彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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三日目 午前

  

 

 

 朝起きて俺が最初に実行した動作は、頭を抱えることだった。昨日の醜態が頭の中をよぎり、呻き声が口から漏れている。

 

 

 俺、なにしてんの……。

 

 

 スタンドが見えない二人の前で、スタンドに殴りかかろうと暴れて、あげく強制的に気絶させられるなんて……ジョセフとシーザーに申し訳なさと気まずさで顔合わせられねぇ!

 

 うわぁぁぁぁ、ジョナサンとディオに続いて、また俺の印象が変な人間で固定されてしまう!

 

 なんとか誤解を解かないと、俺の人格の尊厳まで危ないのではなかろうか。

 

 

 

 しかし、何故そういった行動をとったのかと説明するには、スタンドについても教えなくてはならず。

 

 じゃあなんでそんなことを知っているかと聞かれたりすれば、俺はあの二人に隠し通す自信がまったくない。

 

 

 スタンド能力についてだけ話せばいい?俺が余計な口を滑らしたら終わりだろうがっ!

 

 

 自分自身に対する信用のなさに少々うなだれるが、このままだとやはり幻覚症状と疑われて、心配され続けるのも嫌なので。

 

 

 

「幽霊が見えるぅ!?」

 

「そいつだけな」

 

 

 

 

 霊感青年・ヘーマ君誕生です。

 

 

 

 

「その、大丈夫か?」

 

「露骨に信用されてない!」

 

 

 気遣わしげに聞いてくるシーザー……とうわぁ、という表情のジョセフ。

 

 軽い口調で説明した俺も悪かったけど、あからさまな引き顔に泣くぞコラ。

 

 

「げっ……わかった、わかったから泣くなよ~、ほ~らイイ子~」

 

「泣いてねえ」

 

「今にも泣きそうだぞ……ああ、やはり熱も高いな」

 

 

 熱が上がって感情が不安定になっているんだろう、とシーザーが俺の脇に挟んでいた体温計を取って言う。

 

 ハンカチで俺の目元を拭ってから、シーザーはタオルを絞りなおして俺の額に乗せる。……おかんがおる。

 

 

 うーうー唸る俺を困った顔で頭をかくジョセフだったが、なにか思いついたのかぽんと手を叩く。

 

 

「んー、じゃあ証拠。な~んか幽霊がいるってバッチリわかるよーな証拠ってねぇの~?」

 

「証拠……」

 

 

 ジョセフの提案に、俺はふよふよと宙に浮いているスタンドを見上げる。なにか証明できる?と内心で問いかけてみると、そいつは指で丸を作った。

 

 そしてジョセフの近くにふよふよと移動してくる。

 

 何をするんだろうと俺がじっと見ていると、スタンドはおもむろにジョセフに手を近づけて。

 

 

「いだだだだだっ!」

 

「JOJO!?」

 

 おもいっきり彼の頬をつねり上げた。

 ひどい、引っ張るんじゃなくてねじっている……!

 

 ジョセフがどうにか痛みをなくそうともがいているが、スタンドに生身の人間は触れないためつねる行為を止められない。

 

 そろそろ離してあげて、と念を送ってみると、スタンドはすぐにジョセフの頬から手を離した。

 

 

「い、今のが幽霊かぁ!?」

 

「JOJOの顔が勝手に変形しているように見えたぜ……」

 

「ああ、うん、おもいっきりつねり上げていたよ……」

 

 

 ごめんジョセフ、と俺が謝ると痛みで少し不機嫌そうなジョセフは別にいいと顔をしかめていた。

 

 

「おー、いってぇ……つねられてる感触はあるってのに、触れねぇとは……こいつぁ、マジで幽霊だぜ!」

 

「ヘーマさん、俺も確かめてみたい。幽霊に俺の手に触れるように伝えてくれ」

 

 

 好奇心が刺激されたのか、少し目を輝かせているシーザーに苦笑を向け、俺はスタンドにシーザーと握手してくれないかと念を送ってみる。

 ジョセフの横に佇んでいたスタンドは、シーザーの正面に回ると彼の手を取った。

 

 

「おお……見えない、見えないのに触れていると感じる!しかし、これは……女性の手か?」

 

「……おめえー、そんなことまでわかんの?」

 

 

 見えないスタンドの手の感触に楽しそうなシーザーだったが、スタンドの手袋をしているとはいえ華奢な手に気づいたようだ。

 

