黒猫燦なんかに絶対負けないつよつよ現役リア充JKのお話 作:津乃望
まぁ、このような時勢なので予定どおりお引越しできるかも怪しいのですが、何はともあれ今後ともつよつよJKをよろしくお願いします。
二度寝をしようが現実に変わりはなかった。
正午直前くらいに目を覚ましたあたしが見たのは、やはり黒猫燦とオフコラボをすると書かれた世良祭さんの呟きと、それに対して驚いている黒猫燦のリプライだった。いやお前も知らんかったんかいと、祭さんのあまりのフットワークの軽さに驚愕したものだ。
その日のうちに黒猫緊急対策会議という名の配信があったのだけど、そこでも祭さんはチャット欄に現れては、黒猫燦を翻弄していた。あまりに自由過ぎて開いた口が塞がらなかった。色々と心配なことはあるものの、祭さんに関してはきっと何とかしてくれるだろうという安心感がある。彼女がこれまで築いてきた信用の賜物だ。
むしろ心配なのは、黒猫燦の方である。ネットを介してのコラボですら会話が覚束なかったというのに、今度の祭さんとのコラボはよりによってオフコラボだという。少なくない視聴者が「これ黒猫は緊張とかで死ぬんじゃないかな?」と思ったはずだ。本人も逃げ道を塞がれたから覚悟を決めたのか、前述の緊急対策会議を開いたという流れである。
しかしこの黒猫、我々が想像していた以上に話し下手だった。口を開けばセクハラ三昧、おまけに自覚もなしときている。話の取っ掛かりさえも掴めないというのだから、人とはこれほどまでにコミュニケーションに難があっても生きていけるのだと、あたしは逆に感心してしまった程だ。よく配信者になろうと思ったな、ほんと。
「本当にどうなることやらねぇ……」
それがつい昨日の日曜日のこと。今日は平日の月曜日、学生の身分であるあたしは現在進行形で授業を受けている。昼休み後の英語の授業は眠気との戦いになることがほとんどだけど、考えごとをしている間はそれらの相手をせずに済むから助かる。
窓側からカーテンが大きくはためく音がする。開け放した窓から風が吹いたのだろう。あたしの所にも、梅雨の時期特有の湿った空気の匂いがした。
と、クラスの大半が授業中に響く大きな音に視線を向ける中、いつものうつ伏せの状態で悩んでいる様子の女子がいるのを見つけた。廊下側の席に座る、黒音さんだ。相変わらずというか、休みを過ぎても眉間に皺を寄せている。どうやら彼女のストレスの原因は改善されていない様子だ。本当に何が彼女をそこまで悩ませているのか。
と、それまで俯いていた黒音さんが背を伸ばしたかと思えば、急に回りを見渡し始めた。あたしの席は彼女の左斜め後ろ辺りで、そこまで離れている訳でもないから十分に視界の範囲内だ。だからまぁ、黒音さんを見ていた自分とバッチリ視線が合ってしまうのは仕方のないことだった。
「……」
「……」
先生の声とチョークの音が響く教室で、あたしと黒音さんの間に奇妙な沈黙が生まれた。いや、この場合は緊張感か。まさか視線が合うとは思ってもおらず、お互いに突然認識し合ってしまったものだから、思考に間隙が生まれてしまっていた。
えぇと、これはどうしたらいいんだろう。別に悪いことをしていた訳でもないから
とりあえず軽く手を振ってみる。いえーい、黒音さん元気ー?
