彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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五日目

 

 

 

 うっすらと目を開ける。その少しの動きでも自分の思うようにならなかった。

 

 

「ヘーマさん」

 

 

 声に反応して目を左に向ける。シーザーだ。少し眉をよせ、ほっとした表情を浮かべている。

 

 俺は、どれくらい寝ていたのだろう。

 

 

「まずは水を。含むだけでもいい……一日以上眠ったままだったんだ」

 

 

 シーザーの腕が俺の肩を抱え、コップの縁を唇にあてる。流し込まず、唇で舐めるように水分を得ていく。ゆっくりゆっくり繰り返し、どうにかコップ半分程度の水を飲み終えた。

 

 

「何か食べれそうか?果物をすりつぶしてくる」

 

 

 俺をベッドに横たえなおしたシーザーは、コップを持って部屋を出ていく。

 

 

 そうか、もう彼らが来て五日目になったのか。四日目は丸々眠ってしまったなぁ。

 

 

 ふう、と吐く息が熱い。

 

 

 ジョナサンとディオのとき、彼らは五日目の午後三時に帰った。もしかしたら、ジョセフとシーザーも同じように帰るかもしれない。

 

 もうちょっと、話していたかったけれど。

 

 

 

 ぼやけた頭のなかでそんなことを考えていると、ジョセフが部屋に飛び込んできた。

 

 

「ヘーマ」

 

 

 俺の名前を呼び、そっと額に手を置かれる。よほど今の体温が高いのか、見た目体温高そうなジョセフの手が冷たくて心地よい。目を細めるとジョセフは途方に暮れたような顔をした。なに、泣きそうになってるんだ。

 

 

「ごめんな、俺が水ぶっかけちまったから……」

 

 

 どうやら落ち込んでいるらしい。水は確かにジョセフの提案した実験で頭から被ったが、実行したのはスタンドな上に俺が倒れた原因は自業自得だ。ジョセフのせいではない。

 首を横に振るが慰められていると感じたのか、彼はより顔をしかめる。

 

 

 

 ああ、ジョセフがおとなしいとまるでジョナサンがそこにいるようだ。

 

 

 思わず手を伸ばす。

 

 

「ばかやろう、ジョセフのせいじゃない」

 

 

 よくはねた髪は癖があって少し硬い。頭を撫でようと思ったが、想像以上に体が動かなくてジョセフの髪をつかむだけになった。ついでにぐいと引っ張ると、素直に頭を引き寄せられてくる。

 

 

「おれがあのあとバカやったんだ。いいか、おれの、考えなしが原因なんだ」

 

 

 真っ直ぐにジョセフの瞳を覗き込みながら言う。

 

 

「おまえのせいじゃない。だから、わらえバカ」

 

 

 ジョセフの柔らかい頬を摘んで左右に引っ張る。無理やりに笑みの形にした顔は、ジョセフの顔が整っていることもあって酷く滑稽だった。

 

 

 

 俺は笑う。

 

 

「わらってくれ」

 

 

 

 彼は歪に、誰が見ても失敗したと思える顔で、笑った。

 

 ……ありがとな、ジョセフ。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 戻ってきたシーザーの手から摩り下ろしたリンゴを食べた後、俺は二人が今日帰るかもしれないということを伝えた。

 

 ジョナサンとディオのときもそうだったことも伝えると、二人は驚き、そしてじっと俺を見た。

 

 

「ふあんそうに、みるな。おまえらは帰るんだ」

 

 

 俺の体調が悪化したのを心配しているのだろう、シーザーはしかめっつらだし、ジョセフは口を真横に引いて黙っている。

 

 本当に、人がいい奴等だ。

 

 

「やること、あるんだろ」

 

 

 二人は交互に俺の世話をしながら、いつもトレーニングを重ねていた。ろくに場所もなかっただろうに、制限された中でも手を抜くこともなく。

 

 実際に見ていないから、スタンドの絵と想像するだけになるけれど。

 

 

 

 

 彼らはやらなければならないことがある。

 

 

 

 

 黙ったままの二人を見て、なにか渡せるものはないかと考える。

 ジョナサンとディオにはいろいろ準備ができたけれど、今回俺は寝てばかりだったから何も用意できていない。

 

 

 必勝祈願のお守りとか買ってきたかったなぁ。あと、健康長寿も。二人はいろいろ怪我をするから、交通安全でもよかったかもしれない。

 

 

 

 

 

 ――本当は、死ぬかもしれない彼らに、ゲームや漫画の復活アイテムでも渡したい。

 

 

 

 

 だって、今は修行中なんだろう?

