黒猫燦なんかに絶対負けないつよつよ現役リア充JKのお話   作:津乃望

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主人公の名前ほとんどの人が覚えてないんじゃないか問題。
そんな訳でリア充回です。またの名を手前の書きたかったネタを詰めただけの回。


4話 リア充みたいな生活を送っている無乳(あたし)はどうすりゃいいですか?

 唐突だが、カラオケである。あんまり乗り気でもなかったんだけど、前回誘いを断った手前、行かない訳にはいかなかった……奢りだって話だしね! 断る理由がねえ!

 さて、面子はいつものあたしの友人たち+その他である。その他とは、前回誘ってきていたのとはまた別のクラスの男子たちだ。こいつらもワンチャンあると思って誘ってきてるんだろうか。あたしが言うのもなんだけど、暇だねぇ。まぁ、奢ってくれるらしいんで口にはしませんが。

 ……でもさぁ、誘ったんならせめて一緒に歌って楽しもうとかしてくれませんかね。何で最初からマラカスとタンバリン持ってスタンバってんのさ。デンモク渡されたんなら何か入れろ、一周してあたしの所に来ちゃったでしょうが。あと、男だけで固まるな。こういう時は女子の間に入って会話の切っ掛けとか掴むもんでしょうが。あぁほら、あたしの友人たちがすごく白けた表情になってる。前回がそこそこ楽しかったらしいから、絶対比べてるよね、これ。

 男子たちさぁ……こういうのって誘ってはいそれで終わり、じゃないでしょう? 奢ってもらうんだから、こっちもあんたたちを楽しませようって気はあるんですよ。だから、誘ったんなら一緒に楽しんでもらわないとこっちも困る訳で……あーもう、何であたしがこんなチキン野郎どものことで悩まなきゃいけないのか。

 あたしは楽しむためにカラオケに来ている。だから、自分が楽しむためにデンモクに一曲目を叩き込み、マイクを持って立ち上がった。部屋の中が薄暗くなり、耳に馴染みのあるメロディーが流れ出す。友人たちは『またこの曲か』といった感じで、男子たちはキョトンとした顔でこっちを見ている。あたしが入れたのはそう、あの国民的アニメの主題歌だ。

 

 

『ドラえもん 世界中に 夢を そうあふれさせて♪』

 

 

 はぁー、一曲歌い切ってスッキリした。やっぱり大きい声で歌うの最高! 気分が良いので、男子どもの拍手にも素直にヨイショされておく。

 

「メルってよくそれ歌うよね」

「ドラえもん好き過ぎかよ」

「悪い?」

「悪くはないけど……変? それ一曲目に歌う? って感じ」

 

 何でさ。『夢をかなえてドラえもん』は名曲じゃん。歌ってるのはDu……maoさんだぞ。国民的アニメの主題歌を任されたお方だぞ。『ロケット⭐︎ライド』の配信も待ってます。

 

「そういえばこの前、ウチの家族が昔のドラえもんの映画借りてきたから観たんやけど、声の人全然違っててビビった」

「え、ドラえもんの声の人って変わったの?」

 

 うーん、ジェネレーションギャップ。いや、あたしたちが物心ついたときには今の声優さんだったんだけどね。お兄ちゃんの英才教育のせいですっかり昔の声の方に馴染んでしまっていたりするあたしなのです。

 

「ドラえもんとかもうテレビでたまにやる映画しか観てない」

「私あれ好き、恐竜のやつ」

「ふるー。ウチらが子どもの頃のやつじゃん。ウチはCGのやつかなー」

「私はあのロボットが出てくるやつ」

「どれだよ。っていうか、ドラえもん出てる時点で全部じゃん」

「確かに!」

 

 お、おっ、ドラえもん談議しちゃう? だったらあたしのイチオシはもちろんこれ!

