午後四時を知らせる鐘がトールバーナの町に響き渡る。
キリトと別れ、本当にお昼寝をしていたユウキを起こして広場に向かうと、そこにはすでにボス攻略に参加しようと意気込むプレイヤーが集まっていた。先ほど顔を合わせたキリトはもちろんのこと、さも当たり前のようにアスナまでもがその横に腰を下ろしている。……やっぱりこの場に出てくるんだなあ。心配と不安と、少しの心強さと。複雑な心境だった。
人数を数えてみると、その数は四十四。俺とユウキを入れれば四十六人となる。
これが多いのか少ないのかと問われると──
「おー、いっぱいいるね」
「……なんか少なくね」
ユウキと俺とで、意見が割れるのだった。
アルゴから教わった定石で考えるなら、四十八人で組むレイドをふたつ連ねて交代制を敷くのが死者を出さずに済む理想的な人数らしい。だがこの場にはその半分もいない。俺としてはそれくらい欲しいと思っていたし、それを目標に情報屋の伝手を辿って声をかけただけに残念な結果なのだ。
だがユウキとしては、
「ボス戦っていつもより危険がいっぱいなんでしょ? そのわりには集まった方なんじゃないの?」
とのことだ。なるほど確かに、命を落とす確率が高まるところにわざわざ出向く物好きと思えば多いのかもしれない。でもその理屈でいくと、ユウキ、お前も危険がいっぱいなところに行こうとしてるわけなんだけど。
「でもユウキは参加する」
「もっちろん!」
確認を取るように言ってみたら、即答されてしまった。
「シュウも参加するんでしょ?」
「まあするけど」
ユウキみたいに前向きな参加じゃない。なんなら個人的には参加だってしたくない。けど、アスナやキリトから目を離すわけにはいかないのだ。あんな危なっかしい奴ら、放っておいたら絶対どこかでのたれ死ぬ。分担した意味がなくなるし、クラインが近くに来れない以上、俺だけでも手の届くところにいてやりたい。
「あ、そういえばクラインさんは? 攻略来れそう?」
「いや、パーティメンバーの全員が挑めるようになるまでやめとくって」
「そっか」
あんなでも立派にリーダーである。あいつひとりでもいてくれると心強いと思ってそう言ったら、「置いていけないっつったろ」と苦笑が返ってきた。
「あ、キリト発見。あとお隣さんはあの人だよね? 行ってくる!」
言うだけ言って返事も待たず、ユウキはすたたーとふたりのもとへ走っていった。まあいざレイドを組むとなればあいつらは同じ組になるだろうし、近い方がいい。
「よォ、相棒。やってるカ?」
まばらに集まるプレイヤーたちを最後列の石垣にもたれて眺めていると、上から声がした。見上げると、情報収集で忙しいはずのアルゴが石垣に腰掛けている。お前そこ俺の頭より高いけど、どうやって登ったの。あ、こら足を肩に乗せるな。
「ぼちぼちだなあ。あんまりいい話は持ってないな。かろうじて攻略がこうして少し進みましたよってくらいか」
「ンー……いい話ってわりには人数少ないナ。どっちかってーと悪い部類ダ」
「やっぱり?」
ウム、と神妙な顔でアルゴはうなずく。
「ま、キー坊とユーちゃんとアーちゃんと、三人が揃っていればそれぞれが十人力だからナ。知ってるカ? アーちゃん、ついにソロで迷宮区までたどり着いたってヨ。あの三人だけだゼ、ソロでいけるのハ」
「やっぱり……」
そんな気はしてたよ。キリトが会ったとか、そのままキリトの隣にいるってことは知り合いが他にいないってことだろうからな。
「目が離せないんだよナ。間違いなくこの先頭集団の中でもずば抜けて強いクセに、三人ともどこか突撃しがちなきらいがあル。シュウ兄が渋々ながらも彼らについていこうと思うのもわかるってもんダ」
