野郎どもに花束を   作:小川 帆鳥

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はじまりの日ー3

 男の友人を訪ねた部屋で、見知らぬ少女に出迎えられた。

 

「はじめまして、ボクはユウキっていいます! よろしくね!」

 

 俺の戸惑いをよそに、さあさあどうぞと部屋に招かれ、ソファに座らされ、お茶を出してもらい、自己紹介まで。至れり尽くせりはありがたいが、ちょっと待って欲しい。俺のほうで整理が追いつかない。何が起こったというんだ。

 

「オレっちはアルゴってんダ。よろしくナ。こっちのデカいのはシュウ。お兄ちゃんって呼ぶと喜ぶゾ」

「コラ待て」

「アルゴに、シュウだね。よろしく!」

「おう、よろしく──じゃなくて」

 

 無垢な笑顔で求めてきた握手につい応じてしまったが、そこでどうにかストップをかけた。ふたり揃って首を傾げるんじゃないよ。

 

「キリトは? メッセージは送ったはずなんだけど」

「あ、キリトなら」

「ただいま。ほらユウキ、メシ──お、シュウ」

 

 ユウキが言いかけたところで、俺たちが入ってきた扉から新たに現れたのは、今度こそ紛れもなくキリトだった。

 

「説明求む」

 

 ユウキを示しつつキリトにそう言うと、苦笑しつつ俺の向かいに腰を下ろした。

 

「それはお互いに、だな。俺のほうもそうだけど、シュウのほうでも何かあったんだろ?」

 

 言って、アルゴに視線を向ける。そこからお互いの情報交換が始まった。

 アルゴと会い、情報屋として動こうと思ったこと。そのためのコネクションとして、まずは俺の知るフロントランナー、つまりキリトとの接点をはっきりと持つためにここに来たこと。

 俺たちのぶんだと渡された晩メシの黒パンをもさもさと食いながら、これまでの経緯を話す。ありがたい、腹減ってたんだ。

 

「俺のほうはそのくらいかな」

「……アルゴって、もしかして」

「《鼠》だヨ」

「やっぱりか。聞き覚えはあったよ。5分も話せばネタをひとつ抜かれてるって噂だった」

「誰だ、そんな噂立てたのハ。ちゃんと裏を取ってから売ってるんだゾ」

 

 否定はしないのかよ。というか、お互い名前なら聞いたことはあったのか。どうなってんだ、こいつら。確かベータテストって1000人もいたって聞いたぞ。その中で抜きん出たってのか。

 

「なになに、ふたりとも有名人なの?」

「らしいぞ。前のゲームですごく強かったって」

 

 ほえー、とわかったのかわかってないのかイマイチ伝わってこない呆けた声を出しながら、ユウキはもくもくとパンを食べていた。

 

「だからかー」

「なにが?」

「キリトってば、すっごく強いんだよ。ボクが森で気持ち悪い敵に囲まれてたとき、ズバズバズバーって助けてくれたんだ」

「ソレ、《リトルネペント》カ?」

「うん、たぶん。キリトがそんな名前を言ってた。だよね?」

 

 ユウキの言葉に、キリトは苦笑いして頷く。

 

「《実つき》だ。あの集まりかたはそれ以外にない。知らないと割っちゃうんだよな、あれ」

 

《実つき》。アルゴの話によると、ホルンカで受けられるクエストの壁とも言えるモンスター。《花つき》が討伐対象とされるが、それに付随して現れる厄介な奴だと聞いている。誤って実を割ってしまうと、周囲にいる同種のモンスターを集める習性があるとか。

 キリトは、知ってて割る奴もいるけどな、と苦笑いしたまま、

 

「無我夢中で狩り倒してたら、ちょうど三対一のところに出くわしてさ。巻き込んじゃったなと思って助太刀したんだ」

「『後ろは任せた!』って叫んだんだよ。ボクびっくりしちゃって。そんで、剣を光らせてずばばばーって。凄かったなー」

 

 ユウキは身振り手振りを交えてキリトの大立ち回りを演じてくれた。窮地に現れたヒーローを見たかのように。

 

「『後ろは任せた!』、ネ」

「やめろ」

「助太刀致す! ってか」

「やめろぉ!」

 

