黒猫燦なんかに絶対負けないつよつよ現役リア充JKのお話   作:津乃望

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予想通り難産の回。そして、投稿するたびに文字数が増していく不治の病。


6話 猫うた。〜猫が嘆いて、コミュ力わけろとのたもうた。〜(下)

 バーチャルチューバーという存在には個性がある。メタな話をすれば、それを演じる中の人がいるのだから当然個性はそれぞれ異なってくるのだけど、ここでいう個性とはつまり、そのキャラクター性のことを指す。

 例えば、我王神太刀といえばあの極まった厨二病キャラだ。あのいっそ設定とかではなく、ガチでそういう世界の人だったんじゃないかと思わせてしまうほどに突き抜けた部分は、まさしく彼というキャラの個性だ。

 夏波結も分かりやすく個性のあるキャラの造形をしている。いかにも明るくて、視聴者も親しみやすい見た目だ。おそらく声もそれに合わせて当てられているのだろう。ただ何度も言うように、夏波結は個性的であって、個性がない。ガワだけができていても、中身が伴わなくては、それは真に個性とは言えない。

 とまぁ、個性のあるなしの話はともかく、つまり個性はそのキャラを構成するにあたって必要不可欠であるということだけは理解してもらいたい。

 さて、では本題。黒猫燦の個性とは何だろうか。容姿だけなら低身長猫耳ぺったんこJKという、まぁ刺さるところにはとことん刺さりそうな要素を持っている。そこへさらに、中の人の陰キャで炎上癖のあるおくちわるわる娘という部分まで加わるのだから、ぶっちゃけ属性の盛り過ぎ感すらある。これらの要素が絶妙に個性としてマッチングしているからこそ、良くも悪くも黒猫燦という配信者は、話題の起爆剤たり得ているのだと思う。……まぁ、下手すりゃ親元すら焼きかねない危うさも孕んでいたりするのだけど。アレを採用した担当はこれから先ずっとそのプレッシャーと戦っていくことになるのだろう。南無南無。

 閑話休題(それはともかく)。あたしの中で黒猫燦を構成する要素とは、ぼっちというその一点だと思っている。一見……というかどう考えてもデメリットでしかないそれは、ある意味で黒猫燦を構成する大事なパーツとして機能している。

 バーチャルチューバーは視聴者に夢を持たせることが大事なことに変わりはないが、だからといって隔絶した存在であってはならないとも思う。あくまでもアイドルや俳優などよりも、手が届きやすい存在であることを望まれている。だからこそ、ぼっちという点で視聴者に共感性を抱かせる(多大に偏見が含まれることは承知している)黒猫燦は伸びるのだ。そういう意味では、親しみやすさを前面に押し出した夏波結のようなキャラも決して失敗ではないと言える。

 が、ここに来てぼっちキャラを売りにしている黒猫燦が、まさかのコラボをするというのだ。そりゃあ企業に所属している以上はいつかそういう機会が回ってくるのは思っていたけど。まさかこんなに早々に、それも2期生で一番乗りだなんて一考だにすらしなかった。

 黒猫燦は既に自分という個性は得ている。しかし、キャラ作りの方はまだ固まっていないはずだ。これは本人に限らず、視聴者にとっても。配信者のイメージを強固にしていくのは、ネットによる拡散性だ。今はパソコンはもちろん、スマホですらネットの閲覧は可能だ。一度でもバズりさえすれば、良くも悪くも投稿者の予想を遥かに超えて、情報は瞬く間に拡まっていく。だから、黒猫燦という配信者の名前を一度でも耳にした人間はそれなり以上にいるはずだ。

 しかし、黒猫燦というキャラを完全に把握している人間がどれだけいるだろう。彼女の名前は知っていても、どういった容姿・話し方をしているか等まで答えられる人は少ないはずだ。現に、黒猫燦の配信を欠かさず観ているあたしでさえ、ハッキリと答えられる自信はない……喋り方とかブレブレだしね。

 とまぁ、長々と自問自答をしているが、結局なにが言いたいかというと、「ぼっちがこんなに早くコラボするとか、アイデンティティクライシスもいいところなのでは?」ということだ。黒猫燦の人気は、ガチのコミュ障ぼっちでありながらバーチャルチューバーであるという、いわゆるギャップ萌えを狙ったところがある。ぼっちというデメリットを共感性と意外性に上手く転じさせた、それが黒猫燦の長所なのだ。

 ……だというのに、あえてそのキャラを崩すようなことをこんなにも早々と行ってしまってもいいのだろうか。彼女のキャラ性に惹かれた視聴者たちが今回のコラボ回を観て、解釈違いという理由で離れてしまう可能性はゼロではないはず。もしそうなったとき、精神的に脆いところがありそうな黒猫燦がそれをどう受け止めるのか。最悪、現実を受け止めきれずに引退なんてこともありえるのではないか。

 良くない仮定に限って際限なく湧いてくる。それはあたしがこれまで多くの配信者の誕生を祝福し、同時に引退を見届けてきたから。他の視聴者たちは、今度のコラボ回をどう思っているのだろう。期待している? 失望している? 困惑している?

