彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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五日目

 

 

 今日は五日目。残り時間を五人と過ごそうとしていたら、電話がかかってきた。

 

 

「はいもしもし」

 

『お――』

 

 

 声が聞こえた瞬間、受話器を戻し電話線を抜いた。いつのまに家の電話番号知りやがったあのストーカー(アマ)

 

 

 さて、家から出ると拙そうだ。今日も引きこもることとしよう。

 

 

 

「今日の題目は調理実習でーす」

 

「サバイバルネタ無くなったのか?」

 

「室内で出来ること限られてるからな。土産代わりにクッキーでも持って帰れ」

 

「お菓子も作れるんですね」

 

「脳内では成功した」

 

『おい』

 

 

 台所にて材料を準備してから、俺はエプロン着用で両手を叩く。ツッコミの声を揃えた年長組にピクテル特製エプロンを差し出し、着けるように促した。黒いの、青いの、白のふりふり……おい最後。

 

 

「俺は黒だ」

 

「僕は青で」

 

「待ったぁ!先着順は不公平だと思います!」

 

「仕方ないなぁ、レオーネに白は譲るよ」

 

「それが嫌なんだよ!」

 

 

 嫌がるレオーネ、気持ちは分かる。そんな彼に朗報なのか追撃なのか、すでにピクテルが別の色を用意してくれているぞ。ピンクのふりふり。

 

 

「レオーネ、それにしとけ」

 

「なんで!俺だっ……て……」

 

 

 俺の声にこちらを振り向いたレオーネは、ピクテルの持つピンクなふりふりが目に入ったのだろう。声がか細くなった後、小さな声で白でいいですと聞こえてきた。

 

 

 ちみっこたちは見学ということになった。流石に難しいだろうからなぁ。

 

 

 

 で、みんなで作った結果だが。

 

 

 

「まあ、それなりに上手く出来たんじゃないか?焦げてないし。食べてみろレオーネ」

 

「あ、けっこういける。小麦粉と砂糖と水だけで作れるモンなんだなぁ、クッキーって」

 

「最低限だけな。実際に作ったの初めてだが、食えるモンができてよかった」

 

 

 毒見役……と呟き複雑な顔でクッキーを食べるレオーネを見てから、承太郎と典明も皿に手を伸ばす。焦げてないから例え生でも腹は壊さないと思うぞ、できたての今に限るけど。

 

 ハルノとウンガロにも食べさせてみたが、気に入ったのか頬張って食べていた。リスか。

 

 

 

 さて俺も食べようと取り分けた自分の皿を見ると、量が妙に少ない。ん?きちんと分けたはずだけど……

 

 

 後ろのほうからサクサクと音がしていたので振り向いてみると、其処にはピクテルが浮かんでいた。片手で仮面の下側を前方に傾け、もう片方の手でクッキーを持って仮面の下に……下に?

 

 

「仮面って取れるのか!?」

 

 

 思わず叫ぶとビクリと動揺したように跳ねたピクテルが、否定するように縦にした手と仮面を横に振っている。誤魔化せてないから、しっかりと目撃しているから。

 

 

「どうしたの平馬さん行き成り叫んでさ」

 

「いや……どうもピクテルの仮面って外せるみたいで。クッキー食べてたんだよな」

 

 

 俺の言葉に一斉にピクテルを見る三人。口元あたりを手で押さえながら、否定するピクテル。やっぱり誤魔化せてない。

 

 無理やり捕まえますか、という典明の言葉が聞こえたのか、ピクテルはスケッチブックにすらすらと何かを書き出した。

 

 

 

 そしてこちらに見せた其処には『セクハラです!』の文字。

 

 

 ……ピクテルが絵じゃなくて文字を書くなんて、そんなに嫌だったのか。

 

 

「セクハラ、ってなんですか?」

 

「はぁ!?」

 

 

 心底不思議そうな典明の声に驚く俺。だがほかの二人も不思議そうにしている。

 まさか、本当に知らないのか?意外なジェネレーションギャップ……セクハラって何年から出てきた言葉だっけ?