「???」
黒音さんの表情に困惑が混じった。ヤバい、悪手だったか、手だけに。挫けそうになりながらも十秒ほど手を振り続けてみた。けれど、当然あたしの真意が伝わるはずもなく、気まずそうに目を逸らされてしまった。あ、これ地味に心にクる。やっぱりまだ怖がられてるのかなぁ、凹む。
あぁでも、これまで真っ直ぐ黒音さんの顔を見る機会があまり無かったから余計に思うのだけど、彼女は中々の美少女さんだ。白い肌、濡羽の黒髪、眠たげな瞳。どこぞの創作から抜け出てきたような容姿をしている。これで普段から微笑んででもいれば、すぐに人気者になれるだろうに……っと、本人が望んでないならただのお節介か。うーん、しかしなぁ、やっぱりもったいない……。
「あたっ」
なんて考えていたら頭に軽い衝撃が。気付いたら、あたしの側には英語の深町先生が立っていた。
「授業中によそ見とは余裕だな。授業内容もバッチリか」
「いやー、そういう訳ではないんですけど……」
「言い訳はいいから。前に書いてある英文を和訳してみろ」
あたしの弁解はにべも無く切り捨てられてしまった。いいけどね、悪いのはあたしだし。
さて、英文である。黒板には白いチョークで『It's hard to see what is under your nose.』と書かれていた。これを和訳すると、えーと、えーと……。
「鼻の下に何があるかは見えにくい?」
「うん、そんな感じだな。実はこれは日本のあることわざと同じ意味を持つんだが、それが何か分かるか?」
えっ、ことわざなの、これ? 国語はそれなりに自信があるけど、いきなり頭を英語から国語に切り替えるのは難しい。何だっけ、近しい意味が出そうで出てこない。んあー……。
と、喉元まで答えが出かかっているもどかしさに悩んでいる間に授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「ん、時間だな。次の授業で答え合わせをするから、今の英文の意味は辞書で調べておくように」
深町先生はそう言って授業終わりの礼が済むと、さっさと教室を出て行った。うーん、大恥をかかずには済んだけど、答えられないまま次の授業に持ち越しとなるとそれはそれで何かもどかしい。
まぁ、先生も調べておけと言ってたし、英和辞書を手元に持ってきてペラリペラリ。えぇと、――あったあった。あー、そうそう『灯台下暗し』だ。……しかし、何でこんな英文を授業でやってるんだろう。今日の授業中はずっと悶々としていたから、どんな授業内容だったかほとんど記憶がない。
ふと、気になってまた廊下側の席へと目を向けた。お手洗いにでも行っているのか、黒音さんの姿は見当たらなかった。
◇ ◇ ◇
翌日、この日も変わらず何かに懊悩している黒音さんをボンヤリと眺めていたら一日が終わっていた。
たまにこっちの視線に気付いては、驚きやら怯えやらで百面相をする黒音さんは、見ていて飽きが来ない。別に意地悪をしているつもりはない(本当だ)のだけど、あまりに反応が面白いからつい見てしまうのだ。あれだ、警戒している子猫の反応に気を良くしてついついちょっかいを出してしまうみたいな。
間違いなく怖がられているであろう中でのこのような蛮行は論外であるし、内なるきりんさん(あたしの心の中の包容力がヤバいひと)も『めっ!』と叱ってくれている。たまんねぇ……でも、ちょっと癖になっちゃってるんです、許してください。
まぁそんなことをしていれば相手の警戒は当然強まる訳で、それなりに時間を観察に充ててもこれだという隙を見つけられないでいる。鈍臭そうに見えて意外と用心深いのだ。そんな感じで自業自得を繰り返しながら、『明日も頑張って観察しよう』という思いを強くして、あたしは帰宅した。
今日は珍しくきりんさんと祭さん、ついでに黒猫燦の配信が無い日だ。あるてまに所属しているライバーの配信は大体追っているが、全てをリアルタイムで追うのは15人にまで増えた今では不可能だ。だから、先の3人以外の配信はアーカイブで視聴することが多かったりする。
普段は配信の時間に合わせて動いているから、急に時間を持て余したような気分だ。とりあえず、フォローしている配信者たちのツイ垢でも見ながら時間を潰すとしよう。
……ん? 輝夜姫咲夜様が謝罪してる? えー、『先日の配信では妾の監督不行き届きで、シャネルカが危うくBANされかける事態となってしまって申し訳ないのじゃ。以後、同じようなことがないよう、シャネルカにはきつく言っておく故、許してたもれ』と。うーん、内容的にシャネルカがやらかしてる感じなのに、何で咲夜様が謝ってるのかな……。ってかBANされかけるって、シャネルカはまた何をやらかしたのさ。
お、問題の配信のまとめ見っけ。えーと、問題はシャネルカと咲夜様がオフコラボ中に起きたと。リスナーからおススメされたゲームの中にえっと、いわゆるBLゲーがあって、咲夜様から絶対に起動するなと言われていたけど、彼女がお手洗いに行ったタイミングでシャネルカが起動してしまった、と。
なるほど、確かにこれは咲夜様痛恨の失敗だ。やるなと言われて、シャネルカがやらない訳がない。というか、シャネルカフェイスガードって何さ。またシャネルカ謎語録が増えてしまったのか。え、しかも咲夜様のガチボイスも聴けるってマ? 後でゆっくりじっくり事故っぷりを堪能させていただきます。
そんな風にTLを眺めていると、夏波結の呟きが一番上に出てきた。RTしたのは黒猫燦だ。
「お? 夏波結がコラボか、ってまた相手黒猫じゃん。前回で気に入ったのかな」
で、肝心の配信日は……今日!? んええ、突発コラボかよ!? しかも黒猫燦の修行のためにもう一人コラボ相手捕まえてきたって!?
