始まりは《軍》だった。
ギルド機能が解放された第三層クリアというタイミングで旗揚げされた、SNS界では有名だったプレイヤーを筆頭とする巨大なコミュニティ《アインクラッド解放戦線》。頭文字を取って《ALF》とも呼ばれるそれはおよそ三千人ものプレイヤーが所属し、第一層《はじまりの街》を拠点に活動している。そこにはゲーム攻略に参加せず待機することを選んだプレイヤーも多く、彼らに食料などを分け与え助けながら《全員が脱出》することを目標に掲げた。あるときから《ALF》のメンバーは統一した制服を着用するようになり、それを見た誰かが《軍》と呼んだ。
それに続いて、軍ほど大規模ではないものの数人から数十人単位でギルドを結成する者たちが現れた。攻略には前向きだが軍には所属せず独自で活動する彼らは、少数ならではのフットワークを活かし確実な戦力増強を図る。アスナが所属する《血盟騎士団》、通称《KoB》や犯罪プレイヤーの集団《笑う棺桶》など、その数はおよそ五十にもなる。
ギルドとは、いわゆる所属の在処である。学校や会社といったコミュニティに類するもので、フィールドで結成するパーティやレイドとは異なるグループだ。パーティが協力して敵を倒すことを念頭に編成するものであるならば、ギルドとはギルド内で協力し、また別のギルドと敵対とまではいかずとも互いを意識し競い合う関係を築くものだ。
その、競合関係。ギルドごとに掲げた目標が異なるとはいえ、ほぼ全てに共通するのは《ゲーム攻略》である。そのために協力してボスを倒すこともあれば、レアなアイテムを勝ち取るために謀略を巡らせることもある。そうして今まで、四十九層までたどり着いたのだ。
そこへ現れたのがクリスマスプレゼント。
死者蘇生を可能とするアイテムがボス撃破の報酬としてドロップする。
生死をかけたデスゲームで、それはすでに息絶えたかつての仲間や友人、恋人を復活させる希望として、あるいは九死に一生を得るお守りとして。ほぼ全てのプレイヤーが喉から手が出るほど欲しがるアイテムだ。
だがボスを倒せるのは一度だけだ。つまり蘇生アイテムの獲得機会も一度だけ、早い者勝ちの一発勝負。
全てのギルドが、睨み合う。
「せやから今はワイらの番やろ! はよ場所空けろや!」
「まだオレたちが始めてそんなに経ってないだろ、上で待ってろよ!」
四十六層の人気狩場である峡谷に、ふたりの男の声が響く。一方はサボテンのような茶髪の刈り上げ。もう一方はウェーブがかった水色のロング。どうやら狩場の順番を言い争っているようだった。
「……またやってる」
それを上から眺めていたユウキは呆れるようにため息をつく。
その間にも湧く蟻型のモンスターをそれぞれのパーティメンバーが相手取りながら、ふたりは喧々轟々と額をぶつける。そろそろ代われ、いいやまだだ、そんな平行線の言い合いだった。
「また?」
「うん、また。いっつもやってるんだ」
パーティが入れ替わるタイミングと見たのか、ユナが隣に腰を下ろす。イベント当日まであと三日と迫った現在、これまでに得た情報をユナと共有することとノーチラスの様子見にユウキはまたこの場所を訪れていた。
「ふたりともっていうかふたつともっていうか。あのひとたち、いつもボス戦にいるんだ。キバオウさんとリンドさん。いっつもあんな感じだよ」
「あ、名前は知ってるかも」
ユウキが言うように、彼らはボス攻略には常に参加している。今日までの四十八層、その全てに。そして毎回のようにああして諍いを起こしている。
茶髪のサボテン頭が、キバオウ。現在最大規模のギルドである《軍》のナンバーツーだ。だが軍の長はゲーム攻略よりギルド経営に専念しているらしく、ボス攻略に姿を現したことはない。システム上ナンバーツーの立場にあるだけで、実質的にはキバオウとリーダーのツートップと言える。
