彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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二日目

 

 

 

「第二回、平馬くんのためになる講座・サバイバル編をはじめます」

 

 

 朝食が済んだ後、唐突にそんなことを言った俺は、温かい拍手と冷たい視線を貰った。前者はレオーネくん、ハルノくん、ウンガロくん。後者は承太郎くんと典明くんだ。

 

 

「久々だなぁ、その何言ってんだこいつっていう視線。ディオにもそんな感じで見られたよ」

 

「平馬さんDIOにもやったんですね」

 

「ディオの時はアジアの食器講座だ」

 

「内容は聞いてねえ」

 

 

 冷静にツッコミを入れるのは典明くんと承太郎くん。この子達本当に十七歳と十八歳?真面目、不良なのに真面目だよ。堅物と言ってもいい……不良な堅物ってなんだろう。

 

 

「えー、それでは反対意見がないようなので進めます」

 

「いま意見求められていたか?」

 

「三人は現在エジプトに向かって旅を続けているとのこと。トラブルメーカーのジョセフもいるので、お兄さんは大変心配です。

 そんなわけで道中役に立ちそうなサバイバル術を、本を元に実践してみたいと思います」

 

「意外にしっかり考えてた!?」

 

 

 失礼だなレオーネくん。俺はいつでも本気だぞ?

 

 

「じゃあ、まず基本の水からだな。人間は水を飲まないと死にますが、綺麗な川がいつもあるわけではありません。綺麗に見えても雑菌がたくさんいたり、にごっている場合もあります。

 そんなときには水をろ過し、煮沸する必要があります」

 

 説明しながら、俺はせっせと道具をテーブルの上に準備していく。昨日の買い物のときにがんばって揃えたんだからな。みんなが寝静まってから材料切ったりいろいろ準備したりな。

 

「必要なのは底を切り取ったペットボトルに紐で取っ手を付けたもの。小石、焚き火の燃え残りの木炭、砂とか小砂利、最後に丸めたバンダナです。入れる順番も同じになります」

 

 

 底を切り取ったペットボトルに小石をいれ、木炭、砂、バンダナの順に入れていく。全部入れると地層みたいだ。まあ、それが狙いなんだが。

 

 

「入れ終わったら、蓋に小さい穴を開けます。錐とかあると良いけど、まあ、どうにか開けてくれ」

 

「最後投げやりですね」

 

「じゃあ、詰める前に開けておいてくれ」

 

 

 詰め終わったペットボトルの紐を持ち、その下にボウルを置く。典明くんに手伝いを頼み、朝ごはんのときの米のとぎ汁をペットボトルに注いでもらう。

 

 しばらくして、最初に入れたとぎ汁よりも、透明な液体が蓋の部分から滴り始めた。

 

 

「おー、結構透明になるもんだねぇ!」

 

「何回か繰り返せばもっと透明になるけどね。たまった水を十分くらい煮沸すれば、飲み水程度にはなるようだよ」

 

 

 興味深げに滴る水を見つめるレオーネくんとウンガロくん。ハルノくんはさっき俺が使ったカッターに手を伸ばそうとして、典明くんに止められている。

 

 

「海水を蒸留して水を作るという方法もあるけど、これは火にかけられる鍋と、水蒸気を冷やす蓋、水滴を受け止める器に、なにより海水を沸騰させ続けるための大量の燃料が要るから、実際には使えないな」

 

「燃料……」

 

 

 サバイバル本の蒸留に関するページを見ながら俺が言うと、妙な反応を返す承太郎くんたち。

 

 

「燃料、というのは……つまり火があればかまわねえよな?」

 

「まあ、沸騰させるんだからそうだな」

 

「平馬さん、燃料のあてがあるから是非教えてくれないか?」

 

「いいけど……」

 

 

 もしかして、その燃料というのはエジプト人な占い師さんじゃあないだろうな。

 

 