「そうなんだよな……って、なんでわかる」
「オレっちをなめてもらっちゃ困るゼ。相棒のことくらいお見通しだってばヨ」
ニシシと笑ってアルゴは答えた。
三人とも、とアルゴは言った。まったくそのとおりで、キリトやアスナに並んでユウキもまた目を離せないプレイヤーなのだ。怖いもの知らず、冒険好き、そういう側面がある。あれでアスナと同じくビギナーなのだから恐ろしい。
「アルゴのほうはどうだ、進んでるか?」
「……まあ、こっちもぼちぼちダ」
デマの根本を探し出す、という悪魔の証明じみたことに挑んでいる彼女の進捗は、返答があるまでにややあったことから芳しくないことは察することができた。
「壁にでもぶつかったか」
「シュウ兄」
「どした」
ピコンピコン、とメッセージの着信音がした。そろそろ会議が始まるというタイミングからしてクラインからの実況中継依頼とかかなと思ったのだが、確認してみると送り主の名前は俺の頭上にいるプレイヤーのものだった。
口頭では明かせない何かがあるということか──そう思って見上げようとしたとき、そこそこの重さがどさっと俺の肩にのしかかってきた。
「どわ!」
「ニャハハ、オー高い高イ。シュウ兄って実は結構タッパあるよナ」
「にゃははじゃないよ、降りなさい。危ないでしょーが」
なにかと思えば、上にいたアルゴが視線を下げた俺の肩に腰を下ろしてきていた。急に来ると転びそうになるからやめてほしい。筋力値的に心許ないんだぞ、俺。キリトはともかくユウキにすら腕相撲で勝てないんだから。
「オ、キー坊はあんなとこにいたのカ。ほら、アッチ」
「知ってるよ」
さっきまでの沈んだ空気はどこへやら、はしゃぐように俺の首の向きを曲げては楽しむアルゴだった。やめろ、どこに俺の顔を向けようが歩き出さんぞ。
「相変わらずつれないなーシュウ兄ハ。将来ハゲるゾ?」
「余計なお世話だ。あと俺の髪をいじりながら言うんじゃない」
ハゲねえから。家系的にハゲはいないから大丈夫だ。大丈夫のはずだ。
「あーでも、ムッツリスケベは髪伸びるとか言うよナ。どうだ、オレっちの太ももの感触ハ? ウリウリ」
「やめんか」
それこそ考えないようにしていたのになにしやがる。いい香りはするし柔らかいし最高──いや待て、考えるな。煩悩退散。これはデータ、本物じゃない、これはデータだ。
「ンー? あれ、アーちゃんカ?」
「ああ、キリトの横だろ? いるな」
「さすが、オレっちが見込んだだけはあるナー。速い速い──よっト」
ぱっ、と跳び箱でも飛んだかのように軽い身のこなしでアルゴは俺の肩から降りた。悪戯がバレた子供みたいな顔で笑いながら手を振るその方向を見ると、ユウキがぶんぶんと手を振っていた。その横でキリトが変な顔してこっちを見、アスナに至ってはフードで顔が見えないくせにピリピリとした空気だけは伝わってきた。
「オー怖い怖イ。そろそろオイラはお暇しようかネ」
ひらひらと手を振って、アルゴは会議場に背を向ける。
「もう行くのか」
「まだまだやることはあるからナ」
「……無理すんなよ」
そう声をかけると、アイアイ、と返ってきた。ひらひらと手を振り、鼠の名のとおりの素早さで去っていく。
「──頼んだゾ」
去り際にそんな声が聞こえた。だが何に対してなのかを考える暇もなく、噴水の縁を壇の代わりにしてひとりのプレイヤーが前に出ていた。
「はい、それじゃあちょっと遅れたけど攻略会議、そろそろ始めさせてもらいます!」
ざわざわと、集まった群衆から声が漏れる。それというのも、彼がイケメンだったからだ。しかもただのイケメンじゃない。店売りしない類のレアアイテムを使用しなければありえないカラーリングの髪が、緩やかにウェーブをかけて流れているのだ。