「ええと、どうしようどうしよう。とりあえず急いで晩ごはん作って食べてお風呂入らないと……」
まさかの事態に、脳内で急造チャートが作られていく。配信開始時間的にまだ大丈夫。あたしならできる……学校の課題さえ後回しにすれば!
そこから数時間は自分でもオートマティックでシステマティックだと思えるような、実に人間味のない動きで家事その他諸々を終わらせた。余った時間で少しだけ課題も進められた。完璧かよ、あたし。
自画自賛をしているうちに、いつの間にやら配信開始数分前だ。あたしは定位置であるパソコンの前に座り、配信の開始を待つ。そして、最近は少し耳に馴染んできた声が響いた。
『こんゆいー!』
始まりの挨拶は夏波結のものだった。彼女のチャンネルでの配信なんだから当然だけど。
『はい! 今日はなんと昨日私に泣きついてきた燦のために修行回、しますよ!』
んんん? 黒猫燦が泣きついた? 誰に? 夏波結に? それで修行回を行うことにしたと? へぇ、夏波結は同期思いだなぁ。でも、泣きついたのくだりいらなくない? マウント? 開幕から速攻で視聴者に対してマウントですか?
「夏波結さぁ……」
前回の配信でちょっと仲良くなったのかもしれないけど、くろね古参的にはそういう独断専行みたいなことされると困るんだよね。まぁ当然、画面向こうの夏波結がこちらの意図に気付くはずもないのだけど。
というか、おいくろね古参ども。いいのか、黒猫燦が同期の配信者に絆されちゃってるかもしれないんだぞ。てぇてぇじゃないんだよ、てぇてぇじゃ。
『そんなわけで本日のゲスト1人目、黒猫燦ちゃんでーす』
『こ、こんばんにゃぁ……』
そんな風に憤っていると、今日は実にあっさりと黒猫燦が出てきて、挨拶までしっかりとしてみせたのだから驚いた。どうやら事前に通話をして緊張を解していたんだとか。地味にマウントの気配を感じたけども、黒猫燦のためを思ってのことと考えればセーフ判定だ。
挨拶ひとつできただけで、視聴者はもう黒猫燦をベタ褒めである。君たちさぁ、さすがにちょっと黒猫燦に甘過ぎない? 甘やかし過ぎは成長の妨げになりかねないって分かってる? まぁそれはそれとして、黒猫はちゃんと挨拶できてえらい。 ……ん? お前だって黒猫に甘くないかって? だって、あの黒猫燦がまともに挨拶できたんだぞ! 褒めてあげないと可哀想だろう!?
