彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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前途多難な現状

 

 

 明るい陽射しが心地よいはずの昼。俺はジョナサンを捜索していた。てっきり起きたら部屋に居るものと思いこんでいたが、まさか消えているのではないかと不安になったのだ。

 

 部屋中には居ないことを確認し、廊下へと足を踏み出す。そういえば、俺ひとりで部屋から出るのは初めてかもしれない。いつもディオかヴァニラが側にいたからな。

 

 暗い廊下を進むと、ようやく光が差し込む窓に出会えた。この屋敷に来てから太陽に全くあたっていない俺は、窓を開けて手を外に出そうとした。

 

 

 したのだが。

 

 

 いま、俺は無言で指を押さえている……理由は突き指。窓の外に透明な壁があるかのように、俺の手は窓の枠を通ることがなかった。

 

 

「参った、まさか今度は俺が外に出られないとは」

 

 

 痛む指先をさすりながら、計画の変更を余儀なくされたことに頭を痛める。屋敷を抜け出して、大元を解決してしまおうと考えたのだが。

 

 簡潔に言うと、ホリィ・ジョースターのスタンド完全制御だ。

 

 スタンドを制御する一番の方法は、スタンドの認識と闘争心の発露だと俺は考えている。

 あまり闘争心がない人間でも、大切な存在というものはあるはず。

 

 

 もし、自身がスタンドを制御しなければ、大切な存在が失われるとしたら。

 

 

 そして目の前に元凶がいるとすれば。

 

 

 闘争心の乏しい人間とはいえ、守るためにそれを引き出すことは可能ではないだろうか。

 

 

 題して、承太郎達人質にして聖子さん恐喝作戦。なんて酷いタイトルだ。

 

 

 

「……でも、所詮は絵に描いた餅かぁ……別の方法考えないとな」

 

 

 しかし別の方法といっても、屋敷から出られない以上は手段も少なくなってしまった。

 

 次の作戦はジョセフ達とどうにか連絡をとる……ただ、とってからどうするのか、その先が思いついてないのが難点だ。

 

 SPW財団を経由するとしても、まずジョセフ達が移動を続けているため、彼らからの連絡を待つしかない。

 

 

 いっそ、DIOに直談判してホリィさんを誘拐……いかん、思考が物騒になっている。いつの間にか窓枠を掴んでいたのか、力を入れすぎて指が白くなっていた。

 

 煮詰まってもよいことはない、部屋に戻ってスケッチブックと鉛筆でもとってこよう。俺は窓枠から手を離し、振り返ると廊下の先に一人の男が立っていた。

 

 

「いかがなさいましたか、ヘーマ様」

 

 

 落ち着いた声音で尋ねるその人は、両腕で白い布を抱えている。その容貌に俺は見覚えがあった。

 

 

「ウンガロの絵にそっくりだ」

 

「……以前ウンガロ様の養育係もしておりました。こうしてご挨拶をするのは初めてでございますね。私、執事のテレンス・T・ダービーと申します」

 

「あ、中野平馬です。えー、テレンスさんが屋敷で倒れている俺を見つけたと聞いたのですが」

 

「ええ、その通りでございます」

 

 

 静かにこちらに歩いてくるテレンスさんは、どうやら俺とあまり年が変わらないようだ。じっと俺の顔を見つめる彼に気まずくなって、視線をそらす。なんで凝視されてるんだ俺……ああ、ディオに似ているからか。

 

 

「何かをお探しでございますか?」

 

「え」

 

「先ほどから何度か辺りを見回している姿をお見かけしております。DIO様をお探しであれば、お帰りになるのは本日の夜の予定でございますが」

 

 

 なんだ、ディオは今いないのか。いや、俺のキョロキョロしている姿を見ていて放置していたのかこの人。結構いい性格……というよりも、もしかしたら仕事が忙しいのかもしれない。彼がいま抱えているのも洗濯物のシーツだろう。

 

 

「そうですか、じゃあ俺は部屋に戻ります。仕事の邪魔してすみませんでした」

 

「いいえ。後で紅茶をお持ちいたしましょう。では失礼いたします」

 

 

 素早い動きで一礼して去っていくテレンスさん。無駄のない動きはまさに仕事人である。

 暇があるようならば、後でモデルを頼もうと考えつつ、俺は部屋へと歩き出した。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 紅茶を持ってきてくれたテレンスさんにモデルを頼んだところ、二つ返事で了承してくれた。ついでとばかりに敬語を止めさせられたが。

 

 部屋の中に鉛筆の音だけが響く。しばらく没頭していると、テレンスが口を開いた。

 

 

「先ほど、ウンガロ様が私の絵を描いたと仰っていましたが」

 

「ああ、そうだな」

 

