野郎どもに花束を   作:小川 帆鳥

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Nahat-1

「よろしくお願いします」

「おう、こちらこそや」

 

 アスナとキバオウがお互いに頭を下げる。その後ろでキバオウが引き抜いた軍のメンバーとアスナについてきた血盟騎士団のメンバーがそれぞれ同じように挨拶を交わした。

 三十五層、ミーシェ。レンガ作りの小屋が立ち並び、木の柵の向こうで動物が草を食む光景がそこかしこで見られる。夜になれば動物たちは寝静まり、代わりに鳥の鳴く声が細く聞こえる。まさに牧歌的という言葉がふさわしいエリアに、今夜はがしゃがしゃと金属の擦れる音があった。

 血盟騎士団から、アスナを含めて十人。軍から、キバオウ含めて十二人。ユウキとユナを合わせて四つのパーティを組めるだけの人数が集まっていた。

 

「お嬢からあんまし期待すなとは言われとったが……なんや、聖騎士はんは乗り気じゃないんか」

「そうみたいです。夢を見るのは構わないがそれは個人で見るものだ、と。ギルドとしては動かない方針ですね」

「現実主義というかなんというか。まあボス戦のためだけに組んだっちゅうことなんやろな」

 

 血盟騎士団のギルド規模はアインクラッド全体で見れば五指に入るかどうかというところである。それでもキバオウの言うとおりボス戦のために結成したギルドだからなのか、戦力という観点で言えば間違いなくナンバーワン。今回のイベントにも参加すればさらなる戦力強化は見込めるやろうに、とキバオウは言う。

 実際、ユウキたちに助っ人依頼が殺到したあの日にアスナはヒースクリフに進言していた。ユナからの依頼をこなすという意味でも人手は欲しいからと。

 だがヒースクリフはそれを見越していたかのように、呼び出したアスナを部屋に入れるや否や言ったのだ。

 

『イベント参加は好きにするといい。だが、個人での参加のみ認める。このゲームの目標はゲームクリアであり、私がこのギルドを立ち上げたのもそのためだからだ』

 

 祭りに上司と部下を連れていっても息苦しかろう、と苦笑しているのを見て、アスナは何も言えなかった。ただなんとなく言わんとすることはわかったし、個人での参加は咎めないということだったから呼べる範囲でアスナは声を掛けたのだった。……後でユウキたちの身に起きた騒動を聞いて、やっぱりそういうことも起きるのだとアスナは苦笑した。

 

「最悪、クラインさんのとこに混ぜてもらおうかなって思ってたんだけど。アルゴさんと一緒に別行動だって?」

「なんか気になることがあるんだって。エギルも一緒。ボクは依頼に集中していいってさ」

「ふうん? その内容はわかんないの?」

「うん。まあアルゴのほうもボクの依頼の内容は知らないみたいだから。なんて言うの、つりあい? が取れてるってことじゃないかな」

 

 分担作業ということだろう、とユウキは思う。確かシュウもそうやってアルゴと作業を分けていた。それと同じことだ。あのときも、アルゴのほうで気になることがあるからといった理由での別行動だったと聞いた覚えがある。

 

「そういうわけで、ユナ。とりあえずこのメンバーでボスのとこ知ってそうなひとを追いかけるって感じだけど、いいかな」

 

 キバオウが軍で聞いた情報をもとに割り出した確実性の高いワードはふたつ。《ジョニー》、そして《迷いの森》。

《迷いの森》とは数百の小さなエリアが連なる巨大な森である。アスナたちもキバオウたちも、この場所は広大かつ複雑すぎて手を出していない。確かに、フラグモブが出るという巨木があるとして、ここならば納得はできるとふたりも頷いた。

 しかしエリアの接続はある程度ランダマイズされている。一定の期間以上同じエリアに滞在した場合、次のエリアがどこに繋がるのかわからなくなってしまうことに加えて、モンスターが湧き足止めを食らったり、そもそも時間制限が設定されていない場所もあるのだ。最悪の場合、ここにモミの木がなかったとしたらとんだ骨折り損となる。

 そこで《ジョニー》というプレイヤーを追う。なにか法則に気づいたのか、あるいは抜け道を見つけたのか。彼はいくつかのギルドに声をかけ、その全員にこの場所を示したのだという。

