黒猫燦なんかに絶対負けないつよつよ現役リア充JKのお話   作:津乃望

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文字数がまた増えそうなのと、雨とコロナのせいでお家に帰れないで心が折れそうなので前半部分を分けて投げます。早ければ明日には残りを投げたいです。


8話 低血圧系少女とJKの詩(上)

 日曜日、またの名を安息日ともいう七曜のうちの一つ。この曜日は、神様がこの世界を7日間で創造したことから来ていると聞いたことがある。そして、実際は6日間で創り上げてしまって、この日曜日を丸一日休憩に充てたのだとも。

 流石は神様といったところではあるが、そんな御方でも7日のうち1日は休みを取らなくてはいけないのだ。創造神に比べればちっぽけな存在である人間であれば、何をか言わんやである。つまり、あたしたち人間の日曜という休みは、神様によって保証されているのだ。

 

「はぁ……はあっ……」

 

 その日曜という休日の日に、何故あたしはママチャリを前に進めるべく、必死こいてペダルを漕いでいるのだろうか。休日とは、それまでの6日間で溜めた疲れを癒すための時間であるというのに。

 答えは既に知っている。17年という、あたしのそう長くもない人生で嫌というほど実感した答えだ。つまり、我が家では異国の神様の教えよりも、母の命令(教え)の方が重視されるというだけの話。

 

「だからって、わざわざ駅前まで買い物に行かせるとかほんとおかしい……」

 

 しかし、理解はできても納得できているかというと、それはまた別のお話。むしろ口からは母の正気を疑う言葉がつらつらと(こぼ)れていく。だって、わざわざ有名店の食パンを食べたいという理由だけで、可愛い娘にこんな夏も間近の陽気の中を自転車で買いに行けと命じるのだ。不満の一つや二つ、三つや四つも出てくるというものだ。

 普段なら出不精の兄に代わってもらうのだけど、今日に限って外出中と来やがる。いったいどこをほっつき歩いていやがるのやら。

 恨み言の対象に兄を加えながら、籠の中に目当ての食パン(たかが食パンに30分も待たされた!)を叩き込んだあたしは、休日で人がごった返す人波の中を縫って自転車を漕ぐ。人にぶつからないように慎重にハンドルを操作するのだけど、今度は脚の動きが疎かになり、推進力を失った自転車ごと倒れそうになってしまった。

 

「無理、降りよ……」

 

 早々に乗ることは諦めて、自転車を押すことにした。重いし面倒だけど、こうすれば余程のことがない限り、自分も歩行者も怪我をすることはないだろう。

 えっちらおっちらママチャリを押しながら歩いていくと、駅の方から今しがた降りてきたであろう人並みが追加された。降りてくる人は若者が多く、みんな少なからずお洒落に着飾っている。誰もが休日を楽しむ気満々だ。そんな中、食パンを買いに遠出してママチャリを押す自分の何と惨めなことか。

 ……いや、そんなあたしにだって今日という日を楽しむコンテンツがあるじゃないか。なんといっても今日は黒猫燦と祭さんのオフコラボ当日、あと1時間もすれば配信が始まる。あたしはそれを楽しみにこの一週間を過ごしてきたのだ。……だっていうのに、配信1時間前に何であたしはママチャリを押してるんだろうなぁ! あー、思い出したらまた怒りが沸々と湧いてきた!

 

「もし間に合わなかったら絶対に許さないからね……」

 

 そう思いを強くし、1秒でも早く家に帰ろうと力を込めようした、その時だった。

 

「あれ?」

 

 次々と駅構内から吐き出される人並みの中に、最近よく知った顔を見た。

 

「黒音さん……?」

 

 口から出た言葉がつい疑問の形を取ってしまったのは、彼女が普段とは違った姿をしていて、本人だと分からなかったからだ。あたしが知っているのは、制服姿の黒音さんだけ。だけど、今日の彼女は初めて見る姿をしていた。

 自分の周りで楽しそうな声を上げる若者たちと同じ他所行きの姿。濡羽の髪と同じ色をした黒のワンピースは、まず間違いなく彼女の私服だ。

 

「はぁあああん?」

 

 え、えっ、ちょっと待ってちょっと待って。え、何あの美少女は? あれ、黒音さんだよね? いや、あたしが黒音さんを見間違えるはずないんだけど、あまりにも制服を着ているときと印象が違ってて、一瞬、自分の中で自信を失いかけてしまった。それぐらいに今日の黒音さんは違う。普段の彼女ももちろん美少女なんだけど、今日は私服効果も相まって超美少女って感じだ。

 うわー、黒音さんってば何でアレが着られるんだろう。いや、間違っても馬鹿にしてるとかじゃなく、あの黒のワンピースを着こなせる自信に驚愕しているのだ。だって、自分が同じ服を着てたって絶対に似合わない。あたしという人間とワンピースの組み合わせは最悪と言っていいくらいだからだ。だからこそ、自分の似合わない服を完璧に着こなしている彼女に、心から感心してしまう。

 遠巻きに見ているあたしでさえもその美少女具合に目を焼かれているのだ、周りの人間が彼女の存在に気付かない訳がない。不躾に声を掛ける輩はいないが、通り過ぎる人の多くがチラチラと視線を送っていた。まぁ、肝心の本人はスマホの画面を見るのに忙しいようで、周りの視線になど一切気付いた様子もないのだけど。

 

「危なっかしい……」

 

 前々から思っていたのだけど、黒音さんはどうにも警戒心が薄いように思える。自分が周りからどう見られているかについて無頓着というか、ぶっちゃけてしまえば絶好のカモにしか見えない。

 あ、なんか男2人が黒音さんを指差して何か言ってないか!? どうせ『あの子ちょー可愛くね?』『ちょー可愛い。どうする、イっとく?』『いいねいいね。ああいう子に限って根はドスケベであっさり付いて来たりして』『下着は黒の際どいやつとか履いてたりしてな!』とか話してるんだろ!?