 なんでだよ。カッコいいじゃんか。俺も言ってみたいわぁ。

 それにしても、知ってて割るって言ったか。こんな序盤で、あれほど特殊なモンスターをわざわざ集める必要があるのだろうか。そう簡単にレベルは上がるようにはなってないし、上がったところで1レベルくらいならそれほど差は出ないとも聞く。ならば強さの差はないはずで、そうなると実を割った本人だって危うくなるんじゃないのか。

 そんな俺の疑問は、さすがと言うべきか、アルゴも同様に抱いたようだった。

 

「ナァ、キー坊」

「き、え、なに?」

「キリトだからキー坊ダ。それより、聞きたいことがあル。さっきキー坊が言った、知ってて実を割る奴のことダ」

「あー……」

 

 うん、と尻すぼみに小さく頷いて、キリトは頬をかく。「言いたくなければいいゾ」というアルゴの言葉に首を振り、聞いてくれるか、と返した。

 簡単に言うとな、と前置きして、ぽつりぽつりと話し始める。

 

「……MPKだ。モンスター・プレイヤー・キル。自分の手でプレイヤーにダメージを与えることなく、相手を殺す方法。それを、《実つき》を割ることで実行しようとした人がいたんだ」

 

 自らの手でプレイヤーにダメージを与えると、頭上のカーソルカラーが緑から橙へ変わるという。それをオレンジプレイヤーと言い、ゲームシステムが犯罪者とみなすのだとも。

 そうなってしまうと、行動にかなりの制限がかかるそうだ。そもそも圏内に入ることが許されなくなる。HP全損が死に直結する世界で、それは事実上の追放、システムの庇護を得ることがなくなる。

 それを避けるために生まれたのが、MPKという手法。

 

「実を割ると周囲のネペントが集まるって話はしたよな。実際にどれほどの範囲かは知らないけど、ベータのときはレベル2か3のプレイヤーが4人はやられてる。1匹1匹はどうとでもなるけど、それが大量に集まって同時に攻撃してくれば、助かる道はほとんどない」

 

 それでも生き残れたのは、ひとえにユウキのおかげだ。そう言って、キリトは頭を下げた。

 

「改めて、礼を言う。背中が安心だった」

「いやそんな、ボクもおこぼれはもらったし。それに、その人は助けられなかったしね」

 

 キリトとユウキが生き残り、しかしそのMPKを企てたというプレイヤーはこの場にはいない。ということは、そういうことなのだろう。キリトが、悲鳴とポリゴンの爆散する音を聞いたらしい。

 

「……抜け道なんてないんだ。《隠蔽》を使って、彼はその場を離脱しようとした。けど──」

「ネペントには効かない、だっけか」

 

 それは身に覚えがある。アルゴのスパルタ講座で学習した。口しかない、ゆえに目も耳もなく、()()()()()()だけでは意味がない。

 キリトは力なく頷いて、乾いた笑いを浮かべた。

 

「知らなかったんだろうな。知ってれば、絶対に実を割ろうなんて思わない。まだレベルも装備も敵と同じくらいの強さのところだ、やられることはわかりきってるのに。……ばかだよ、あいつは」

 

 しん、と部屋が静まりかえる。ユウキが小さく、そっか、と声に出した。

 

「……情報の提供に、感謝すル」

 

 なんて声をかけたらいいかわからずに黙った俺の隣で、アルゴが身を乗り出す。

 

「後続のプレイヤーに伝えるゾ。特に初心者ダ。『《リトルネペント》の実を割れば、自分もろとも滅ぼす』とナ。情報屋としての初仕事ダ」

「……ああ、頼む」

 

 同じ轍を誰にも踏ませないために。

 アルゴは、力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

「そういえばさ」

 

 とりあえず食べかけだったパンを食べきってから、ユウキが思い出したように切り出した。

 

「キリトが言ってたクエストって何がもらえるの?」

 

 ……ん? 

