落下していくディオの首を、道路標識を放り出して受け止める。驚愕に彩られた顔で俺を見る彼に、安堵した表情を向けた。
首から下の身体は、黒い髪の男こと承太郎の攻撃によって皹が入り、崩れ去っていく。ディオの頭部を確認してみるが、切断面以外に傷はない。どうやらギリギリ間に合ったようだった。
「どういうつもりだ、平馬」
承太郎がディオの首を抱えた俺を強い緑の眼で見つめる。
彼にはディオを止めてくれるように俺は頼んでいた。ホリィもジョセフが倒れたのもディオが原因だ、いま承太郎は破裂しそうな感情を無理やり抑えているのだろう。
ここに現れた俺を疑いながらも、反射的に俺を傷つけないように。
「ホリィはもう大丈夫だ。彼女のスタンドは俺が預かった、もう発現することはない」
「ほう、それで」
「……ジョセフも仮死状態にはなっているが、回復する見込みがある。典明達もシーザーが治療しているらしい」
「それは良いニュースだな……が、随分と回りくどいぜ平馬。さっさと本音を言ったらどうだ」
「俺は、ディオとジョースター家の停戦を望む……って言いたかったんだけどな、ちょっと間に合わなかった」
もう少し早ければディオの首とジョナサンの身体を切り離す必要もなかっただろう。
ただ、この状態は俺にとって都合が良いのは確か。ディオを止めることに意識を裂かないでいい……酷いことではあるが。
ディオは黙ったまま俺を見ている。俺もまた、ディオの視線から逃げずに受け止めていた。
その様子を見ていた承太郎が、一つ息を吐いた。
「そいつを生かすってことが、どういうことを引き起こすのか……全部解って言ってんのか」
「――ああ」
「平馬。テメーがDIOのことを気にかけてたことは俺も知ってる。知り合いが死ぬのは誰でも見たくねえ、どうにか抜け道を探す気持ちも分かるつもりだぜ。
だが、停戦だといってそいつが止まるとは……俺は思えねえ」
「そう、だな。だから……ディオは俺が連れて行く」
このまま停戦したとしても、承太郎の指摘通りディオは止まらないだろう。承太郎達、戦闘に特化したスタンドを持つ彼等だからこそ、まだディオがスタンドに慣れていないからこそ、彼をここまで追いつめることができたのだと思う。
これ以上ディオに時間を与えると、ますます手がつけられなくなるだろう。吸血鬼である彼は、永久に全盛期のまま成長を続けるのだから。
だからこそ、俺がこの子を連れて行く。
同じ吸血鬼で、スタンドを封印する能力を持つ俺が、ずっとそばにいる。
ディオの目的を諦めさせることができないのであれば、俺がその道を阻もう。
ジョースターの一族の代わりに、俺が因縁を引き継ぐ。いまの俺にできることは、それくらいだ。
「俺の能力で、ディオの身体だけを封印する。俺にはそれができる」
「……つき合うつもりか、永遠に」
「そうだな、この世界が滅びるまで頑張ってみようか」
前世で二十数年、今世でもうすぐ二十年。まだ半世紀も生きた記憶がない俺は、不老不死になるという実感があまりない。知り合い全てが死に絶えた経験はないが、誰一人知らないことなら経験はある。
意外とうまくいくのではないか、と楽観的に俺は考えていた。
ディオを両手で抱える。
「ディオ、お前の身体だけ封印させてもらう」
「……ふん、今の俺に拒否権などないのだろうが」
「まあな、今回は強制的に実行させてもらうわ。ピクテルおいで」
不機嫌なディオの様子に内心で驚く。もう少し抵抗すると思っていたのだが、妙にあきらめが早いな。
離れて待機中のピクテルを呼び寄せると、初見の二人が驚いているのを感じた。二人とも仮面のピクテルは知っていたからな。
「スタンドは仮面じゃねえのか」
「中身がありまして。改めて、うちのピクテルです」
「そういや、菓子をつまみ食いしてたか」
承太郎の疑問の声に改めて紹介する。納得した表情の承太郎とは異なり、ディオはピクテルを凝視したまま固まっている。
ああ、そういえば前に俺がディオの母親に似てると言われたことがあった。なるほど、ピクテルは俺と違って金髪で女性型だから、もしかしたらよく似ているのかもしれない。
