スランプ   作:焼き鯖

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第1話

 スランプ、というものほど嫌なものわない。

 

 自分の信じたものが信じられなくなる。その感覚が気持ち悪いし、嫌いだ。

 

 だから僕は、出来るだけスランプの期間を作らないようにしている。音楽を聴いたり旅行に行ったり、好きな本を読んだり。時には合法的にトべる薬も使う。そうやって創作意欲を枯らさないようにしてきた。

 

 だけど、もう三週間もろくに書いてない僕の今のこの状態は、誰がどう見ても。

 

 

 

「……スランプだ」

 

 

 

 僕はその場にごろんと寝転ぶと、クアーっと伸びをして窓の外を見る。

 

 花びらが少し散って、まばらながらに新緑の葉っぱが目立つようになってきた桜。花に嵐なんて言葉通り、いつもなら早々に散ってしまうはずなのに、今年はほとんど残っている。多分、今はやりのウィルスのせいで、この下にある公園でいつもやっている馬鹿な花見客がいないからだろう。

 

 

 

「……散歩しよう」

 

 

 

 思い立ったが吉日である。僕はぱっと起き上がると、掛けてあったジャケットを無造作に羽織って外に出た。

 

 外には、僕以外に誰もいなかった。まあこのご時世、むやみやたらに外に出る物好きはいないだろう。

 

 僕は予定通り、下の公園へ桜を見ることにした。

 

 近くの坂を下ると、予想通り、公園には誰も居なかった。無論、奥にある桜の木の下にも、誰もいない。

 

 僕はラッキー、とつぶやきながら、木の根元に腰を下ろした。春特有の温かくも少し肌寒い風が頬を撫でながらサァーッと抜けていく。

 

 ぽかぽかと暖かい陽気が体を包む。そのままいけば眠りの世界にいざなわれてしまいそうだ。こうしている間にも、僕の瞼はどんどんと垂れ下がっていく。まぁでも、このまま眠りの世界に誘われても────

 

 

 

「……ねぇ……」

 

 

 

 ……と思ったところで、幼女の声によって目が覚めた。

 

 ……いや、幼女というよりは痴女と言ったほうがいいかもしれない。

 

 何故なら薄目を開けた先にいた声の主というのは……アザラシの被り物を被った、マイクロビキニの変態幼女だったからだ。

 

 

 

「……ねぇってばー」

 

 

 

 また話しかけてきた。こういうのは無視するに限る限る。

 

 

 

「……ちょっと、なんで無視するのよ」

 

 

 

 そりゃそうだよ。だって痴女だもん。

 

 

 

「……あ、そっかー。神であるこの私ににびびってるんだー」

 

 

 

 若干煽られているような気もするがそれでもここは無視を決め込む。すると、これ以上やってもつまらないと悟ったのか、変態幼女は何処かへ行ってしまった。

 

 やれやれ、漸くあのめんどくさそうな奴が行ったか。気づかれないようにこのまま帰ろう────

 

 

 

「やっぱり貴方、起きてるじゃない」

 

 

 

 と思ったら、先ほどの幼女が木の上からパッと再び現れた。どうやら僕が起きる事を見計らって先回りしていたらしい。

 

 

 

「ねぇ、暇なんだけど」

 

 

 

 そんなこと知るかと心の中で毒づきつつも、優しい僕は丁寧に答えていく。

 

 

 

「仕方ないよ。今のこのご時世じゃあ、自粛自粛でどこの店もやってないんだ。恨むんならこんなものばら撒いた誰かに言ってくれよ」

 

 

 

「むー……確かにそうね……ちょっとやりすぎちゃったかも……」

 

 

 

 訳の分からない事を呟きながら、幼女は僕の隣に腰を下ろした。正直言ってやめてほしい。変な目で見られそうだから。いや、今日はそんなに人はいないと思うけど。

 

 

 

「そう言うあんたも、暇なの?」

 

 

 

「はぁ?」

 

 

