「今回も収穫なし、か」
SPW財団所有の建物にある一室。自分用の仕事机に向かいながら、レオーネが金色の頭をガリガリと掻く。手にしていた報告書を放り投げると、バサリと音を立てて机の上に落ちた。
先程まで彼が目を通していたのは、DIOと関係をもったと思われる女達の中から、妊娠をしていた者を抽出したリスト。
現在の所在地を調べたそれは、ほぼ調査が終了している。だか、ハルノの母親と思われる人物だけが、所在不明となっていた。
生まれた国である日本にはいないことは判っている。
だがその後の足取りが掴めていない。
最も可能性が高い国はイタリアだとは判明しているのだが、調査員と現地のギャングとの間で揉め事が起きてしまったため、これ以上の調査の続行が難しくなってしまった。
レオーネはマグカップからコーヒーを啜り、資料の隣にある便箋を広げる。
それはDIOの息子である、ウンガロからの手紙であった。
ハルノを除く、所在が判明したDIOの息子たちはウンガロも入れて全部で五人いた。残念なことに二人は既に亡くなっていて、残りのうち二人――ウンガロもだが――は母親も既に亡く、施設に保護されていた。
ウンガロは一時的にディオの屋敷でテレンスによって育てられていたようだが、平馬が来た頃に施設へ預けられた。テレンスによると、DIOは平馬を軟禁していてウンガロのことも彼に教えなかったらしい。
垣間見える執着心に、レオーネ達はDIOを連れ帰った平馬が心配になったものだ。
ウンガロからの手紙は、主に近況が書かれていた。共に暮らす二人の弟と毎日楽しんで遊びまわっているらしい。リキエルとドナテロという年子の少年たちと、ウンガロが兄として頑張っている姿が目に浮かぶ文章だった。
他にも承太郎の娘、徐倫とも一緒に海で遊んだことも書かれている。兄と慕う承太郎がなかなか帰ってこないので、会ったら文句を伝えてほしいとも書かれており、レオーネは苦笑を浮かべた。きっと直接承太郎にも手紙を送っているのだろう。
DIOとの戦いからすでに八年、赤ん坊だったウンガロも随分と大きくなった。
同封されていた写真をレオーネは眺める。笑顔を浮かべている四人の子供たちの姿。ここに本当ならハルノが入るはずだった。自分たちがあの子供を見つけられていたのなら。
ハルノはレオーネに懐いていた。一人を寂しがる子供だった。レオーネも弟ができたみたいで、あの五日間何かとハルノをかまっていた。
どうか、元気でいてほしい。
幼い笑顔を思い出して、レオーネは報告書を引き出しにしまいこんだ。
*
道を歩いていたジョルノは、ふと後ろを振り向いた。誰かに呼ばれたような気がしたが、振り返っても誰もいなかった。
気のせいだと判断した彼は、再び歩き始める。目的地は図書館だった。
ジョルノがこの国、イタリアに帰化してすでに七年。最初は言葉もわからず、養父や近所のチンピラから虐待やイジメを受けていたが、ある一人のギャングの男に出会ったことで状況は一変した。
ジョルノは自分を救ってくれたギャングの男を尊敬しているが、男はけして彼に名前を名乗ろうとせず、遠くから見守るだけ。会話も交流も少なかったが、それでもジョルノは男に憬れていた。
ギャングスターを目指すほどに。尊敬する相手には、断固反対されているのだが。
図書館の中に入り、ジョルノが向かう先は日本語の本が置かれているエリア。その一角、絵本が置かれている場所で彼は一冊の本を棚から取り出した。
それは、ジョルノがまだハルノと呼ばれていた頃、夢のような五日間で兄たちに読んでもらった絵本だった。
当初、ジョルノはあの五日間を夢だと思っていた。自分の子供に興味のない母親ではあったが、流石に五日間もジョルノがいなければ、戻ってきた彼に何か言うはずだ。
しかし彼女はジョルノの不在にまったく気づいていないようだった。
