彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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明らかになる事実2

 

 

 

「お母さん、気合で何とかなりそうよ」

 

「あらホント? なら頑張っちゃおう」

 

 

 そんな母娘の会話の後、本当に見えるようになった偲江さんは台所にお茶を淹れに行ってしまった。

 

 何なんだこのハイスペック親子は。ちらりと横を見ると、ディオが唖然とした表情を浮かべている……俺としては、いつも感じていたこの置いてけぼり感を共有する人がいてくれて、大変嬉しく思う。

 

 偲江さんが席をはずしているため、残された俺たちは美喜ちゃんの鋭い視線を、ただただ受け止め続けている。

 

 

「似ているわねぇ、ホント。平馬の方が間が抜けているけど」

 

「うぐ」

 

 

 どうやらディオと俺を見比べていたらしい。そんなに俺は表情がゆるいのだろうか。ちなみにピクテルについては幽霊で納得されている。

 

 

「美喜ちゃん、俺も覇気とか出せるかな?」

 

「平馬じゃあ、精々威嚇が限度じゃないかしら」

 

「……」

 

『フッ、同感だな』

 

『ははは……』

 

 

 即答で無理だと断定されてしまった。落ち込む俺を見て美喜ちゃんは華奢な顎に指をそえ、思案する。

 

 

「そうね、私と何度か立ち合えば少しは覇気がでるかもしれないわね」

 

「諦めます」

 

「だから無理なのよ」

 

 

 偲江さんが持ってきたマグカップの紅茶を飲みながら、美喜ちゃんは笑って言う。すいませんね、へたれで。

 

 

「心構えがないんだもの。鍛えればいいところまでいくと思うけれど、言葉だけで強制されてもアンタは続かないわよ。

 其処の二人、平馬を動かしたいのなら飴か鞭を用意しなさい。経験的に、飴のほうが自主的に頑張るから楽よ」

 

『ああ、試したことがある。良いことを聞いた』

 

『マナー講座計画に盛り込もうか。後で相談しよう』

 

 

 なにやらディオとジョナサンが俺の教育を計画している。仲良くなるのはいいが、その分俺にしわ寄せが来そうな予感がひしひしとするのだが。

 

 

『ピクテルにもそれでいこう』

 

 

 ジョナサン、ピクテルが物凄く驚いた顔をしているぞ。てっきり俺が台所にいるときに話し合ったと思ったのだが、ピクテルが聞いていないとは筆談でもしていたのだろうか。

 一緒に頑張ろうか、とピクテルに伝えると気落ちした様子で彼女は頷いた。

 

 

 

 偲江さんが茶請けまで用意した後、俺はざっと最近起こった一連の出来事を伝えた。流石に俺が吸血鬼になったことは伏せたけれど、それ以外はありのままを。

 

 目を白黒としているおっちゃんはともかく、偲江さんと美喜ちゃんの二人の反応といえば。

 

 

「あら、タイムスリップなんて素敵。近代のロンドンの様子なんてぜひ聞きたいわ」

 

「ふーん、二人は随分と強いと思ったけど……ひとつ手合わせ願いたいわね」

 

 

 偲江さんはいいとして、美喜ちゃんの回答が時代を間違えている。にこやかな笑顔なのに、獲物を狙う狩人のような身を竦ませるものを感じる。

 

 ディオとジョナサンも感じているのか、同じように口の端を吊り上げた笑みを浮かべたり、真剣な目で美喜ちゃんを見つめ返したりしている。やめて落ち着いて、この家が壊れてしまう。

 

 

「それよりもさ、信じるの?」

 

「あら、正孝叔父さんに慣れた私に死角はないわ! 昔から見えないお客さんがいるなんて普通だったもの」

 

「……お母さん、それ最初に言っていれば説明省けたんじゃないの?」

 

 

 あっさりと暴露する偲江さんに美喜ちゃんが突っ込みを入れる。

 

 偲江さん、知っていたんだ……。俺が悩んだ期間は一体……あれか、相談すればよかったのか。下手に隠したのが拙かったのか。

 

 思わぬところに鍵があったことに俺は愕然とするしかない。ピクテルが慰めるように俺の頭を撫でる。いつもすまないねぇ。

 

 

「ま、過ぎたことは気にしても仕方がないわ。それで、目が赤い理由は?」

 

「……黙秘で」

 

「へえ?」

 

 

 美喜ちゃんの目が細められた。それだけで背筋に冷や汗が流れ出したことを感じる。

 

 だが、これだけは言えない。

 

 気の遠くなるような長い生を、俺が歩むことは伝えてはいけない。

 

 

 言えば二人は俺を案じるだろう。

 

 言えば二人は自分を責めるだろう。

 

 

 行き着く先がたとえ生き地獄に繋がっていたとしても、俺は笑って二人と別れたい。

 

 

 何もかも中途半端な俺の、男としての意地だ。

 

 

 ぐっと口元を引き締める。逸らしそうになる目を美喜ちゃんのそれと交差させる。威圧感に耐えて視線を合わせていると、美喜ちゃんの目が一瞬開いて、そして和らいだ。

 

 

「まったく、ちょっとは男の子になったじゃない」

 

「平馬ちゃんも男の子になっていくのねぇ。もうすぐ成人なのにぽやぽやしているから、私、心配していたのよ」

 

「性別間違って生まれているんじゃないかとも思ったわね」

 

 