と、チャット欄のくろね古参たちと一緒に黒猫燦を褒めていると、もう1人のコラボ相手が発表された。
『じゃ、早速もう1人のゲスト呼んじゃおっか。燦の修行相手を務めるのはこの人! 2期生でもクセの強さは随一! コラボ志願者は未だゼロ! あるてまのキワモノ、我王神太刀さん!』
『オイ小娘、何だその紹介は』
ひゅーっ、ゲストまさかの我王くんじゃん! 今日は自分のところの配信もあったと記憶してるけど、黒猫燦のためにわざわざコラボしてくれたのね。ほんと気の利く王族様ですわ。
デレデレしていた黒猫の声のテンションが一気にダダ落ちした。初見の相手で、しかも我王くんのようなキャラが相手ではこのような反応になるのはむべなるかな。しかし、あたしはこの人選は悪くないと思う。
前々から思っていたが、黒猫燦が配信者を続けていくためには、まず対人に慣れる必要がある。普通なら大人しめな人から始めるんだろうけど、黒猫燦のザコザコ対人能力ならいっそ我王くん並みに濃い人を充てた方が良い方向に働くかもしれない。まぁ、夏波結を除くと2期生はどいつもこいつも大概濃いから五十歩百歩ではあるのだけど。
早速、黒猫燦が涙声になっていて、チャット欄がざわついている。いいんだよ、黒猫にはそれくらいで。獅子が子を千尋の谷に突き落とすと言うのであれば、あたしたちは黒猫を魔界に突き落とすぐらいのことをすべきなのだ。あと我王くん、『紅蓮の炎で焼かれたいか!』って言ってるけど、そいつは自分で自分に火を点けて勝手に火だるまになるから大丈夫だと思うよ!
『まあ今日は会話に慣れるのが目的だから細かい課題はあとで裏で話し合おうか。早速雑談、もといマシュマロ消化していきます!』
そして今日もマロ回ですか。最早お約束と化してきたね、これも。リアルタイムで追加されたものも拾うとのことなので、あたしも適当に投げておこうかな。
で、一つ目の質問は前回のコラボを終えて、それぞれの印象は変わったかというものだった。
『早速我が入りづらいマロ来たな』
本当にそれな、としか言いようがない。きっと言動に反して勤勉な彼のことだろうから、前回の2人の配信も見てるんだろうけど。
と、マロが読み上げられた後、しばし考えた様子だった黒猫燦がポツリと一言。
『まま……』
は? まま? 夏波結が? 黒猫燦の……?
『なに言ってんの!? いやほんとなに言ってんの!?』
『え、あっ……。だって、優しさが……すごい』
『それは燦が心配で、ってああもう!』
『ゆいまま……』
『なあ我、帰っていいか?』
んんん、んんんん、んんんんんっ! これは、なんというか、うーん……何か違う! 本来なら(見た目)JK同士の擬似親子関係とか大好物なんですけど! 黒猫燦に関してはそういうのじゃなくてもっとこう、ほら、ね? わからない? わっかんないかぁ! そっか、これについてはあたしが少数派なのか……。
あーあー、お互いに満更でもなさそうな感じを出さないで! そう、ほら、我王くんが居辛そうにしてるし! 次に行きましょう、次に!
『はい! 次いこつぎ!!!』
あたしの思いが通じたのか、夏波結が自分の回答もロクにしないままに次のマロへと話題を移行させた。普段なら何やってんだって感じだったろうが、今だけはこう言おう。グッジョブと。
知らぬ間に自分の中で新たな地雷が芽生えかけていたことに困惑しているうちに、あるてまに入ってよかったことについて語ってくれ、という次の質問が読まれた。
『うーん、私はやっぱり友達がたくさんできたことかな。燦とか裏ではリースちゃんともお喋りするし、リスナーの皆も友達だと思ってるよ』
『我は自分の世界が広がったことだな。もちろん、今までの我も古今東西あらゆる場所へ行ってきたが、バーチャルというのは我も初めてで毎日が楽しいと思っている……ここには平和を脅かす敵はいないからな』
夏波結は相変わらず優等生の回答だ。でも、前ほど鼻につかなくなったのは、あたしの中の彼女に対する印象が変わったからなのだろう。これからも黒猫燦の友だちであってほしい。友だちで、ね!
我王くんも相変わらずといえば相変わらずだ。というか、前から気になってんだけど、彼はどうやってこっちの世界へ来たことになっているんだろう。現世ではファンタジー物の定番である魔法陣での召喚も難しいだろうし。うーん、異世界を渡るっていうんだからやっぱりトイレかな、というか水場。あっちは魔王だけど、我王くんも王族だって自称してるし、王繋がりでたぶんイケるはず。
『私は……毎日が楽しい、かな』
そして黒猫燦、あんたがその言葉を口にすると言葉以上に重いものがあるから! くっ、我王くん以上に何かを匂わせるような言い方はやめて! 視聴者には涙腺が脆い人だっているんですよ!?