 

「同じクエストを受けてたんじゃないのか?」

「ボクなんにもしてないよ。この村に来るときに襲われて、助けてもらって、宿がよくわかんなかったからもっかいキリトを見つけたときにおんなじとこ泊めてーって言って、そのまんま」

 

 キリトを見ると、知らなかったと言わんばかりに首を横に振っていた。

 

「一緒に来たわけじゃないんだよ。俺だって、ネペントを無心で狩ってたときにいつのまにか巻き込んじゃってたからすごく驚いたんだ」

「てことは、ダ。自力でこの村にたどり着いたってことカ?」

「そういうこと、なのか?」

 

 俺たち3人はどよどよと額をつき合わせる。この村特有のクエストを知らないで、初心者プレイヤーがホルンカにたどり着くことがあるのか。

 俺が聞いた限りでは、ここは隠された場所というわけではない。攻略の順番があるわけでもなく、そういう意味で立ち寄る必要があるわけでもなく、けれど知っているなら立ち寄るべきという場所だ。

 つまり、前情報なしに訪れることだってじゅうぶんに可能だし、その可能性だって大いにあり得るのだ。

 

「何人かのプレイヤーがあのチュートリアルの前からこっちに行こうとしてるのを見て、ずっと何かあるのかなーって思ってたんだ。それで来てみたら、村があったから。ここのことだったのかな?」

「それって、キリト」

「ほぼ間違いなくベータテスターだな。そんなに早くからここが露見するはずないと思う」

 

 周りをよく見ている。その洞察力の結果なのだろう。加えて、ひとりでここまでたどり着くだけの実力も備えているということでもある。

 

「こりゃとんでもないルーキーだナ」

 

 初日の、ましてあんなチュートリアルの後でベータテスターとほぼ同等の進行をするプレイヤーがいるなんて思わなかった。見たところ、中学生になるかならないかというところだ。しかも女の子が、なんて誰が想像できるだろう。

 アルゴの呟きが、満場で一致した心情だった。

 

「でさでさ、なにがもらえるの?」

 

 だが当の本人はそれに頓着することなく目を輝かせる。再び視線を交わし合い、──少しだけ安心したようにベータテスターたちは笑うのだった。

 

「《アニールブレード》っていう、片手用直剣だよ。ほら、これ」

 

 言って、キリトはアイテムストレージから赤鞘の剣を取り出す。興味本位で持たせてもらったら、かなり重い。だが、それがいいんだと持ち主は笑った。

 

「おー、かっこいい! ボクもこれ欲しいなー。ねね、どうやったら手に入るの?」

「えー……と、だな」

「村の奥の民家で、女性のNPCに話しかけるんだヨ」

 

 言い淀むキリトに、アルゴの助け舟。ついでに、俺も少しだけ。

 

「やるのはいいけど、明日にしないか? もう夜も遅いし」

「ん? そっか、そうだね。そうしよ!」

 

 さすがに今すぐなんて、体力的にもそうだがキリトの精神面で不安がある。じっさい、キリトは俺の提案に快く頷いたユウキを見て、露骨にほっとしていた。

 

「ま、シュウ兄は寝かせないけどナ」

「え」

「お」

「あ?」

 

 急になに言い出すんだこの鼠は。ニヤニヤすんな。おう2人とも、俺とアルゴを見比べるんじゃないよ。なに想像してやがる。

 

「おいおいシュウ、まさかそのために始まりの街に残ったのか?」

「違う」

「いやー、運命的な出会いだったナ」

「こらアルゴ」

「え、え、ふたりはそういうゴカンケイ?」

「ほらユウキまで変なこと言い出した!」

 

 顔真っ赤にしてまでこの話題に踏み込んでこなくていいから。キリトもニヤニヤすんな。

 

「そんなんじゃないから。仕事だ、仕事」

「つれない相棒だナ」

 

 部屋を出ようとする俺に、やれやれとアルゴがついてくる。こっちのセリフだよ、まったく。

 

「また明日ね!」

 

 ユウキの、もうすでに俺たちの存在が同行予定に組み込まれた言葉に苦笑しつつ、部屋を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「後続に伝えるとは言ったものの、どうやって伝えるつもりでいるんだ?」

 