 

 数日後……修行が終わった後、戦いに向かうんだろう?

 

 生存競争に、種族的に不利な相手に、命を張って立ち向かうんだろう?

 

 

 

 そしてその後。

 

 漫画では。

 

 

 

 

 そう、漫画では。

 

 

 

 

 脳裏に浮かぶのは、血に塗れたシーザーの姿。瓦礫の下から流れ出てくる、赤い赤い液体。

 

 

 

 いやだ。

 

 

 

 スタンドでさえも口説く姿、ジョセフを叱る怒った顔、くだらない冗談に呆れた表情……俺を褒めたときの優しい笑顔。

 

 

 

 ――ジョセフのせいだ。しおらしい顔をしているから、あいつにジョナサンが重なってしまった。

 

 俺は彼を見殺しにした。未来がわかってて、何もしなかった。何も出来なかったんじゃない、何もしなかったんだ。

 

 いい人のふりをして、あたりさわりなく、何も知りませんと目を逸らして、見捨てたんだ。

 

 

 きっと彼らは、それを知らない。

 

 こんな臆病で、自己保身が強くて、わがままで、人と距離を置くくせに寂しいと嘆く俺を。

 

 

 見せる前に、死んでしまった。俺と彼らの世界は離れてしまって、もう五十年も経っている。

 

 

 

 あの頃の彼らにはもう、会えない。

 

 

 

 

 

 

 また、繰り返すのか俺は。また後悔するつもりか。

 

 

 嘆いたままか。目を逸らしたままなのか。

 

 

 何時まで子供でいるつもりだ。もう、子供の振りはしなくてよくなったんだろう。

 

 

 

 

 

 与えられるのを、伸ばされる手を待つのはもう、やめよう。

 

 

 

 

 

 目を閉じていた俺は、あいかわらず宙に浮かんでいる彼女を見つめる。

 

 

 なあ、俺のスタンド。

 言いたいことは、わかるよな?

 

 

 やっちゃってくれ。

 

 

 

 彼女は、こっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突にジョセフとシーザーの前に現れた二つのお守り袋。それぞれ手に持ったことを確認して、俺は満足げに目を細める。

 

 

「これは」

 

「日本の、おまもりだ。おれ特製……肌身離さずもっとけ」

 

「特製って、いま行き成り目の前に」

 

 

 

 困惑するシーザーが手元のお守りと俺を交互にみやったとき、俺は血を吐いた。

 

 

「ヘーマ!?」

 

 

 ジョセフは声を荒げ、シーザーは俺の身体を横向きにする。血が喉に詰まるのを防ぐためだろう。

 

 

「無理に呼吸をしようとするな、ああ、吐いてもかまわない。ただ、飲み込もうとするな。口の外に全部出してしまえ……JOJO」

 

「おうよ」

 

 

 ゴホゴホ咳と口から吐く血が止まらない俺の背中をさすりながら、シーザーはジョセフを呼ぶ。

 

 

「血を吐ききったら波紋で治療をする。JOJOは水を持ってきてくれ、口を漱がせるんだ」

 

「わかったぜ……ヘーマ、ちょーっとまってろよ?」

 

 

 

 素早く部屋を出て行ったジョセフの姿を、俺は呼吸の苦しさで涙の浮かんだ状態で見送った。

 

 

「しー、ざー」

 

「話すんじゃない」

 

「おまもり、なくすな、よ」

 

「言葉を出すな!血が止まらなくなる!」

 

「どこにでも、もっていけよ。おとしたり、わすれたり、するんじゃないぞ」

 

「ヘーマッ!」

 

 

 

「やっと、さんづけがなくなった」

 

 

 目を見張るシーザーに、俺は口の端を吊り上げる。

 

 

「おれな、きっと波紋がきかない」

 

「……」

 

「シーザーは、わかってただろう?」

 

 

 