 

「あたしは夢幻三剣士っ!」

 

 ドラえもんズとも悩むんだけどね。あたしの初恋は王ドラでした。

 

「むげん……何て?」

「え、知らない? 昔の作品なんだけど」

「ウチも知らんとかどんだけ? ……うわ、調べたら1993年公開ってなってる!」

「今が2018年だから……35年前?」

 

 25年だよ! ちくしょう、何でさ。確かに古いけど、夢幻三剣士めっちゃ名作じゃん。あの意味深な終わり方とかビューティフル・ドリーマーみたいで大好き。挿入歌もエンディングもめっちゃ良いし。あと、この作品で男装する女の子に目覚めました。温泉に浸かるシーンは狂ったように観直したよね。

 ……って、いかんいかん。ちょっと共有できそうな話題になると、口を滑らせてしまいそうになるのがあたしの悪い癖だ。と、とりあえず隅で案山子(かかし)になっている男子を使って誤魔化そう。えっとえっと、この場の雰囲気で入れてもおかしくなくて、かつこいつらでも歌えそうなの……アレだ!

 

「ほ、ほら、入れといたからあんたたちも歌いなって!」

「お、俺?」

 

 マイク渡されたくらいで狼狽えるな! まず1番くらいは歌えそうなの入れといたからさっさと歌って、あたしのスケープゴートになるんだよ!

 

「あ、これ知ってる」

「エヴァじゃん」

 

 流れてきたのはエヴァ――新世紀エヴァンゲリオンの主題歌『残酷な天使のテーゼ』だ。今日日のJKですらエヴァは知ってるんだから、流石の認知度である。

 マイクを渡した男子も初めは戸惑っていたものの、曲が流れ始めると覚悟を決めて歌い始めた。まぁ、気合いが入り過ぎて歌い出しから声がひっくり返ってたけど、それが女子たちにウケたから結果オーライだ。歌い終えた男子も照れ臭そうにしてたけど、嬉しそうだ。

 これが功を奏したのか、他の男子たちも歌う気になってくれたようでよかった。歌わないで携帯弄ってるだけとか、ほんと気を使うからね。ついでにあたしが自爆する流れも消えたのでよかったよかった。

 

「メルー、次はなに歌うん?」

「んー、今の気分はあゆかな。よし、次はあゆで行こう」

 

 そんな感じで、みんな好き勝手に歌うだけ歌って終わった。なんだかんだで全員楽しめてたみたいなのでヨシ!

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 と、そんな楽しい放課後を過ごした翌日の日が今日だ。あたしとその友人たちは軽い地獄を見ていた。

 この世で最も忌むべきものの一つとして、あたしは4限目の体育の授業を挙げる。内容がマラソンとか単調な内容だと、忌々しさはさらに倍率ドンだ。空きっ腹には堪えるし、化粧も落ちるから良いことなんて一つだってない。

 汗をかくのが分かっているなら化粧なんてしなくてもいいんじゃないか、ということをたまに言われるけど、そんなことは関係ないのだ。女は汗をかくと分かっていても化粧をする生き物なのだ。すっぴんが許されるのは許されるだけの顔面偏差値をしている奴だけなんだよ。

 分かったか、男子ども。そんなんだからモテないんだからな。普段から何でモテないんだろうとか口にしてるけど、お前らほんとそういうとこやぞ!

 

「ああ゛あっ、じぬぅ……」

「まだ終わらんのぉ……?」

 

 暦の上では春とはいえ、そろそろ梅雨が迫り出した今日この頃は、温度も湿度も上昇傾向を示している。汗で張り付く体操着の不快感がすごい。ひいひい言いながら体を揺らす友人たちのその動きは、まるで日光に焼かれて惑うゾンビみたいだ。

 

「まだあと15分くらい残ってるんじゃないかなぁ」

「あと15分とか無理ムリむりぃ! もうやだ、私は歩くかんね……」

 

 一緒に走っていた友人の一人が歩き出したので、あたしと他の友人たちもこれ幸いと歩く方へシフト変更した。周りを見渡せば、同じように歩いている連中もいる。おまけに体育は他クラスとの合同で、普段の授業の倍は人数がいるから、そうそう見咎められることはないだろう。