 少なくともアルゴからは蘇生アイテム以上の情報はない。現状ボスにつながるかもしれない情報となるのはこれだけだ。もしかしたら無駄足かもしれない。だがユナは、そんなユウキの確認に迷うことなく頷いた。

 

「うん、大丈夫」

 

 ノーチラスのため──ではないかもしれない。ユウキとアスナには話したが、キバオウにはさすがに依頼は出していないし、三日前のときにちらりとユウキから聞いた限りではキバオウにも目的があると聞いている。

 けれど少なくとも打倒フラグモブを掲げているらしいし、利害は一致している。そういう意味ではこれ以上ない援軍だとユナは思う。

 血盟騎士団の副長、軍の双璧のひとり、そして攻略組の遊撃士。

 もちろん数としては不安があるだろうが、それを補ってあまりある安心感がある。ユナは、これでダメなら仕方ないと、諦めがつくと思えた。

 

「よろしくお願いします」

 

 ユナがぺこりと頭を下げる。

 途端に、集まったメンバー、特に軍から大きな返事があがった。

 

「やかましゃあ! お前ら、ウタちゃんにお嬢に閃光がおるからって舞いあがっとんちゃうぞ! 目的はイベント報酬やろ、忘れんなよ!」

「そう言っていちばん嬉しいくせに」

「なんっ──ええから行くで! 《迷いの森》や!」

 

 軍のひとりからの茶々に一瞬口籠もったキバオウは、さっと身を翻して町の外へ歩いて行ってしまう。それにやれやれと苦笑しながら軍が、そして血盟騎士団とユウキたちが続いていく。

 ──そして見つけたのは、

 

「あれ、キリトくん……?」

 

 背中に片手剣を背負った黒衣の剣士と数人の男女、そして。

 

「あいつやな。《ジョニー》……!」

 

 顔は確認できなかった。頭が頭陀袋のような黒い布で覆われていて、目の部分だけがくり抜かれている。だがキリトの体格よりやや小柄なことと、ここで誰かを──この場合はキリトたちを待ち構えていたことで符号は一致する。

 キリトを除く男女はまるで旧知の友人に会うかのように表情を和らげ、ジョニーも歓迎するように両手を広げた。そうして離れて見ていたユウキたちには気づく様子もなく、合流を果たした彼らは《迷いの森》へ足を踏み入れる。

 

「……行こう」

 

 姿が消えたのを確認して、ユウキたちも動いた。《追跡》スキルを持つ者たちが足跡を確認しながら先導する。

 雪が静かに降り始めていた。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、まさかマジで鬼を連れてくるとはなぁ。驚きだ」

 

 月夜の黒猫団を先導するジョニーが歩きながら振り向く。これまで何度も道を確認するために往復していたらしく、前など見なくてもある程度は覚えてしまったという。

 頭陀袋の穴から覗く一対の眼がまっすぐに、集団の最後尾を歩くキリトを見つめていた。

 

「ええ、僕も驚きました。まさか頷いてくれるとは。でもジョニーさんのおかげでもあるんですよ」

「あ? なんで?」

 

 黒猫団の先頭を歩くケイタがにこやかに笑う。

 

「もしかしたら知り合いかも、って言ってたじゃないですか。マッピングの疲れがあったのか、あのときは荒れているようで怖かったんですけど、ジョニーさんの名前を出したら頷いてくれて」

「ふーん」

 

 ケイタを一瞥し、すぐにジョニーの目は再びキリトに戻る。目の部分がくり抜かれた特殊な形をしているからか、その部分がやけに光って見えた。

 

「どういう知り合いなんですか? ……って、それはマナー違反ですかね」

 

 ケイタが笑いながら投げた質問を取りやめる。だがジョニーは気にすることなくさらりと答えた。

 

「追い追われる関係だな。鬼ごっこみてえな」

 

 言って、くつくつと笑う。キリトの眉間に皺が寄り、ジョニーはより楽しげに笑みを深めた。

 ──なにが鬼ごっこだ。キリトはそう言いたくなるのをぐっとこらえる。

 

「弱みってわけじゃねえけどな、あいつが欲しがってるネタを持ってんだ。けどまだあいつが支払えるだけの対価がない」

「そうなんですか。あれ、でもこの道案内は」

「また別だ。これはお前らに情報屋としてのオレを知ってもらうためのものだからな」

「なるほど」

 