 あんな見た目清楚の黒音さんがドスケベな訳ないから! 黒の際どい下着とか履いてるはずないから! もしも本当に黒音さんがドスケベで黒の下着履いてるようだったら、あたしを木の下にでも埋めてもらって構わないよ! それぐらいあり得ない話だから!

 

「あ、あっ、まずい」

 

 とか何とかバカなことを考えているうちに、さっきの野郎2人組が黒音さんの方へ歩いていく。その表情は遠目にも緩みに緩み、軽薄さを隠し切れていない。このままでは、黒音さんがお持ち帰りされてしまう。そして後日、あたし宛に『ウェーイ、オタクちゃん見てるー?』みたいな動画が送られでもしようものなら耐えられる自信はないぞ……!

 黒音さんが野郎2人に気付いている様子はなく、相変わらずスマホの画面を凝視してはアワアワしている。可愛い……じゃない、少しは周りを気にして!

 

「もう、あたしが行くしか……」

 

 見知ったクラスの男子相手ならまだしも、顔も名前も知らない男たちの前に出ていくのは正直怖い。だけど、ここであたしが出て行かなければ、きっと黒音さんには良くないことが起こることは想像に難くない。クラスメイトの貞操がみすみす奪われるくらいなら、自分が矢面に立つくらいなんてことはない。

 覚悟を決めたあたしは、自転車をスタンドを立てた状態で路肩に停めて(撤去されないことを祈る)、駅の方へと向かう。大丈夫大丈夫、いくら男だからっていきなり乱暴はしないはず。だからハッキリ言ってやるのだ、この子にはあたしとの先約があると。この子はあたしのと、友達と言ってやるのだ! 状況が状況だから! 友達って嘘ついたってセーフ! 合法! やったー!

 変な感じにテンションが上がって、鼻息が荒くなっていることを自覚しながら黒音さんの方へ近寄り……そこでさらに彼女へと近付いていく女性の姿を見た。

 

「…………ぉう」

 

 美人さんがいた。それもただの美人さんじゃない、どえらい美人さんだ。黒音さんはもう一目で美少女って感じだけど、その人を言い表すならば美人以外の言葉がなかった。パンツルックの涼しげな装いは、まるでこの蒸し暑さを感じていないように涼しげで、そんな美人さんが美少女(黒音さん)に近付いていく様子を、あたしは足を止めてアホのように見ていることしかできないでいた。

 美人さんが声を掛けると、肩を跳ねさせた黒音さんがゆっくりと顔を上げた。彼女の表情から読み取れるのは驚きと困惑、そして緊張の中でも見える安堵といった感情だった。2人の間でどんな会話がされているのかは、遠巻きに見ているだけのあたしには分からない。でも、黒音さんの表情を見ていれば、全くの他人から話し掛けられた様子でないことくらいは読み取れた。

 

「良かった、知り合いの人か」

 

 黒音さんにあんな美人さんの知り合いがいたなんて驚いた。なんかわちゃわちゃと手を振って焦っているみたいだけど、悪い雰囲気ではなさそうだし大丈夫だろう。……あぁ、ちなみにさっきの野郎2人はどえらい美人さんの登場で尻込みしたのか、いつの間にか姿が見えなくなっていた。大人しそうな相手にしか強く出れない奴ってのはどこにでもいるもんだね。

 

「……さて、帰るかな」

 

 不逞の輩が黒音さんから離れたのなら、あたしがこの場所に留まる必要もない。帰りが遅ければ母親に文句を言われかねないし、何より配信の開始に間に合わないかもしれない。それだけは避けなくては。

 置いていた自転車の方へ足を向けるその前に、もう一度、駅の方へ振り返った。黒音さんと美人さんはまだそこにいて、少し立ち話を続けたかと思えば、スマホを持った黒音さんが先導する形で反対方向へと歩いていった。

 あっちは確かカラオケとかがあったと記憶しているけど、黒音さんもカラオケで歌ったりするんだろうか。だとしたら意外だ。しかも、あんな飛び切りの美人さんを連れていくなんて。

 けど、少し安心した。黒音さんに友達はいないと勝手に思い込んでいたけど、こうやって休日に遊びに行くような人が1人でもいると分かったから。だとすると、これはあたしにとって好機でもある。黒音さんに友達がいるということは、あたしにだって彼女の友達になれる可能性があるということなのだから。

 偶然による新しい発見に気分を良くし、また明日からの黒音さん観察を頑張ろうと意気込んだ……そのつもりだったのに。

 

「……あれ?」

 

 おかしいな。休みの日に一緒に遊びに行けるような人が黒音さんにもいると知って安心して、あたしだって黒音さんの友達になれるかもって希望が見えたはずなのに。

 どうして、あたしの心はこんなにもモヤモヤしているんだろう。




メルちゃんの視力は2.0です。ちなみに、お兄ちゃんはメルちゃんのお友達とデートしてた(実は正式にお付き合いしている)(メルちゃんの友達の気が大学卒業まで変わらなければ結婚の約束までしている)(メルちゃんは知らない)

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