 とはいえ、体育の国木田に目をつけられると面倒だ。あいつの説教はネチネチ煩いし、女子を見る目が厭らしいからとにかく不快なのだ。とりあえず、駆け足程度の速さは維持しておくとしよう。

 

「メルは何でそんな元気なん……」

「別に元気ではないけど」

「うっそだぁ。全然辛くなさそうじゃん」

 

 いや、疲れてるのは本当です。ただ、たまにランニングとかしてるから多少体力が付いてるだけ。オタクは腹筋とかランニングとかのトレーニングを意味もなくしがちな生き物だからね。

 

「はん。普段から胸に重いものぶら下げずに済んでる人は楽でいいですなぁ」

「アぁっ!?」

 

 うっかりドスの効いた声が出てしまった。いや、何で今の会話の流れで胸の話になるんだよ! こちとら好きでぶら下げてない訳じゃないし、できるもんならぶら下げてみた……って違う。

 

「あ、あたしだって? 普段から自前の重さに辟易してますし? お陰で疲れも溜まりまくりですが!?」

「ふーん。自前、ねぇ?」

 

 こ、こいつら、鼻で笑いやがった。あたしよりもちょっと、ほんのちょっと大きいくらいで勝ち誇りよってからに……おい、これ見よがしにわたし肩凝ってますアピールをするんじゃない!

 

「あんたらなんて一生肩凝りにでも悩んでればいいんだっ!」

 

 そう叫びながら、あたしは友人たちを置いて駆け出した。我ながら負け犬じみたセリフだとは思う。いや、あたしは何にも負けてないけどね? 言葉のあやというやつです。

 負けてないあたしの心に、誰にも負けてなるものかと謎の反骨精神が湧いてきたもんだから、そのままの勢いで残りの時間を突っ走った。おかげで陸上部とかの運動部っぽい奴には張り合われるし、友人たちには呆れた目を向けられたりもしたけど、最後まで頑張って走り抜いた。あたしはあたしの弱い心に勝ったのだ。つまり、あたしは負けていない、証明終了、Q.E.Dだ。

 ……あ、いや、途中、ひいひい言いながら走っている(つもりだったんだろうけど速さはほぼ歩いているのと変わらなかった)女子を何度か追い越したんだけど、あれは後ろからアレを見てもすごい前にせり出してるのが見えた。アレにはちょっと負けたかもしれない。ほんのちょっとだけ、うん。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 4限目の授業が終われば昼休み。つまりは昼食の時間である。

 混ざりに混ざったデオドラントスプレーの香りに辟易していると、体育の時間に散々あたしのことを煽り倒してくれた友人たちが、何を気にした風でもなく弁当片手に寄ってきた。この厚顔無恥どもめどのツラ下げて来やがった、と威嚇するあたしだったが、謝罪と一緒にお弁当のおかずを一つ分けてくれると言うので許した。

 自分の席と、隣クラスの友人の分の席を男子に借りてくっ付ける。地べたに座っても平気な男子はこういうとき羨ましい。

 自分の分のお弁当箱を取り出すと、友人たちが同じタイミングでお弁当箱を差し出してきた。ここから選べということだろう。うむ、苦しゅうないぞ。

 

「じゃあ、唐揚げもーらい」

「真っ先に唐揚げを選んだ、鶏肉……あっ」

「やっぱり気にしてたんだ。じゃあ、あたしはキャベツあげるね」

「あたしのお豆もお・た・べ」

「おい、あんたら全然反省してないだろ。キャベツじゃなくてそっちのコロッケを寄越せ。そんであんたは自分が豆嫌いなだけだろうが押し付けんな」

 

 あと言い方ぁ! ちょっとドキドキしちゃっただろ!