 ケイタは納得したように引き下がり、この話題を途切らせた。そういうことだ、とジョニーも楽しげに笑って別の話題に花を咲かせる。列の最後尾で、キリトは変わらず顔を顰めていた。

 ──俺が欲しいネタ。

 それにキリトは見当がついていた。おそらくは一年もの間、姿を見せない《彼》のこと。キリトだって探していないわけではなかった。ただ──ただ、あのときなぜ彼がそうしたのかがわからなかったから、探すこと以上に思考に没頭するためにとにかく体を動かしていたのだ。

 あわよくば、一層のときのように。自分の居場所を示すことで会いにきてくれることも期待して。……今のところ、成果という成果はゲームが進んだという以外にないけれど。

 だがようやく見つけた。《彼》への道筋を。それがジョニーだった。最初こそ同名の別プレイヤーという可能性も考えていたが、今の話でそれは消えた。あいつが、あいつこそがあの時の《ジョニー》だと確信を持って言える。

 声、口調、体型。装備こそ異なれど短剣という武器種。記憶と一致する。そしてそのジョニーはキリトの欲しがる情報を持っている、らしい。

 初対面──あるいは二回目でそんな、情報の先回りをすることができるのはキリトの知る限りではアルゴだけ。だから彼女は《鼠》として名を馳せたわけで、それができるならジョニーももっと有名であっていい。だがそうでないということは。

 目の前の男が、あの時のジョニーであるということだ。

 

「キリト?」

「っ、あ、ああ、なんだ、サチ」

 

 隣を歩いていたサチが覗き込んできていた。心配そうに眉をひそめている。

 

「ここ、ぎゅーってなってるよ」

 

 言いながら、サチは自分の眉間に指をあてる。

 

「考えごと?」

「……ん、そんな感じ」

「ふふ、同じだね。私も」

 

 サチは困ったように、それでいて少しだけ嬉しそうに笑って、左手につけた盾の位置をなおした。

 黒猫団の戦術──すなわちサチの立ち位置。これはひとまず前衛に立つことで落ち着いた。まだ試して日が浅く、現状前衛をフォローするプレイヤーにキリトがいるということを鑑みて、ケイタは道中に限りもう少し試そうと結論を出した。加えて、ジョニーも合流している。サチを前衛にと勧めた本人がいるのなら、なにかしらアドバイスをもらえるだろうと期待してのことでもあった。

 

「とりあえず練習ってことでボス戦以外は前になったけど、やっぱり怖いのは怖いね。緊張する」

「まあ……できるだけフォローはするよ」

「うん、頼りにしてる。……ふふ」

 

 キリトの言葉に頷くと、サチはくすりと笑う。

 

「なんか、あれだね。キリトって、鬼って呼ばれてるけど実際はそんな感じしないよね」

「そう、か?」

「うん。鬼みたいに強いのかもしれないけど、優しいよ」

 

 サチはそれだけ言ってテツオやダッカーたちの会話に混じる。その背中に、聞こえるか聞こえないかの小さな声で。

 

「……青鬼がいたんだ。赤鬼はもう泣いてられないんだよ」

 

 それだけを呟いて、キリトは思考を切り替えた。

 もちろんジョニーのことは捨て置けないが、今はそれ以上に彼らのこと。レベル的に手放しで安心とまでいかない場所で、彼らは新たな戦術を試そうというのだ。一瞬でも気を抜く余裕などない。最悪、待っているのは死だ。そうならないために自分がいるのだし、そういう契約を交わしている。集中しなければ。

 そうして気持ちを切り替えたとき。すぐ横の茂みががさがさと荒立つ。

 

「ケイタ!」

「は、はい!」

 

 キリトが叫ぶ。飛び出したのは猿型モンスター《ドランクエイプ》だった。二匹の猿人は獲物を見つけた喜びにふるえて雄叫びをあげている。

 

「サチ、前! キリトさん頼みます! ジョニーさんは下がってください!」

「言われなくても下がってるぜぃ」

 

 ケイタがすぐさま指示を飛ばす。ジョニーと入れ替わるようにして、キリトは素早く前に出た。

 

「サチ」

「う、うん」

 

 怯えて足を止めていたサチの背にキリトは手をやる。

 

「動きをよく見て。怖いかもだけど、目は瞑っちゃダメだ」

 