『ふっ、成長したな子猫』
『いやオマエ誰だよ』
我王くん、余裕ぶって後方腕組古参面してるけど、黒猫燦にキャラ食われかけてますよ? 大丈夫?
でも、そんな彼の発言のおかげか、黒猫燦の口調もだいぶ砕けてきている。
『はい! 次いくよ次ー』
そして、いい感じに黒猫燦の緊張が解れてきたところで、夏波結の声が入る。彼女は間の取り方とか進行とかが本当に絶妙だ。本職さんだったりするのかな、と要らない詮索を始めてしまいそうになるので、意識を次のマロに集中させた。
ええと、要は我王くんを女性ライバーとコラボさせるのはやめろ、と。中々に過激なマロだなー、と思いつつも、つい先ほど同じようなことを考えてしまったので何も言えない……!
『紅蓮の炎に抱かれろにゃ』
当の黒猫燦は何を思ったのか、煽り全開の口調で我王くんのセリフをネタにしていた。この雌猫、誰のせいであたしがこんなに苦悩してると思ってるんだ。あと、黒猫燦がそれを言うと、『お前も火だるまになるんだよ!』と道連れにしようとしているようにしか聞こえないんだよなぁ……。
『我王クンって女性人気凄いんだね』
『たぶん、これ私達じゃなくて我王神太刀さんに言ってる……』
『え!?』
まぁ、我王くんはネタキャラだけど顔が良いもんね。おまけに声も良いし、少し過激な女性ファンが付いてもおかしくない。そんな中で我王くんが女性ライバー(黒猫燦と夏波結が実はバ美肉お兄さんでなければだが)とコラボすれば、解釈違いと捉える人がいるのも仕方のないことだと思う。
どうしたって自分の中のキャラ像というものがあるのだ。現に『黒猫さんはぼっちじゃないとだめなのでコラボやめてください』というようなコメントも流れてきている。あたしはその気持ちがちょっと分かってしまう。コラボは大いにアリだけど、他の配信者と絡み過ぎても何か黒猫燦のキャラとは違う、みたいな。別に夏波結が嫌いって訳じゃないし、むしろキャラとしては好きなんだけど、それはそれって感じなのだ。
我ながらめんどくさいと思うけれど、こればっかりは譲れない線引きというものがあるのだ。たぶん、あたし以外の人たちにも色々と。
『とりあえず我王クンは後でリスナーさんに紅蓮の炎に抱かれるとして、つぎー。えー、『夏波結さん、我王神太刀くん、黒猫燦、こんばんは。コラボということでせっかくなので質問です。これだけは誰にも負けないと自信のあることってありますか? 教えてください』だって』
『あれ、私だけ呼び捨てになってるの気のせい……?』
「んあ、これあたしのマロじゃん」
ボンヤリと考え事をしていたら、夏波結が何か覚えのあるマロを読んでいた。というか、ついさっき自分が送ったマロだった。思いついたことを適当に投げてみたけど、まさか採用されるとは。きりんさんのときといい、最近は採用率が上がっているようで気分が良くなる。
『自信のあることかー。私はやっぱり人と仲良くなることかなぁ。一度お喋りしたら大体の人とは仲良くなれる自信あるよ!』
『夏波結は、そういうの得意そう、だよね』
『もちろん、燦とも仲良くなったつもりだけどね』
『ん……それは、気のせいかな』
『えー。まぁいいや、燦とは追々もっと仲良くなっていくとして、我王クンは? いつも自信ありげなキャラしてるけど』
『我か? そうだな、王族故に万事人並み以上にこなすことはできるが、誰にも負けない自信のあることに限れば即興詠唱だな』
『即興詠唱?』
夏波結が疑問の声を口にする。たぶん、聞いているほとんどの人が首を傾げたのではないだろうか。かく言うあたしも、何ぞそれ、という感じだ。
『即興詠唱は即興詠唱だ。王族である我には魔法を独自に
『あぁ、そういう設定の……』
『設定ではない! 仕様だ! もしや貴様ら、我の権能を疑っているな!? よい、今この場で我の力の一端を披露してくれる!』
1人で盛り上がっているかと思えば、1人で熱くなってまさかの即興詠唱を披露してくれるという我王くん。サービス精神の塊のような漢だと思うが、急な展開にちょっと付いていけない。コラボしている2人もどう反応していいか困っている様子だし、チャット欄でも『えぇ……(困惑)』『誰も疑ってないんですがそれは』というようなメッセージで溢れている。
しかし、唯我独尊モードに入っているらしき我王くんは意に介した様子もなく、スーッとマイク越しに深呼吸をしたかと思えば、ご自慢の即興詠唱を声高に唱えてくれた。
『其は嵐伴いし暴虐! 地を焦がし尽くす破壊の雨! されど今この一時、我が
雷鳴のような声が響いた後は、痛いほどの沈黙が場を支配していた。……お、おう、おおぅ。流石は我王くん、即興でこれ程のクオリティーの詠唱文を組み立てるなんて。ええと、実にその何ていうか、語彙が豊富ですね……?
