黒猫燦なんかに絶対負けないつよつよ現役リア充JKのお話   作:津乃望

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前回のあらすじ:つよつよJK、よわよわJKになる。


最終話 たいせつなあなたのために、あたしにできるいちばんのこと(上)

「あつい……」

 

 暑い。そう思うと、つい言葉にしてしまう。だからといって何が変わるという訳でもないのだけど。

 暦上では7月に入り、遂に夏へと突入した。今年も残すところ半分、ここからが後半戦という訳だけど、初っ端から過酷すぎやしないかと思うのは毎度のこと。目を眇めて太陽を見詰めても、陽光が和らぐ気配は一切ない。

 まだ夏は始まったばかりだというのに、既に真夏日が3日続いている。自然はあたしたちに、この暑さに慣れる猶予すら与えてくれないらしい。

 

「メルー、おはよぉ……」

「はよー」

「ん、おはよ」

 

 そんな中でも外出しなければならないのが、学生という身分の者たち、つまりはあたしたちだ。この対応を誤れば死に直結しかねない暑さの中であろうと、学生の場合は安全よりも勉学が優先されるらしい。

 通学路で合流した友人たちはゾンビのように暑い暑いと譫言を繰り返している。

 

「あーっづい。ねー、今日の一限って何だったっけ?」

「知らーん。忘れたぁ……」

「汗で化粧落ちてマジで萎えるんですけどぉ! メルー、助けてー」

「何であたしが――って、暑いんならくっ付くな! は・な・れ・ろ!」

 

 どうやらこの暑さで友人のひとりが頭をやられてしまったようだった。そんな風にこのくそ暑い中をへばり付いてくる友人を引き剥がしたりしているうちに、ようよう目的地である学校に到着した。

 日陰にある下駄箱の所まで来ると、それだけで体感する温度が違う。教室にはクーラーが点いているからもっと涼しいのだけれど、外と内でこれだけ温度差があると身体がバカになってしまいそうだ。夏風邪でも引かなければいいけど、などと心配をしながら教室へ向かった。

 

「……ぁ」

「……っ」

 

 ようやく涼をとる場所に着いたと教室の戸を引いてみれば、その向こうにはクラスメイトがひとり立っていた。お相手は硬直、そして暑さで茹だった頭が少し遅れてその人を認識し――あたしもまた硬直した。

 人に懐かない猫みたくこちらの登場に目をまん丸にして驚いているのは、黒音今宵さん。あたしのクラスメイトにしてリアルでの推し、そして今は少し距離を置きたい人。

 挨拶をするでも、身体を横に退けるでもない。次に自分がどう行動すればいいのかがお互いに分からず、ただ気まずくて無駄に緊張感のある朝の一幕を作り出してしまっている。えっと、こういうときはどうすればいいんだっけ? とりあえず、あたしが動いた方がいいよね。黒音さん固まっちゃってるし――いや、固まってるのは自分もなんだけど、こういうときはやはり自分が動くべきなんだろう。だからほら、動け。動くんだ、あたしの身体。少し身体を横に退かすだけではないか。ついでに『ごめん』と一言添えれば何も問題はない。いつもの自分なら考えるまでもなく実行できることだろう? だから動け。――動けってば、このポンコツ!

 

「ちょっとメルー? そこに突っ立ってられると入れないんだけど」

「ほら入った入った」

「わ、ちょっ、押さないで……」

 

 と、戸の前で往生しているあたしの背中を友人たちがぐいぐいと押し込んでくれる。おかげで戸の前に立っていた黒音さんを横に追いやる形となってしまった。

 そんな彼女の存在に初めて気付いたらしい友人のひとりが、人好きのする笑みを浮かべながら謝罪を口にする。

 

「あ、ごめんね、先に入っちゃって」

「邪魔だったっしょ? この子、無駄にデカいから」

 

 おい、あたしを引き合いに出すんじゃない。いや、悪いのはあたしなんだけどさぁ!