 これまでに何度も教えていたことを改めて告げる。いくら盾があるとはいえ、目を逸らしてしまうと敵の攻撃を受けきれないことがある。体全体を隠せるような大きな盾ならともかく、サチの盾は小手につけられるような小さなものだ。相手の動きに合わせて盾の位置を変えなければならない。そのためには目を逸らしてはならないのだ。

 

「……キリト」

 

 サチの背中に添えた手が押される。ドランクエイプは猿というよりゴリラに近い。猿人とも呼ばれるだけあって、より人型に近く、それでいて野生を感じさせる巨躯。キリトは決して小柄ではないが、それでも頭ふたつから三つは大きい。サチにしてみれば、見上げるというだけでじゅうぶんに怖いのだろう。

 だが約束したのだ。絶対に死なせないと。

 

「大丈夫」

 

 笑ってみせて、キリトは少しだけ背中を押す。サチは腹を括ったように頷いて、踏み出し、盾を構える。茂みから身を乗り出してきた二匹のうちの一匹が、その目にサチを捉えていた。

 ドランクエイプは攻撃力は高いが使用するスキルは低級のもの。手に持った棍棒を振り上げ、振り下ろす、この動作がほとんどだ。キリトが言うように目を逸らしさえしなければ──。

 

「っ!」

 

 左腕に衝撃。瞬間、思わず目を閉じてしまう。それでも後ろに倒れそうになるのは辛うじて堪えた。

 弾きあって開いた間合いに、ササマルとテツオがすかさず割り込む。ふたりの燐光を無防備に受けたドランクエイプの悲鳴が上がる。そうして怯んだところへ、トドメにケイタとササマルが斬りつけた。四人の攻撃をまともに受けたドランクエイプはなす術なくポリゴン片に姿を変えた。

 一瞬のことだった。

 だからだろうか。何が起きたのかよくわからなくて、サチは呆然としていた。

 ……これで、いいのだろうか。

 

「完璧だよ、サチ! できてるできてる!」

「え、っと」

「なんだよやればできんじゃん。次も頼むぜ、サチ!」

「わっ」

 

 けれど周りで黒猫団のみんなが喜んでいるのを見て、前衛としての仕事をまずはこなせたのだということは伝わってくる。

 遅れて響くガラスの割れる音。見れば、さすがというべきかキリトはひとりでもう一匹のドランクエイプを倒していた。けれどそれを気にする様子もなく、キリトもサチを見ている。その口元には、安堵のような笑み。

 ──あれ。

 鼓動が高鳴った気がした。思わずサチは目を逸らす。

 上手くいったことを報告したかったのに、出来ない。どうしてかキリトの顔が見れなかった。

 

「……へぇ、様になってんじゃん」

 

 ジョニーが拍手をしながら歩いてくる。

 

「まだ初めてですけど、それにしても上手く出来たかなとは思いますね。キリトさんにいろいろ教えてもらってもいますから」

「あ、そうなん? てっきり反対するとばかり思ってたけど」

 

 ケイタの言葉にジョニーがキリトを見る。やや渋い顔をしながらも、キリトは頷いた。

 

「今でも反対だよ。でもお前はこの形を推すんだろ」

「そりゃな。身の安全ならこれが一番だもんよ。なんだ、オレのアイディア受け入れてくれんの?」

「違う。……やってみてダメなら納得できるだろ」

「あ、ひでえ。わざわざ危険なことさせてんの?」

「そういうわけじゃない」

 

 軽口をたたくジョニーをキリトは睨みつける。肩をすくめたジョニーは冗談だよと笑った。

 

「けど、なんだかんだ安全だったろ? ちゃんと一発受けられれば、あとは叩きまくるだけだからな。そういう意味でもガチガチに堅めておくのは有効だとオレは思うけど」

「相手が1体ならな。増えたら危ない。……サチのこと見てたか。目、つぶってた」

「そうだったか?」

 

 まるで気にする素振りを見せず、ジョニーは黒猫団に声をかけにいった。

 初戦が上手くいった高揚からか、そのあとも彼らの作戦に変更はなかった。サチが受け、四人が叩く。それを繰り返していく。道を進んでいき、何度か敵モンスターと刃を交える。そのたびにキリトは彼らが一体に集中できるように複数のモンスターを引き受けた。ボスは一体だ。時間はない。ならば可能な限りその状況に特化させておいたほうがいい、というのがジョニーの助言を受けたケイタからのお達しだった。

