彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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第三章 変化
一難去って又一難


 

 

 

 起きて目に入ったのは、真っ白な天井でした。

 

 

「……まさか見知らぬ天井だ、という台詞を言う機会に恵まれるとは思わなかった」

 

 

 ぼんやりと天井を見ていた俺は、どうでもいいことを口にする。あ、結局ネタっぽく言ってない。勿体ないことをした。

 

 目だけ動かして周りを見てみる。淡いベージュのカーテンや枕元の機材、なにより右手に接着された点滴の管となれば、ここは病院だろう。あれ、もしかして俺、意識がないうちに救急車で運ばれたりしたのか?

 

 呼んだのは誰なんだ。俺の状態、思えば血だらけでご臨終だったけど……どう見ても。

 

 この病室は個室のようで、人の気配が薄い。起きたことを伝える為にも、俺はナースコールを押すことにした。

 

 

 

 

 

 ナースコールを押してからだが。

 

 まず、当たり前だが看護師さんが飛んできた。血圧と体温を測り、何処が痛いかなど聞き取りを受け。

 救急車で運ばれたことと運ばれてから二日経っていること、肺炎を起こしたせいで喀血したと思われることなどをお医者さんから聞き。

 最終的には警察から事情聴取……になるのか分からんが、話を聞きに来た。

 

 

 

 なぜならば、俺の家に空き巣が入ったらしい。

 

 何度目だよ、そんなに俺の家は入りやすいのかよ。そろそろ防犯についてもっと考えなくてはならないだろう。とりあえず窓の鍵は替えよう、開けやすい形みたいだし。

 

 

 

 まあ、今回についてはそれで俺は助かったのだが。

 

 

 

「よう、兄ちゃん」

 

「あれおっちゃん。暇なの?」

 

「見舞いに来たやつに言う言葉か」

 

 

 前に俺の家に空き巣に入ったおっちゃんが見舞いに来たとき、俺は大いに驚いた。思わず血を吐くくらい。むせる俺、焦るおっちゃん、そして看護師さんの怒りの表情。危うくおっちゃんが病室に出禁になるところだった。

 

 

 何故、おっちゃんが堂々と俺の見舞いに来ているのか。それは空き巣を発見したのがおっちゃんだからだ。

 

 

 あの日、おっちゃんは偶々俺の家の近くを通ることになり、金髪の少年がいないかビクつきながら早々に歩き去ろうとしていたところ、窓から俺の家に侵入する人影を発見した。

 

 自分が失敗したのに他人に成功されるのは悔しいと考えたおっちゃんは、なんと交番に行って警官を呼んできた。自身も空き巣をしているのに、たいした度胸だと思う。

 

 警官二人と一緒に空き巣犯が出てくるのを隠れながら待機していると、ヒドく焦った犯人が家から出てきた。

 

 

 当然、現行犯で確保されるが、どうも様子がおかしい。

 

 

 自分じゃないとしきりに言い募る空き巣犯を警官が宥めて尋ねると、この家の中に血まみれの人間がベッドに横たわっていたとのこと。

 

 あわや殺人事件かと騒ぎになったところに、五日間肉屋の店舗に顔を出さなかった俺を心配して、様子を見にきた偲江さん登場。

 

 事情を聞き、何かあったとき用に渡してある合い鍵で玄関から突入、グッタリした俺(血付き)を見つけて騒ぎは悪化。

 

 

 俺は救急車で運ばれたのだが、ここでジョセフとシーザーの生活の痕跡が問題になった。複数犯に俺が監禁されていたのではないかという事件に……

 

 

 あえて言おう。どうしてこうなった。

 

 

 

「兄ちゃんも大変だったなぁ、覚えてねーんだろ何にも」

 

「肺炎になるほど高熱出てたからなぁ」

 

 

 俺の意識がない間に警察による現場検証やら周囲の家への聞き込みやらあったらしいが……犯人が見つかるはずもない。痕跡が異世界の人間のものとは思うまい。

 

 

 証拠となりそうなのは、俺の発言で金髪と黒髪の人物がいた気がするという内容だけだ。実にアバウト。

 