水色のロングヘアが、リンド。規模としては軍に遠く至らないが、それでも軍に次ぐ大きさのギルド《聖竜連合》のリーダーをしている。実際、上から下まで幅広くプレイヤーの所属する軍に比べて高水準のプレイヤーが集まる聖竜連合は、戦力的には軍と同等だ。
ギルド機能が解放されたのは第三層がクリアされたときからだが、彼らのああした諍いはそれ以前から行われていた。
「なんかね、ラストアタックボーナスがどうとかレア武器がどうとかって。すごいよ? ボス攻略の会議とかあるんだけど、毎回ボスに攻撃する順番で喧嘩するの」
「そっか、最後に倒したらレアなやつ貰えるんだっけ」
「そうそう。でもそれだけやってもキリトとかアスナとかに取られちゃうんだけどね」
「ユウキも取るんでしょ?」
「たまにね」
言いながら、隣に置いていた剣の鞘を撫でる。バスタードソードに分類される大振りの片手剣で、銘は《アルバ》。四十四層のLAボーナスで手に入れた武器だ。
まっさらな状態でも六十層までは余裕で使えるだろう性能で、もちろんユウキは最大まで強化している。ボスからドロップしたアイテムはそのほとんどがレアなものであり、性能面でも破格である。アルバもその例に漏れず破格というべき代物であり、通常、武器屋などで入手できるものに比べて二倍から三倍は高性能であった。
それを考えれば、彼らが毎度のように競い合うのもわかる。勢力争いという意味では、武器の強さがプレイヤーの強さにもなり得るからだ。
「それじゃ喧嘩しちゃうよねえ」
「……まあ、ね」
ユナが納得したようにうんうんと頷く。だがユウキは曖昧に首を傾げた。
レアアイテムの奪い合い。もちろんそれもある。だが、彼らが争う理由は他にもあるだろうとユウキは想像している。高性能アイテムだけじゃなく、彼らが狙うのは唯一性能のアイテムだと。
「そういえば」
ユウキの曖昧な反応を、何度も見ているがゆえの慣れと呆れだと取ったのか、ユナが話題を変える。
「アスナさんは、今日は?」
「今日はフラグポイント候補探しと、そのあとでギルド本部に行くって。団長に呼ばれちゃったって」
「忙しいんだね」
聖竜連合と規模をほとんど同じくするギルド《血盟騎士団》。その副長を務めるアスナは、人海戦術により発見されたいくつものフラグポイント候補のうち画像だけでは判断しきれなかった場所へ直接赴いている。
団長のヒースクリフは腰の重い人物らしく脚を使うのは専らアスナだが、不平不満を彼女が言っているのを見たことは一度もない。むしろ冷静な性格と広い視野を持ってて尊敬できるらしい。彼の為人をユウキは知らないが、それでも確かに戦闘の実績で言えば《凄い》と手放しに褒められる人物ではある。
彼は今までHPを黄色くしたことがない──つまり半分以上削られたことがない。見たことがないだけかもしれないが、目撃証言がない以上はそういうことになる。そうして得た二つ名は《聖騎士》。白と紅をギルドカラーとし、なおかつ決して小柄ではない彼の体格と同じ大きさの巨大な盾を持つ彼はまさに守護騎士として鉄壁を誇っている。
挑めるものなら、その鉄壁に挑みたい。ユウキは密かにそんなことを思っている。
「あ、ふたつとも上がってった。よーし、休憩終わりかな」
このままでは埒があかないと判断したのか、睨み合いながらキバオウとリンドは峡谷を上がっていった。ぞろぞろと引き上げたふたつのパーティと入れ替わるように順番待ちの最前列にいたパーティが峡谷を降りていく。その次に控えているのは、やはりと言うべきか、見慣れたひとりの青年だった。
「ノーチラスさんも相変わらずだね」
「うん。わたしの歌、聞こえてなかったりしてね」
「それは大丈夫だよ」
「そう?」
「たぶん」
「たぶんかぁ」
苦笑して、ユナは立ち上がる。これから狩りをしようというパーティがユナに手を振っていたから振り返す。彼らは意気高々に剣を抜いた。