 

 思わず聞き返してしまった。

 

 

 

「まぁ……暇だよ。ポンコツだかドポンコツだかなんだか分からないけど、ここまで人を暇にさせてさ、娯楽の一つもよこしゃしないんだもん。おかげでこっちも全く小説が書けなくてさ」

 

 

 

「へぇ、君、小説書いてるんだ」

 

 

 

「そう。19の時から書き始めて五年目。まぁ鳴かず飛ばずなんだけどさ、コンスタントに書き進めて、やっと食べられるようにまでなったんだ。で、そんな僕の唯一の取り柄は、スランプにならないことなんだけど」

 

 

 

「スランプにならないこと?」

 

 

 

 コテンと首をかしげる幼女に、僕は更に説明を続ける。

 

 

 

「そっ、僕はスランプが嫌いなんだ。自分の信じたものが分からなくなるし、何より書けないっていうのが一番苦痛でさ。だから僕は音楽聞いたり好きな本読んだりして創作意欲が枯渇しないようにしてたんだけど……」

 

 

 

「飽きちゃったの?」

 

 

 

「まぁ有り体に言えばね。いくら好きな音楽でも本でも、ずっと同じじゃつまらない。新しいものを探そうにも、店なんてやってるわけもない。あ~あ、なんでこんなことになっちゃったのかねぇ」

 

 

 

「……そっか」

 

 

 

 小声でそんな事をつぶやいた後、幼女はすっくと立ちあがった。

 

 

 

「私もさ、今のこの人間界に退屈してたんだよ。今の人間ってすっごく傲慢でしょ? だから、誰が一番上か分からせてやろうと思って」

 

 

 

 そのまま幼女はまた訳の分からない話をし始めた。

 

 

 

「でもさー、ここまで人がいなくなると、張り合いなんてなくなるわけよ。こっちとしてはさー、みんな大騒ぎするだけで終わるだろうと思ってたんだけど、まさか人がいなくなるまでとは想定してなかったわけよ」

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 

「だからさー、私もつまんなくなっちゃった。慌てふためく人間の様子を見て面白おかしく笑ってやろうと思ったけど。そんな気も失せちゃったわ。一週間くらいまでにばらまいたもの全部回収しておくから安心して」

 

 

 

「え、ってことは……」

 

 

 

 さぁー帰ろー、と謎の幼女は間延びした声でそう言うとぴょこんと立ち上がってすたすたと行ってしまった。まるで僕のことなど初めからいなかったように、いとも簡単に、そっけなく。

 

 

 

「……ちょっと、待って」

 

 

 

 思わず、呼び止めてしまった。幼女がクルリと振り返る。

 

 

 

「さっきから死神とか、人間界とか、変なことを言ってるけど……君は一体……」

 

 

 

「私-? それはねー……」

 

 

 

 にやりと意味ありげに笑った彼女はもったいつけたように口を開いた。

 

 

 

「……今はまだ、教えないかな。君がもうちょっと生きた時に、また会うことにするよ。それじゃあまたね、小説家さん?」

 

 

 

 そのまま彼女は消えた。文字通り、ぱっと。手品師のように消えてしまった。

 

 僕は何が起こったか分からず、ただただあんぐりと口を広げて、間抜けに驚くだけだった。

 

 そんな間抜けな僕を笑うように、風が一筋ひゅうと流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「……すげー、本当に一週間で収まってるよ」

 

 

 

 あの日から一週間後、僕はテレビに張り付いてニュースを実地見つめていた。

 

 あの幼女の言うとおり、ウィルス騒動は沈静化していた。このままいけばあと数週間でほぼ全ての感染者は消えていくらしい。

 

 あの子は一体何者だったのか、それは今になっても分からない。分からないが、あの子と出会って、変わったものが一つある。

 

 それは。

 

 

 

「さぁ、今日も書くか」

 

 

 

 僕のスランプが終わりを告げたという事である。

 

 

 

 

 

 

 

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