彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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手向けと強行

 

 

 俺はお守りを拾い、まずジョセフ(バカ)を探すことにした。

 

 

 エジプト――実に幸運なことに、ここはエジプトだった。大通りを歩く人に聞いたので間違いはない。旅の途中に立ち寄った街の可能性もあった……そうだったら俺はきっと泣く。

 

 

 異国の街並みを堪能する暇もなく、俺はビルの壁をつたって屋上まで登る。吸血鬼の身体能力は実に便利だとつくづく思う。この溢れ出る万能感、俺も目的がなければ押し込めることは難しいだろう。

 

 

 

 屋根の上に上り、一つ深呼吸をする。さて、何処で騒ぎが起こっているのか。

 あのトラブルメーカーの代名詞のことだ、騒ぎがある場所にきっとジョセフはいる。

 

 

 

 

 屋上から街を眺めていると、何人も同じ方向に逃げている姿が確認できた。必死に逃げるほどの何か……それはスタンド使い同士の戦いの可能性がある。俺は屋根から屋根へと飛び移りながら、逃げる人たちが走ってきた方向に進んでいく。

 

 

 しかしどうもたどり着いた先は、騒動はあったのだろうがすでに終わっているようで……確かに物や地面は壊れてはいる、だが犯人と予想できる人物達がそこにはいない。

 

 おそらく彼らは移動しながら戦っているようだ。これでは場所の特定が難しい。

 

 

「……ん?」

 

 

 他に何か異常が起きている場所はないかと再び屋上から確認していると、遠くで宙に何か浮いているのが見えた。

 

 目を凝らしてみると、つばのある帽子を被った半透明な初老すぎの男……。

 

 あれ、なんか「漫画」で見たことあるんだけどあの人。

 

 

 本当……なぁんで幽霊になってるのかなぁ、ジョセフッ!

 

 

 口の端が吊り上るのを感じながら、俺は勢い良く屋根を蹴って走り出した。みるみるうちにその幽霊に近づいていき、宙に浮いているジョセフの襟首を掴んでそのまま地面にまで引き摺り下ろした。

 

 

『ノォォォォッ!? なんじゃあッ!?』

 

 

 地面に勢いを殺さずに降りたせいで多少地面が陥没したが、なあに後でSPW財団が直しにくるだろう、多分。

 

 掴んでいた襟首を離してやると、ジョセフは緊張した顔で俺を振り返るがすぐに驚きに表情が変わった。

 

 

『ヘーマ……! いやその目はッ!』

 

「お久しぶり。他は後にしろジョセフ……テメェ、なに人が必死に作ったお守り落とした挙句、血抜きのために首を落とされた鶏みたいに、身体と魂がサヨウナラしてんだゴラァッ!?」

 

『へ、ヘーマ? お前、話し方というか人格変わっとらんか』

 

「馬鹿野郎には変わるわッ!」

 

 

 胸倉を掴んでがくがくと揺さぶる俺に、ジョセフは引きつった顔を向ける。今の俺は相当剣呑な顔をしている自覚はある、だから大丈夫だ。

 

 深く深く息を吐いて荒ぶる内心を落ち着かせる。今はジョセフに八つ当たりしている場合じゃあない、ジョセフの胸倉から手を離して真正面から顔を見た。

 

 

「詳細は省くが、ホリィの体調は回復した。スタンドは俺が預かっているからもう大丈夫だ」

 

『な』

 

「質問は後! まずお前の身体は何処にあるんだ、お守りを拾ってきたんだよ」

 

 

 いろいろ聞きたそうなジョセフを制して、俺は身体のありかを聞く。お守りさえジョセフの身体に渡せれば、ジョセフの蘇生自体は大丈夫なはず。

 

 目の前にぶら下げられたお守りを見てジョセフは目を丸くし、小さく落としとったのかと呟いていた。気づいていなかったのか、そうか、次回の説教項目がまた増えそうだな。

 

 