そうして歌いだそうとしたとき、にわかに背後が騒がしくなった。
「いた! ウタちゃん!」
「え?」
振り向くと。そこには、十人ほどのプレイヤーがいた。
「お嬢もいるじゃん、ラッキー」
「おい待て、抜け駆けすんなよ!」
「危ね、誰だ足ひっかけようとしたの!」
「ウタちゃん、お嬢も、ちょっと!」
騒がしく押し合いへし合いしながら、彼らは真っ直ぐにふたりに向かってくる。唐突な押しかけに気圧され、ユウキとユナは思わず一歩後ろに下がった。
「え、えっと?」
「なにか用、でしょうか」
ふたりまであと二歩というところで全員が足を止める。そして計ったようにいっせいに口を開いた。
──頼みがある。一緒にクリスマスボスを倒してくれ、と。
「どうしても報酬が欲しいんだ」
「知ってるだろ? もうかなり噂になってる」
「君たちの力を貸してくれ。頼む」
「《蘇生アイテム》のためなんだ」
アインクラッドの情報屋はアルゴだけではない。発足の早さから始まり、扱う情報の量やジャンルの幅広さから《鼠》がどこよりも名前を売ってはいるが、決してアルゴひとりで全ての情報を補えるわけではない。
大手ギルドなら専属の情報収集班がいるところもある。アルゴと同じようにソロで動く者もいれば、情報収集を主な活動とするギルドもある。
彼らは同時期に《クリスマスイベント》における重大な情報を掴み、そしてすでに多くのプレイヤーに流していた。
だからこうして、彼らは動いている。
彼らの狙いはたったひとつ──《蘇生アイテム》。
それをおいて、ほかにない。
「君たちはどこかのギルドに属しているわけじゃないと聞いた」
「特にお嬢は、よく助っ人もやってるらしいじゃないか」
「だから君たちを雇いたい」
「クリスマスの日だけでいいんだ!」
「報酬ならドロップアイテムから欲しいものをなんでもあげるよ」
「……蘇生アイテムだけは厳しいが」
「なんなら一緒に歌うから!」
「え、あー……えっと」
ぐいぐいと迫るようにして頼み込む男たちに、ふたりは思わず後ずさる。後ろが崖というのもあって背中が寒い。
男たちの目的はユナの《吟唱》スキルとユウキの戦闘力だ。
フラグモブのレベルはフロアボスに匹敵する。春夏秋のボスレベルから想定するに、だいたい攻略中の層からマイナス十くらいのレベルだろうとされている。それは攻略組であっても、決して慢心はできない程度の強さである。
ユウキの戦闘力は、その攻略組においても上位とみなされている。レベルの高さはもちろんのこと、背後につく──というよりよく行動を共にするアルゴからの教えとユウキ自身の吸収力から戦闘の運びが上手いと評価されていた。戦闘のセンスともいうべきか、それに関しては誰からも一目置かれていた。
ユナの《吟唱》は広範囲不特定多数にバフを付与するスキルだ。言うなればブースター。レイドを組めばレイド全員にバフを付与することができるそれは、全員の底上げに繋がる優秀な補助スキル。
彼女らふたりに同行してもらうことでボス攻略をより確実なものとしたい、というのが彼らの狙いだった。
「頼む。どうか一緒に来てくれ!」
「お願いします!」
男たちは次々に頭を下げる。
ユウキたちは顔を見合わせると、「ちょ、ちょっと待って」と崖から離れるようにして男たちから少しだけ距離を取った。
「ど、どうする? ユウキ。どうしよう?」
「んー……ね。どうしよ。ユナはどうしたい?」
「え、私?」
「だって今はボクの雇い主だし。最後に決めるのはユナじゃない?」
「それは、そうかもだけど……うー」
誘いはありがたいものではあった。ノーチラスよりも先にボスを倒すことを目標にした今、人数が増えることは喜ばしいことだ。