『す、すごいね、我王クンの即興詠唱。というか、チャット欄が悲鳴で溢れてるんだけど、リスナーのみんなはどうしたのかな?』
『ふっ。いくら
『うにゃ、にゃあああ……』
『あ、あれ? これもしかして燦までダメージ受けてる!?』
『許せ、子猫。これも我の強過ぎる力が故の弊害なのだ……』
勝手に詠唱しておきながら、実害が出たら許せとかちょっと暴君の資質もありそうですね。
そして、夏波結の言うとおり、チャット欄は阿鼻叫喚の様相を呈している。中にはノリで悲鳴を上げている人もいるようだけど、『何で俺が昔に考えてた詠唱を我王が知ってんの(真顔)』とか『やめろ……やめろ!!!』とか、結構ガチでダメージを受けている人の方が多そうだ。
『き、気を取り直して次は燦に聞こうかな! 燦、もう大丈夫?』
『……にゃ、大丈夫。ちょっと古傷が痛んだだけだから』
『何? 子猫、もしや貴様も
『我王クンはちょっと黙ってようか』
再びの我王ワールドの展開を防ぐ、夏波結の迫真のインターセプトだった。
『えっと、誰にも負けない自信のあること、だよね』
『そうそう。燦の得意なこととか何でも言ってみるといいよ!』
夏波結の後押しを受けた黒猫燦は、少しの間を置いてこう答えた。
『…………顔?』
『んぶふっ』
画面越しに夏波結らしき人が吹き出す音が聞こえた。あたしも飲んでいたコーヒーが気道に入って思いっきり咽せた。
もちろん、この配信を見ている奴らが、こんな美味しい発言を聴き逃すはずがない。『すんごい自信家で草』『同期のチャンネルで全世界の女子に喧嘩を売った雌猫』『これが炎上案件ちゃんですか……』『これを生放送で言うんだから逆に尊敬する』『自己評価高いのか低いのかこれもうわかんねえなぁ』といったコメントがチャット欄を爆速で流れていく。
黒猫燦だけが、どうしてこんな反応になっているのか分からないといった感じで戸惑っている。この反応ってことは本気でそう思ってるんだ、すごいな……。
『さ、燦? それ本気で言ってる?』
『え、だって他に自慢できることとかないし……』
『自信あるのかないのか分かりかねる回答は控えよ黒猫ぉ!』
絶句していたと思しき我王くんが全力でツッコんでいった。
いや本当に、基本的に自己評価低そうな黒猫燦が、まさか誰にも負けない長所として自分の顔を挙げるとは思わないじゃないですか。お調子者がふざけた感じで言うんだったらネタにもできたんだろうけど、黒猫燦は素で言ってるっぽいからネタにしていいのか戸惑うよね。
『えっと、じゃあ燦は相当な美少女ってことだね』
『うん。夏波結とか見たらビックリすると思う』
『ほ、ほほう? じゃあ、いつか燦の美少女顔を拝める日を楽しみにしてるよ』
そう答える夏波結の声が若干引き攣っていたように聞こえたのは気のせいだろうか。きっと気のせいかな。
まぁ、その後も我王くんが黒猫燦と夏波結のどちらが好みか聞かれて困っていたり、ついでの如く黒猫燦が貧乳ネタを弄られて――いや、あれは自爆だったか――叫んだり、乳デカビッチ呼ばわりされた夏波結がガチトーンを出したりと相変わらずドタバタしながらも、この日の配信は終了した。
今日の配信始めの頃はどうなるかと思ったけど、最後の方は黒猫燦もかなり力を抜いた状態で話していたように思う。それもこれもコラボした相手が良かったんだろう。今日の配信は間違いなく、黒猫燦のタメになったはずだ。