 キリトはそれでいいとは思ってはいなかった。サチの様子は芳しくない。けれど彼ら黒猫団は一戦を終えるたびに喝采をあげて喜ぶのだ。その様子にわざわざ水を差すのはためらわれて、口を閉ざすしかなくなる。

 それに言ってしまったのだ。任せる、と。それが余計にキリトの口をふさいでしまっていた。

 そんなキリトの葛藤を知ってか知らずか、ジョニーは先へ先へ進んでいく。黒猫団は彼についていく。

 ──結局、サチが目を瞑らずに戦えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

「キリトもボス倒しに来たのかな」

 

 ユウキが隠れている木陰から顔だけを出してつぶやく。隣にはユナ。足元にアスナがしゃがみ、少し離れたところにキバオウたちが同じように散らばって身を隠していた。

 今のところ尾行は順調だった。付かず離れず、ジョニーたちにはバレない距離を保っている。残りの道のりがどの程度なのかはわからないが、このままの調子でいけば見つかることはないだろう。

 

「もしそうだとして、よ。じゃあ一緒にいるのは?」

「さあ」

 

 アスナの問いに対する答えをユウキは持っていない。素直に首を横に振った。

 もしも生き返らせたいプレイヤーがいて、蘇生アイテムを狙っているのだとして。キリトならそれこそひとりでボスを倒しそうな気はした。実際、レベルだけなら攻略組でも群を抜いて高い。現実としてソロ撃破は可能だろう。

 だがそうはしていない。そのことがまずユウキにもアスナにも引っかかっていた。

 

「キリト、っていうとたしか《攻略の鬼》って呼ばれてるひとだよね。ギルド入ってたんだ」

 

 ユナがユウキと同じように顔を覗かせる。顔は知らずとも名前がわかるのはそれだけ多く知れ渡っているということだろう。

 だが所属するギルドの情報に関しては、よく顔を合わせる機会のあるユウキやアスナでも知らないものだった。

 

「そんな話も聞いてないわね」

「うん。アスナのお誘いはいつも断られてるけど」

「ちょっとユウキ」

 

 それは戦力としては最高だもの、団長とふたり揃ったら負けなしでしょ、とアスナは言う。ユウキはそれを聞き流しながらじっと先を行く彼らを見つめる。

 

「やっぱ色なのかな。白は嫌だって言ってたし」

「色の問題なの?」

 

 彼らのギルドシンボルは三日月と猫。おそらくは黒猫だろう。夜を想起させる組み合わせは確かに、ユウキのイメージするキリトに当てはまる気はする。少なくとも、血盟騎士団の白よりは。

 だが、しかし。それでもキリトがあのギルドに入ったというにはちぐはぐなところが目立つようにユウキには見えた。

 

「助っ人、とか。ほら、私もユウキもあったじゃない。キリトさんも強いのは私だって知ってるし」

 

 ユナの言葉に、ならばとアスナは頷く。

 

「それなら納得できなくはない……けど、それにしても、よ。蘇生アイテムは誰だって欲しいけど、じゃあそれでキリトくんがあのギルドに決めた理由がわからないじゃない? 見た感じ、けっこう綱渡りだもの。無茶とは言わないけど、厳しいのはキリトくんにもわかるはずよ」

 

 アスナは攻略組の参謀でもある。作戦の立案は基本的に彼女だ。その目線からみれば、彼らとキリトとのレベル差はかなり開いているという。

 明らかなのは戦力差。キリトひとりで倒せるドランクエイプを彼らは五人がかりだ。いくらなんでも差がありすぎるというのはユウキにもわかった。

 そうなると、残る気がかりは──ジョニーの存在。装備は全て見覚えのないものに身を包み、ほとんど肌を見せていないあのプレイヤーの名前とその所作がユウキはひどく気になっていた。

 ──似ている。

 どこが、という細かい部分はわからない。だが纏う雰囲気は明らかに覚えのあるもの。まして名前はそのままズバリのものだ。まさか、という思いがずっと頭の片隅にちらついていた。

 

「やっぱり……あのひと、かな」

「たぶん」

 