ひとの手が増える。それはすなわち同時に扱える武器が増え、交代による回復の時間が増え、持ち込める回復薬の数が増えるということ。相対するボスが基本的に一体ということを考えれば味方は多ければ多いほどいい。しかもユナと彼らの最終的な目標は違えど、過程は同じ。《背教者ニコラス》を倒すことだ。少なくともそこに関しては利害が一致する。
「いちおう、ボクとアスナの考えだけど。血盟騎士団はあんまりアテにしないほうがいいかも。アスナも呼びかけてみるって言ってたけど、低く見積もって考えてって。だから人数が増えるならいいんじゃないかな」
「そう……そう、だよね」
ユウキの言葉にうなずきつつも、ユナは迷っていた。その歯切れの悪さで察したユウキは首を傾げて訊ねる。
「なにか気になるとこ、あった?」
「んー……うん。あった」
「どこ?」
「みんなの欲しいのが蘇生アイテム、ってとこ」
「……あー」
なんとなく、ユナが言わんとすることは察せられた。あくまでもおそらく、である。しかし確かに重大な部分ではある。
こういった確認なら、アルゴの手伝いで多少は慣れている。ユウキはユナに頷くと、それまで待ってくれていた男たちに向き直った。
「えっと、確認なんだけど。目的はボスを倒すのじゃなくて、それで手に入るアイテム、で間違いないんだよね?」
『そうだ』
男たちは一斉に頷く。ユウキもそれに内心で頷き返す。これは合っている。彼らの目的は蘇生アイテム。
それを手に入れるための過程に、ボスの撃破がある。
「だけどボスを倒すのに自分たちだけじゃ厳しいから、ボクたちに手伝ってほしい」
『そう』
これも合っている。まあこれは彼らも言っていたことだ、確認など今さらかもしれない。
では、次は──?
「蘇生アイテム……っていうか、ボスって確かフロアボスとおんなじで一回しか倒せないってことになってると思うんだけど。ここにいるみんなで倒すんだよね?」
『いいや』
「……だよね」
ユウキの問いに、男たちは間髪入れず首を横に振る。ユウキも言いながら気づいていた。
彼らが各々の装備に掲げるエンブレム。ギルドの象徴、旗印とも言えるそれは十人が十人とも異なるデザインをしていたのだ。それはつまり、彼らはそれぞれ異なるギルドに所属するプレイヤーであるということ。
通常、ふたつ以上のギルドが手を組むことは滅多にない。例外としてフロアボス戦があるが、それ以外ではよほど意気投合した場合などでなければ競い合う関係にある。
この場に十のギルドが集まって、全員がひとつのアイテムを求めているということは。
「もしかして、みんな違うギルド?」
そのとおりだ、と全員が頷く。
「レイドを組むわけじゃなくて」
そうだ、とまたも全員が頷く。
「ってことはもしかしてだけど。ボクたち、この中からひとつを選べって言われてる?」
そういうことになる、とやはり全員が頷いた。
ドロップアイテムの分配はランダム。モブ撃破に参加したメンバー全員を対象とする。それはそういうふうにシステムがつくられているため、プレイヤーがどうこうできる部分ではない。狙って得られるのはLAボーナスのみ。
だが、そのランダムをランダムでなくする方法がある。目的が同じ者どうしで手を組めばいい。たとえアイテムがひとつしかドロップしないとしても、使用目的まで同じなら争うことはない。
まさに今、ユウキたちの目の前にいる男たちのように。
「……みんなで挑むっていうのは?」
『できない』
男たちは口を揃えて言う。それは無理だ、と。
攻略組が挑むボス戦において、ドロップアイテムの所有権は手に入れたやつのものとされている。倒すことが目的の場所でそれ以上の追求はなし、という暗黙のルールが敷かれているからだ。ただひとつ、LAボーナスだけは狙うことができるためにその限りではない場合もあるが、基本的にはプレイヤー自身の運次第である。
