野郎どもに花束を   作:小川 帆鳥

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Kleine-2

「本当に生き返ると思うか?」

「わからん。わからんが、可能性としては薄いだろう」

 

 第十一層、タフト。その主街区はのどかな住宅街を思わせる現代的なつくりで、中央にある円形の広場を同心円状に並ぶ建物が囲んでいる。

 その噴水広場に面した最も小さい円の並びに構えられた店で、正午から男ふたりはカウンターを挟み真剣な顔で向かい合っていた。

 

「チュートリアルで言ってただろう、あの茅場晶彦と名乗るフードのアバターが。『このゲームにおけるいかなる蘇生手段も機能しない』と」

「そう……だよな」

 

 カウンターの外側、客として座るクラインは表情を曇らせる。それを内側に座る店主は半ば言い聞かせるような、宥めるような口調で重ねて言った。

 

「気持ちは察するがな、クライン。HPがゼロになった瞬間に脳が焼き切れる、だから蘇生手段はない。こればかりは覆しようのない事実なんだと思うぞ」

「わかってる……わかってるんだがよ、エギル」

 

 両肘をテーブルに乗せてうつむくクラインに、エギルはかけられる言葉を見つけられずにいた。

 

 ──これはゲームであって、ゲームではない。

 

 これも茅場晶彦の言葉だ。あのチュートリアルの日、シュウが呟いた。

 一万人を閉じ込めたこの世界は紛うことなくゲームだ。現実ではありえない身体へのシステムアシスト、指を振れば出てくるメニューウインドウ、ヒトより大きな怪物。

 だがその一方で、この世界は現実でもある。手鏡によるアバターの現実投影、今までの生活と何ら変わりない空腹と睡魔、そして──HPがゼロになって爆散してから二度と会えていないギルドメンバー。

《風林火山》はクライン率いるギルドの名称だ。クラインが第一層からともに歩んできた仲間たちで構成され、そのうちの数名は攻略組に名を連ねる猛者でもある。だが、四か月前の第三十四層フロアボス戦にてひとり、仲間を失っていた。

 黒鉄宮《生命の碑》に刻まれた名前に二重線が引かれ、以降は姿を消す。それは攻略組に限らずどのギルド、それどころかどんなグループにも聞く話だった。それこそ、第一層攻略時から。

 一年も経つのだ。さすがにいま生き残っている全員がもう察している。このゲームでの死はログアウトと同義だということを。それも、ゲームからどころか人生からの。そうでなければ、外部から強引にナーヴギアを取り外し、全員がログアウトできているはずなのだ。それがされないということは、そういうことだ。

 ──それでも。

 

「縋りたく、なっちまうな」

 

 弱く、絞り出すような声音だった。

 大切な仲間だ。失いたくなかった。だからこそもう一度会えるのかもしれないと思うと心が揺れる。

 その感覚は、エギルにだってわからないわけではなかった。

 

「まあ……そうだな」

 

 エギルは攻略組として最前線に身を置きながら、商人として店を営む。訪れる客は攻略組のメンバーであったり中間層のプレイヤーであったりとさまざまだ。中には顔馴染みとなった客もいて、ときにはパーティを組みフィールドに出ることだってある。そんな彼らがふと顔を出さなくなると、嫌な想像が働くのだ。

 だが、わざわざ確かめには行かなかった。そのうちふらりと顔を出す。そのときに笑顔で迎えてやればそれでいい。半ば言い聞かせるようにして、エギルは待つことを選んだ。自分がいつもどおり過ごしていれば、きっと相手もいつもどおり顔を見せてくれるはずだから。

 

「よォ。やってるカ? ……なんだ、男ふたりで密談カ」

 

 そんなことを思っていると、アルゴが暖簾をくぐってきた。フードを取り払い、金髪の癖っ毛に頬のヒゲを模したペイントを隠そうともせず、勝手にくるりと店の看板を《OPEN》から《CLOSE》に切り替えて。

 

「アルゴか。珍しいな、こんな時間に。買取か?」

「あァ、それも頼ム」

 