 と、何やかんやドタバタしながらもようやく昼ご飯にありつけた。今日の体育のようなものでなければ、学校の授業も割と楽しいのだけど、友人たちと一緒にお昼を食べる時間は何にも勝る。箸を進めながら、各々の日々のどうでもいいことで話が咲いた。

 そんな中、一人の友人が気になることを口にした。

 

「ウチさぁ、最近ユーチューブ見るのハマってるんよ」

「ふーん、どういうの観てる? 面白そうなら私も観たいかも」

「えっと、配信って言うんやっけ。素人の人が観てる人と話したりするやつ」

 

 お?

 

「タレントとかとお話なら分かるけど、素人と話しするだけの動画が面白いの?」

「そう思うやん? これが結構面白かったりするんよ。それで昔の動画とか調べるとゲームの実況とかしてるんよ」

 

 おお?

 

「カズってゲームとかしてたっけ?」

「んーん、ぜーんぜん。でも実況が面白いから知らないゲームの動画でも観てて楽しいんよ」

「へー。そんなに面白いんだったら観てみようかな」

 

 これってもしかして、もしかするかもしれませんよ?

 

「それってユーチューバーってやつ?」

「それ! 普通のお兄さんが話したりゲームしたりしてるだけなんやけど、めっちゃ面白いからおススメ!」

 

 あー、バーチャルじゃなくてリアルの方かぁ……いや、はい、そうだろうなとは思ってました。ゲームも知らない子が、いきなりあの2次元アバター受け入れられるかといったら難しいだろうしね。

 それにリアル、というかユーチューバーとして活躍してる人の配信も普通に面白いしね。あたしも激安で仕入れた魚とか使って料理するチャンネルとかよく観る。魚の捌き方とか勉強になるし。観終わると大抵お腹が空いてしまうのが唯一の難点だけどね。

 今じゃ子どもの将来の夢にユーチューバーが食い込むくらいにその認知と人気は深まっている訳だから、きっとバーチャルチャーバーも今以上に周知が広まっていくだろう。地上波の番組なんかでバーチャルチューバーが出演したりする未来も、そう遠くはないのかもしれない。

 

「何かそのユーチューバーって今すごい人気らしいよ。お金も入るらしいし」

「マジ? 喋ってゲームするだけでお金もらえるとか羨ましー」

 

 まぁ、当然そんな甘くはないんですけどね。今は収益化のために明確な基準が設けられているし、それをクリアしたとしても生活できるだけの収益が必ず手に入るかは分からない。配信者は常にどんな動画を撮らなければいけないかに頭を悩まさなくてはならない。きっと表層しか自分たち視聴者には分からない、その苦しみに心折れる人もたくさんいるんだろう。

 と、思いはしたものの、友人たちの夢を壊さないように黙るのであった。

 

「メルとか向いてるんじゃない? 喋るのも歌うのも上手いし」

「ユー、ユーチューバー目指しちゃいなヨ!」

「あたしが?」

 

 卵焼きを摘んでいると、友人たちがそんなことを言ってきた。まぁ、話の流れで振ってきただけで、本気で思ってる訳じゃないんだろうけど。

 

「あたしはいいや。喋ったり歌ったりなら他にもできそうな人はいっぱいいるだろうし、たぶん思ってるほど楽な仕事じゃなさそうだもん」

「おう、まさかのガチ回答。そこは嘘でもなるなる言っときなよ。珍しくノリ悪いなー」

「だって、自分がそういうのになるとか烏滸(おこ)がましいっていうか……」

「はぁ?」

 

 友人たちからなに言ってんだこいつ的な視線を感じる。でも、本当にそう思ってるのだ。一時期は自分もきりんさんや祭さんみたいな存在になれるかもって舞い上がったりしたけど、冷静になるとあまりの烏滸がましさに「くっ、殺せ……!」と思わず口からこぼすほどに、今の自分の中では黒歴史なのだ。

 それに自分で配信とかしてたら、きりんさんや祭さんの配信をリアルタイムで追えないかもしれないじゃん。自分の都合を優先して、御二方の配信を見逃すとか許されない。それを許容するあたしは、あたしでないと断言していい。もしもあたしそっくりの人物が出てきたとしたら、それが本物を見極めるための手段としてください。