 

「あ、ぅ……」

 

 友人たちの言葉はあくまでも親しげだったけれど、黒音さんにとってはそれも逆効果だったらしい。小さく呻いたかと思えば、軽く頭を下げて、あたしの横を通って走り去ってしまった。

 

「……逃げちゃった」

「あーあ、メルが怖がらせるから――メル?」

「どしたどしたぁ?」

 

 黒音さんが目の前から立ち去った後、あたしは膝を抱えて座り込んでいた。心配した友人たちが声を掛けてくれるけれど、顔を上げることができない。

 何だ、あの様は。ちょっと動揺したくらいで動くことも喋ることもできないなんて、喋り下手の小学生かと自分を怒鳴りつけてやりたい。そんな人間が、話したこともないクラスメイトを陰から支えてあげようと思っていただなんて、片腹痛いにも程がある。

 ……あぁ、まただ、またあたしは何もできなかった。そんな自分が嫌で嫌で仕方がない。

 

「……何でもない、大丈夫だから」

 

 何が自分は要領のいい人間か。あたしは、ただの臆病者だ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 やけに長く感じる学校の授業を終えると、身体を引き摺るようにして帰宅した。まだ週の始まりもいいところだというのに、身体が鉛のように重い。この疲労感は暑さのせいもあるだろうけれど、きっとそれだけじゃないのだろう。

 もそもそと胃に夕飯を流し込み、いつもより長めの入浴を終えて自室へ入ったことで、ようやく人心地がついた。いつもなら眠気が来る前に学校の課題に取り掛かるところだけど、今日は余りにも億劫な気分で、とても課題に集中できるような状態ではなかった。

 そう結論づけると、早々に課題を学生カバンの中へ戻した。課題は必ずしも家でやらなければならないものじゃない。最悪、提出期限の授業にまで間に合わせればいいのだ。明日、少し早く登校して教室で済ませてしまえば問題はない。あたしの宿題を当てにしている友人たちは頭を抱えるかもしれないけれど、たまには自力でやらせることにしよう。

 怠惰というものは一度そうなってしまえば切り替えが難しく、結局そのまま何をするでもなく椅子の上で(いたずら)に時間を浪費することに努めた。そうしていると、いつの間にか予定の時間になっていた。

 上体を起こすのも億劫だけど、こればかりは日々の習慣というか、もはや身体に染み付いた動作なので苦労することはない。マウスを手に取り、何度かクリックを繰り返せば、該当のページが開いた。

 

 

『ついに収益化通ったよ! ほらほらもっとスパチャ投げて来いよ野郎ども!』

 

 

 パソコンの向こうからは、最早聴き慣れてしまった煽り声が響いてくる。声の主の名前は黒猫燦。ほんの少し前までは、もしかしたら同期だったかもしれないなんて小恥ずかしいことを考えもしていたけれど、今の自分には黒歴史でしかない。

 

「黒猫燦はすごいなぁ……」

 

 今日は黒猫燦の収益化が通った記念配信の日だった。配信を始めたのが5月頃だったから、ほぼ1ヶ月で収益化が通ったことになる。いくら企業所属の配信者とはいえ、その速度はちょっと異常だ。きりんさんでさえ――全くの手探りの状態だったとはいえ――3ヶ月くらいは掛かったのだから、改めて黒猫燦という配信者のコンテンツ力は凄まじいと思わざるを得ない。

 画面には早速色とりどりのスパチャが入り乱れ、その度に黒猫燦が喜びの声を上げ、それがまた視聴者の財布の紐を緩めていっていた。たったの1ヶ月ちょっとでこの盛り上がり様である。本当に大した奴だ、とこれまでの自分であれば、それを成し遂げた黒猫燦とその可能性を見出した自身を誇らしく思ったのだろうけど、今はひたすら自分が惨めに思えてならない。

 片や自身の短所を長所に変えて今まさに成り上がりに成功し、片やクラスメイトに声を掛けることにすら難儀している。何だろうね、この大き過ぎる差は。

 

「本当に、すごいよ……」

 

 この想いが一方的なコンプレックスの発露であることくらい自覚している。だからこそ、あたしはこんなにも情けなくて堪らないのだ。おそらく同年代であろう少女が努力をしてあれだけの結果を残しているのに、自分は何もできないでいる。それがあたしは悔しい。

 あたしにとって黒猫燦はあくまで赤の他人だ。本来、そこまで入れ込む必要はない。赤の他人の一挙一動に振り回されてどうすると言われればぐうの音も出ない。けれど、どうしたって彼女と比べてしまう自分が存在してしまうのだ。

 

「っ……」

 