今回のクリスマスイベントは、その例外的なLAボーナスの仕組みが色濃く反映される。ドロップするアイテムがわかっていて、皆それが欲しいからだ。ましてアイテムの使用目的もその対象も異なるのでは、共同戦線など組めるわけがない。ボスを倒すことはあくまでも過程。その先で得られる報酬が欲しい。ひとつしかないものを手に入れるためには、ギルド単独による撃破が絶対の条件だった。
「……そう、だよね」
ユウキの後ろでユナが小さく呟く。
ノーチラスから攻略組の話は聞いていたし、ついさっきユウキともそういう話をしたばかりだったから予想はしていた。彼らはひとつのアイテムを巡って争っていて、そのために相手──他のギルドを出し抜こうとしている。
その気持ちだけで言えば、ユナは理解できていた。ユナだって同じだからだ。ボスを倒したという実績をノーチラスに与えないために自分が先行しようとしている。それは言い方を変えてしまえば、ノーチラスを出し抜こうとしていると言える。
だが、だからこそ彼らの誘いに首を縦に振ることはできなかった。
「最悪、歌ってくれているだけでいいんだ!」
「どうか一緒に来てくれないだろうか?」
男たちは必死に頼み込む。並々ならぬ理由がありそうだというのはひしひしと伝わってくる。彼らの目的が蘇生アイテムであることから、それは想像に難くない。手伝えるのであれば手伝いたいとユナは思う。
だが、それを引き止める自分もいるのだ。そのふたつの葛藤がユナを悩ませる。
自分がボスを倒したいのはノーチラスに危険を冒してほしくないから。たったひとりで挑もうという彼を危地から遠ざけたくてユウキたちに依頼を出した。だが彼らをそのまま挑ませてしまうのは、ノーチラスがやっていることを手伝うのとどう違うのか。自分やユウキの助力があるとはいえ、結局やっていることは同じではないのかと、そんなことを思ってしまう。
それでもノーチラスより先にボスを倒しておかなければユナの目的は達せられなくて、そのためには彼らの申し出は願ったり叶ったりで。
「え、えっと、えっと……!」
どう答えればいいのかと思案していると、ふとユナに迫る人垣の向こうから声がした。
「そこまでや」
「困っているのが見てわからないか?」
え、と顔を上げると、六人の肩や首の間から特徴的な髪がのぞいていた。
片や茶色のサボテンのようなショート。
片や水色のウェーブがかったロング。
どこか見覚えのあるような、一度でも見れば絶対に忘れないだろうと思えるような二人組が、人垣をかき分けてユナたちと男たちの間に壁のように立ち塞がった。
「感心せんな。感心せん。押しゃあいいってもんやないやろ」
「というか、彼女に対しての勧誘はあまり良しとしないんじゃなかったかな。あくまで暗黙の了解だから強制じゃないけども」
「う……」
「それ、は」
ふたりの言葉に、人だかりをつくっていたプレイヤーたちは口をつぐむ。
水色髪のプレイヤーが言うように、確かにルール化はしていない。だが優秀な広範囲対象の補助スキルを持つユナがどこかのギルドに所属することは、それだけで戦力的なアドバンテージになる。
その、云わば《力》の独占をさせないために、自分たちもしない。それが暗黙のルールとして広まっていた。
「わかってるさ、そんなこと」
だが、簡単には退けない。彼らもルール違反だとわかっていて、それでもユナの力に頼りたいからこうして頭を下げたのだ。
男たちのうちのひとりが表情を険しくする。
「だからって諦められないだろ。仲間が生き返るかもしれないんだ。オレの友達はあのチュートリアルの前にやられて、それから姿を見ない。ただのゲームだと思ってちょっと無茶したら、実は現実でも死んでましたなんて認められるわけないだろ。だがイベントのボスが強いってのは今までの話を聞いて知ってる。だけど、それでも、確実に蘇生アイテムを手に入れるためには自分たちだけでボスを倒さなきゃならないんだよ」