 俺の様子に気づいているのかいないのか、ジョセフは俺から視線をそらし軽く笑って方向を指で示した。放っておけば空に浮かんでいってしまいそうなジョセフの腕を掴んだまま、俺は教えられた方向に走り出す。

 

 腕から吊り下げられる形になったジョセフは、俺の肩を掴んでいるピクテルを見て首を傾げている。

 

 

『ところでヘーマ、そこにいるお嬢さんはお前の知り合いか?』

 

「スタンドだ」

 

『そうか、スタンドという……スタンドォッ!? マジか! わし、承太郎からお前のスタンドは仮面だと聞いておったんじゃぞ!?』

 

「それも間違いないからな……と、あれはレオーネか?」

 

 

 記憶より成長しているが、見覚えのある金髪の男が倒れた人に向かって何やら手をかざしている。倒れている人物も帽子が横の幽霊に似ている為、ジョセフの身体で間違いないだろう。

 

 数メートル離れた場所に着地すると、手の波紋はそのままにレオーネがこちらを振り返って睨みつけてきた。

 

 

「……は?」

 

 

 俺と俺の横に浮かぶジョセフと俺にそっくりなピクテルを見て、レオーネは口を開けて固まった。まあ、気持ちは分かる。

 

 

「え、ジョセフさんが二人、何でここに平馬さんがっていうか、そちらのそっくりなお嬢さんは誰ですか!?」

 

『落ち着くんじゃ、レオーネ』

 

「そうそう、深呼吸しておけよー」

 

 

 混乱するレオーネをジョセフにまかせ、俺はピクテルからいろいろ受け取っていく。量が片手で抱えるには難しくなったころ、レオーネが額を押さえながら俺の近くに歩いてきた。

 

 

「落ち着いたか」

 

「ほぼ。聞きたいことが多いんだけど、後なんだよね?」

 

「後だな。はい、これ渡しておく」

 

 

 レオーネにジョセフが落としたお守りとピクテル製の手袋を渡す。

 

 

「お守りはシーザーに渡したものと同じジョセフのもの。手袋はピクテル特製だからスタンドも掴める。これでジョセフを掴んでおいて」

 

「うわぁ、聞きたいことが増えた。一つだけ聞かせて、其処の美女ってピクテル?」

 

「正解」

 

 

 俺の回答にどんよりとした表情で手袋をつけていくレオーネ。なんで前の時には、とか、子供の特権使ったのにとか聞こえてくる辺り、放置しておいていいだろう。

 

 

「ジョセフ、他の皆は?」

 

『アヴドゥルは下肢を失って病院に、花京院はDIOに腹を貫かれたところまでは知っておる』

 

「花京院については今のところギリギリ生きてるってところ。親父が来ていて治療を代わってもらったから大丈夫だと思う。ポルナレフとイギーは承太郎と一緒のはずだよ」

 

 

 レオーネの言葉にシーザーが来ていることを知る。アイツ、あれから文字通り飛んできたんだなぁ。そして「漫画」と違い、ジョースター側に死者がいないことに驚く。最終手段のアイテムだったが、使用しなくても大丈夫かもしれない。

 

 

「ジョセフさんの身体は仮死状態みたいで、波紋送っていたんだけど……魂抜けてるとは思わなかった」

 

「了解、ならジョセフはこれ食べといてくれ。レオーネはジョセフの魂掴みながらでいいから、これ飲ませておいてな」

 

 

 ピクテルが出したリンゴをジョセフに、水が入った水飲みをレオーネに渡す。魂と身体に生命力与えていれば、多少は何とかなるだろう、ジョセフだし。ついでに血液パックが入ったクーラーボックスも一緒に渡す。

 

 

「確かジョセフはB型だったよな。あとで病院の人に輸血してもらえ、普通の血液よりはなじむはずだ」

 

「平馬さんって本当に便利な人だよね。俺んちにいてほしいよ」

 

「人を家電と同じ扱いするんじゃあない」

 

 

 俺も自分以外がこの能力を持っていたら同じ反応をしただろうけども。

 

