彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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日差しの中で

 

 

 屋敷に来た初日は、ディオに付き合って夜間はずっと起きていたため朝に眠り、丁度正午に目を覚ました。昨日はほぼ貫徹しているようなものなので、非常に頭が重い。この屋敷に滞在中は夜型の生活になるようだ。

 

 与えられた部屋のベッドから身体を起こす。この部屋には窓がない。正確には窓が開けられないように板が打ちつけられている。

 窓が開く部屋もあるようだが、俺の身体が半分吸血鬼という妙なことになっているため、安全のためにとこの部屋を勧められた。

 

 

「おはようございます、ヘーマ様」

 

「おはよう、ヴァニラ」

 

 

 ドアを開けるとヴァニラという男が立っていた。昨日ディオから紹介され、この屋敷で働いているそうだ。ヴァニラさんと敬称を付けていたら、本人から断固拒否された。その説得時にディオ賛美を大量に聞かされたが、あまりの崇拝ぶりに途中で怖くなって俺が折れた。

 

 ちょっとディオも引き攣った顔をしていたが、ヴァニラはきっと気づいていない。

 

 

 ヴァニラはタオルを俺に渡し、洗面用の水が入った盥を机の上に置く。昨夜自分で汲みにいくとも伝えたが、これも断られた。屋敷内で迷子になりたいのか、というディオの言葉に沈黙するしかなかった。そんなに広いの、この屋敷?

 

 

「食事は準備できておりますが、いかがなさいますか」

 

「あ、じゃあお願いします。……あの、もう少し砕けた言葉にはできないかな」

 

「いたしかねます」

 

「……ソウデスカ」

 

 

 ヴァニラ……なんてきっぱり断る人なんだろう。もうあきらめた方がいいんだろうか、この下にも置かない対応に。ヴァニラもディオの使用人なら一応俺は客人扱いみたいだし、普通は断るか。

 

 しかしこのヴァニラという人物、恰好は給仕服だが、なんか妙に体格が良いというか。自分自身が筋肉ががっしりある方じゃないから、気にしているだけなのかなぁ。

 

 ヴァニラに案内されながら、夜よりは明るい廊下を歩いていった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 食べ終わった後、再び部屋に戻った俺はベッドに転がっていた。理由は簡単、暇なのだ。

 

 ディオは眠ったままだし、画材道具は一切手元に無いし。ピクテルは自分用のものを持っているのだが、今回はなぜか出てこない……はて、いつもは勝手に出てくるのだがどうしたのだろうか。

 

 そういえば、俺は自分からスタンドを出そうとしたことがなかった。いつもピクテルから出てくるからな、必要がなかったともいえる。よし、ちょっと試してみよう。

 

 ピクテルの姿を思い浮かべて、出てこいと念じてみる。ポンッと軽い音とともに、ピクテルが目の前に現れた。なんだその効果音は。

 

 出てきたピクテルだが、どうも様子がおかしい。動きが挙動不審というのか、怯えているように見える。え、なになにどうしたのピクテル。

 

 

 なんだどうしたと念を送ってみると、ピクテルはスケッチブックを取り出して何か書き始めた。裏返したそれには『幽霊がいっぱいで怖い』という小さな文字。

 

 

 ……え、いるの幽霊。

 

 

 こくこくと頷くピクテルはバイバイとでもいうように手を振ると、姿を消した。待って、消えないでピクテル。せめて黙っていて欲しかったよそんなこと。ちょおこわいんだけど。

 というか、お前の存在が幽霊に近くないかピクテル。

 

 呼べどもピクテルは出てこない。スタンドに居留守を使われる本体って、俺しか存在しないのではないだろうか。街の喧騒も届かないこの屋敷は、部屋に響く音も少なく、かすかな物音に俺の肩がはねる。

 

 

「見えないからこそ怖いとはこのことかッ! いるって断言されても俺どうしたら……」

 

『怖がりなんだね、ヘーマって』

 

「当たり前だ! ホラー系は苦手なんだ!」

 

『えっ』

 

「……えっ」

 

 

 ――な、なんか今、声聞こえなかったか。むしろ俺、名前呼ばれなかったか。周りを見るのが怖くてベッドに俯せたままだが、これは覚悟して顔を上げるべきなのか?

 

 いやまて、これはきっと罠で顔をあげたらゾンビが覗き込んで……ってそれ早く逃げなきゃまずい状況ー!

 

 

『もしかして、僕の声が聞こえるのかい、ヘーマ?』

 

「気のせいじゃなかった!……って、なんで俺の名前が」

 

 

 再度聞こえてきた声に起き上がって振り返ると、背後の壁紙が透けている成人男性の姿が見えた。即座に目を逸らす俺。なんかおったよ……。

 

 

「ゆ、ゆうれ……」

 

『ま、待って! 確かに幽霊だけど! 僕だよ、ヘーマ。ジョナサンだよ!』

 

「は」

 

 

 離脱経路を確認していた俺は、どう見ても幽霊な成人男性から聞こえてきた名前に思わず顔をそちらに向けた。透けているが黒い髪に健康的な肌の色、しっかりした太い眉に見上げるほどの巨躯。

 

 浮かぶのはあの日の静かに絵を見る少年の姿。

 