チュートリアルの前。このゲームが、デスゲームになる前。だが彼にとってはすでに始まっていたのだ。
ボスにはレイドを組み、大多数で挑むことも可能だ。だがそうなると、ドロップアイテムの分配も平等、レアドロップアイテムは基本的にドロップしたプレイヤーのものというのが基本ルールである。もちろん交渉次第ではそれを譲ってもらう、あるいは交換という形で入手することも可能だが、それに応じてもらったという例は滅多にない。ましてそれがレアアイテムとなればなおさら。となれば、蘇生アイテムを入手するためにはそれを譲り合えるような仲間、あるいは同じ目的を持ったプレイヤー同士で参加しなければならない。
だがそうすると、彼らのように少数での挑戦になる。どこにも属さない、フリーのプレイヤーであるユウキやユナが引っ張りだこになるのは当然だった。
彼の悲痛な想いはしかし、ふたりの剣士に遮られる。
「それでもや。暗黙とはいえ狡いことには変わらんで」
「気持ちはわからないでもないよ。報酬が報酬だからね。でも、それで彼女の意思を無視しちゃいけない。そうだろう?」
言って、水色髪の剣士は半身の構えをとるようにして道を空ける。茶髪の剣士もそれに倣って合わせ鏡のように動いた。
「あ……」
先ほどに比べて少しだけ、迫ってきていた六人との距離が空いている気がした。言うならば、今しかない。
どうしよう、とユウキを見る。ひょっとしたら自分より幼い彼女は、それでも微笑んで頷いてくれた。ユナの出す答えについていく、と言うように。信じてもいいと思えるひとが、自分を信じてくれている。そう思うと、不思議と言葉にする勇気が湧いてきた。
男たちに向き直る。
受けるのか、断るのか。
答えは決まっていた。
「えっと、気持ちは嬉しいんですけど、その……ごめんなさい。お手伝い、できません」
ユナはぺこりと頭を下げる。
この答えが最善かと言われれば自信を持って頷くことはできない。できないけれど、ギルド間の協力ができない以上はユナも協力はできないと思った。
ボスは倒したい。けれどそのために少しでも犠牲が出るようなら意味がない。
ある意味では彼らとノーチラスは同じなのだ。誰かのためにボスを倒したいと思っている。そしてそのために危険な場所へ身を投げようとしている。
ならばユナは、自身のすべきことは彼らの動きを止めることだと考えたのだ。
今までもこういった誘いはあった。そしてそのたび、ユナは断るのに難儀した。誰もが納得のいく断りかたでなければ、また同じことが起こる。ならばどうすればと考えたとき、思いつくのは彼の顔だった。
クリスマスに、彼と。それだけを思えばロマンチックだが、状況がそれを許さない。言ってから彼を《使って》いる気がして胸がチクリとした。
それでも、断りの文句としては最強とも言えた。今まで、それで断れなかったことはなかったから。
「先約が、あるので。ごめんなさい」
「せ、先約……」
ユナたちを勧誘しようとしていた剣士たちは少しショックを受けたような面持ちでしばし呆然としていたが、後から現れたふたりの視線にハッと我に返りそそくさとその場を去っていく。その背中を少し申し訳ない気持ちでユナはしばらく見つめていた。
「……それで、《DDA》のリーダー様がこんなとこへ何の用や? もうフラグポイントは洗い終わったんか」
「それはこっちのセリフかな。《軍》はまだ絞りきれてないって話を聞いたけど、こんなところにいていいのかい?」
「ワイは巡回や。さっきみたいなのにウタちゃんの邪魔されてワイらの効率まで落ちたらかなわんさかい」
「オレも同じようなもんだよ。似たもの同士じゃないか」
「けっ。どの口が言いよるんや」
「お互いさまだろう。……大丈夫だったかい?」
水色髪の剣士が顔を覗き込んでくる。ついさっき下で言い争いをしていたふたりだ。リンドに、キバオウ。そのふたりがどうして、とユナが戸惑いつつも、まずは礼を言わねばと思い直した。