 旅の仲間を燃料扱いしている彼らに、俺は変な笑顔をむけるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 その後も火の起こし方、ロープの結び方など知識の提供と実践を繰り返してみた。一番作業が早かったのは承太郎くん。技術関係は本当に器用だ。

 次は典明くんで、かなり差が開いてレオーネくんだった。彼自身は非常に器用なのだが、横でハルノくんとウンガロくんが出来上がったものを解体していくためだった。

 

 

「ねえ、分解するんじゃなくて結んで頂戴よ……」

 

「え?」

 

「う?」

 

 

 無邪気にロープの結び目を解いていくちび達に、レオーネくんは半笑いを浮かべている。ファイトだ。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 午後になって、俺はバイト先に向かった。この数週間まともに働けていないので、迷惑をかけている分しっかり働く所存である。子供達にはきちんとご飯は食べさせているぞ、一応。

 

 

「よーし、平馬くん。俺はちょっとパチンコいってくっから店番頼むな!」

 

「させませんよ、昇一さん」

 

 

 いつものように店番を抜け出そうとする店の主人こと昇一さんを捕獲し、偲江さんを呼ぶ。後生だ行かせてくれと懇願する昇一さんを、微笑を浮かべた偲江さんに引き渡した。

 

 

「いつもありがとうね、平馬ちゃん。さ、覚悟は良いわねアンタ!」

 

「はん!これで懲りる俺じゃねえよ」

 

「そう。美喜ぃー、ちょっとおいでー」

 

「おま、それは卑怯だろ!?」

 

 

 微笑みの偲江さんからそっぽを向く昇一さんだったが、禁じ手・美喜ちゃん召喚に驚いてうろたえる。恐らくフライングニーパットが昇一さんに炸裂することだろう。

 

 さて、何時までもここにいるわけにはいかん。

 

 

「偲江さーん、俺おもてを掃除してきますねー」

 

「あら、気が利くわねぇ」

 

「平馬くん!いま俺を見捨てただろう!?」

 

「俺、これ以上トラウマ増やしたくないんです」

 

 

 これから始まるであろう、美喜ちゃんによる戦慄の仕置きはなるべく見ないほうが精神のためだ。何度も受けてるのに懲りない昇一さんって本当にすごいと思います。

 

 俺が店の前を箒で掃いていると、店内から男性の悲痛な声が響いていた。

 

 あーあーあー、俺はなーんも聞いてないぞー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくすると、美喜ちゃんが竹刀を片手に入り口から出てきた。あの、その竹刀は俺には向けられませんよね?……ね?

 

 

「平馬、お父さんを捕まえたそうね。よくやったわ」

 

「いえいえ、いつものことだからね」

 

 

 ええ、昇一さんを捕獲するのは本当にいつものことなので。頼むからその戦闘モードらしき物騒なオーラを仕舞っては貰えないでしょうか。

 

 

「最近、随分と大人しくしていたのは、どうやら油断を誘うためだったみたいね。ふん、わが父親ながら甘い見通しだこと。バレないとでも思っていたのかしら」

 

「そうですかい」

 

 

 だめだ、美喜ちゃん武将モードに入ってる。しばらくそっとしておいたほうが良いだろう。美喜ちゃんも俺に一声かけるだけのつもりだったようで、さっさと店内に戻っていった。

 

 

 俺、前世女性だったけど、あそこまでアグレッシブじゃあなかったよ……

 

 

 以前の自分と美喜ちゃんを比べて、あまりの違いに首をかしげながら、無心に掃除の続きを始める。

 

 

「平馬ちゃーん、お掃除どう?終わりそう?」

 

「あ、あとちりとりで取ったら終了です」

 

「それじゃあ、終わったらお茶にしましょー」

 

「はーい」

 

 

 さっさと掃除を終わらせて、俺は箒とちりとりを手にして店内に戻っていった。

 

 

 

 

 こちらを窺う視線に、気づかないまま。

 

 

 


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