 

 ――この絵を見れてよかったよ。

 

 

 しかと面影を残す、意志の強い緑の眼。

 

 

「ジョナサン……?」

 

『そう、僕だ。会えて嬉しいよ、ヘーマ』

 

 

 穏やかに微笑む青年に向かって、俺は思わず身近にあった枕を投げつけた。

 

 

『えええ!?』

 

「なにあっさり死んでんだアホッ!しかも化けて出てくるとはどういうことだッ!嫁さん待ってんじゃねーのかサッサと成仏しろ!」

 

『え、いや、ゴメン……その、成仏はね?ディオが僕の身体使ってるから、それに引き摺られているみたいなんだ』

 

 

 オロオロしているジョナサンに向かって、俺は突然のホラーに怖がった故の半ギレで文句を言う。なるほど、ディオの身体として生きてはいるから、それに縛られていると。おいディオ、ジョナサンここにいるぞ。

 

 

 むっすりと黙り込んだ俺を、おどおどした様子でジョナサンが顔を覗き込む。ギロリと睨みつけると苦笑いされ、苛立たしげにシャープな頬をつねろうと手を伸ばした。

 

 

 しかし、その手は頬に触れることはない。

 

 

『――ゴメン』

 

「なんで、お前が謝る」

 

『君にそんな顔をさせた』

 

 

 ジョナサンの手が俺の目元を拭うように動く。それで俺は自分が泣いていることに気づいた。

 

 

「……馬鹿野郎」

 

『そうだね』

 

「お前もディオも馬鹿だ、阿呆だ」

 

『うん、僕達二人とも大馬鹿だったよ』

 

 

 シーツを握り締める。何かに縋らないと大声で泣き出してしまいそうだ。俺は文句を言う資格はないのに、ジョナサンが受け止めてくれるのを良いことに八つ当たりしている。

 

 

 彼が死んだのは、俺のせいだ。警告できたことを過信して言わなかった。

 

 大丈夫だと思っていた。楽しそうに笑う彼らを見て、きっと漫画のようにはならないと。ささやかに言葉を与える程度の選択肢しか選ばず、結果的に二人を見捨てたことになる。

 

 

 そして、再び俺はディオを見捨てる決意をしたはずだった。一番良い結果に導けるように。

 

 

 なのに……見捨てることを決意したくせに、俺はいまさら何を戸惑っているんだろう。二人を見捨てたことを後悔したから、切り捨てることを躊躇しているだけなんだろうか。

 

 

 俺は、誰を助けたいんだろう。

 

 

 シャツの袖で涙を拭う。思考がぐるぐる回って苦しい。

 

 

「二人じゃない、三人ともだ……大馬鹿野郎は」

 

 

 最善を選べない俺は、自分の心すら統一できない俺が……誰が見ても一番の馬鹿だ。

 

 だけど、今伝えるべき言葉は。穏やかな目で俺を見守るジョナサンに返せる言葉は、再会の喜びを。

 

 

「俺も、会えて嬉しいよジョナサン。できることなら、生きたまま会いたかった。食べ歩きとか、旅行とか、三人で行ってみたかった」

 

『ヘーマ……うん、二人でディオを引きずって買い物とかしたりね』

 

「絶対、アイツ文句言いながら屋台の料理食べてそう。舌に合わんとか言ってるのに完食したりさ」

 

『旅行の日程はキッチリ決めてそうだ。きっと時間がずれたら怒り出すな』

 

 

 想像上のドタバタ旅行は、とても楽しかった。ジョナサンと俺は二人でくすくすと笑い、ディオがどんな反応をするだろうかを予想しあった。

 

 

 もう、二度と実行することが出来ないことが残念なくらい、楽しい旅行になっただろう。

 

 三人で、太陽の下で。多分喧嘩も沢山するだろうけど、最後には笑って終わるような。

 

 

「行きたかったなぁ」

 

『ヘーマ……』

 

「俺の覚悟が足りてたら、行けたのかなぁ……ッ!」

 

 

 話しているうちに乾いた涙は、次々と溢れて止められない。ありえたかもしれない『もしも』を夢見て、俺は胸をかきむしる。

 

 

「もう、後悔なんてしたくないのに……何をすればいいかわからないッ!ディオもジョセフも承太郎たちも、全員大切なのになんで……ッ」

 

 

 一番最初の後悔が、今の状況を作り出している。大切な友人達が、互いの大切なもののために争っている。止められるのは、どちらかの死だけで。

 

 俺は――選べない。

 

 歯を食いしばる俺に、ジョナサンの穏やかな声が降りてくる。

 

 

『僕は、ヘーマに会えてよかった』

 

「ジョナサン……?」

 

『僕達に会ったせいで、ヘーマは今苦しんでいる。でもね、何故かそれが嬉しいんだ。そんなに大切に思ってもらえる人に出会えたんだって』

 

 

 ジョナサンは、俺を抱きしめるような位置に腕を移動させた。大きな身体が覆いかぶさる。

 

 

『泣いてくれてありがとう、ヘーマ』

 

 

 ……お前は本当に馬鹿だ、俺に何ができるかもわからないというのに。上から降る優しい声に、俺は必死に声を押し殺した。

 

 

 

 


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