よって彼は夢だと判断した。優しすぎて見たくなかった、思い出すたびに苦しい夢だと。
少し傷んだ表紙の絵本を開く。この絵本があの五日間を現実にあったと証明している。この七年間、ジョルノは何度もこの絵本を読んだ。
「ヘーマパパ、レオーネ、ノリアキ、ジョータロ……ウンガロ」
今でも思い出せる名前。苦しかった夢も、時が流れるにつれ優しい思い出になっていった。優しい思い出と、ギャングの男が見せた仁の姿、それが今のジョルノを支えるものになった。
絵本を棚に戻し、ジョルノは図書館の出口へと進んでいく。
今はまだ、自分すら養えない子供であるけれど。いつかきっと彼らに会えるとジョルノは信じていた。
『にいちゃ』
再会が叶わぬ弟にも、きっと会える。
*
「兄ちゃーん、何やってんだよ」
「あ、悪い」
ぼんやりと庭の木を眺めていたウンガロにドナテロが声を掛ける。二つ年下のこの弟は、ウンガロが一人で佇んでいるのがつまらないのか、いつも呼びに来る係になっている。
「ウンガロ、オヤツできたみたいだよ。手を洗いに行こうよ」
「早く来ないと、全部俺が食べるぜ!」
もう一人の弟、リキエルも呼びに来た。走り出そうとするドナテロの襟首をつかみながら、おっとりと微笑んでいる。少し締まって苦しそうなドナテロを見かねて、ウンガロは慌ててリキエルの傍に走り寄った。
「だめだよ、ドナテロ。この前食べ過ぎて夕ご飯食べれなかったでしょ」
「う、だってスージーばあちゃんのお菓子ウマいんだもん」
「ホリィ姉ちゃんの夕ご飯だってウマいだろーが。もったいないぞー、どうするハンバーグだったら」
「神はなぜ俺に試練を与えるのか……!」
「アホ」
お菓子か夕食かで神に祈る弟の頭を、ウンガロは
「あ、やっときた。おそいよー」
三人がわいわい騒ぎながらリビングに向かうと、徐倫が既に自分の分のケーキを確保してソファーに座りこんでいた。
「徐倫、お前大きいのとったな!」
「はやいものがちだもん」
「僕これにしよう」
「俺はこれ」
「あー! 俺まだ選んでない!」
「早い者勝ちだよ」
ドナテロが徐倫に突っかかっているうちに、自分のケーキを選ぶリキエルとウンガロ。それに気づいたドナテロだが、リキエルの声にがくりと肩を落とした。
その様子をケーキの製作者、スージーQがにこにこと笑って眺めている。
「ねえ、おばあちゃん。実際の大きさって変わらないよね」
「そうね。どれも一緒よ」
「ドナテロにとっちゃ重大なんだろ」
リキエルが呆れた顔でドナテロを見ている横を、ウンガロが笑いながら通りドナテロに近づいた。落ち込む弟はフォークをくわえながら、プラプラと足を揺れさせている。
「ほら、俺のちょっと分けてやるから。うまいケーキを不味そうに食べるなって」
「……兄ちゃん大好きッ!」
満面の笑みで抱き着いてきたドナテロと共にウンガロが後ろに転び、分ける予定のケーキ自体がダメになったのは言うまでもない。
夕食の後、自分の部屋の窓からウンガロは星空を眺めていた。
昼間のあのとき、兄であるハルノの声が聞こえた気がした。
当時のことはウンガロはおぼろげであるが覚えている。承太郎と典明、レオーネと『にいちゃ』と一緒に、『パパ』のところに迷い込んだ。
今は『パパ』が実の父親でないことをウンガロは知っている。そしてこの間、本当の父親と『パパ』が一緒にいることも聞いた。
『パパ』に会いたい気持ちはもちろんあるが、ウンガロは『にいちゃ』にも会いたかった。
ドナテロとリキエルは彼を兄として慕ってくれるが、ウンガロ自身は自分が兄に向いていないと思っている。それは彼自身の行動が記憶にある『にいちゃ』の模倣であり、『パパ』の真似事でもあるからだ。
レオーネがハルノの行方を捜しているが、もう何年も見つかっていない。
それでもウンガロは信じている。兄はきっと生きていることを。