 あたしは、このコラボ回こそが黒猫燦という配信者の方向性を定める分岐点になるかもしれない、と。

 

「そう思うんだけど、お兄ちゃんはどう思う?」

 

 黙ってあたしの話を聞いていた兄は困ったように笑ったかと思えば、『めーちゃんはその配信者さんのことが大好きなんだね』なんて見当違いなことを口にした。

 

「はーっ!? 全っ然すきとかじゃないんですけど! あたしの推しはきりんさんだしっ! っていうかお兄ちゃん、あたしの話ちゃんと聞いてた!? あたしじゃなくて黒猫燦のことを聞いてるんだってば!」

 

 げしげしとロクに筋肉も付いてなさそうな脚を蹴ってやると、『そういうとこだと思うけど……』なんて抜かすから、ふくらはぎの辺りを強めに蹴り抜いてやった。後ろで痛い痛いと呻いている様子にほんの少し溜飲を下げて、兄の部屋を出る。まったく、普段は結構頼りになるのに、肝心なときに役に立たないのだから。

 兄が使えないとなると自分で考えるしかない。ないのだが、相手は画面向こうの存在、あたしがいくら考えようとどうすることもできない。そんな思考の堂々巡りはこの3日間ほどずっと続いており、いつの間にやらコラボ当日を迎えていた。

 あぁ、胃がキリキリして嫌な汗が止まらない。どうしていち視聴者でしかない自分がこんなにも苦しんでいるのか。それもこれも黒猫燦とかいう奴が悪いんだ。絶対に許さないからな。

 

「そういえば……」

 

 汗が止まらないといえば、同じクラスの黒音さんだ。彼女については先日のきりんさんからのアドバイスもあり、自分から積極的に声を掛けるのをやめて、どこかで話し掛けるタイミングはないかと見に徹していた。

 そうして気付いたのだけど、ここ数日の彼女は常に緊張状態にあるような様子だった。普段から俯きがち(これも最近知った)だけど、ここ数日はいつにも増して沈んでいるように見えた。一番酷かったのはつい昨日だ。土曜授業のない我が校は金曜日が週末で、大半の学生は休みを前にどこか浮き足立っている感じだった。

 それだというのに、黒音さんは全くの正反対。頭はより深く下げ、歯は食いしばって、額から伝った汗が頬の辺りに止まっていた。この状態になってようやく、彼女の様子がおかしいことに気付いた。慌てて声を掛けると、焦点の合ってない顔で「だいじょうぶ……」などと言うものだから、有無を言わせず保健室に連れて行くことにした。

 そういうときに限って、無駄に力のある男子どもは出払っていたりするのだから、奴は本当に間の悪い生き物だと思った。……いや、いま思うと男子に黒音さんの身体を触らせずに済んだのは良かったのかもしれない。奴ら、表立っては口にしないけど、黒音さんに向ける視線がいやらしいもんなぁ。

 彼女があたしでも支えられる程度の重さであったこと。本人にまだ歩ける体力があったこと。ひとつでも欠けていれば、あたし一人で保健室まで連れて行くのは無理だった。ベッドに寝かせると、一瞬で寝息を立てるものだから驚いた。養護の先生はストレスによる寝不足と腹痛じゃないかと言っていた。青白い顔を覗き込めば、目元には薄らと隈が浮いていたように思う。

 午後の授業からは復帰していたけど、彼女は一体どれだけのストレスを抱えていたのだろう。普段の様子を見た限りで思いつくのは、やはり対人関係だろうか。かと言って友人がいるようには思えないし……まさか、いじめ!?