 レオーネの額を小突こうとして、寸前で波紋使用中ということを思い出してやめた。危ない、手がぱーんになるところだった。

 

 怪訝な顔のレオーネに誤魔化すように笑いかけ、俺は立ち上がった。

 

 

 ジョセフとレオーネが俺を見つめる。

 

 きっと、俺を問い詰めたいだろうに猶予をくれる優しい彼ら。

 

 そんな彼らを裏切る俺を、二人はきっと気づいている。渡した品々が手向けだと、知っていて黙って受け取ってくれる。

 

 

 俺は本当に良い出会いに恵まれた。

 

 

 傍にいるピクテルの腰を抱き、片手で抱えあげる。これからは急ぐことになる、今の俺のスピードにピクテルはついていけない。ピクテルがつかまったことを確認して、俺は二人に心からの笑顔を向けた。

 

 またな、という言葉に返されたのは、頑張れよという応援だった。

 

 

 

 

 

 

 夜の街を走る。すでに時間は大分過ぎており、明け方までどのくらい時間が残っているかは分からない。一応対策はしているが、まだ朝日に対して実験を行っていないため、どれほど保つかはわからない。

 

 

 そのとき、ぞわりと背筋が冷える。

 

 反射的に、俺はある方向へと走り出していた。こっちだ、こっちにディオはいる。

 

 

 探すのに時間が掛かりすぎていたのか、嫌な予感とともに俺は脚を急がせる。心は急いて足が縺れそうになるたびに、ピクテルが俺の頭を撫でて宥めてくれた。

 

 そんな彼女を抱えなおしながら、俺は走った。

 

 

 見通しがよくなったその場所で、俺は二人の人影を見た。

 

 

 ひとりは黒い髪の男。もうひとりは金の髪の男。

 

 

 目的の人物を見つけたと少し心が緩んだとき、金の髪の男が動くのを俺は妙にゆっくりとした世界で見た。

 

 

 

 いけない、これでは間に合わない。

 

 

 

 俺はピクテルを離し、近くに転がっていた『それ』を掴んで、金の髪の男へと弾丸のように近づく。

 

 

 金の髪の男の攻撃は、たやすく黒い髪の男に防がれていた。

 

 

 そして黒い髪の男の拳が金の髪の男を貫いたそのとき、俺は『それ』を――――道路標識を横へと振り切った。

 

 

 

 

 道路標識は鋭利な刃物となって、金の髪の男――ディオの首を宙へとはね上げた。

 

 

 

 




ピクテル・ピナコテカ(女神の絵画展)

【破壊力 - E / スピード - C / 射程距離 - A / 持続力 - A / 精密動作性 - A / 成長性 - D】

遠距離操作型の人間型。但し自我がハッキリと存在しているので、本体の意思とは異なる行動をとることが多々ある。

通常は女性的なフルフェイスの仮面と、手首から先のみの手袋の姿。仮面を外すと本体の平馬によく似た容貌の、紺色のクラシックドレスを着た金髪美女という、人間と遜色ない姿をしている。

能力はピクテルのスケッチブックに描いた絵を実体化させることと、生物以外をスケッチブックの中に入れること。

そして額縁で飾ったキャンバスに生物(スタンド含む)をコレクションすること。
描く絵や閉じ込める対象はピクテルの同意が必要。

絵の実体化やキャンバスの作成には本体の生命力を必要とする。大量の実体化や特殊な能力をもつアイテムなどを実体化させると、本体が生命力の急激な減少に耐えられず、最悪生命を失う危険性がある。
実体化させた飲食物を他に与えることによって、生命力の譲渡を可能とする。
実体化させた物の性能は絵のリアルさに依存し、ピクテルの画力は本体と同じとなる。


キャンバスへのコレクションは、対象がピクテルへの好意を持てば、取り込むことができる。ただしキャンバスに対象を直接触れさせなくてはならない。



スタンドのモデルはトラウマソングこと絵の中に閉じ込められるあれから。







つ「B83/W57/H84」

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