 

「金髪と黒髪の二人組みって、あのガキたちとは違うんだよな?」

 

「ディオとジョナサンは違うぞー。二週間くらい前に帰ったし」

 

「そうだよな、兄ちゃんあのガキを楽々捕まえていたしな」

 

 

 戦闘力は確かに今回の二人組みのほうが遥かに上だけど。俺は精々チンピラから逃げ回る程度だからな。

 

 頷くおっちゃんに、俺はあいまいな笑みを浮かべた。

 

 

 ちなみにおっちゃん、偲江さんの伝で商店街にある魚屋で働くことになったらしい。これで空き巣に手を染めることもなくなると思うと、俺も感無量である。

 あの魚屋の大将はおっちゃんを心身共々鍛えてくれるだろう。……なんでおっちゃんそこ選んじゃったの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 入院期間は二週間ほどかかった。俺は目が覚めたときにはそれなりに元気になっていたので、さっさと帰りたかったが……流石に血を吐いて高熱で倒れていた人間を、しっかり検査もせずに退院はさせないようだ。

 

 

 そう、俺は元気なのである。

 

 

 つまり、スタンドを制御することに成功したのだ。

 ただし俺のスタンドは常時発動型のようで、自我もある彼女は好きなように動き回っている。いまちょっと思い出したけど、傍に立つからスタンドじゃなかったっけ?この子思う存分移動しているけど、いいのかこれ。

 

 

 家のソファーに寝転がり、ふわふわ浮く彼女を見上げる。相変わらず仮面と手袋のみで、一見ホラーまっしぐらな子だ。そんな考えが流れたのか、彼女が落ち込んだ様子を見せる。……気にしているのか、すまん。

 

 

 目元を手で押さえる彼女を慰めるべく、俺は入院中に考えていた名前を教えることにした。ちょっと興味が出たのか、目元を押さえるのやめて祈りのように手を組んでいる。

 

 それはなんだ?マシな名前であってほしいと願っているのか?頷くんじゃないバカたれ。

 

 

「お前は、ピクテル。ピクテル・ピナコテカだ」

 

 

 ローマ神話の女神の名前を一部とって、絵を描くことが好きな彼女の、現実となる作品ばかりの絵画館。

 

 

「よろしく、ピクテル」

 

 

 差し出した右手をピクテルは掴み、握手をするのかと思いきや俺の手を引っ張って、仮面の唇で頬にキスをした。

 

 

「……ピクテル、シーザーの真似はしなくていいからな?影響受けるなよ?挨拶が欧米式なんて俺は認めないからな?」

 

 小首をかしげるピクテルの両手をとり、俺は懇切丁寧に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鼻歌を歌いながら浴室を掃除し、お湯を溜め、俺は二週間ぶりの風呂を満喫してご機嫌だった。

 

 

 いやあ、病院の風呂はどうにも入る気が起きなかったから、シャワーで済ませてたんだよね。久しぶりのお風呂は大変気持ちようございました。

 

 髪をタオルでガシガシと拭きながら、残り湯で洗濯もしてしまおうと、入院中に使った下着やらタオルやらを洗濯機へと放り込む。給水用のホースを手に取ったとき、浴室から盛大な水しぶきの音が聞こえた。

 

 

 何事だと驚いた俺は、給水ホースを放り投げて浴室のドアを勢いよく開ける。視界に入ったのは漂う湯気と、浴槽に浮かぶ五つの小さな姿。……どう見ても、幼児です。

 

 

 慌てて全員お湯から引き上げる。浴室の床に転がすのもあれなので、脱衣所にバスタオルを数枚引いて子供達を横たえさせる。呼吸を確認すると、気を失ってはいるが水は飲んでいないようで、静かに寝息をたてている。

 

 ほっと一息つくも、五人の意識のない子供を前に途方にくれる俺……物凄く特徴的な服装の子が一人いるから、その子だけはなんとなく予想はつくのだけれど。

 

 

 あー、とりあえず身体拭いて着替えさせるか。ピクテルに子供用の服を準備してもらいながら、俺は戸棚からバスタオルを取り出した。

 

 


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