 うちのクラスに限ってそんなことはないと思いたいけど、黒音さんはそういう対象になりそうだなとは思ってしまう。大人しくて、声も大きくないし、何より可愛い見た目している。あと胸も大きい。アレを前にすると、あたしもつい引っ叩きたくなる衝動が――って、あたしがいじめっ子の思考になってどうする。

 どうにも黒音さんのことになると頭の働きが鈍くなる嫌いがある。とりあえず、きりんさんからのアドバイスもあるし、今後も話し掛けるより見守ることを優先しよう。もしかすれば、彼女のストレスの原因も分かるかもしれないし、それを話し掛ける口実に利用することができるかもしれない。

 冴えに冴えた自分の思考に気分が良くなる。来週はこの方法で外堀を埋めていくとしよう。彼女があたしから逃げるのであれば、彼女からあたしに話し掛けざるを得ない状況を作ればいいのだ。

 

「勝利の道筋は見えた」

 

 そんな油断しきった敵役みたいな言葉を口にしながら、あたしは自室の椅子にどっかりと腰を下ろした。問題のコラボ配信開始のジャスト1分前だ。あの黒猫燦がコラボするのだ、どんなやらかしをしたって今さら驚かない。やらかす前提で視聴すれば覚悟を決めるのなんて楽勝だ。『いや、やらかす前提で観なきゃいけない配信者ってどうなんだ』という今さら過ぎる疑問には耳を貸さない。黒猫燦だぞ、いい加減に慣れろ。

 

 

『こんゆいー。はい! 今日は告知通りコラボですよ、コラボ!』

 

 

 そして、配信が始まった。チャンネル主の夏波結が弾んだ声で開始の挨拶を告げる。それに続いて黒猫燦の相変わらず(ども)った声が聴こえて……こない。

 10秒ほど経っても黒猫燦の声が聴こえないことに、夏波結がマイクの不調を疑っている。しかし、あたしを含めた一部の視聴者は確信している。こいつまたビビってやがるな、と。

 夏波結ファンと思われる黒猫素人の視聴者たちは、『事故かな?』『大丈夫?』と心配するコメントをしているが、黒猫古参組――略してくろね古参とあたしは呼んでいる――は『いるのは分かってんだぞ』『はよ出ろ』と容赦がない。さんちゃんねる(実家)のような安心感あるコメントについ顔が綻んでしまう。

 そうして待つこと1分ほど。

 

 

『こ、こんばんにゃあ……』

 

 

 蚊の鳴くような、という表現にピッタリ当て嵌まるような聴き覚えのある声が聴こえた。当然、バーチャルチューバーが出していいような声ではない。弄るネタを提供されたくろね古参は、水を得た魚のように『背がちっちゃい』『何より胸がない』『まな板から声を出せ』と言いたい放題だ。

 

 

『誰が胸なし金なしクソザコメンタルコミュ障か!?』

 

 

 途端に画面から響く、ついさっきとは打って変わっての大声量。油断していた視聴者たちからのうるさいうるさいという非難のコメントが並ぶ。まぁ、くろね古参たちはこの反応を予想して音量を下げたり、ミュートにしてやり過ごしたことだろう。当然、あたしも対応済みなので問題ない。

 そして、流石はくろね古参。どういう言葉に黒猫が反応するか理解(わか)っている。しかし、何度も言うが胸を弄るのはよろしくない。女子はナイーブな生き物なので、胸の大きさとか形とか大きさとかカップ数とか大きさとかを大層気にしてしまうのだ。だから間違っても『まな板が喋った!?』とかコメントするんじゃねえ……だよ。内なる文系さんも大層ご立腹だからね。

 

 

『はい! というわけでー、今日は黒猫燦ちゃんとコラボでーす。わーぱちぱちー』

 

 

 この最初から若干やらかしちゃった感のある流れを、夏波結はあっさりと修正にかかった。やはり彼女は喋り慣れている、初心者とは思えない。それだけに黒猫燦のアレさ加減が目立つというか、これ本当に同期扱いしていいのかなと、視聴者なのに不安に思ってしまう。

 というか、本当によくこんな会話も危うそうな奴をコラボ相手に選ぼうと思ったものだ。あたしの中で、夏波結はマゾか好き者という究極の2択みたいな印象が刷り込まれていくぞ。

 

 

『いやぁ、今回のコラボって私から声かけたんだけどね? 実は初配信見たときからコラボしたいなーってずっと思ってたんだよー』

『うぇっ!?』

『だってみんな緊張してた初配信であんなことする新人なんていないじゃん!』

『あ、あんなこと……』

『絶対この子とコラボしたら楽しくなる、って確信してたよ!』

 