 ドサドサドサドサドサ、とストレージが空になるのではというくらいのアイテムを放出したアルゴは、すとんとクラインの横に腰を下ろす。大量のアイテム買取も看板の切り替えもいつものことなのだろう、エギルは何も言わず、ため息をひとつだけ吐いて目の前の山を処理し始めた。

 

「どーだ、クライン。調子ハ?」

「良くはねえな。どうにも焦っちまう。そっちはどうだ」

「同じく、良くないナ。どうにも広すぎル」

 

 ふたりは互いに顔を見合わせて、苦笑しつつ肩をすくめる。イベント当日まで三日を切ったが、いまひとつ決定打となるものが出ていなかった。

 

「マジかよ、けっこうアテにしてるんだがな」

「それはありがたいが、こればっかりはナー。候補が増える一方だゼ。あ、なんか飲み物くレ、エギル」

「水ならセルフだ」

「オレのも頼むわ」

「あいヨ。10コルずつナ」

「金とんのか」

「オレの店だぞー」

「冗談ダ」

 

 打てば響くようなリズムで三人はそんなやり取りをする。慣れた手つきでアルゴはコップに水を注いでいった。

 アルゴとクライン、そしてエギル。三人は一年前のあの一件から、こうしてときどき集まっていた。

 エギルがまず、商人として拠点を建てた。彼曰くもともとリアルでもカフェを営んでいたらしく、もはやあきんどこそが自分の生業なのだと笑っていた。そうして《鼠》にコンタクトを取り、やがてアルゴが立ち寄るようになった。

 

 ──悪いがあと頼むな。

 

《彼》でなくとも、誰であれ《鼠》を偽装することは不可能だとエギルは判断した。それでもその名を出すということは、よほどの阿呆かよほど近しい者か。前者はありえない。ならば《鼠》と《彼》とは必ず繋がりがある。そう判断しての行動だった。

 それは果たして正解であり、それを聞いたアルゴはならばとクラインを呼びつけた。事の次第をユウキからおおまかに聞いていたクラインは、それを補完する形でエギルの話も聞くことになる。

 

 ──……わかった? 

 

 あのときの声と表情を、クラインは忘れていない。飄々としながら抱え込む性質だというのは知っている。それでも、忖度だのなんだのと言っていたくせにオレたちの気持ちは汲み取れなかったのか。そんな怒りにも似た悲しみが──あるいは悲しみにも似た怒りが、ふつふつと湧き上がってくる。

 とっ捕まえて拳骨を。

 それを第一目標に据えて、クラインもまたエギルの店によく出入りするようになったのだった。

 

「なあ、お前を疑うわけじゃないんだけどよ、本当に生き返るんだろうな?」

 

 水の注がれたコップを受け取りながら、クラインは問う。エギルにも訊ねた質問であり、それでいて自分の中でもある程度の答えは出ているが、それでも確認はしたい。

 本当に、本当に彼らは戻ってくるのだろうか。

 

「無理だナ」

 

 しかしアルゴの答えは素っ気なかった。

 

「本当に生き返るんだとしたら、HPを全損したプレイヤーの待機場所があるということになるだロ。ってことは、このゲームで死んでも現実じゃ死んでないってことになル。それができるなら、外から無理やりナーヴギアをひっぺがせば全員が生還ダ。でも一年も経ってソレがされないってことは、つまりそういうことなんだヨ」

「そう、だよな……やっぱそうだよなぁ」

 

 アルゴが言ったことは、クラインもわかっていることだった。というか、このゲームの参加者の誰もがわかっていることだ。今さら何をどう掘り返そうが覆らない事実だった。

 そもそもの話。チュートリアルの時点で、茅場晶彦のアバターはニュースの画面をいくつも映し出していた。よく知る局の名前ばかりで、そのどれもが死者数を二百人以上と報じていたのだ。いくら計画的なデスゲームとはいえ、あれらをも用意していたとは思えない。ならばやはり、疑いようもなく現実なのだ。