 弾む黒猫燦の声、盛り上がるチャット欄。全てが今の自分にとっては毒でしかない。

 堪らない気持ちが限界に来た瞬間、衝動的にパソコンの電源を落としていた。そうして勢いのままにベッドへ逃げ込み、タオルケットを頭まで被った。

 今まで楽しく観れていたものを楽しいと思えない。むしろ、それが自分を苦しめてくるような気分。そんな風に何かのせいにしてしまいたくなる自分が嫌で嫌で仕方がなくて――逃避の末、あたしの意識は夢の中という安易な逃げ場へと落ちていったのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そこから数日は、あたしの人生でも1、2を争うくらいのドン底の気分が続いた。

 家でも、学校でも、暗い顔をしていた。何をやっても楽しくないし、気分はひたすらに沈むばかり。そんな自分を見かねて、家族は気遣う言葉を掛けてくれたし、友人たちは色んな場所へ遊びに誘ってくれたりもした。本当に申し訳ないのは、たくさんの優しさを受けておきながら、あたしの心が奮起する様子を見せないことだ。

 自分でも落ち込んでいるのは自覚しているけれど、他人から見ると一目瞭然なのかもしれない。何せ、あの黒音さんでさえ、『今日はこいつ、こっちを見てこないな?』といった感じにチラチラとこちらへ視線を寄越してくるのだ。

 

「重症だなぁ……」

 

 ちょっと前なら、黒音さんから何かしらのアクションを得られたことを喜べたんだろうけど、今はちっとも心が弾んでくれやしない。弾むのは身体を横たえたベッドのスプリングくらいだ。

 今日は友人たちの誘いも断って家に直帰してしまった。その癖、何をするでもなくただ横たわっているだけ。率直に行ってただのダメ人間と化している。

 こんなんじゃダメだと理性で分かっていても、心と身体が付いてきてくれないものだから解決の目処が立たない。どうしようどうしようと、焦燥感と自己嫌悪の気持ちばかりが(おり)のように溜まっていく。

 こうなると、何をしても気分は紛れない。あれだけ楽しみにしていたあるてまライバーたちの配信も、リアルタイムで追うどころか、アーカイブにさえ手を付けていない。確か今日はきりんさんの配信があったはずだけれど、それさえも観る気が湧いてこなかった。

 人間、腐るのは簡単だと言うけれど、まさにその通りだと今ほど実感することはない。

 

「……? はい?」

 

 と、その時、あたしの部屋の戸をノックする音が響いた。お父さんはまだ帰ってきていないし、お母さんはノックなんて丁寧な真似はしない。となると、このノックの主は――

 

「お兄ちゃん……」

 

 予想通り、戸の前には兄が立っていた。兄はいつものヘニャヘニャと締まりのない顔で、入ってもいいかな、と聞いてきた。

 それがちょっと意外だった。あたしたち兄妹の仲は悪くはない――むしろ同年代の中ではかなり良い方だと思う――けど、お互いの部屋に入るようなことは基本しない。オタクであるあたしたちは、見られると致命的な物をそれなりの数所持しているから、よっぽどのことがない限り、互いの領土に踏み込まないことを暗黙の了解としている。

 それを越えようとしているということは、つまり兄はその必要性があると判断したからなんだろう。

 

「別にいいよ」

 

 了承の言葉でさえ、つっけんどん。自分でさえ嫌になるような愛想なしの態度だけど、兄のヘニャヘニャ笑いは変わらない。そういえば、この人はあたしがこれまでどれだけ辛辣な言葉を投げようと怒ることはなかったな、と全く関係のないことを思った。

 

「で、用件は?」

 

 問えば、最近のメルちゃんは元気がないから気になってる、何があったか話してほしい、ということだった。

 一番先に浮かんだのは、余計なお世話だという思い。荒れた自分の感情の中に、家族であっても踏み込もうとしないでほしかった。けれど同時に、自分の中の冷静な部分は兄の提案を受け入れろとも言う。自分でさえ自分を理解できないでいるのなら他人に相談すべきだと。何より、兄があたしの味方でなかった日は無いのだから。

 

「……笑わない?」

 

 兄はそんな人ではないと分かっていても確認せずにはいられない。だって、他人からすれば自分の悩みなど呆れるような内容なのだ。そんなことで悩むくらいなら勉強なり何なりして忘れろ、と一喝されて話が終わったって、あたしは驚かない。

 

「あのね……」

 

