないよ。……まあ、きっかけのひとつにはなってるかもだけど」

 

 苦笑したユナもまた、暖炉の火を見つめたままだった。

 決してアスナを責めているわけではない。彼女のとった選択は絶対に間違っていないし、そうされざるを得ないほどの理由がノーチラスにあったというのは彼本人が理解している。誰が悪いでもなく、当然の流れだったのだ。いずれどこかでつまづいていた。たまたまアスナがそれを教える役目だっただけだ。

 ボスと相対したときに足が動かなくなる──それはゲームを攻略していくうえで致命的な欠点だった。

 ボス戦は常に命がけであり、それゆえに他人を慮る余裕などない。そんな中に動けない者を連れていこうものなら、無駄にひとつ命を散らすことになる。余剰戦力などない現状でそんな遊びを入れている余裕はないのだ。

 

「ボク、そのへんあんまり詳しくないんだけど。あのひと、ノーチラスさんが不適合ってわかったから、アスナは攻略組から外れるように言ったってことだよね?」

「う……ん、そうだね」

 

 ユウキの言葉でノーチラスの悲痛な表情が思い出され、アスナは顔を顰める。そこにすかさずユナがフォローを入れた。

 

「どっちかっていうと外してもらったって感じだよ。私から見たらだけど」

「ふーん? ふんふん」

 

 攻略組とひとくちに言っても、ギルドという集団がある以上それぞれのコミュニティでの活動がメインとなる。アスナとノーチラスは同じギルドに属していたが、ユウキは《鼠》としての仕事があったので特定のコミュニティに属することはしていない。そのために、アスナとノーチラスには接点があってもユウキとノーチラスの間には接点が少なかった。かろうじて一度か二度、顔を見たことがあるという程度だ。

 だからまずは情報を集める。《鼠》の活動を手伝うことで、その癖がユウキにはついていた。

 

「外してもらったっていうのは、ユナにとってはノーチラスさんが攻略組にいるのは反対だったの?」

「え? んー……反対っていうか心配、かな。エーくんが──あ、エーくんってノーチラスくんのことね。幼馴染で昔からそう呼んでるんだけど、エーくんが攻略組になれたのは良いことだと思うんだ。彼はそれを目標にしてたしね」

 

 初めは《はじまりの街》周辺で、これでもかというほど猪を相手にしていたらしい。同じソードスキルを何度も何度も繰り返した。新しいソードスキルを覚えると一段階モンスターのレベルを上げ、またそこで何度も何度も。そうやって地道な努力を繰り返して、ノーチラスはついに攻略組の一角に滑り込んだ。

 それをずっと横で見ていたユナにとっては、彼の目標達成は喜ばしいことではあった。

 

「でもボスって強いじゃない。攻略組のいちばん強いって言われてるメンバーでレイドを組んだって、どうしてもひとりふたりは死んじゃうことがあるって聞いて。エーくんがそんなとこに行っちゃって不安だったんだ」

「……そっか」

 

 あのとき、ノーチラスの背中にシュウを重ねた。どこか遠くに行ってしまいそうで、だからユウキは呼び止めたのだ。空元気で笑ってみせるユナの気持ちは、ユウキもなんとなくわかるつもりだった。

 シュウは──シュウならば、どうしただろうか。それを考えて、ユウキはひとつ頷く。

 

「ユナ。依頼、受けるよ」

「本当?」

 

 もうすでに色々と聞いてしまっているということもある。ユナとノーチラスの関係や、ノーチラスの抱える問題など。本当なら、依頼を受けると決めたあとでしか聞いてはならないはずだ。

 だがそれ以上に、シュウとノーチラスが似ているというのが決め手だった。ノーチラスはなぜあんなにも無茶をするのか、それを知ることは依頼の解決とともにシュウに少し近づくための大きなヒントになりそうな気がユウキにはした。

 

「うん。アスナも、いいよね?」

「もちろん」

 

 アスナにしたって、ノーチラスの件はずっと気に病んでいたのだ。どんなかたちであれ、致し方ないこととはいえ。ノーチラスを深く傷つけてしまったことは事実だ。この件を手伝うことで何がどうなるわけでもなかろうが、自分がきっかけとなって更なる危険に追い込んでいるのならそれは止めなければならない。

 それに、アスナはノーチラスをどこか近しく感じてもいた。シュウを重ねたユウキのような感覚ではなく、もっと別の感覚。追い詰められて窮地に立たされたときの、肝が据わるあの感覚だ。一年前の自分とノーチラスはとても似ているような気がしてならない。

 視線を暖炉からユナへと移し、アスナは微笑んだ。

 