 まぁ、視聴者的には楽しくなるのは間違いない。主に黒猫燦を弄る方向で。

 ともあれ、今回の配信もマシュマロを読むのが中心の雑談回とのことだ。実に無難、おそらく黒猫燦が口下手なのを理解したうえで、それでも多少の経験のある雑談をしたのだろう。きっと自分がフォローすればいいとでも思っているのだろう。

 ただ、雑談然り、このコラボ然り、黒猫燦の手綱を制御できるかというのが最大の問題である。夏波結のお手並み拝見といこう。

 

 

『はい! まず1通目!』

 

 

 この配信の裏で、あたしのようなくろね古参が腕組みしているとも知らず、夏波結は元気な声でマロを読み上げていく。最初は、相手の第一印象を本音で語れというものだ。

 

 

『私はさっき言った通り楽しそうで可愛い子だなーって思ったよ』

 

 

 夏波結の回答は、実に優等生のそれだった。それだけに、何か裏で思うことがあるんじゃないかと邪推してしまうのは、あたしの性格が悪い所為だろうか。だって、あのきりんさんの配信のすぐ後に現状チャンネル登録者数トップの黒猫燦を、一番下の夏波結がコラボを持ち掛けたんだから、そんな綺麗事ばかりの感情じゃないでしょう? 内心、腸が煮えくり返ってるんじゃないですか? みたいな。

 というか、完全部外者である自分でもそこらへん考えついてしまうのに、当事者である黒猫燦はよくそんな相手とのコラボを受けたもんだなと思う。まぁ、どう見ても断れなさそうだし、相手の勢いに押し切られたとかそんなんだろうけど。

 当の黒猫燦は、夏波結から話を向けられ、一頻りうんうん唸っていたかと思えば、ボソリと相手の第一印象を口にした。

 

 

『茶髪乳デカ陽キャ……』

『は?』

 

 

 はい、切り抜き確定。夏波結みたいに本音を隠してる感じなのは良くないけど、かといって思ったこと全部口にしていいってことにはならんのやぞ黒猫ぉ! 脊髄反射で回答するのやめなさいよ本当。

 夏波結もまさかそんな回答があるとは思わなかったのだろう、さっきまでの勢いを完璧に殺されていた。何とか次の質問に移ろうする彼女に、あたしや他の視聴者も同情する。黒猫燦とコラボするってこういうことなのよね。

 で、次は2人の男性の好みを聞く質問だった。

 

 

『今回これ系の質問多かったねぇ~。やっぱり花のJK2人組だから恋バナとか気になっちゃうかな?』

 

 

 JK、JKねぇ。黒猫燦はたぶん本当にそうなんだろうなって感じなんだけど、夏波結は、ね。話し方が落ち着き過ぎてるっていうか。まぁ、バーチャルチューバーの年齢を詮索するなんて野暮はしませんがね。「うわきつ……」ではないから安心していいんじゃないかな!

 夏波結が困っていたらすぐに助けてくれて、それでいて見返りを求めない男子と答え、黒猫燦はまさかの男性嫌いだと回答した。これについては嘘でもいいから適当にこういう男性が好きと答えておけばいいのに。

 おかげでせっかく戻った話はぶった斬られてしまい、夏波結が困ったと弱音をこぼす。これは彼女は悪くない、黒猫燦って奴が悪いのだ。理解してはいたけど、ここまで対人での会話が酷いと、くろね古参たちもさすがに擁護ができない。

 

 

『あ、あの! 今日はいい天気でしたね!』

『え、あ、うん。いい雨だったね』

 

 

 違う、そうじゃない。いや、会話の糸口を掴もうとしたその黒猫燦なりの努力は認めてやりたいが、そうではない。こんな空気になる前に話を拡げる努力をすべきなのだ。

 苦しい流れはそのまま、夏波結がヤケクソっぽく次の質問に話を切り替える。夏波結、頑張ってるじゃん。やっぱり貴方は他人とコラボして光る人なんだよ。初っ端に黒猫燦を選んだのは悪手だったけどさ。

 何故か夏波結の好感度が上がっていく不思議。そして、尊敬する1期生の先輩について話は移った。

 

 

『んー、取り敢えず尊敬って言うとあれだから憧れてる先輩は来宮きりん先輩だね。元気で真面目な優等生! 癖の強い1期生の中でも埋もれずに皆をまとめるしっかり者! 憧れるよね~』

 

 

 おぉ、ここできりんさんの名前を挙げるとは、夏波結は理解(わか)ってるじゃないか。そして流石はきりんさんだ。貴方の頑張りは2期生にもしっかりと伝わっているようで何よりです。