 クラインは天を仰ぐ。エギルの店の白い天井、その向こうに広がる残り半分のエリアを見据えるように。

 そんなクラインに、アルゴは少し口調を和らげて言う。

 

「これはオイラの想像だけどナ。生き返るのは生き返るんダ。正しく言えば、死ななイ。一回限りで、死を肩代わりしてくれるお守りみたいなもんだと予想してル。……期待に添える答えじゃないだろうがナ」

「いや、いい。ありがとなアルゴ」

 

 気休めに嘘を言うふたりでは決してない。商人という気質からなのか、非常に現実的な感覚を持つふたりだ。だからこうして聞いたのだ。

 正直、まだ期待は捨てきれていない。どれだけ現実を突きつけてもらおうとも、わずかな可能性に縋りたいという気持ちを完全に捨て去ることはできない。どうしても、《もしかしたら》が頭から離れない。それでも、期待はしてはいけないのだ。

 クラインは水の入ったコップを一気にあおった。

 

「……狙うのカ」

「いいや」

 

 アルゴの問いに、クラインは即答する。

 

「挑みはする。経験値も報酬も欲しいからな。でもそれだけだ。蘇生がどうとかってのはまた別の話だな」

「……そうカ」

 

 それはアルゴへの返事でもあり、それでいて自分に言い聞かせる約束のようでもあった。

 だが事実でもある。単純にイベント報酬だけで考えても、どのクエストよりも豪華だ。取りにいかない理由がない。

 それに心配もあった。ノーチラスのことだ。あのボス戦以降はあまり表に出ていなかった彼が、ここ最近になってあれほどに無茶なレベリングを始めた。ということはおそらく、狙いはイベントボスだろう。

 きっと彼は止まらない。ならせめて、乱入でもなんでもして無理やり止めるなり援護をするなりしてやりたいと思う。

 ……どことなく、抱える性質が似ているような気がするから。

 自分はその場にいなかったから、なんてことは二度とないようにしたい。

 

「挑むのはいいが、出現場所はわかってんのか? ほれアルゴ、二万と五百コル」

 

 査定を終えたエギルが顔を上げる。大量のアイテムを店舗用のストレージに収め、アルゴに買取金を渡した。

 

「オ、けっこうな額になったナ。よしよシ」

「量が量だからな。もっとこまめに来てくれていいんだぞ」

「気が向いたらナ」

「……量が量だから小分けにしてくれないか」

「気が向いたらナー」

 

 エギルの苦情に、アルゴは飄々とした態度を崩さない。ストレージを覗いてウムと頷く。

 そうして上げた顔は、いつになく真剣だった。

 

「ボスの場所だが、それはさっきも言ったようにさっぱりダ。けど、いろいろ動いているうちに変なとこは見つけタ。やけに出入りの多い場所があル。張れば何かわかるかもしれなイ。……いろいろとナ」

「いろいろ?」

 

 エギルが最後の言葉に反応する。アルゴはそれに、やはり真剣な表情で頷いた。

 

「そう、いろいろダ。確証はないから今は言えなイ。けど匂うんだヨ。どーも引っかかル」

 

 長く情報屋をやってきたがゆえに培われた直感。ネタになりそうな、事が起きそうなものへは敏感になった。その直感が告げるのだ。怪しイ、と。

 

「……アルゴがそう言うなら間違いなく何かあるんだろうけどよ。危険はねえのか。ユウキちゃんにちょいちょい聞くけど、そうやって突撃して死にかけたこと何回かあんだろ?」

「何を聞いたのか知らないけど、そーやって乙女の秘密を暴くのはよくないゾ。……まあ、確かに不安はあル。そこで、オイラからふたりに依頼ダ」

「なに!?」

「依頼だ!?」

 

 アルゴが言うと、男ふたりが飛び上がるように驚いた。クラインに至っては、文字どおり飛び上がって椅子から転げ落ち尻もちまでついている。

 