 話が終わったとき、兄がどんな反応したとしても自分の中で受け止めようと決心し、あたしは口を開いた。

 最近、自分のクラスメイトで気になる人ができたこと。とある理由でその人をずっと観察していたこと。いつの間にかそれが楽しみになっていたこと。その人に友人がいて寂しさを覚えたこと。自分にできないことをできてしまえる推しに羨望を抱いたこと。最推しの人の弱さを知って狼狽したこと。同年代の配信者に嫉妬を覚えたこと。そして、ここ数日の自分の情けなさに挫けてしまったこと。

 

「どう、思った……?」

 

 これまであったこと全てを兄に話した。それと同時に、あたしは顔を俯けていた。兄がどんな反応をしても受け止めると決心したものの、実際にその場面を迎えるとやはり怖かった。話をしている間、兄は締まりのない笑みを潜めて真剣に聞いてくれていた。でも、その表情の裏で何を思っていたかは分からない。今の兄は、どんな感情を浮かべているのだろう?

 しばらく沈黙が続いた後、メルちゃん、とあたしの名前を兄は呼んだ。同時に目の前の彼が身体を動かす気配がして、咄嗟に身を竦ませたところ――頭に柔らかい感触を覚えた。

 

「おにい、ちゃん……?」

 

 兄はいつもと変わらない笑みを浮かべて、ゆっくりとあたしの頭を撫でてくれていた。

 あたしを安心させようと気遣ってくれている、優しい手つきだ。昔、あたしがもっと小さくて泣き虫だった頃、泣きついたあたしに兄は今と同じようにしてくれた。あたしたち兄妹は歳がそれなりに離れているから、兄も可愛がってくれていたのだと思う。あの頃と変わらず、兄の手は大きかった。

 自分の中の幼い部分を思い出すと、色々と引っ張られるものがあるらしい。兄の緩やかな手つきに合わせて、あたしの心と身体の強張りがゆるりと解けていく。『落ち着いた?』という問いに、うん、と頷いた。

 しばらく撫でられるがままになっていると、メルちゃんはすごいね、と兄が言った。

 

「……どこが? あたしの何がすごいって?」

 

 せっかくの良い気分に水を差されたように感じて――あと、小さい子どものようにあやされていたことへの反抗心も手伝って――また棘のある言葉が口をついて出る。でもだって、こんなにダメダメな自分をすごいなんて言われても納得できるはずがないじゃない。

 兄はいつもの笑みをちょっと困った感じに変えながら、二次元のことでも本気で悩めるメルちゃんがすごいって言ってるんだよ、と言葉を足した。それを額面通りに受け取ればまるで馬鹿にされているように感じるだろうけど、この兄が言うということは、純粋にあたしのことをすごいと思っての言葉なんだろう。

 でも、それは本当にすごいことなんだろうか。

 

「それは当たり前のことじゃないの?」

 

 好きなことには本気になる、それはある意味であたしという人間の根幹だ。

 人と関わることが好きなあたしは、だからクラスの中心にいられるように努力をしてきたし、漫画やゲーム、それとVTuberに関してもそれぞれ自分の推しを作って、誰よりも自分自身が楽しめるようにしてきた。当然、二次元というコンテンツに対して自分よりも深い造詣を持っていて、オタク歴の長い兄であれば同じことを考えているのだと思っていた。

 けれど、兄はあたしの問いに対してゆっくりと首を横に振った。『自分も二次元は好きだけど、それはあくまでも二次元のこと。自分は二次元と三次元の間に線引きをしてしまっている。俺はメルちゃんほど二次元に本気になれないんだ』と、兄は語った。

 兄の告白に、あたしの心は驚天動地していた。自分にとって兄はオタクの師匠とも呼べる人で、いつだって二次元に頭までドップリ浸かった人のようにしか見えていなかった。そんな人に、実は二次元にドップリ浸かっているのはお前の方なんだよ、と言われるなんて思う訳ないじゃない。そんな指摘を受けたせいか、あたしの中で良くない疑問が浮かんだ。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。あたしっておかしいのかな……?」

 

 重度のオタクの兄でさえ、二次元と三次元は切り離して見ているという。一方のあたしは、仮想と現実の境界が曖昧で、どちらも等しく悩みとしてしまっている。今まで自分の個性と思っていた部分が、実は単なる異常だったのではと考えると、堪らなく怖くなってきた。