 

 

『私は……祭先輩が気になる、かな』

『祭先輩も格好良いよねー。なんていうかクールでモテる女! って感じ』

 

 

 そして黒猫燦が挙げたのは意外にも祭先輩の名前だった。何だろう、人付き合いが苦手な部分に共感でもしているんだろうか。キャラとしては正反対もいいところだけど。

 とはいえ祭さんの良さを理解している点については評価しなければと、黒猫燦に対しての評価に上方修正を掛けていると、『そういえば祭ちゃん、黒猫さんのこと気になるって言ってたよ』という非常に気になるコメントを見つけてしまった。

 あ゛っ、祭さんついさっき配信やってたの!? 見逃した? このあたしが!? ……はーっ、このコラボのことばっかり考えてて完全に失念してた。つら、後でアーカイブ観直そ……。あー、でもそういえば、先日のきりんさんの放送で言ってたっけ。黒猫という面白い2期生がいるから観るように教えたとか。きりんさんの気遣いが巡り巡って、黒猫燦の耳に入ってくるのだから、流石はきりんさんである。

 だから、ちゃんときりんさんに会ったらお礼言うんだぞ。デレデレするんじゃないよ、まったく。

 

「……ん?」

 

 と、何かチャット欄にすごく見覚えのある名前が見えたような気がした。というか、つい今の今まで名前が挙がっていた人のような……。

 

 

『あわわわ祭先輩がご降臨された!?』

 

 

 ふぁっ!? 生の祭さんがナンデココニ!? へ、『黒猫さん今度コラボしよ』ですって!?

 

 

『う゛ぇええ!?』

 

 

 う゛ぇええ!? 急に後輩の配信に入ってきたかと思えば、今度は自分とのコラボを持ち掛けてくるとか自由過ぎるでしょ! ほら、夏波結も混乱してるし……って『きりんとすればいいと思う』だってはぁーん!? 拗ねてる? 自分じゃなくてきりんさんの名前出されたから拗ねてるの!? 何そのギャップ!!

 

「可愛いかよ……ッ!!」

 

 クールキャラなのにその嫉妬はズルいでしょ。というか、あたしは何で黒猫燦と夏波結のコラボ観ながら祭さんに萌えてるんだろう。はい、ご本人が辻斬りならぬ辻萌えをかましてくれたからですね。はぁー、あたしの推しがこんなにも可愛い。マジ無理。辛い。辛くない。生きる。いっぱいちゅき……。

 

 

『と、とりあえず気を取り直して次! 時間的にもそろそろ次ラストっぽい』

 

 

 唐突に推しから尊みを供給され、言語機能諸々を溶かし尽くされたあたしが(くずお)れているうちに、祭さんはいつの間にかまた潜り、質問も最後になっていた。質問したのは夏波結ファンのようで、前回配信のネタを弄りつつ、両者に次は誰とコラボしたいかを聞いていた。

 夏波結の前回配信は……うん、彼女の人気の伸び悩みを象徴するようなヤマなしオチなし回だった。彼女の憧れであるきりんさんの初期の初期のような配信だったね。そんなところまでリスペクトしなくてもって感じだ。夏波結が他の2期生の名前を挙げるのを聞きながら、そんなことを思った。

 

 

『我王神太刀って名前すご……』

 

 

 黒猫燦がまるでイロモノ扱いするような感じで言っているけど、我王くんは黒猫燦とは比べものにならないほど喋り上手だ。癖は強いけど。キャラは一貫しててブレないし、何より視聴者への楽しませ方が抜群に上手い。そんなとても新人とは思えない配信者の鑑みたいな人なんだぞ。癖は強いけど。それでいてキャラ設定以外の感性は普通だから、黒猫燦とどっちがマトモかと聞かれれば、あたしは迷わず我王くんだと答えるぞ。

 そして、コメントで常識人扱いされた夏波結の声のトーンが露骨に落ちている。でも、今日の配信は常識人の彼女だからこそ、黒猫燦相手でも大崩れせずに済んでいると言って過言じゃない。今日の夏波結はほんと頑張ってるよ、今日一日であたしの好感度は爆上がりです。

 

 

『次コラボするならそうだね~、リースさん辺りが楽しそうかな』

 

 