幸運か、あるいは努力の副産物か。なんにせよ、その気合の入りようは凄まじい。キリトやアスナなんかは『女性が少ないのに髪なんて染めて』とか思っていそうだが、そんな邪推を吹き飛ばさんばかりの眩しい笑顔で彼は話し始める。
「今日は集まってくれてありがとう! オレはディアベルっていいます!」
そうして、ディアベルはこれ以上ないくらいにはきはきとした話しかたで簡単に演説を始めた。彼とパーティを組んだ仲間の数人がときどき茶々を入れては硬くなりがちな空気を軟化させる。それにいちいち笑いながら応える姿はより親近感を感じさせ、場の空気には彼の言葉によって程よく緊張の張り詰めた一体感が生まれつつあった。
「一ヶ月もかかった。けど、やっとボス部屋を見つけた。やっと、ここまでたどり着いた。オレたちがすべきは、はじまりの街で待ってるみんなにこのゲームはクリアできるんだって示すこと。それは、今、ここに集まっているみんなだからできることなんだ。なら、やってやろうぜ! オレたちが先陣を切るんだ!」
喝采が湧いた。もちろん、全員ではない。全員ではなかったけれど、この場の半数は拍手なりガッツポーズなり、ディアベルの演説に好意的な反応を見せていた。まとめ役が板についているとでもいうのか。少し前にボス部屋到達の連絡を彼からもらったのだが、そのときに感じた印象がそのままだ。なんというのかな、カリスマ性ってのはこういうことなのかと、そんなことを思う。
誰が定めたわけでもないが、指揮官という立ち位置に彼は自然と収まるのだ。
意気軒高なプレイヤーたちに、ディアベルは笑って深く頷いていた。
「ちょお待ってんか」
だがその高まった士気を、低い声が遮った。歓声が止まり人垣が二つに割れ、その声の主はディアベルを退かすようにして進み出る。
小柄な体躯ながら、ディアベルが細いからかやけにがっしりとして見えるそのプレイヤーは、キバオウと名乗った。
彼はいちおう、ほんとうにいちおうの断りと自己紹介を済ませ、じろりと集まったプレイヤーたちの顔を順繰り見ていき、そして吐き捨てるように言う。
「ワビ入れなあかん奴、おるやろ。こん中によ」
「……詫び? 誰にだい?」
「決まっとるやろそんなもん。今まで死んでったプレイヤーにや。奴らがなんもかんも独占したせいで一ヶ月のうちに千人も二千人も死んだんや。違うか!」
ディアベルのあくまでも冷静な反応が、キバオウの怒りをさらに持ち上げる。拍手喝采の一切が消え、もはや全員が押し黙っていた。
キバオウの気迫に押されたのもあるのだろう。だがそれ以上に、誰もが怖がっているようだった。視界の端に捉えたキリトは、うつむき怯えているように見える。
《奴ら》ってのが何を指すのかなんて考えなくてもわかる。だがそれでも確認しなければならないと思ったのだろう。ディアベルが厳しい顔をして問うた。
「キバオウさん。あなたの言う奴らってのは……ベータテスターのこと、でいいんだよな?」
「決まっとるやろそんなもん。そのとおりや」
背後のディアベルを肩越しに見て、再び観衆を一瞥し、キバオウはさらなる糾弾を開始した。
ベータテスターは何も知らないビギナーを見捨てた、その彼らは自分たちだけで報酬の美味しいクエストや経験値の溜まりやすい狩場を陣取った。少なくとも俺が知るベータテスターふたりは決してそういうスタンスで動いてはいないが、他のプレイヤーはそういう動きをしたのかもしれないし、キバオウからしたらそういうふうに見えたのかもしれない。どうあれ口調の強めな関西訛りでこうもはっきり指摘されると、今までの高揚した雰囲気はぶち壊しだ。