 そんな、またも下を向いてしまいそうな頭を留めてくれたのは、やっぱり兄の言葉だった。違うよ、という短い否定の言葉が、後ろを向きそうになるあたしの心に前を向けと発破を掛けてくれる。

 兄は言う。『確かにメルちゃんは物事に入れ込み過ぎるのかもしれない。だからきっと、今も苦しんでいるんだと思う。だけど、それは悪いことばかりじゃない。真剣に仮想の存在を好きになれて、現実の人とも同じように真剣に向き合って好きになろうとしている。そんなメルちゃんがおかしいはずがないし、俺は素直にすごいと思う』と。

 

「だったらあたしはどうして現実で何もできないの? それは真剣に向き合っているとは言えないんじゃないの?」

 

 兄の言葉に、間髪入れずに噛み付いた。彼が自分を励まそうとしてくれているのは分かる。でも、あたしは天邪鬼だから、その言葉を素直に受け止めることができない。本当にあたしが兄の言うような人間であればこんなに足踏みなんてしていないはずだ、と自分の弱い部分が声高に叫ぶ。それは自分のちっぽけな反抗心なんて叩き折ってほしいという願いでもあった。

 真剣だからだよ、と兄は静かに言う。真剣だから嫌われることに必要以上に怯えてしまっているのだ、と。それと一緒に『メルちゃんは自分が誰からも好かれるような人だと思ってる?』と逆に問いを投げ掛けてきた。

 

「そんなこと、思ったことない……」

 

 クラスの中心でいられる分、それを疎む人がいることくらい知っている。友人だと思っている子も、腹の内であたしのことをどう思っているかなんて分からない。きっと、自分の(あずか)り知らないところで陰口も叩かれていたりするのだと思う。だから、あたしは自分が誰からも好かれるような人間でないと断言できる。

 兄はひとつ頷いた後、『メルちゃんの友だちのカズちゃんとは、仲が悪かったんだよね?』とも聞いてきた。そう、今でこそ親友とも呼べるくらい仲の良いカズ――大体いつもあたしと行動を共にしている、一人称がウチの子のことだ――だけど、最初は本気であたしのことを嫌っていた。

 彼女とは中学生の頃からの付き合いだけど、同じクラスになったその一週間後くらいに『ウチはあんたみたいな奴は嫌いだ』と堂々と宣言された。そんなことを言われたのは初めてだったから、今でもそのときのことはありありと思い出せる。お互いに気が強くて、あたしもカチンと来たもんだから、派手に口論になったっけ。

 

「そうだよ。だから何……?」

 

 どうしてそんな昔の話を引っ張り出してくるのか、兄の質問の意図が読めない。兄はそんなあたしの疑問にも構わず、『じゃあ、どうしてメルちゃんは自分を嫌いだって言った人と仲良くなれたの?』と続けて聞いてきた。

 それは確かに他人からすれば不思議なことかもしれない。真正面からハッキリと自分のことを嫌いだと言ってきた相手と普通は仲良くはならないだろう。あたしだって苦手な相手はいるし、そういう人と仲良くなりたいとは思わない。それでもカズと仲良くなれたのは――

 

「だって、あたしはカズのこと嫌いじゃなかったから」

 

 カズは一方的にあたしを嫌っていたけど、あたしはカズに対して悪感情を抱いてはいなかった。そりゃあ嫌いと言われて怒りもしたけど、それも今までにない経験に戸惑って気持ちが高ぶってしまっていたせいだった。だから、口論が終わっても後を引くことがなかったし、むしろ彼女に好感を覚えていた。

 陰口を言うでもなく、あたしという本人を前にして堂々と嫌いだと言ってのける。そんなカズの馬鹿正直な性格を好ましく思った。だから、何とか友人になれないかと引っ付いて回ったんだった。

 無視されるのを承知で挨拶をしたし、怒られるのを覚悟してお昼を一緒に食べようともした。その度に舌打ちを飛ばされたし、時には暴言も吐かれた。悔しくて悲しくもあったけど、どうにか友人になりたくて頑張って耐えた。そうして最終的には、体育の授業で本気でぶつかり合ったら仲良くなれた。我ながらスポコン漫画みたいな友情の芽生え方だったと思う。