「やらなきゃっていう、強迫観念って言うのかな。その感覚はわかる気がするから」

「そのへんはそっくりだもんね」

「ユウキ?」

「きゃー!」

 

 両手をわきわきと動かしてみせるアスナに、ユウキは楽しげな悲鳴を上げて身を守る。

 あまり思い出したくはない過去なのだ。あのときは本当に必死だったから。とにかく脱出しなければならない、そのためならばなんだってやってみせる。本気でそう思っていた。たとえそれで、この身が燃え尽きようとも。

 

「もう。それは忘れてって言ってるでしょ」

 

 だがそれではダメなのだ。死んでしまってはもう何もできないということを、死を目の当たりにして初めて知った。ディアベルはあれ以来、その名前を聞くことはない。姿を見てもいない。生命の碑の名前欄に二重線が引かれ、それっきりだ。

 ずっとユウキが諭してくれていたのに自分を曲げなかった。結果的にではあったが、ディアベルはそれを身をもって教えてくれた。もう二度と、同じことを起こしてはならない。

 アスナはずっと、あの瞬間を忘れない。

 

「えー?」

「わたしが覚えてればそれでいいのよ。忘れなさい!」

「きゃー! あは、あははは!」

 

 いたずらっ子のように笑うユウキに、今度こそ両手を構えたアスナが襲いかかった。脇腹をくすぐられ、ユウキは笑い声を上げる。

 そんな和やかな様子を見て、ユナは。

 

「……ありがとう」

 

 深く、頭を下げた。

 

「いいよ、お礼なんて。ね、アスナ」

 

 ひとしきり笑ったユウキは目尻にたまる涙を拭いながら言う。どれだけ戯れていたのか、ふたりとも息を荒げていた。

 

「そうね。友達が困ってたら助けるのは当たり前よ。でも、わたしたちも動くけど、あくまで手伝いくらいだと思ってね」

「……うん。わかってる」

 

 ノーチラスがあれほどに自分を追い詰めている理由。それをユナはよく知っている。その《知っている》ということを、ふたりはおそらくわかっているのだ。

 ──話さなければならない。

 そう思うと、少し怖い。怖いけれど、このふたりになら話してもいいのかもしれない。そんな安心感を感じていた。

 だからだろうか。続くふたりの言葉に、思いがけない衝撃を感じた。

 

「それに友達の彼氏が無茶してるなら、それは止めないとよね」

「ねー。こんな可愛い彼女を泣かせちゃいけないんだよ」

「……え?」

 

 彼氏。……彼女? 

 想像だにしていなかった単語が聞こえて、ユナは一瞬、動きを止める。そうして、どうやら認識の違いがあったことに思い当たる。

 慌ててユナは両手を振った。

 

「違うよ、わたしたち付き合ってないよ」

「……え?」

「……うっそぉ」

 

 今度はふたりが、動きを止める番だった。

 

 

 

 

 

「確かにわたしとエーくんは幼馴染だよ? 小中と学校が一緒で仲良くなって、高校は別々だったんだけどときどき電話とかしてたんだ。うち厳しくてさ、あんまりゲームとかアニメとか触らなかったんだけど、だからなのかな、エーくんがいっぱい教えてくれて。このゲームもエーくんが誘ってくれてね、お父さんを説得してなんとか買ってもらったんだ。それでログインして待ち合わせて。それからは……まあ、ずっとふたりでいたけど。でもでも、そういうのエーくんにはないと思うよ? なんていうか、こんなことになっちゃったしそんな場合じゃないっていうか」

 

 ユナが話すあいだ、ふたりは終始無言だった。ときどきちらりとふたりで視線を交えては、すぐユナの話に耳を傾ける。

 てっきりそういう関係だとばかり思っていたのだ。リアルの話になってくるのであまり突っ込みはしないが、《エーくん》という呼び名はかなり親しさを感じさせる。高校生の男女が学校が違うのに電話で話すことがあるだろうか。

 それになにより、それだけ距離感の近いふたりがデスゲームとはいえ一年ものあいだずっと一緒にいて、そういう気持ちにはならないものなのか。

 

「ノーチラスさんのほうはいったん置いといてさ。ユナはどうなの? その、そういうふうに見たことってないの?」

「え、わたし?」

 

 ユナの話を聞いている間ずっとムズムズを我慢していたユウキがついに切り出した。

 身を乗り出し目を輝かせるユウキから少し逃げるようにしてユナは目を逸らすが、頭の中ではノーチラスの顔を思い浮かべていた。

 決して嫌いではない。嫌いではないし、むしろ──。

 そこまで考えて、はっと我に返った。

 