 そんな夏波結は、リース=エル=リスリットとのコラボを希望らしい。リースってあの姫騎士みたいなアバターの人だっけ。最初の配信しか観れてないからいまいち印象が薄いんだよなぁ。やっぱりゲームに負けたりすると「くっ、殺せ!」とか言っちゃうんだろうか。夏波結は真面目そうだから、ネタが分からずに「殺さないよ!?」とか言っちゃいそうだ。

 

 

『私は別にコラボは……』

『ん??』

『あぅ。戸羽乙葉さんで』

 

 

 この黒猫、同期に牽制されてる。戸羽乙葉はリース以上に印象が薄い。初回の配信は観てたはずなのに何故だろう。まぁ、黒猫燦が名前を挙げたってことは、そう癖のあるキャラではないということだろう。

 あたしはいっそ我王くんとコラボしてほしいと思うんだけどなぁ。黒猫燦はアレくらい濃い相手と話さないと改善は難しそうだし。それかいっそ、黒猫燦すら振り回すような人とコラボするかですね。

 とはいえ、黒猫燦は黒猫燦なりに今日の自分の失敗は受け止めているようで、今も拙いながらも何とか会話を続けている。こういうところがあるから嫌いにはなれないんだよね。だからって好きでもないですけど!

 

 

『はい! じゃあキリもいいしそろそろお開きにしよっか』

『いえーい』

 

 

 終わりが近付いたからって急にイキイキするんじゃない。黒猫ほんとそういうとこだぞ。

 結局、夏波結が告知をいくつか行っただけで、黒猫燦からは特に何もないままだった。普通、コラボ相手へのお礼含めての宣伝とかするところなんだけど、ここら辺はこれからお勉強ですかね。

 黒猫燦の『ばいにゃー』の声で放送が終了した途端、ドッと疲れがやって来た。何故、黒猫燦の配信(正確には夏波結のチャンネルだが)を見るたびにこうまで疲れが押し寄せるのか。おかしいだろ、あたしはいち視聴者でしかないというのに。

 

「はー、寝よう……」

 

 パソコンの電源を落とすと、そのままベッドに飛び込む。スプリングの利いたベッドがあたしの身体を優しく受け止めてくれる。疲れはある。けれど、心地のいい疲れだ。

 どれだけ派手にやらかしてくれるものかと構えていたけど、思っていたよりは全然マシだった。最悪、夏波結を怒らせて配信中止も考えてたから、ちゃんと最後まで放送できた今回の結果は、決して悪いものではないだろう。まぁ、ちょっと物足りなさを感じなくもないけれど。

 しかし、夏波結は本当によくフォローしていたし、これを機にファンが増えるといいなぁ。黒猫燦は……ボチボチとマイペースにやればいいんじゃないかな、知らんけど。

 

「そういえば……」

 

 配信中に祭さんが黒猫燦にコラボをしようとかコメントしてたっけ。さすがに今日の配信を観ていたなら、黒猫燦とのコラボをすぐにやろうとは思わないだろう。リップサービスの可能性もあるしね。

 でも、祭さんと黒猫燦のコラボかぁ。観たいような観たくないような……いや、この2人が出る時点で観ないなんて選択肢はないんですけどね? ただ、夏波結みたいな人のいない状況で口下手2人がコラボって、もう何かしら事故る未来しか見えなくない? あたしにはありありと見える。

 まぁ、いずれは有るのかもしれないけれど、少なくとも今すぐじゃない。いつかのもしもに頭を痛めるのは不毛に過ぎる。だから、今はこの緩やかな睡魔に身を委ねることにしよう。

 今日も楽しい一日だった。おやすみなさい。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そして、黒猫燦と夏波結の初コラボ配信の翌日。

 

 

『1週間後黒猫燦と遊ぶ。

 できればオフで。

 今から許可貰ってきます(✿˘艸˘✿)』

 

 

 あたしのツイッターのタイムラインには、祭さんのアカウントでそんな呟きが流れてきた。

 あっはっは、流石は祭さん。あたしの予想なんて軽々と越えてくださる。そういうところほんとすき。

 はあぁあぁあああぁあーっ…………二度寝しよ。




女神のような夏波結さんに主人公の好感度がアップ。谷間強調の衣
装が悪いよ、衣装が。
男性も書きたいので次は我王くん登場回です。本編で言うところの親
子設定が出てきた辺りですね。
書いていくうちにどんどんと文字数が増えてしまうので、あまり書
き過ぎず、更新優先にしたいところです。とはいえ、このお話も
たぶんあと4話くらいなのですが、ちゃんと締めれるよう頑張ります。
いかの塩辛

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