 それからはあたしと兄の知る通り。あれだけあたしを嫌っていたカズとはすっかり打ち解けて同じ学校に進学したし、しょっちゅう我が家に来ては、兄ともゲームなんかを一緒にするくらいの関係になっている。後から自分の何が嫌いだったのか聞いてみれば、色んな人を相手に楽しそうに話しているのが八方美人に見えたのだとか。その当時のカズは友人らしい友人がいなかったので軽い嫉妬だったのだ、と恥ずかしそうに話していたっけ。

 しかし、そんな自分と友人の馴れ初めの何がこの話と関係があるのか。そのことを口にする前に、それだよ、と兄は言った。

 

「それって?」

 

 稚児(ちご)じみたあたしの問いに、兄は自信を帯びた声で返す。嫌われてもいいんだよ、と。

『初めは嫌われていたかもしれない。でも、メルちゃんはカズちゃんと友だちになれた。それは誇っていいことなんだ。メルちゃんには嫌われてても友達になれる技術がある、経験がある、実績がある。だから自信を持って、その気になる人に接してみればいいんだよ』と。

 いつものヘラヘラとした顔を引き締めて、兄はカッコつけた風にそう言った。その顔と口調があんまりにも似合わなくて、真面目な話をしている最中だというのに、あたしは思わず吹き出してしまった。

 

「ぶっ、くくっ……! ごめ、笑うつもりはないんだけど、真面目な顔似合わなくて――あ、あはっ、やっぱ無理ぃひひっ……」

 

 兄としては精一杯の慰めだったんだろうけど、あたしの内で湧き上がってきた笑いがぶち壊してしまった。それでも、兄は苦笑いするだけで怒ることはしない。本当にこの人は仏様か何かじゃなかろうか。

 それにしても、こんなに心から笑ったのは久しぶりだ。最近は何をしても楽しめなかったから。他人の前ではこうまでは笑えていない。こんなに笑えているのも、兄が相手だからこそだ。目の前の彼には悪いけど、今のあたしにはそれがひたすらにありがたかった。

 

「はー、はーっ……あー、笑った笑った。うん、ありがと、ちょっと元気出た」

 

 一度大笑いすると、さっきまであれだけ悩んでいたことが全て馬鹿らしく思えてきた。そうだ、何を悩む必要があったというのか。あたしは元から誰からも好かれるような聖人君子ではなし、面と向かって嫌いだと宣言されたこともある女じゃないか。

 それに相手――すなわち黒音さんに怖がられているということは、現状からして好感度マイナスということ。嫌われるかもじゃない、既に嫌われてるの! 辛いけど現実を直視しろ、あたし!

 しかし、だったらどうする? その事実に打ちひしがれて何もしない? そうじゃないだろう。あたしという女はそんな柔じゃない。むしろ、友人になりたいと思った相手には友人になってくれるまで付き纏う執念深い女のはず。

 そうだ、既に嫌われているのならそれはもう仕方がない。だったら、今はこれ以上嫌われないように頑張るしかないだろう。まずは嫌いから苦手へ。苦手から普通へ。普通から……まぁ友人になってやってもいいかな、と黒音さんに思わせたら、それはもうあたしの勝ちだ。勝利の道筋は今、確かに見えた。

 

「あたし、また頑張ってみる」

 

 あたしの口からようやく出てきた前向きな言葉に、兄は破顔した。そしてついでに『彼氏ができたら、ちゃんと俺に紹介するんだよ』と頓珍漢なことを言ってきた。

 あ、この兄、これ絶対勘違いしてるな。あたしが気になる相手ができたとか言ったもんだから、異性に恋でもしたと思っているらしい。残念ながら、あたしの気になっている人は同性だから彼氏としては紹介できないけど、いつか友人として紹介してあげるとしよう。

 それが今回の兄への恩返しになるだろうと心の内で決めていると、今さらになって気付いたことがあった。昔のカズとあたしの話を知っている人はそれなりにいるけど、それをわざわざ家族に話したことはなかったよな、と。

 

「……ねえ、何でお兄ちゃんがあたしとカズの話を知ってたの?」

 

 そんな妹として当然の疑問に兄は――お兄ちゃんは、何かを誤魔化すように曖昧に笑うのだった。




次回、つよつよJK遂に(ようやく)動く。近日更新予定。

……え、配信開始から2週間で収益化が通りそうなねこがいる? そんなまさか、二次元を三次元が追い抜くなんて、某将棋ラノベじゃないんですから……。
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