 さすがスケコマシ担当。嫌そうな顔を隠しもしないそこのジョセフ。安心しろ、俺も同じ気持ちだ。

 

 

「凄いな、シーザー。たしかに幽霊はどっちかというと女性的だ」

 

「そうか、やはりな。

 俺に、君の可憐な手を取る栄誉を与えてくれて嬉しいよ。この手に似合う指輪の一つも持っていない俺を許して欲しい……いつかきっと、君に似合う指輪を見つけてみせる。

 それまで、どうか俺のことを忘れないでくれ。誓いのキスを君に」

 

 

 そう言って、シーザーはスタンドの手にキスを落とした。

 

 

 ……こいつ、幽霊まで女と知れば口説いているだと……。

 

 

 節操のないことを呆れればいいのか、スタンドでさえ口説くスケコマシっぷりに感嘆すればいいのか。

 

 俺はどんな表情をするのが正しいのだろうか。

 

 ふと反応が気になって、ジョセフの方を向いてみる。

 

 

 なにやら、必死に目を凝らしている。

 

 

「ジョセフ、何してんだ」

 

「いやぁ~、俺にも見えないかなーって思ってよぉ」

 

「多分無理じゃないかなぁ」

 

 

 今のところ、とつくけれど。

 どうせ五十年後には見えるようになるよ……見えないほうが良いのかもしれないけれど。

 

 見えなければ、ディオは海の底で眠っているということだ。物語は始まらない……悪のカリスマが存在しなければ、巻き込まれる人も少なくなるだろう。

 

 ただ、それでも嘆く人は無くならない。

 

 スタンド使いは遥か昔から存在する。ディオが関わって生まれたスタンド使いなんて、多くない。

 

 

 悲劇はそうそう覆ることはない。

 

 

 

「シニョリーナの幽霊はヘーマさんの願いは聞くんだな」

 

「……いや、どうだろうな」

 

 

 しみじみと羨ましそうに言うシーザーに苦笑しか浮かばない。シニョリーナって。お嬢さんって。お前スタンドの年齢まで手から把握したのかよ。

 

 それと俺の言うことを聞くというのも頷きがたい。スタンドが暴走しているからこそ、俺は臥せっているのだから。

 

 

「実験してみねぇ?幽霊がちゃんと言うこと聞くかど・う・か」

 

「ジョセフ~」

 

「いや~、こういうトコロってハッキリさせたほうがいいと俺思うんだよねン」

 

 

 椅子の背もたれに顎を乗せ、物凄く楽しそうに笑顔を浮かべるジョセフ。俺は実験体か。

 

 

「ま?安全第一ということで?水でも持ってこさせたらいいんじゃないの」

 

「水ね……」

 

 

 そういえば、ジョセフの孫が主人公だったときに、刑務所のなかにスタンドがいろいろ持ち込んでいたなぁ。あれも暴走状態といえばそうだったから、俺のスタンドでもできるかもしれん。

 

 

 ためしにと水を持ってきてと念じてみる。

 スタンドはこくりと頷いたあと、指をパチンと鳴らすような動作をした。

 

 ちょ、まて、なんか嫌な予感が……!

 

 

 スタンドを止めようにも間に合わず、突然、大量の水が頭上から一気に落ちてきた。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……わるい、ヘーマ」

 

 

 水が掛かってびしょびしょに濡れる俺。

 

 呆気にとられるシーザーと、引きつった顔で謝罪するジョセフを俺はジト目で見た。

 

 

 ……やっぱり俺のスタンドは制御不能の暴走中だった。

 

 

 ジト目を続ける俺を、正常動作に戻ったシーザーがひょいと抱き上げた。

 

 

「JOJO、まずは濡れた布団とシーツを換えてしまおう。俺はヘーマさんを着替えさせておくから、その間に終わるようにしろよ」

 

「ちょ、俺だけでかよ!」

 

「お前の提案でこうなったんだ。文句あるのか」

 

「……なーいでぇす」

 

 

 すたすたと俺を抱えたまま部屋を出て行くシーザー。最近の十三歳は力があるなぁ、と濡れて少し寒い手足をさすりながら、俺は素直に運ばれていった。

 

 

 抱き上げてる体勢?病人に優しい体勢だ。あとは聞くな。

 

 

 


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