配信が終わると同時に、ウーンと伸びをする。凝り固まった身体が解れて気持ちがいい。しかし、いつ聞いてもカロリーを消費させられる内容だ。おかげで夜も遅い時間だというのに小腹が空いてしまった。確かリビングにお菓子が置いてあったはずだから、椅子から立って取りに行くことにした。
しかし、黒猫燦のリアルは美少女顔だという。一体どれほどの美少女具合なのか、それを考えるだけで何となく楽しい気分になる。お菓子を取りに階段を降りる足もつい弾んでしまう、そんな夜だった。
◇ ◇ ◇
さて、問題の黒猫燦と祭さんのオフコラボを明後日に迎えた金曜日。週末ということで浮ついた空気が漂う中、今日も授業は滞りなく終わり、放課後の時間を迎えていた。夏が近付くにつれ、日没までの時間が長くなる。すると、自分たちのような学生の足は遊びの場へ向きやすくなる。
「メルメルメルメルー! 親睦会だぞー! カラオケ行こうぜーい!」
あたしの友人たちは特にそういう人が多い。それが学校という抑圧からしばらく開放される金曜日の夕方であれば尚更だ。解放感をタックルという形でぶつけてくる友人を、廊下のど真ん中で受け止める。彼女はぶつかった勢いそのままにあたしに身体を擦り付けてきたが、しばらくすると悲しそうな表情を浮かべた。
「……かたい」
「ぶちころがすぞわれ」
おいこら。人の身体に頬擦りしておきながら、言うにこと欠いてそれか。硬くないから。ふっくらやわやわだから……!
「あんたらカラオケ好きだね」
「まぁね。ってか、メルもよく行ってるじゃん」
まぁね。みんなで行って楽しむのも好きだし、ヒトカラで自分の歌いたい曲をひたすら歌うのも好きだ。
「っていうか親睦会? 初めて聞いたんだけど」
「決まったのさっきだからねー。それに今日は小林くんも来るんだって! ねぇ、メルも行こうよー!」
へぇ、小林くんがねぇ。確かサッカー部だったっけ? 部活で忙しくてこういうのにはあんまり参加できないっぽかったけど、今日は休みだったのかな。そして気付いたら、いつの間にやら今日の親睦会に参加すると思われるメンバーが集まってきていた。しかし、肝心の小林くんの姿が見当たらない。
「その小林くんは?」
「他に来る人がいないか聞いて回ってるみたーい」
はー、マメだこと。まぁ、そういう気遣いができるから人気もあるんだろうね。あたしは興味ないけど。
そんなことを思いながら、ぐりぐりと身体を押し付けてくる友人をあやしていると、小林くんが教室から出てきた。
「振られちゃった」
小林くんは苦笑いしながらそう言った。ほう、女子人気トップクラスの彼からの誘いを断るなんて中々できることじゃないぞ。
こっちに近付いてきた小林くんとあたしの目が合う。次には『カラオケ一緒に行かない?』的なことを言われるのだろう。だから、あたしは先手で一言。
「あたしはパスね」
今日は黒猫燦が配信するって言ってるからね。
小林くんは『2連敗だ』と苦笑いを深くした。彼にとって断られることの方が珍しいに違いない。まぁ、人生そういうときもあるさ。元気だせよ、色男。
みんながみんなゆいくろ派って訳でもないんだよ、みたいな回。誰だって心の中に少なくない地雷を抱えているものです。
主人公は、黒猫燦が他の配信者とコラボするのは全然いいけど、特定の誰かと仲良くなったりするのが若干地雷。別に相手がゆいままだから地雷って訳でもない。
視聴者みんなの黒猫燦であってほしいという変な独占欲を抱いていて、それが原因。黒猫燦に関してはめんどくさくなる黒猫厄介さん。
なお、黒猫燦のことは別に好きでも何ともないと言い張る模様。