「……まあその、わたしは別に」

 

 そうして口ごもったユナに、ユウキが畳み掛ける。しまったと思ったときにはもう遅かった。

 

「別に、なに? なに?」

「いやそのあの、ね? アレだよ、アレ」

「どれどれ?」

「うぅ……アスナぁ」

 

 助けを求め、アスナを見る。だがそこにも目を輝かせる少女がいた。

 

「ごめん、わたしも気になる」

「わーん! 味方がいなぁい!」

 

 さっきまで心強い味方だと思っていたふたりが急に手のひらを返した。じりじりと壁際まで追いやられる。

 どうにか話題を変えなければと自分に向けられた矛先を変えようとしたが、それは自分の首を絞める結果になる。

 

「そ、そう言うならユウキはどうなの? 《梟》さんのことは」

「そりゃあ好きだよ」

「そうだそれでからかってたんだった!」

「あ! やっぱりからかってたんだボクのこと!」

 

 もうこうなったら逃さないもんね、そう言ってユウキは攻略組で培ってきたレベルの高さにものを言わせてユナをソファに無理やり座らせる。ユナは驚いたような不満げな声をあげたが、それは無視した。

 アルゴが言っていたのだ。使えるものは使えと。

 

「言うまで逃さないからね」

「……どうしても言わなきゃだめ?」

「だめ」

「うぅ〜……」

 

 考えたことなどない、と言えば嘘になる。ユナにとってはただひとりの幼馴染で、仲の良い異性だ。ユナの周りでは違う学校に異性の友人がいる友達の大半どころかそのほとんどが恋愛関係にあり、そんな話を聞いていれば自ずと頭に思い浮かぶ顔があった。

 趣味が合う、昔から気の置けない仲だった。高校生になって体も大きくなったんだろうなとか、人付き合いはそんなに得意じゃないけど友達できたのかなとか、ひょっとしたら彼女とかできちゃったりして、顔はカッコいいもんなぁとか。

 でもときどき話す電話の向こうの声は全然変わってなくて、いつもどおり自分の相手をしてくれることに少しほっとする自分もいたり。

 

「好きなの?」

 

 だがユウキみたいにど真ん中ストレートの表現はできない。それは恥ずかしい。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

 

「……き、嫌いじゃない……よ?」

 

 だからユナにとってはこれでいっぱいいっぱいだった。顔が火照ってしかたない。思わずクッションで顔を隠してしまった。

 

「むー」

「まあまあ、ユウキ。これが聞けただけいいんじゃない?」

 

 暗闇の中でアスナがユウキを宥める声が聞こえた。もう詮索はこないと察して、ユナはクッションから顔を離す。

 

「……もー。恥ずかしすぎるんですけど」

「ユナが正直にならないから」

「どっちでも恥ずかしいもん」

 

 言ったら言ったで恥ずかしいし、言わなくたって想像するだけで恥ずかしい。それを抑えるべく彼のそばにいるときは意識しないようにしていたのだ。

 

「……それにこの気持ちは言っちゃいけないんだよ」

 

 攻略組に行くのだと、そのためにずっと頑張る彼を見てきた。自ら死地に赴くようなことはしてほしくなかったけれど、それが彼の望みでもあるのならば止めるわけにはいかない。だからユナは彼を止めようとする自分の気持ちに蓋をしたし、だから彼を止めてくれたアスナに感謝した。

 

「どうして言っちゃいけないの?」

「だって──」

 

 ──怖い。

 

 彼との関係が変わるのが怖い。自分のこの想いが受け入れてもらえなかったらと思うと胸の奥がきゅうと痛む。自分の好きと彼の好きは違うかもしれない。もしかしたら彼は好きとも思っていないかもしれない。

 たとえば、この想いを伝えたとして。

 電話越しに聞けていた彼の声が、もう聞けなくなってしまうかもしれないと思うと。

 一年間ずっと隣にいてくれた彼が、いなくなってしまうと思うと──。

 

 ──約束したんです。

 

 そう、ノーチラスは言った。それを破りたくないとも。その約束を交わしたのはユナだ。あれだけノーチラスが自分を追い詰めている理由の一端はユナにある。にもかかわらず、さらに自分の気持ちを伝える。それは自分勝手というものではないか。

 葛藤の無言をふたりはどう取ったのか、これ以上の追求はなく。

 かわりにアスナが、「コーヒー淹れるね」とウインドウを操作してマグカップを渡してくれた。料理スキルがまだそこまでじゃないから味に期待しちゃだめだよという言葉に曖昧に頷いて、ユナは口をつける。

 苦いような酸っぱいような甘いような。涙みたいな味だった。

 

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