 確証はない。あのギルドのシンボルを見たわけではなく、顔が見えたわけでもなく。あの時の男だと確信を持って言えない。けれど見て取れる所作やそのままの名前が警戒を促していた。

 

「ユナ。ボクたちが初めて会ったときの、割り込んできたっていうひと。あのひとかな」

「……かも、しれない、けど。違うかもわかんない。ごめんね、けっこう気にして見てたんだけど、装備が違ったり顔見えなかったりして自信ない」

 

 ユナもユウキもアスナも、確証は持てないでいた。それでも普段のユウキが手伝っているような人探しならば突撃していたが、今回ばかりは話が違うとアスナから事前に言われている。

 違っていれば、それでいい。だがもしも合っていた場合──奴がジョニー・ブラックであった場合が怖い。オレンジプレイヤーは何をしてくるかわからないのだ。

 なおかつ、道を知っているのはジョニーだけだ。もしも途中で案内を放棄された場合、目的地にたどり着けなくなる可能性だってある。それではユナの依頼を達成できない。

 だから彼らの前に姿を現すわけにはいかなかった。

 

「ってことは、アスナ」

「うん。引き続き尾行。もしそう(・・)だったときのために、いつでもいける準備を。とりあえず道中だけなら、キリトくんだけでもなんとかなるでしょうけど」

 

 アスナがキバオウたちにメッセージを飛ばすのを横目に見ながら、ユウキはジョニーと名乗る男に視線を向ける。

 頭陀袋から覗く口元が、軽薄に笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、この次かな。次のエリアが終点だ。広場になってて、ボスの直前の場所ってことになる。その先の道は固定されてるから、そしたらオレの道案内も終わりだ」

 

 いくつものエリアを過ぎてしばらく。月夜の黒猫団を先導していたジョニーが振り返って言った。

 

「どうだ、新しいカタチは慣れてきたか?」

 

 前衛にサチを置く新たな戦術は今のところ負けなしだった。サチの盾の扱いからは少しずつぎこちなさが消えてきている。他の面々もここまでほとんどダメージを受けることはなく、余裕の表情を浮かべていた。

 

「そうですね、かなりいい感じかと。レベルも上がりましたし。やってよかったです。ありがとうございます、ジョニーさん」

「いいって、オレは提案しただけだ。採用したのはお前らだろ」

「それでもですよ」

 

 列になった先頭で、ジョニーとケイタが会話に華を咲かせている。それにつられるようにして他のメンバーも笑顔になっていた。

 唯一、サチを除いては。

 

「……大丈夫か」

 

 キリトが小声で、サチにだけ聞こえるように呟く。これまでも俯きがちだったサチだったが、今は特に暗い顔をしている。キリトの声にサチはふるふると首を横に振った。

 だろうな、とキリトは言葉には出さず嘆息した。ここまで何度もモンスターと鉢合わせた。そのたびにサチが前に出たわけだが、結局なにも変化はなかったのだ。前に出るという動作そのものには多少慣れたのだろうが、それでも攻撃を盾で受けるときに目を瞑ってしまっていた。しかもその直後に四人がかりの攻撃でモンスターが倒されてしまうのではサチ自身が戦闘をしているという感覚を得ることもない。治るものも治らない、とキリとは再び嘆息した。

 

「……まあ、それもここまでだから。ここを乗り切って次のとこに行ったら、さすがに俺からも言うよ。ボスにまで新しい要素を試すわけにはいかないしな……っ!?」

 

 サチからの返事はない。代わりに、キリトの手に小さな手が絡められた。

 

「サ、サチ?」

 

 戸惑うキリト。サチからは相変わらず返事がない。慣れない感触にどぎまぎする。

 だがその手が微かに震えているのに気付いた。

 

「……怖い?」

 

 聞くと、こく、とサチが小さく頷く。そうしてサチの手を握る力が少しだけ強まる。

 ドランクエイプの振り下ろす腕が、木に模倣したモンスターのしなる枝が、巨大なコウモリの鋭い牙が。サチの脳裏に鮮明に焼き付いていた。思い出すたびに足がすくむ。この後、さらに強いモンスターに挑むのだと思うと足が動かなくなる。

 

「……すごく、怖い。けど、さっき背中を押してくれたキリトの手を思い出すと、なんでか頑張れるの。頑張りたい、って思える。だから少しだけ」

 