 小さな村の武器や防具の店を確認しつつ、アルゴにそう問いかける。

 うろうろしているうちに、何人かのプレイヤーとすれ違うことがあった。もう日付もそろそろ変わろうかという時間になってようやく見かけるようになったことを考えると、キリトはかなりのスピード攻略をしたのだろう。そして、それに追随するのが初心者の少女であるというのが驚きだ。改めて、とんでもない奴らと知り合いになったもんだとしみじみ思う。

 

「それはもう決めてあるヨ。攻略本ダ」

 

 道具屋を覗きながら、アルゴはあらかじめ考えていたという今後の方針を話し始めた。

 曰く、攻略本を作成する。

 曰く、情報共有の場は道具屋を主とする。

 曰く、攻略に必要な情報は包み隠さず、しかし情報元は隠匿する。

 

「道具屋に委託することで、アイテムの取引内容に攻略本を追加させることができル。もちろん、()()でダ。これで情報の共有が計れるダロ。現状なら回復ポーションなんかは買う以外に入手するのは難しいからナ、道具屋を覗くのは必須のはずダ」

「情報元の隠匿ってのはあれか? ベータテスターへの配慮か」

「と同時に、初心者への注意喚起だナ。ベータテスターだからってなんでもかんでも知ってるわけじゃなイ。だからあくまで、オレっちが集めた情報であることを強調スル」

 

 話に聞いた、コペルがそうだったようにか。そう聞くと、アルゴはこくりと頷く。

 

「誰がベータテスターで誰がそうでないか、はっきりとは知らなイ。だが、聞き覚えのある名前や口調はもうすれ違った何人かから聞こえてきていル。攻略で先行しているのはほとんどがベータテスターのはずダ。そして、フロントランナーは情報の所持量が多イ。つまり──」

 

 ──情報の独占は、ベータテスターでしか起こりえなイ。

 

 そうなったら、後はわかるだろウ? 

 ため息混じりにそう言って、道具屋でいくつかの買い物をしたアルゴは何も言わずに俺の手を引き、森へと入っていく。すぐにフードを被ってしまったから、その表情まではわからなかった。

 アルゴの言わんとすることはわかる。……わかるけど、だからってそれをアルゴひとりで引き受けるのはつらくないのか。俺の名前だって引き合いに出していいのに。

 

「……なあ、アルゴ」

「どしタ」

「いや……なんでもない」

「なんだヨ」

 

 だがそれを言っても、アルゴは納得しないだろう。《鼠》の名のみで出したほうが、少なくともベータテスターは信用する。彼らが信用すれば初心者も信用に値すると考えるはずだという芋づる式を期待した予想は、あながち間違いじゃないと思えるからだ。

 だが、失敗したとき。情報が間違っていたとき、そしてそれが広まってしまったときに、俺の手を引くこのプレイヤーはどうなるのか。

 それを思うと、足に重しがついたように歩みが遅くなる。

 

 

 

 

 

 

 メッセージの着信音で起こされると、まだ太陽が地平線から顔を出して間もない頃合いだった。昨夜は結局、村とはじまりの街を二往復していろいろ話をかき集め、眠れたのは四時ごろ。アルゴに引き摺り回され、情報屋のなんたるかとベータの情報をありったけ叩きこまれた。宣言どおり、寝かせてくれなかったわけだ。

 

「……なんだってんだ」

 

 送り主はユウキだった。この朝早くに起きてることも驚きだが、それよりもその内容に驚いた。

 

『ソードスキルってなに?』

『……知らんの?』

『キリトはまだ返事なくて、アルゴに聞いたら、シュウが教えてくれるって!』

『いやまぁ教えられるけども』

『ほんと? じゃあ行こう!』

『え、今からですか?』

『うん! 昨日のキリトがやってたクエスト、受けてきたよ!』

 

 マジかよはやいよ。寝かせて? 

 

 

 

 

 

 

 そうして、デスゲーム開始から2週間が経過した。

 黒鉄宮の《生命の碑》には閉じ込められた全プレイヤーの名前が刻まれている。このうち、横線が上書きされている名前があった。それはこのゲームからログアウトした──すなわち命を落としたことの証左だという。

 その横線の数、およそ九百。

 もう少しで1割にも届こうかという犠牲者がいるなかで、100層もあるこの鋼鉄の城はただの1層さえもクリアされていない。

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