 ……あー、あと黒猫燦の配信もね、追わないとだもんね。まぁ、一応同期みたいなもんだし? 見届けると決めた者の義務っていうか? うん、そういう感じ。

 

「あぁ、でもメルじゃねえ」

「観ても男は喜ばないかもしれないね」

 

 向かいでお弁当をつつく友人たちの言葉にムッとする。配信者になるつもりはないと言ったけれど、お前じゃ無理だと言われると、それはそれで不満なのが複雑な乙女心というやつである。

 

「何でさ」

 

 あたしは不満を隠しもせず、友人たちに問いかけた。彼女たちは可哀そうなものを見るような目であたしの胸の辺りを見詰め、完璧なハモりをもってこう言った。

 

「「「色気が足りない」」」

 

 やかましいわ!!

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 放課後、あたしはひとり教室に残っていた。

 というのも、5限の数学の授業で実施された小テストで、友人たちが全員赤点で再テストを受けることになったからだ。内容はそこそこ難しかったから、他クラスでも赤点を取った生徒が続出したらしい。そんな訳で、教室よりも広いホールで再テストは実施され、あたしは友人たちの再テストが終わるのを待っているという訳だ。

 赤点を逃れた他の生徒たちは、部活だったり塾だったりを理由に早々と教室を去っている。誰もいないことをいいことに廊下側の席に座り、外から聞こえてくる運動部たちの掛け声に耳を傾ける。ひとりの教室で何をするでもなく待つというのは、中々に寂しい。

 

「ん?」

 

 何の気なしに腰掛けていた机の表面を見ると、何かの絵が描かれているのを見つけた。しかしこれは……何だろう。四本脚をしているところからすると動物の絵だと思うんだけど、肝心の何の動物かが一見して分からない。鼠、狸、いや犬……じゃない、顔の三本ひげと細長い尻尾、これは(たぶん)猫だ。

 猫、かぁ……随分と前衛的というか独創的というか。うん、どうやらこのクラスには画伯がいらっしゃったらしい。

 

「ふむ」

 

 通学カバンから筆箱を取り出し、シャープペンを手に取る。友人たちを待つ間、ちょっとした暇潰しでもしよう。

 クラスの画伯の横に、別の猫を描くための線を引いていく。これでも美術の成績は4か5しか取ったことがないから、それなりに自信があるんですよ。猫くらいなら何も見なくても描けますしね。迷いなく、淀みなく猫の輪郭を描いていく。猫はこういう風に描くんですよ、画伯さん。

 猫らしいシルエットが描けたら、色を付けようかで迷う。シャーペンだから色は白か黒の二択なんだけど……うん、ここは黒猫にしておこう。色が付いてた方が可愛いしね。うんうん、黒猫はやっぱり可愛い。猫の中でも甘えん坊が多いって言うけど、ほんとかな。あぁ、黒猫飼いたい。まぁ、あたしが猫アレルギーだから無理なんですけどね。

 

「お待たせー」

「メルー、遅くなってごめーん!」

 

 と、落書きもほぼ完成というところで、再テストを終えたらしい友人たちが教室に駆け込んで来た。さっきまで静かだった教室が、あっという間に姦しい声で満たされる。

 

「わ、メルってば絵ぇうまっ!」

「メルって美術の成績いいもんね」

「猫じゃん、可愛い。ねぇ、どうやったらそんな描けるようになるん?」

「んー、練習したら描けると思うよ?」

 

 どうやったら描けるかってそりゃもう描いて描いて練習するしかない。練習といってもこれと同じように机に落書きしたり、授業でノート取るときにワンポイントでミニキャラを描いたりする程度だけど。オタクという生き物は手持ち無沙汰になると、つい絵を描いたり、オリジナルフォントで落書きしちゃったりする生き物なのです。

 などと考えている間に猫の落書きが完成した。ちょっとデフォルメ調にはなっているけど、一目で黒猫と分かるような出来栄えだ。うん、可愛い。満足な出来だ。

 

「ねぇ、早く帰ろうよ。わたしもうお腹空いて我慢できない」

「ウチもー。帰りにコンビニ寄って帰ろー」

「ちょっとメルー、早くしないと置いてくよー?」

「え、ちょ、ちょっと待って」

 

 今の今まで絵の描き方とか聞いてきた癖に、帰りたいと思ったらすぐに帰る姿勢に入る。猫並みに気まぐれかよ。帰る準備万端の友人たちはあたしを置いて出て行ってしまった。こっちは終わるまで待ってたっていうのに……薄情者たちめ!