「こん中にもおるはずや。ベータ上がりっちゅうのを隠して、こっそり紛れ込んだろ思てるずるい奴らが。そいつらに土下座さして、ここまで溜め込んだアイテムやら金やら軒並み吐き出してもらわんと、ワイは同じ攻略メンバーとして命を預かれんし、任せられん!」
キバオウの声が、やけに大きく聞こえた。もちろん本人の声が大きいこともある。が、それ以上に周囲が静かだ。反論しようとする者はひとりとして出なかった。
当然だろう。ここで半端に反論をしてしまえば元テスターだと疑われることは想像に難くないからだ。どんなに否定しようが言い訳にしか受け取られない。そうなってしまえば最後、疑いは噂に変わり、そして根拠なくしての確信になる。
そうなればあとは魔女狩りだ。ベータテスターかどうかの確認方法が曖昧なままに吊し上げが始まる。これからボス攻略をしようというときに、それは間違いなく悪手だ。
アルゴが頼むと言っていたのはこのことだったのだろうか。もしそうだとしても、俺がこの場を収められるとは思えない。情報屋という立ち位置な以上、知識量はそれこそベータテスターに並ぶ自信はある。が、それじゃあお前はベータテスターかと言われると、否定の証明はできないのだ。そんな状態でキバオウを納得させることができるわけがない。
そうして口を出せずにいると、視界の端で挙がる手があった。
「はいはーい! 質問です!」
キバオウに続き聞き覚えのある声だった。というか聞き間違えるわけもない、ユウキの声だった。
「な、なんや」
この場でただひとりの──アスナはフードを被っていてどっちつかずのはずだから──女の子が声を上げたことに驚いたのか、キバオウは目に見えてたじろいだ。キリトもアスナも止めようとしたのか手が伸びていたが、それをすり抜けるようにしてユウキはとんとんっと軽い足取りで前へ進んでいく。
「えっと、キバオウさん、だったよね。質問があるんだけど、いいかな?」
へどもどとしていたキバオウだったが、女の子相手に弱味を見せられないと思ったのだろうか。すぐにさっきまでの威勢を取り戻し、正面からユウキを見据えた。
「なんや、言うてみい」
「うん。じゃあ──いっぱい死んじゃったって言ってたけど、ベータテスターはみんな無事なの?」
みんな、というところにやけに力を込めて、ユウキが問う。キバオウはそれにうまく答えられず、結果としてユウキが畳み掛けるような形になった。
「それは──」
「ボク、最初の日にちょっとドタバタしてたんだけど。そのときやられちゃった人がいて、その人、自分で自分のことをベータテスターだって教えてくれたんだ」
それは聞いたことがあって、けれどどこか違う話だった。ユウキは話しながら、ちらりと俺を見、そしてキリトがいる方向に目線を向けた。
「いっぱい、いろんなことを教えてくれたよ。だからボクは、最初はなんにも知らなかったけどここまで来れたんだ。でもじゃあ、その人は悪い人だったってことなのかな?」
「そ、それはやな──」
おそらくは最年少であろうユウキの、鋭い質問に、キバオウは答えられなかった。しどろもどろになりながらも言葉を探して、しかし何ひとつ反論できなかった。
ついにキバオウすらも口を閉ざし、沈黙が下りる。まさかこれで会議を終わらせるわけにもいくまいとカリスマ剣士のディアベルを見ると、彼もどう取り持とうかと悩むように難しい顔をして腕を組んでいた。
「発言、いいか」
しんと静まりかえった広場に、バリトンボイスが響き渡る。そうして現れたのは、キバオウやユウキが縮んだのかと錯覚しそうなほどの大男だった。肌色は黒、スキンヘッド。背中に負った戦斧が小さく見える。ユウキと彼とに挟まれて立つキバオウが、一歩二歩と後ろに退いた。
「オレはエギルだ。お嬢さん、名前は?」
「ユウキです!」