「えっと、ありがとうございます。キバオウさんに、リンドさん、ですよね」
「礼なぞええよ。先約がおるんやったらワイの用もないさかいな」
「え?」
「なんだ、やっぱりそうだったんじゃないか」
「おどれもそうなんやろが」
「ふっ」
「え、え?」
戸惑うユナに、リンドは笑いかける。そしてそれに、キバオウは仏頂面で頷いた。
「実のところ、オレたちもキミたちの力を貸してくれないかと思ってたんだ。けど、先約がいるんじゃ仕方ない。クリスマスだもんな」
「言わんでええがな、終わった話や」
つまり、とユナは頭の中を整理する。同時にユウキがそれを言葉にしていた。
「巡回っていうのはウソで、本当はさっきのひとたちと同じ、ボクたちに助っ人を頼もうとしてたってこと?」
「そういうことになるな」
リンドが頷く。
「さっきも言ったけど、報酬が報酬だからね。オレたちだって欲しいんだ。まあ、ウタちゃんには頼れなくなってしまったけど」
「えとえと、ごめんなさい?」
「せやからええっちゅうねん。どうせアレやろ、先約」
「心当たりがあるのかい?」
「わからんわけないやろ」
言って、キバオウは指で示す。その先には、狩りを終えて峡谷から上がってきたノーチラスの姿があった。
かなり憔悴している。ポーションも出さず膝から崩れるように座り込む様子に、ユナはぎゅっと胸の前で手を強く握った。
「知ってるの?」
ユウキが問う。それにキバオウは、変わらずの仏頂面で頷く。
「知らんわけないやろ。ずっとふたりでおるのを見とった。ワイらの本拠地は《はじまりの街》やで。ウタちゃんが歌い始めたころから知っとるんや」
「ファンなんだね?」
「やかましいわ」
「あ、あはは」
リンドの茶々にキバオウがそっぽを向く。ユナは嬉しいやら恥ずかしいやら、苦笑するしかなかった。
「行ってやれや。あんなんほっといたらあかんで」
照れ隠しか、そっぽを向いたままキバオウはユナにそう言う。ユナは頷くと、ありがとうございました、と頭を下げて、振り向きざまにアイテムストレージからポーションを取り出した。
「お嬢」
ユナについていこうとして、ユウキはキバオウの声に振り向く。
「なに?」
「さっきのでうやむやになっとったが。お嬢の助っ人は頼めるんか?」
どうやら本気でボスに挑む予定はあるらしい。それはリンドも同じようで、何も言いはしなかったが真剣なまなざしが向けられていた。
「……ううん。ボクはもう、ユナの助っ人だから。ユナがいいって言わないと」
「さよけ。ならもう一個や。《鼠》にフラグポイント探してもろてるんやが、なんか言ってたか?」
「ううん、そっちもなんにも。特に伝言はもらってないよ」
「ほんまか。あと三日やぞ? あの《鼠》がか?」
「うん。蘇生アイテムが報酬にあるっていうのを掴んでからそれっきり。そっちも進んでないの?」
鼠というワードにユウキは体の向きを変える。たぶん大事な話だ、と直感的に感じていた。
「ないな。《DDA》はどうなんや」
「こっちもないよ。ほぼお手上げだね」
そんなことがあるのか、とユウキは内心で驚いた。
アルゴはひとりだ。情報収集能力はずば抜けているが、行動範囲や時間は限られてくる。
対して、軍やDDAは人数において一、二を争うほど。人海戦術という意味ではこれ以上ないほどにそろっている。加えて血盟騎士団も動員されているにもかかわらず、フラグポイントの情報に関しては一切のヒントが無い。
ただ、ふたりとも追いかけてはいるらしい。ならばなにかしらヒントはあるはずだ。
ちらりとユナのほうを見る。相変わらずノーチラスの顔は浮かないが、それでも話しかけるユナに返事はしているようだった。
まだもう少しは動かないだろう。そう判断して、ユウキは情報収集のために頭を切り替えた。
