黒猫燦なんかに絶対負けないつよつよ現役リア充JKのお話 作:津乃望
果たして主人公メルはあるてま2期生デビューが叶ったのか。答え合わせです。
あれは何時だったか。そう、忘れもしない。私が推してやまないバーチャルチューバー、来宮きりんさんの収益化おめでとう配信のときだった。あの日、配信が終わる直前、きりんさんはあたしたち視聴者に二つの爆弾を投げ込んでくれた。
一つは例のまつきりお泊まりオフコラボの告知だ。きりんさんの家にあたしのもう一人の推しである世良祭さんがお泊まりして、そのまま配信するという神回だった。
うん、あの回はほんと、ね……いや、これは思い出すと長くなるから今は控えよう。ただ一言、まつきりお泊まりパジャマでベッド上バイノーラル添い寝は至高、とだけ。えっち過ぎてその日のあたしはしばらく寝つけなかったよ。
で、問題はもう一つ。きりんさんと祭さんが所属するあるてまの2期生募集オーディションの告知、これだ。
いま最も勢いのあるバーチャルユーチューバーグループと言っても過言でないあるてまが新人を募集する、それを知ったネット上は大騒ぎになった。ツイッターでは『あるてま』の文字がトレンドに上がり、公式ホームページは速攻でサーバーが落ちる事態にまでなった。
それだけあるてまという配信者グループは、人々から注目を集める存在となってきていた。そんな上り調子のグループが新人を複数名募集するって言うんだからそりゃあ盛り上がるに決まっていた。
これまで独学で配信を行っていた人。あと一歩踏み出せないでいた人。そんな色んな人たちが、あるてまを踏み台にして成り上がろうと応募が殺到した、らしい。そして、あたしもその成り上がりを目指した一人だったりする。
何故あるてまに応募が殺到したのか。それはあるてまという配信グループが門戸を非常に広く開いているからだ。他グループのオーディションでは、応募条件に年齢制限とこれまでの配信などの実績を記載しているところが多い。18歳以上であればある程度の道理は理解しているだろうし、グループとしてもド素人を雇うリスクを負いたくないのは当然の話だ。
あるてまが他と違うのはそこだ。あるてまは年齢制限もそれまでの実績も必要ない。必要なのは、バーチャルチューバーになりたいという熱意、それだけ。おまけに受かれば専用の2Dモデルを作ってもらえるし、配信環境に不安がある人には配信専用のパソコンまで貸与するという好待遇ぶり。そりゃあ応募も殺到するって話ですよ。
年齢制限がないということは、あたしのような学生でもバーチャルチューバーになれるチャンスがあるということだ。いつも視聴者側の自分も画面向こうの人と同じ存在になれる、こんなチャンスはそうそうない。そう考えたらもう応募する以外の選択肢はなかった。
ま、一番の理由はまつきりのお二人とお近づきになれるかもっていう一点だったんですがね! 専用の2Dモデルを作ってもらえる? 配信用のパソコンを貸与してくれる? そんなのおまけですよ、おまけ。
それで、はい、肝心のオーディションの結果はと言いますと、
「あー、何がダメだったんだろうなぁ……」
数週間前、あるてま公式から送られてきたのは、落選をお知らせするメールだった。流石にド素人を合格させるほど現実も甘くはなかったらしい。だから、そこまで落ち込みもしていない。
とはいえ、だ。どうしても自分が落ちた理由というのは気になってしまう。
「書類と映像審査が通ったときには割とイケるんじゃないかって思ったんだけどなぁ。まさか面談で落ちるとは」
オーディションということは、応募者は必ず審査を受けることになる。あるてまの場合は一次が書類と映像審査で、最終審査が面接となっていた。
一次の書類審査はごく一般的なものだったけど、問題は映像審査の方だった。歌を歌っている姿でもいい、ゲームの実況をしている様子でもいい。5分という短い時間で何かしらの活動をしている映像を撮って送り、それを審査してもらうというものだ。
あたしの場合は無難に歌っている様子を送ってみた。歌った曲はもちろん「冬はマシンガン」一択だった。滑舌の良さと汚い声をアピールするにはこれ以上ない迷曲だ。合いの手もキモオタの兄が快く引き受けてくれたから、完成度は非常に高かったと自負している。
とはいえ、歌った曲が曲なので正直通るとは思っていなかった。だから、最終審査の案内メールが届いたときは椅子から滑り落ちてしまった。採用担当者に古のオタクでもいたのかな?