完全に見下ろされる形になったユウキだったが、それでも臆せずいつもどおりの声だった。怖いもの知らず……いやそう言うとエギルに失礼か。
「ふむ。ユウキ、その人は間違いなく、自分がベータテストの経験者だって言ったんだな?」
「うん!」
「だ、そうだ。キバオウさん」
「な、なんや」
「キバオウさん、あんたが言いたいのはつまり、ベータテスターがビギナーの面倒をみなかったがために多くのプレイヤーが死んだ、だから責任を取って金やアイテムの提供という形で謝罪や賠償をしろと、そういうことだったな?」
「そ、そうや」
巨漢の迫力に気圧されたのか言葉の詰まったキバオウだったが、それでも譲れない気持ちとさっきの問答で何も返せなかった悔しさとが重なったのだろう、じりっと下がりそうになる足を踏みとどめ、睨み返した。
「あいつらが見捨てへんかったらみんな死なずにすんだんや! そん中にはな、他のMMOじゃトップ張ってたベテランがぎょうさんおったんやぞ! あほテスターの連中がちゃんと情報やら金やらアイテムやら分け合うとったら、今ごろここには三倍の人数がおった! それどころか二層、三層まで突破できてたかもしれへんのや!」
「でも──!」
「まあ落ち着きな、ふたりとも」
まるで獣が牙を剥き出しにして唸っているかのように、キバオウはエギルを睨めつけた。それに触発されたのか、ユウキも負けじと返そうとする。だが剃髪の魁偉はびくともせず、冷静な対応を返した。
「そうは言うがな、キバオウさん。そのベータテスターに助けてもらった少女が、目の前にいるわけだ」
「ぐ……」
エギルの言葉に、ユウキがふんふんと頷く。しかしエギルはそれを、嗜めるように片手で制して続けた。まああれだと煽っている感が出ちゃうしな。キバオウを刺激したっていいことはない。
「そ、そんなん、一部の奴だけやろ!」
「それを言うなら、あんたの言うずるい奴らも一部だろう。それに、それこそユウキの話と同じだ。金やアイテムはともかく、情報はあった」
そう言って、この場の全員に見えるようにひらひらと冊子を取り出した。その表紙には、丸い耳と三角の顔と三対の髭でデザインされたネズミが描かれている。言わずもがな、アルゴの攻略本だ。ボクも貰った、とユウキも手に持って見せる。
「このガイドブックは、あんたも持ってるはずだ。なにせここに来るまでの街や村全てにおいて、無料配布しているんだからな」
「貰たで。それがなんや」
「なら、読んでみて思わなかったか? 情報が速すぎると。少なくともオレが受け取った時には、次の村への道筋やその道中の危険なところ安全なところが記されていた。おかげさまでこうしてここにたどり着いた」
「せやから、それがなんやっちゅうねん!」
「オレもアンタもそうだが」
キバオウの噛みつくような口調にかぶせるようにして、エギルは言葉を続ける。
「ここにたどり着くまでの速さは、そこそこ速かったはずだ。ボス攻略ってのは最前線だろ? つまりオレたちは一番前にいるんだ。そしてそれができたのは、コレがあったからだ。なら、コレを作ってくれたのはどんなヤツなんだ?」
最後の言葉は、キバオウだけではなく黙って聴いている俺たちに向けての問いかけだった。何人かが、はっとしたように顔を上げる。
「オレたちより前ということは、コレに載っているものは事前知識ってことにならないか。つまり、これだけの情報を持つのはベータテスター以外には有り得ない。そしてそんな彼らの知識を《鼠》が集め、後ろに拡散してくれている。ユウキしかり、オレたちしかり。ちゃんとベータテスターから知識をもらっているんだ」