「……そんなに驚くかネ」

「あたりめえだろ、依頼するってことはカネ払うってことだぞ!?」

「あの守銭奴と言われる《鼠》がそんなことを言うとはな。明日は猛暑にでもなるのか」

「……オレっちがどう思われてるのかよくわかっタ。じゃあ言わなイ」

 

 ふいっと拗ねたようにアルゴは顔をそらす。

 そんな光景もまた珍しくてふたりは言葉を失うが、ついさっきのアルゴの言葉を思い出して我に返った。

 

「いや、悪かった。それで依頼ってのは。どんな不安があるんだ?」

「ああ、聞くぜ。話してくれ。オレらの仲だろが」

 

 エギルとクラインが促すと、アルゴはゆっくりと顔の向きを戻す。それでもまだ半眼ではあったけれど。

 

「……オイラの護衛を頼みたイ。その出入りの多いところから現れたヤツと接触したプレイヤーがいてナ。ちょっと気になるから追いかけたいんダ。エギルも頼ム」

「護衛って、ユウキちゃんは?」

 

 クラインが首を傾げる。

 いつもなら必ずユウキがアルゴの護衛兼手伝いをしている。ここへ来ることは稀ではあるが、基本的に《鼠》としての行動をとるときはツーマンセルのイメージがあった。

 実力的にも攻略組の一角という折り紙付き。護衛というなら外せない人間のはずだ。

 

「あの子は別件で依頼があっタ。別行動ダ」

「そうか……」

 

 クラインは悩むように顎に手を当て、指の腹で無精髭を撫でるようにして考えこむ。

 

「オレはいいぜ。頼るアルゴっていう物珍しさもあるが、それほど怪しくて危険なんだろ。壁役なら任せな」

 

 エギルは剃髪の頭をぺしりと叩きながら快く頷いた。

 

「そんなに珍しいカ?」

「そりゃあな。基本的にひとりで潜るのが情報屋って言ってただろ。ネタの共有なんてしたら銭にならないと」

「……言ったような気がするナァ」

 

 それにだ、とエギルは色黒ゆえに余計に白く見える歯を見せて笑う。

 

「お前の頼みを断る理由がない。珍しいからこそ、そのぶん本気なんだろ。力になるさ」

「……助かるヨ」

 

 アルゴは、ふにゃっと力なく笑う。知らずのうちに緊張していたのだろう、細くため息をついた。

 茶化すように言っていたが、自分が誰かにものを頼むことが珍しいというのは自覚している。だが今回の件に関しては情報屋は関係ない。《鼠》としてでなく、ただのアルゴとして気になるから追いかけたいだけなのだ。ならば頼んだっておかしくないよナ、と内心で誰にともなく呟いた。

 

「クライン……は、まだ悩んでるか」

「ああ。オレはオレで気になるヤツはいるんだよ」

 

 エギルの確認にクラインは頷く。

 確かにエギルの言うように珍しいことだし、だからこそ本気の度合いというのか、そういったものが違うということはわかる。対価としてコルを払っているとはいえ、これまで何度も《鼠》に助けられてきた。こういうときは助けになりたい。

 けれどあの剣士を放っておくわけにもいかない。ひとりでなんて無茶をするとわかっていて野放しなんて出来るわけがなくて。

 

「いや、無理なら無理で構わないゾ。何がなんでもってわけじゃないシ。シュウ兄に似てる感じのヤツを追いかけたいってだけだからナ」

「……なに?」

 

 だから、アルゴの言葉は思わず聞き返してしまった。

 

「シュウに似てるヤツ、って?」

「エ?」

「そいつ片手剣か? ここ最近ひとりで危なっかしいヤツか」

「なんだ、もしかして知ってるのカ」

 

 クラインの矢継ぎ早の問いにアルゴは目を丸くする。そして、ならばと依頼の内容を語りだした。

 

「追うプレイヤーの名前はノーチラス。そいつがラフコフと接触した可能性があル。確証はないが、たどり着く場所は三十五層の《迷いの森》」

 

 そしてそこは、ともすれば──

 

「もしかしたら、イベントボスの出現場所ダ」

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