「……ちょっと質問なんだけどさ。ふたりも、蘇生アイテムが欲しいんだよね?」
「当たり前だろう」
ユウキの問いに間髪入れずに答えたのはリンドだった。
水色のウェーブがかった髪を指でいじりながら、額にしわを寄せる。先ほどまでの余裕のある笑みは消え、声が低くなった。
「あの人が生き返るんだぞ。取りに行かないわけがない」
あの人。その言葉に、ユウキはキバオウと目を見合わせる。
誰のことかなんて聞かずともわかる。リンドと同じ──というよりもリンドが真似た──水色髪の剣士。
第二層ボス攻略の会議のとき、誰もが彼を見て驚いた。茶の混じった黒だったはずの彼の髪色が急に変わっていたからだ。周囲の視線を全く気にする素振りを見せず、その場に集まったプレイヤーたちの中心まで堂々と歩いた彼はそのまま会議を始めた。話しかたも朗々としていて、やはり覚えのあるものだった。
今でこそ見慣れてしまったが。最初のころは痛々しくて、ユウキは見ていられないと何度も思ったことを覚えている。それはキバオウも同じようだった。
「おんどれ……やっぱ、そうなんやな」
「当然だ。蘇生アイテムは絶対にオレが手に入れる。何がなんでもだ。これだけは譲れない」
「ほーん。まぁワイはそこまで必要としとらんさかい関係ないがな」
「……キバオウさんは、蘇生アイテムいらないの?」
「おう。いらん」
ユウキの問いかけにキバオウは迷う素振りも見せず頷く。
「誰かひとり生き返らせるならあの人しか考えられんが、そもそもほんまに生き返るのかすら怪しいやろ。別に鼠の言うことを疑うわけやないが、どうにもな」
「なら、オレを手伝え。軍の戦力があれば──」
「せやかて、欲しいっちゅうモンは軍にもおる。他のドロップ品もレアもんばかりやろうし、それらはワイも欲しい。手は結べんな。……それにや」
一拍あけ、キバオウはユウキを見る。
「ワイは真相を知りたい。あの時の、な。そういう意味では、今回のイベントは追っかけざるを得んのや」
「真相?」
「せや。今回は報酬が報酬だけに、人が集まっとる。上から下まで大量にや。狙わんわけ、ないやろ?」
言って、キバオウは腰に下げていた片手剣を揺らす。それが意味することはユウキにも読み取れた。
「オレンジ……」
あるいは、レッド。意図的にプレイヤーを傷つけることでカーソルの色が変わった者たち。一絡げに犯罪プレイヤーと呼ばれる者たち。
そのなかで、キバオウの言う《あの時》に関わる者など限られている。
「せやからワイはここにいる。知らんままじゃあかんのや。……お嬢もそうなんやろ」
「そう、だね」
ユウキはあの出来事のことをキバオウに話していない。アルゴ、エギル、クライン、キリト、アスナ、そしてユナ。話したのはこの七名のみだ。信頼のおけるおけないという分け方というわけではないけれど、どうにもユウキはキバオウにあのことを話すのは躊躇われた。
シュウやキリトが当時警戒していたというのもある。けれどそれ以上に、あのときキバオウは「諦めろ」というスタンスを取っていたからだ。それだけで少しムッとする相手だった。……今でこそ人が変わったような感覚があって、それはそれで戸惑っているけれど。
「それに、そういう意味では尾けるヤツはわかっとるんや。鼠からなんもなければワイはそいつを追う」
「誰だ、そいつは」
リンドが眼光を鋭くする。
言ってしまうのか、とユウキは驚いた。ここでそれを明かすということは敵に塩を送ることに他ならない。手を結べないと言ったばかりだというのに。
だがキバオウは少しも躊躇う素振りを見せなかった。
「最近やけに気風のええ情報屋や。ウチのもんがえらいネタもろたと騒いどった」
「名前は」
リンドが詰め寄る。それでもキバオウは悠然として。
「ジョニーや。……なあお嬢。どっかでこの名前、聞いたことないか?」