 うんうん頷いてる二人の言葉に、俺は顔を引きつらせる。ディオとジョナサン、俺とピクテルを交互に見るんじゃない。どうせ俺は中途半端な奴ですよ、ふん。

 

 仕方ないわね、と美喜ちゃんは笑う。偲江さんも微笑んで俺を見つめている。その笑顔があまりにも優しくて、俺は涙腺が緩みそうになるのを必死に耐えた。

 

 

「泣き虫はまだ治りそうにないわねぇ。平馬ちゃんらしいけど」

 

 

 偲江さんの言葉に、俺は歪な笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 夕食は偲江さんの手作りで豪華になった。美喜ちゃんは昇一さんを捕まえに出かけ、その背にぐったりとした人間を背負って帰宅した。ディオもジョナサンも彼女に慣れたのか、その光景を気にしなくなっている。

 

 おっちゃんのみビビッていたが、それが正しい反応だから大丈夫だよおっちゃん。

 

 昇一さんはやはりスタンド使いの素質はないようで、バグな二人とは違い俺を見ることはできなかった。俺が元のところに帰ることを美喜ちゃんの通訳で伝えると、彼は大いに残念がった。

 

 

「俺はてっきり、平馬くんがうちの美喜を貰ってくれると思ってたんだがなぁ。そっかぁ、帰るのか」

 

「なにを言ってんだ昇一さんは」

 

 

 ビールを片手に俺の肩を掴む昇一さんは、すでに酒臭い。あえて肩を触れられるように俺が調整しているが、もうやめたい程だ。

 

 何時もよりペースが早いが、今日は見逃されているようで偲江さんはテーブルの反対側で微笑んでいる。……見逃されているんだよね?

 

 戦々恐々としながら味噌汁を飲んでいると、昇一さんはじっと俺を見て言った。

 

 

「なにって、平馬くんうちの美喜のこと好きだろ」

 

「ぶふッ!」

 

「何時ちゅーのひとつでもするかと思ってたら、手ぇださねーんだもんな」

 

 

 せっかく偲江と賭けてたのに、と不貞腐れた様子の昇一さんの横で、俺は気管に入りかけた味噌汁によって咳き込む。なんてことを賭けてんだこの二人は。

 

 

「いっそ今やっちまえ! 記念だ記念」

 

「黙れこの酔っ払い」

 

「なんだぁ、美喜。お前いっちょまえに恥ずかしがってんのかぁ? 見た目通りになってどうすんだよこれ以上よぉ」

 

 

 ニヤニヤとからかう態勢に入った昇一さんに向かって、美喜ちゃんが近くにあった二リットルサイズのペットボトルを振り下ろす。鈍い音を立てて昇一さんが倒れた……中身入ってないのにな。

 

 

「平馬ちゃんは無理よぉ。美喜からいかないと」

 

「お母さんまで何言ってるの!? ちょっと押さないでよ!」

 

 

 偲江さんがにんまりとした顔で美喜ちゃんを俺が座っている場所へ押し出そうとしている。それを見ていた残り三人は、それぞれ特徴的な笑顔を浮かべて立ち上がった。

 

 

『せっかくだ、俺たちも退くとするか』

 

『キッチンでお茶を淹れてくるよ』

 

「ちょっくらトイレにいってくらぁ」

 

「お前ら何に気遣ってるの!? ちょ、この空気どうすればいいんだよ!?」

 

 

 ピクテルも姿を消すんじゃない。ちょっと戻って来い、今すぐ早急にッ!

 

 俺の内心の叫びとは裏腹に、ピクテルも野郎共もリビングから姿を消した。この場にいるのは、俺と美喜ちゃん、気絶した昇一さんと笑いを耐えている偲江さん。

 

 すでに美喜ちゃんは偲江さんの手によって俺の横に座らされている。顔を赤くして俯いているその姿は正直可愛……落ち着け俺。空気にのまれすぎだ。

 

 

「さ、存分に食べちゃいなさい」

 

「後生だからやめて偲江さんッ!」

 

 

 俺は目元を両手の平で覆う。きっと俺は耳まで赤くなっているだろう。へたれねぇ、という偲江さんの声が耳に届くが、俺は聞こえん。聞こえんぞ。

 

 

「なんだよ、だめだったのか。兄ちゃん情けねぇな」

 

『腰抜けめ』

 

『もう少し大人にならないといけないのかな』

 

 

 うるせぇ、てめぇらさっさと戻って来い。正直これ以上されたら俺は泣くぞ。

 

 目を覆ったまま野郎共に悪態をついていると、かすかな空気の動きを感じた。

 

 

 なんだと思うよりも前に、唇に何かが触れる。

 

 

「お」

 

『ほう』

 

『まったく……』

 

「あら」

 

 

 全身が硬直した俺は、視界を塞ぐ自らの手をどかすことも出来ず、触れるそれが柔らかいことだけを感じ取っていた。

 

 

 どれくらい過ぎたか、接触が終わって数秒たっても、俺は動けず目隠しも外せなかった。

 

 

 

 本当にヘタレなんだから、と小さく呟く彼女の声が……どこか嬉しそうに聞こえる。

 

 

 

 

 

 

「ほーッ! 美喜、お前やるじゃねぇか! ほれ、もっとぶちゅーっといけ!」

 

「寝てろ酔っ払いッ!」

 

「あぐッ!?」

 

 

 正直、昇一さんの空気の読めなさが大変助かりました。

 

 

 

 

 

 


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