 

 

「セクハラ、正式にはセクシャルハラスメント。日本語での意味は『性的嫌がらせ』だ」

 

「……」

 

「……」

 

「……そういう言葉が未来にはあるんだね」

 

 

 物凄く気まずい沈黙がリビングに広がることとなった。そこでほっとしているピクテル、お前にも一因があるからな。

 

 

 

 

 

 その後はどうにかゲームなどをすることで妙な雰囲気は消え去った。よかった、最終日の記憶がセクハラで埋まるところだった。

 

 

「平馬さんて弱っ」

 

「やかましいわ、自覚済みだ」

 

「これでレオーネが承太郎と並んで一位だね」

 

「次は負けねぇ」

 

 

 

 そして来る午後三時まで残り十数分のころ。俺はウンガロに張り付かれていた。

 

 

「いーしょ!」

 

「こら、ウンガロ。平馬さんから離れないと。困っているだろう?」

 

「や!」

 

 

 首を横に振るウンガロに困った顔の典明。ちなみにハルノは半泣きでレオーネに抱きついている。どうやらいじらしくも我慢をしているらしい。

 

 動きそうになる身体を制御しつつ黙っていると、どうにか典明と承太郎でウンガロを引き剥がした。泣き喚くウンガロを承太郎が抱きかかえている。

 

 最初とは違って随分小さい子に慣れたよなぁ、と感慨深い思いがある。

 

 

 

 随分慣れた。これできっと三人は、ディオの子供でも心を砕いて保護してくれるだろう。優しい彼らは、自身に懐く子供を無下にはできないだろうから。

 

 

 血筋がどうあれ、ただの子供だということを、俺は知ってもらいたかった。

 

 

 ディオだってそうだった。この家に来たときは、ただの子供だった。たとえジョースター家に養子に来る前に実の父親を手にかけていたとしても、彼はまだまだ子供だった。

 

 

 道を変えることができる可能性を、十分に持っていた。

 

 

 ハルノとウンガロは、とても幼い。幾通りの選択肢がその先にはある。ディオのときよりも、もっと多く選べる道がある。

 

 俺は、その手助けをすることが出来ただろうか。

 

 

 

 

 ディオを見捨てることを選ぶことによって。

 

 

 

 

「スタンドは本体の願いを反映することが多い」

 

 

 突然話し出した俺を、五対の眼が見つめる。

 

 

「生来のスタンド使いは、当人の得意なことから能力が決まる。突然発現したスタンド使いは、そのとき自身が強く願ったことが能力になることがある」

 

「願い」

 

「だからディオも、きっとそういう願いがスタンドの能力の元になっているはずだ」

 

 

 ディオの「ザ・ワールド」は時間を止める特殊能力を持つ。彼は、いったいどんな気持ちで時間を止めたいなどと思ったのだろうか。

 

 

 そして、目の前には同じ特殊能力をもつ承太郎がいる。

 

 

 

 ジョナサンとディオはカードの表と裏だった。

 

 承太郎とディオは、きっとカードの対なのだろう。

 

 

 

 相違点が多すぎるはずなのに、どこか一緒の二人。きっと承太郎は誰が見てもディオと違って、誰よりもディオに似ている。

 

 

 違うからこそ、似てるからこそ。彼らが並び立つことは、ない。

 

 

「ディオをよろしくな。アイツを、止めてやってくれ」

 

「……ああ」

 

 

 複雑な表情を浮かべることもなく、承太郎は真っ直ぐ俺を見て頷いた。

 

 

「ぱーぱ!」

 

 

 三時まで後数十秒というときに、ウンガロが承太郎の腕の中で暴れだした。元はどうあれ、今は八歳児の腕力しかない承太郎は、ウンガロを抑えられず手を緩めてしまう。

 

 幼い力を振り絞って暴れていたウンガロの小さな身体が宙に放り出される。

 

 床に対して頭を下に向けて落ちていくその姿に、俺は無我夢中で腕を伸ばした。

 

 

 どうにか小さな身体を抱え込むことに成功するが、勢いが良すぎて俺は転び、ガツンとテレビ台に頭をしたたかにぶつけることになった。

 

 

「平馬さん!?」

 

 

 驚く声と駆け寄る足音をどこか遠くで俺は聞いていた。

 

 

 すっころんだ挙句頭打って気絶なんて、なんて格好悪い別れる前の光景だ。願わくはジョセフあたりに彼らが話さないことを。絶対笑われる……。

 

 

 そして俺は意識を失った。

 

 

 


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