で、最終審査はというと、担当者との面談だった。面談方法が事務所で直接か通話で行うか、ってところに時流を感じたね。幸い、事務所は家からそう遠くなかったので、直接担当者と会って話す方を選んだ。目の前に人がいる方が話しやすいからね。
面談で会った担当者とは話が弾んだし、あるてまを初期から追っていたことやきりんさんと祭さんの配信は欠かさず観ているとアピールもできていた。終わった後は本当にワンチャンあるかも、と思いもした。けど、1週間後に届いたのは落選通知で、つまりはあたしにはバーチャルチューバーになる為の何かが欠けていたんだろう。
「んー、未だにこうやって落ちた理由を考えているってことは、自分が思ってる以上に凹んでるのかな」
まぁ、こうして今更なことを考えてしまう理由は、分かってるんだけれど。
「黒猫燦、ね」
パソコンの画面には見慣れた配信画面。けれど今は『【初配信】初めまして、黒猫 燦にゃ【あるてま】』と見慣れない配信者の名前がある。そう、今日はあるてま二期生の初配信が行われる日だったりする。
自分が落ちたオーディションの合格者の配信を観ることに思うところがないと言ったら嘘になるんだけど、新しい推しが見つかる喜びに比べたら何てことはなかった。
さてさて、配信が始まるまでもうちょっと時間があるし、二期生のおさらいしようかな。二期生の情報は公式ホームページに掲載されているからそこを見れば大体分かるようになっている。ちなみに、既に個別のツイッターアカウントもあるし、今日の配信に合わせて、事前に公式タグでアンケートなんかも取っていたりする。相変わらずあるてまはフットワークが軽い軽い。
えっと、まず今回のあるてまのオーディションで合格した2期生は7人と。名前はそれぞれ十六夜桜花、リース=エル=エルリット、黒猫燦、我王神太刀、夏波結、終理永歌、戸羽乙葉、というらしい。……キャラの個性を出すためとはいえ、濃い奴多いなぁ。
そして記念すべきトップバッターは、この黒猫燦という黒髪に猫耳を付けた少女アバターの人だ。
猫耳キャラねー。うーん、そりゃあプロが作ったアバターですし? 見た目は可愛いよ? 可愛いんだけど、今どき猫耳キャラってのもなー。漫画やアニメ、ゲームが溢れている現代では、ちょっとありきたりっていうかインパクトが弱いっていうか。同期が名前からして――他に普通っぽいのは夏波結と戸羽乙葉くらいかな?――濃いみたいだし、よっぽど本人のキャラが濃くないと埋もれてしまいそうだなぁ、というのが第一印象。
あ、でもアバターが貧乳っていうのは好印象だ。こういう萌えキャラは二次元だからって何かと乳を盛りたがる奴が多い。それというのも、乳が大きい=人気が出るみたいな安直にして愚か極まりない法則がまかり通っているからだ。別にあたしが巨乳が憎いとかそんなんじゃないけどね? えぇ、業界の中の暗黙の了解とかお約束みたいなそれが嫌いなだけですし。
この夏波結とかいうキャラは正にそれだ。乳はデカいし、前のボタンは開けて谷間見せつけてるし、おまけに見た目もギャルっぽいときた。ザ・ビッチって感じだ。「オタクはこういうの好きなんだろ?」とでも思いながら制作されたようなキャラである。馬鹿め! 乳にもビッチにも釣られないオタクがいると知れ!
っと、あたしとしたことがつい熱くなってしまった。乳デカビッチはどうでも……いやまぁ、夏波結の配信も見るけどさぁ。もう黒猫燦さんの配信が始まるから、そっちにいい加減集中しよう。
「んんー?」
と、思ったんだけど……あれ? 配信時間になってるよね? というか過ぎてる? 時間のカウントは進んでるから、間違いじゃないはず。なのに何も聞こえないし、配信が始まる様子もない。困惑しているのは他の視聴者も同じようで、チャット欄には配信が始まらないことを心配する文字が流れている。
そして、トラブルでも起こったのかな、と思った瞬間だった。
『こんばんにゃ~~~~!!!!!!』
「うわあああっ!?」
突然、耳元から大きな挨拶の声が響いて心臓が止まるかと思った。あと、ヘッドホンで聞いてるから鼓膜が、鼓膜が……。さてはマイクの調整ミスってるな、これ……。
『あ、あれ? 音おっきい?』
どう聞いてもおっきいです。本当にありがとうございます。
『ど、どうかな? 音大丈夫?』
今度は小さい過ぎぃ! ハイ&ローしか選べない極端さんかなぁ!?