大丈夫、アルゴの攻略本だよ──そんなアオリが、裏表紙に書かれている。もちろんアルゴの発案だ。あくまでオレっちが集めた情報であることを強調する、そう言って頑なにこの一文を載せ続けた。
それを少なくともエギルは、こうしてきちんと読み取ってくれていたのだ。
「情報があって、それでもなおベテランゲーマーが死んだ。ユウキが言っていたように、ベータテスターだってその中には含まれる。それについてオレは、このゲームを他のゲームと同じ物差しで見ていたからだと思っている。命がかかっているという意識が、これはゲームなんだという認識の強さで薄まり、引くべきポイントを見誤ったんだ」
ゲーマーだからこそ、か。……そうか、死に戻り。ゲーム、イコール突貫、というと穿ち過ぎかもしれないが、それに近い認識があったのだとするならば、ベテランが真っ先に死んでしまうというのは無理もないことなのかもしれない。
これはゲームであっても、ゲームじゃないんだ。
「そもそも、ここにいるプレイヤーから戦力を奪ったとして、この後の攻略はどうするつもりなんだ? オレはもっと有意義な話し合いができると思ってここに来たんだがな」
「ぬ、ぐ……」
エギルの指摘に、やはりキバオウは噛みつくことができなかった。それでも睨みつけるのをやめないあたり、諦めてはいないらしい。
様子を黙って見ていたディアベルが、議論に区切りがついたと思ったのだろう、割り込むようにして口を開いた。
「キバオウさん、あなたの気持ちはわかるつもりだよ。オレだって必死にここまで来たんだ。でも、エギルさんの言うとおりだと思う。ボスを倒そうって意志でここに集まってくれたみんなは、一人ひとりが必要な戦力なんだ。誰かを排除して、それで攻略失敗なんてしたら意味ないだろ?」
みんなも、とディアベルはキバオウに向けていた視線を観衆に向ける。
「みんなも、思うところはあると思う。けど、みんなが生きて帰るための大事な一歩になるんだ、ここは立場なんて忘れて力を合わせよう。それに、ユウキが出会ったプレイヤーのような人がここに集まっているんだってオレは信じてるし、そんなオレを、みんなに信じてもらいたい。それでも無理だって人はしょうがないな。抜けてもらって構わない。やりたくないことを無理強いしても良くないから」
どうだろうか、と言わんばかりにぐるりと見渡して、ディアベルは最後にキバオウを見る。まだ不服そうな様子ではあったが、それでもここは引き下がることにしたらしい。
「……ええわ、ここはあんさんに従うといたる。でも納得はしてへんで。コレが終わったら白黒はっきりつけさしてもらうさかい、覚悟しいや」
「そっか、……わかった。エギルさんは?」
「オレからはなにも」
「ユウキは?」
「ボクもいい」
三人が、各々の元いたところへ戻っていく。……と思いきや、ユウキはまっすぐに俺のところへ歩いてきた。ユウキにしては珍しく、ムッとした顔をしていた。
そのまま俺にぶつかるようにしてぐりぐりとおでこを押し当てる。……そこ、身長的にちょうど鳩尾なんですけど。息苦しいのは本能的なものなのか、システム的に圧迫感を出しているからなのか。
「……どした」
ぽんぽんと頭を撫でてやると、くぐもった声が俺の腹を震わせる。
「キリトもアルゴも、ズルくないよね」
「そうだな」
それだけ言って、ユウキは黙り込んでしまった。
誰にも聞こえないほど小さな、けれど俺には聞こえるくらいの小さな声。個人名は危ないぞとは思ったけれど、それ以上なにかを言う様子もなかったし、そのままにしておいてやった。
もしもこの子が、たったそれだけを言うために、あれだけ動いたのだとしたら。
そんな想像をして、ふっと自分の頬が緩むのがわかった。
「頑張ったな」
そう声をかけると、鳩尾に頭を押し付けたまま小さく頷いたのだった。