 心の内で悪態を吐きながら、通学カバンに筆箱を詰めて立ち上がろうとした、その瞬間だった。

 

「あ……」

 

 ひゅっ、と息を飲むような音に顔を上げれば、ちんまりした女子……というかクラスメイトがあたしの方を見ていた。それも束の間、あたしと目が合っていると気づいた瞬間、すぐに目を逸らされる。あ、この反応ちょっと凹むかも。

 手にハンカチを持っているところを見ると、お手洗いから戻ってきたところか。で、教室に戻ってみればクラスの奴が自分の席に座ってて、しかも落書きまでしていた、と。なるほど、タイミング最悪だな!

 と、とりあえずこの場は謝ろう……!

 

「あー、ごめんね。勝手に席借りちゃってた」

「う、うん」

「あと、えー、重ねてごめんなさい。机に落書きしちゃってた」

「へ? あー……うん、いいよ」

 

 怒られても仕方ないことなのに、彼女はあっさりと許してくれた。なんて心が広いんだろう。

 

「ほんっとごめんね! 今度お詫びに何かするからさ! じゃあ、また明日ね!」

 

 そんな優しい人にすぐ背を向けて帰る馬鹿野郎でほんとごめんなさい! お詫びは何がいいか考えといてください! って、ああああ! 落書きそのままにしてるじゃん! 今から戻るっていうのはハードル高いし……ああああほんともうこんな大馬鹿でごめんなさああああい!!

 罪悪感やら羞恥心やらで心を痛めながら廊下を突っ走ると、友人たちが階段の所で待ってくれていた。ここで待つくらいなら教室で待ってくれてもいいじゃんという気もするけれど、今は他に気になることがあった。

 

「おっそいぞー。ってか何でそんな疲れてんの?」

「はぁはぁ、気にしないで……ねぇ、あの子、名前なんて言ったっけ?」

「名前? 誰のこと?」

「ほら、うちのクラスにいるあの背がちっちゃくて、でも胸はおっきい子」

「あー、何て名前だったっけ。覚えてない」

「もうちょっと思い出す努力をしなさいよ」

「だって本当に覚えてないもん。わたし、あの子と話したことないし」

「そういうメルも話したことないんじゃない?」

 

 そう言われると、確かにそうだ。この学校はクラス替えがないから、去年も一緒のクラスで過ごしているはずなのに、まともに会話をした覚えがない。さっきの反応を見るに、実は避けられてたりするのかもしれない。だとしたら、やっぱり凹む。……いや、同じ教室にいるのに名前を覚えていないというのも大概失礼か。

 帰り際、もしかしてと思って教室の方を振り返ってみたけれど、さっきの子の姿は無かった。今日の今日まで名前も覚えていなかったクラスメイト、その人のことが何故だか無性に気になった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 その夜、黒猫燦のツイッターで『学校でリア充っぽい奴らに自分の席を占領された挙句、落書きまでされてた』とキレ散らかしてる呟きを見つけた。どうやら胸も貧しければ心も貧しくなるらしい。あの心優しいクラスメイトの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい気分だ。

 そう思いながら、あたしはその呟きをフォロワーに向けてリツイート(拡散)するのだった。




【ある日のリア充メルちゃんセトリ】
 夢をかなえてドラえもん
 Song 4 u
 プライド革命
 黒毛和牛上塩タン焼き680円
 オトノナルホウヘ

隠そうとして隠し切れてないオタク部分。

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