あと、「胸も音も小さい…」とかコメントした奴。お前なぁ、胸の大きさは弄ってやるなよ! 音と胸は何の関係もないだろ! いい加減にしろ!!
『え、えっと、これでいいはず。ど、どうですか』
しばしガチャガチャ音を聞きながら待っていると、ようやくマイクの調節ができたのか、普通の音量で声を聞くことができた。よかった、とついこっちまでホッとしてしまう。
とはいえ、この10分ほどの時間は、黒猫燦という配信者に致命的なイメージを植え付けるには十分過ぎた。つまり、こいつは弄っていい奴だ、と。まぁ、配信者としては美味しくもあるんだけどね。
『あっあっあっ、すみませんすみません。ポンコツでごめんなさい』
黒猫燦さん……言いにくいから黒猫さんもそんな空気を察してしまったのか、今にも泣きそうな声で謝っている。
それに対する視聴者のコメントは「ええんやで」とか「新人やからしゃーない」と存外温かい。さすがに配信一発目から新人を潰すのはマズいと思うくらいの良心は持ち合わせていたと見える。どうせ次回からは盛大に弄るんだろうけど。自分で撒いた種である訳だし、黒猫さんには頑張ってもらいたいものだ。
『ぐすっ、ありがとうございます。こんなわたしを励ましてくれて、視聴者さん大好きです』
あーあ、もう半分泣き声じゃん。でも、コメント読んで持ち直したっぽいからよかったよかった。
さて、後は定番通り簡単な自己紹介が行われる感じなんだろうけど、
「んんん?」
何か画面に、視聴者が見ては、いけないものが、映っている、ような。
「あっ」
たぶんこの瞬間、この配信を観ていた人のほとんどが私と同じ言葉を口にしたに違いない。
画面に映っているそれは紛うことなき――カンペだった。
『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ!!!!!!!!!』
耳元の、ヘッドホンから、また絶叫ががががが。あ、あっ、キーンってしてる何も聞こえない。麻痺? 麻痺かこれ? マジで何も聞こえないんですけど。あ、お兄ちゃんお兄ちゃん。あたしの耳、大丈夫? 血とか出てない? 鼓膜破れてない? 大丈夫? セーフ? なら良かった。
鼓膜の無事が確認できたので自室に戻ると、次第に音が拾えるようになってきたので安心した。
それにしてもあの黒猫め、何て声を出してくれたのか。あれはそう、お婆ちゃんが飼っている猫の尻尾を誤って踏んでしまったときの声だ。絶叫まで猫みたいとかキャラ設定が徹底してますねえ!
たぶんテンパった拍子にマイクの音量上げたんだろうけど、二度目は許せん。文句言ってやる。普段はあんまりこういうコメントはしないんだけど、怒りが収まりそうにないんで足音も荒くパソコンに向かう。そして、キーボードに指を掛けたところであたしが見たのは、『この放送は終了しました。』の文字だった。
「は?」
この放送は終了しました? 何で? 時間はまだあるはずでしょう? 意味の分からなさに混乱するあたしだったけど、目の前の画面に変わりはなく、放送が再開される様子もない。チャット欄を見ると、「美少女の声じゃなかった」とか「初配信で自己紹介なしとか斬新過ぎる件」とか「VTuberの未来は明るいな」なんて皮肉なコメントが並んでいた。
あまりのことに理解が及ばず呆然とする。そして、思わずといった感じで言葉がこぼれた。
「……え、あたしこんなのに負けたの?」
待って、病みそう。
「主人公バーチャルチューバーじゃないんかい!」と思った方、すみません、主人公メルは最初からバーチャルチューバーにするつもりはありませんでした。
何故かと言うと、新しいバーチャルチューバー自体は作者である煉瓦氏が今後も考えられるでしょうし、別の方がバーチャルチューバーを主人公とした二次創作を書かれるかもしれないので、だったら自分が書く必要もないかなと。あと単純に別視点からキャラたちを見守る方が面白そうだなと思い、主人公メルには視聴者側の存在になってもらいました。
今後、視聴者メルがどのように黒猫燦とその仲間たちを見ていくのか、読者の皆さんにもお付き合いいただければと思います。