 サチはそう言いながら微かにその手に力を込める。

 

「勇気を、ちょうだい」

 

 消えそうな声だった。まるで今にも本当に消えてしまいそうな。その感覚が、キリトの背すじに冷たいものを這わせた。

 目の前で。それはあのときを彷彿とさせる。あの情景は今でも鮮明に思い出せるのだ。二度とあんな思いはしたくない。

 ──絶対に、守ってみせる。

 ひとまずはボス戦について。前衛は全て請け負うからとサチを後ろに退かせる。

 キリトは返事の代わりに、サチの手を強く握り返した。

 

「よし、それじゃあ行くか」

 

 ジョニーに続いて黒猫団は最後のエリアへと踏み出す。慌てて手を離し、促すようにサチの背中を押してキリトが最後にエリアの境界線を越える。

 そして次の瞬間──後ろから頭を殴られた。

 

「キリト!」

 

 サチの声が聞こえる。絶えず名前を呼んでいた。おかげで気を失うことはなかった。

 

「キリト、キリト!」

「う……サ、チ……?」

 

 頭が揺れている。焦点が定まらない。膝をついていた。

 強すぎる痛みはシステムが緩和することで衝撃だけが残る。その感覚はただただ気持ちの悪いものだ。えずきそうになるのをぐっとこらえた。

 

「おー、さすが鬼。打たれ強さは抜群だな。いや、アレが弱いのか。まあどっちでもいいや」

「っ!」

「ジョ、ジョニーさん?」

 

 髪をつかまれ、無理やり持ち上げられる。サチの驚く声には見向きもせず、ジョニーはキリトの顔を覗き込んだ。頭陀袋から覗く目が三日月のように歪んでいた。

 

「よお、鬼。久しぶりだな。オレだよ。ジョニーだ」

「え、うわ、なんですかあなたたちは!」

 

 ケイタが声を上げる。揺れる視界が徐々に焦点を合わせていく。目の前に五人のプレイヤーが立っていた。黒猫団の見る方向がキリト側──その向こうにまでいっていることからうしろにもいることがわかる。もちろん横にもいるのだろう。黒猫団は囲まれている。

 そしてそのほとんどが──頭上のカーソルをオレンジ色に染めていた。

 

「な……なんで、オレンジがこんなに……ジョニーさん」

「懐かしいぜえ、もう一年前か。お前が泣きべそかいてボス倒したんだったな?」

 

 テツオの声を無視してジョニーはさらに笑みを深める。

 

「傑作だったな、あの水色のやつ。あんな見事に自滅するやつなんてあれ以来見てないぜ。最高かよ」

「……っ」

「おっとっと」

 

 キリトの手刀が燐光とともに振るわれる。が、ジョニーはキリトを投げ捨てるようにしてそれを避けた。

 そしてオレンジプレイヤーたちを背に、気だるげに立つ。まるで彼らを従えているかのように。

 

「ジョ、ジョニーさん……? どういう、ことですか」

 

 ケイタが震える声で問う。対してジョニーは鼻で笑った。

 

「言ったろ、道案内は終わりだ。ここが終点だよ」

「え、でも、モミの木は……」

「ねえよそんなもん。目ぇついてるか?」

 

 広場ではある。だがフラグポイントの特徴であるはずの巨大なモミの木はどこにもない。踏み荒らされた一面の雪から土が微かに覗いている。

 

「え……っ、と。どういう、ことですか。まさか、ジョニーさんが嘘をついていた、とか」

 

 ケイタがハッとする。それにジョニーは満足げに頷いた。

 

「おう、素直でよろしいぜ。よくここまでホイホイついてきた。褒美に自己紹介をしてやろう」

 

 言いながら、ジョニーは左の手袋を外す。そこにはギルドのシンボルがあった。

 

「《笑う棺桶》、ジョニー・ブラック。武器は短剣。趣味はゲームだ。ようこそバカども。逃げきれたら生かしてやるよ」

 

 いつの間にか抜いた短剣を左手でもてあそぶ。宙で回る刀身が鈍く闇を反射する。

 

「鬼ごっこだ。これが落ちたら始めるぜ」

 

 まるでコイントスのようにジョニーは短剣を放る。オレンジたちが武器を抜く。

 

「──イッツ・ショウタイム!」

 

 そして剣が地に刺さった。

 

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