ふむ、ならば今がチャンスだな。
ピクテルに目線で合図をすると、彼女は微笑んだまま頷いた。あれ、もしかして意図的にディオママに似せようとしていたりしないか、ピクテル。いつもよりおしとやかに見えるぞ。
ピクテルは真っ白なキャンバスを取り出すと、ディオに近づけ触れさせる。ゆっくりとディオがキャンバスに飲み込まれていき、全部入ったところでピクテルがキャンバスに額縁を付けた。
中央に眠るようなディオの首が描かれた絵がそこに浮かんでいる。
よしこれで身体の封印は完了だ。後は……戻ってから続きをやろう。
「これで、俺の目的は終了かな」
「やれやれだぜ。最後の最後で好き勝手しやがってまあ」
「あはは、悪いな」
腕を上に向けて伸びをする俺を、承太郎が首を鳴らしながら呆れた顔で見る。
「で、これからどうするんだ」
「んー、一度戻るよ。次に来るときはどれくらい時間がたってるかはわからないけれど、な」
俺は承太郎に自身が受けていたスタンド攻撃について教える。俺がどの時代の人間かわからないため、再会できるかもわからないことも。
承太郎が納得した表情を浮かべたところで、視界のノイズがひどくなってきた。どうやら、時間がもうないらしい。
「ジョセフにさ、トラブルメーカーもいい加減にしろって言っといてくれ」
「おう、きっちり神社にも連れて行くぜ」
軽く右手を上げる。承太郎も同様に手を上げ、ぱあん、と高い音を立てて互いの手のひらを叩いた。
きっとまた会えるのだ、別れの挨拶はこれくらいでいい。
「じゃあな」
「ああ、またな」
珍しく笑みを浮かべる承太郎に、俺も笑い返したところで、視界が家のリビングに戻ってきた。
その場で靴を脱ぎ、ソファーに身体を投げ出した。
ああ……疲れた。ほんっとーに疲れた。
いったいどれだけ曖昧な予測を元に博打を打っていたか。最後なんかマジでギリギリだった。あの時ディオの首を切り落とすことを選んでいなければ、衝撃が頭部にも伝わっていただろう。
ぐったりとする俺をくすくすと笑いながら見ているピクテルが、ディオの身体を封印した絵を取り出す。
それに手を突っ込んだかと思うと、すぐに何かを引っ張りだしてきた。
「よう、ディオ。気分はどう?」
『……いいと思うか?』
引っ張りだされたそれに向かって、俺は笑いながら声を掛ける。不機嫌な様子の彼は、俺をギロリと睨んできた。
「いいじゃないか、懐かしいサイズで」
『良くないッ!』
金色の髪と赤い目は変わらない。首から下の身体はきちんと存在するが、ついこの間までの巨躯ではなく、俺が懐かしいと思う十三歳程度の身体。
少年姿のディオが、『俺のスタンドの一部』としてそこに存在していた。
「しかたないだろ、ピクテルがその大きさに設定したんだから」
『大体自分のスタンドだというのに、何故お前が制御できないんだ!』
「ピクテルだから仕方ない」
この子俺の言うこと聞かないからな、とからからと笑う俺にディオは頭が痛そうに手を当てる。俺は自我がないスタンドというものがよくわからないからな。自分がもう一人いるってどういう気分なんだろうか。
未だ仮面を外したままでふわふわと宙を浮いているピクテルは、楽しそうにディオの様子をスケッチしている。うん、通常運行だな。
じっとピクテルを見続けていると、視線に気づいたのかピクテルが俺の方を振り向いた。そのままじっと二人で見つめあっていたが、何か思いついたのかピクテルがスケッチブックとペンをしまって、一つの絵を取り出した。
背面を俺に見せているので描かれている絵はわからないが、ディオの絵以外にあるのはホリィのスタンドの絵だったはずだが、何をするつもりなのだろうか。
ピクテルは先ほどと同じように絵の中に手を突っ込む。そして引き出されたものを見て、俺は――――いや、俺とディオは固まった。
『あ、あはは……やあ、ヘーマ……それにディオ』
ピクテルに襟首を掴まれたままの、十三歳くらいのジョナサンの姿を見つけて。
おま……ピクテル、いつの間に。