 波紋は、吸血鬼には毒だって。

 

 俺の言葉に、シーザーはきつく目をつぶる。

 

 

「ジョセフには、治療するっていってたけど。ほんとう、は、おれに波紋をつかう、つもりはなかっただろ」

 

 

 使うことになっても、自分の責任にするつもりだったのだろう。これ以上ジョセフの負担が増えないように。

 

 

 本当に、彼らしい。

 

 

「……ヘーマは、気づいていないだろうが。昨日、意識がない間に少しだけ波紋を流してみた」

 

 

 シーザーは俺の左手をとり、袖をめくる。そこには赤い線が何本も肌の上をはしっていた。

 

 

「ほんの少しで、ヘーマの手はこうなった……治療に使えるわけがない」

 

 

 熱のせいかな、こんなにしっかり入った傷に気づかなかったのは。

 浅いとはいえ、裂けたような傷跡はけっこうエグイかった。うわぁ……。

 

 

「ほんとうに吸血鬼なんだなぁ、おれ。たいよう、ゴホッ、大丈夫なのに」

 

「だから話すなと……そうだな、こんなに太陽の光浴びているのにな」

 

 

 昼間の光は、日当たりの良い俺の部屋に存分に差し込んでいる。直射日光ならアウトなんだろうか、なんか大丈夫な気がするけれど。

 

 波紋は別なんだろうか?波紋使いのシーザーやジョセフに触れても大丈夫だったから、皮膚よりも内側が太陽に弱いのかもしれない。

 

 

「水持ってきたぜぇ~」

 

「コフッ、待機ごくろうさま」

 

「……気づいても言うなっての。ほら、早く口ン中洗っちまえよ」

 

 

 扉の前でタイミングを見計らってたジョセフが入ってくる。さっさと戻ればよかったのに、なんで待ってたんだろうか。

 

 口に水を含み、ジョセフが水と一緒に持ってきたボールに吐き出す。血が混じって実にグロテスクです。でも口の中がすっきりした。

 

 

「ジョセフもおまもりなくすなよ」

 

「なくさねぇって。なあ、おめえが今こんなんなってンのはコレのせいだろ?」

 

 

 そうまでして作ってくれたンならなくさねぇよ。そう言ってジョセフは俺の頭を撫でる。こいつら最後まで子ども扱いするなぁ……段々あきらめてきたけれど。

 

 

「ジョセフは、心配。うっかり落としそう」

 

「たしかにな」

 

「シーザーちゃんまで!?ひっどぉ~、俺大事なもんはキッチリ管理するっての!」

 

 

 憤慨するジョセフを見て、俺とシーザーは笑った。俺達が笑っているの見て、ジョセフも顔を緩める。

 

 ああ、もったいない。こんなに楽しい時間を寝込んでしまうなんて。時計の砂は今回も、容赦なく底へ降り注いでいく。

 

 

「もうすぐ三時だな~」

 

「俺達が帰ったら、絶対医者に行けよ?」

 

「行くって言ってるだろ。何度言い聞かせるつもりだ」

 

「その妙に元気に見えるところが心配なんだ」

 

 

 リミットも迫り次第に口数が少なくなるにつれ、シーザーの小言が多くなる……ニッコリ笑って流したが。

 

 

「ジョナサンの孫のジョセフが来たから、今度はジョセフの孫辺りが又来るかも」

 

「よぉーし、なら孫にヘーマへの伝言頼ンどくから、しっかり聞けよ?」

 

「それ以前にJOJO、お前結婚できるのか?」

 

「スケコマシのおめえだけには言われたくねぇな!」

 

「なんだと!?」

 

 

 最後まで仲がいい二人に、笑みを浮かべたところで二人の姿が消えた。えぇー……

 

 時計を見ると丁度午後三時。今回もきっかり時間通りに帰ったらしい。挨拶する暇もなかったのは、賑やかな彼ららしいといえばいいのか、呆れればいいのか。

 

 

 二人がいなくなって静まり返った部屋を、スタンドがふわふわと浮いて移動する。そういや、コイツの名前も決めなくちゃなぁ。

 

 とりあえず少し休ませて。目をつむって内心呟くと、スタンドがそっと俺の頭を撫でる感触がした。

 

 

 

 

 


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