「まだ一歳程度の絵でよく私とおわかりになられましたね」

 

「そこはウンガロの絵の才能かな。一歳児とは思えない見事な絵だったよ」

 

 

 誰でもあの子の絵を見れば、輝く才能に気がつくだろう。そしてそれを磨いてみたいとも。

 爺さんも、俺と会ったときにそう思ったのだろうか。

 

 

 どうやらテレンスはウンガロの絵を見たことはないらしい。お絵かき道具を与えたこともなかったと……初めて描いてあの絵なら、実に先が楽しみだ。

 

 

「あの子達は元気だろうか」

 

 

 最後の記憶は泣いているウンガロと泣きそうなハルノの姿。寂しい思いをしていないかと不安になる。彼らについて、俺が出来ることはない。精々、ディオに二人以外に生まれた子供はいないかと尋ねるくらいだ。

 

 

 俺の後悔がなければ……ジョナサンとディオの因縁がなければ、生まれてくることもなかった子どもたち。

 

 

 

 

 誰かが生き残れば誰かが死に、誰かが死ねば生まれるはずの命が消える。

 

 きっと、俺の願いと選択はどこかの誰かを不幸にするだろう。

 

 

 

 

 

 それでも俺は――諦めるつもりはない。

 

 

 

 

 

 

「ヘーマ、様」

 

「なんだ、テレンス」

 

 

 困惑した声に視線を向けると、目を見張るテレンスの姿があった。いいえ、と首を横に振る仕草は何故かぎこちない。体調でも悪いのだろうか、仕事量もとんでもないだろうし、休ませた方が良かったか。

 

 

「長く引き止めて悪かった。何か手伝えることはないか? 掃除なら手を貸せるけど」

 

「お気持ちだけ頂きます。DIO様が掃除しているようで落ち着きませんので」

 

 

 そっけなく断るテレンスにそれ以上何も言えなかった。

 

 脳裏に割烹着と三角巾をつけて藁箒を持つディオが一瞬浮かび、即座にイメージを振り払う。危ない、完全に想像してたらディオに会った途端、俺は噴出すかもしれん。掃除する姿までカリスマがあったら、もう俺どんな反応すればいいのか。

 

 

 笑うのを耐えている俺を一瞥して、テレンスは部屋から去っていった。

 

 

 もちろん、誰もいなくなってから俺は思う存分笑い出した。よし、絵に描いてみよう。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「なんだこれは」

 

「ディオです」

 

「ほう、私か。ではもう一度聞くぞ? な・ん・だ・こ・れ・はッ!」

 

「ほおらいはいれすッ!」

 

 

 割烹姿のディオの絵を着色していると、ディオが帰ってきて絵が見つかってしまった。当然だがディオはお怒りである。ちぎれる、頬がぶちっといっちゃうッ。

 

 

「出来心でしたッ! でも悔いはなしッ」

 

「そうか、頬の肉がいらぬようだな」

 

「やめて冗談ですごめんなさい」

 

 

 さっさと破れと呆れた声で言われ、しぶしぶスケッチブックからページを一枚破り取る。

 

 手を差し出すディオに渡そうとしたとき、横から出てきた手が紙を俺から取っていった。

 

 

 目線を横に移動させると、なぜか出てきているピクテル。おま、幽霊が怖いんじゃなかったのか。

 

 

 彼女の手元にはスケッチブックが開かれており、俺から持っていった絵がその中に吸い込まれていっている。へー、物を入れることもできるんだ……っておい。

 

 

「待てピクテル!?」

 

 

 俺の制止を気にもとめず、彼女は手早くスケッチブックを閉じてヒラヒラと手を振ってから消えた。

 

 

 や、やりやがったアイツ……!

 

 

 恐る恐るディオの様子を窺うと、彼は素晴らしい笑みを浮かべている。

 

 う、うわぁ……。

 

 後退りする俺の肩をガシリとディオは掴んできた。

 

 

「今のがお前のスタンドか、ヘーマ」

 

「そ、そうでーす」

 

「出せ」

 

「それが、出てこなくて、な」

 

 

 さっきからヘルプを出しているのだが、全く応答がない。泣ける、自由過ぎる己のスタンドに心で涙がでちゃう。

 

 

「本体が危機に陥れば、出るだろう」

 

「待て待てお願いちょっと猶予をください! 目が怖い、やめ、く、首は死守ッ!」

 

「馬鹿め、首以外でも吸血は可能だ」

 

「ヤバ……こ、のぉ……出てこいピクテルゥゥ!」

 

 

 

 その後、ギリギリ吸われる前にピクテルは出てきた。当然描いた絵はディオに破棄されたが、コッソリピクテルが模写したページがあったことは、彼には黙っていようと思う。

 

 

 


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