彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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絡み合う因縁

 

 

「おーえうー」

 

「お、話したぜぇ~。なに言ってるかわかんねーけどよー」

 

 

 抱きかかえられたまま、どうにかコミュニケーションを取ろうと声を出してみたのはいいが、舌が回らないというか口が動かず碌に発声できなかった。降ろしてくれって言ったつもりだったのだが。

 

 

 今のまま、ピクテルを出すのは拙いだろうか。むしろ今の俺はスタンドを使えるのか?

 精神が退行していないためピクテルを出すことはできそうだが、赤ん坊の身体なので生命力が足りず実体化は難しいだろう。

 

 

「てめーらッ、なごんでんじゃねーぞーッ!」

 

「あ、兄貴……」

 

「弓から手を離せ、億泰~ッ! 俺の邪魔をするんならよ~、容赦はしねーぜッ!」

 

 

 仗助くんと小柄な少年――康一くんが俺の顔を覗き込んでいると、少し離れた場所に立っていた青年が声を荒げた。

 

 俺はあまり四部の詳細は覚えていないため、いまがどの場面に値するのかは分からない。ただ、この緊迫感が漂った状況であるから、漫画に描かれた場面ではないかと思う。

 

 

「康一……ちょっとこの赤ん坊を頼んだぜ」

 

「わッ!」

 

 

 冷静に状況を見据える仗助くんが、俺を康一くんへ渡して一歩前に出る。康一くんは慌てて俺を受け取り、はらはらとした表情で仗助君と青年達を交互に見ていた。

 

 

『よこせ』

 

「え……?」

 

 

 確か弓と矢って重要なアイテムじゃなかったか、と記憶を探る俺の耳に、聞きなれた声が届いた。奪い取るように俺の身体は康一くんから離れ、白い手を持つ人物に抱きかかえられていた。

 

 

 見上げると其処には少年姿のディオの姿。え、出てこれたのか、というか俺の身体は大丈夫なのか。

 

 ディオの肩の上に現れている仮面姿のピクテルが、手の平サイズの小さなメモ帳程度のスケッチブックを手にしている。もしかして、それは今の俺が出せる最大のサイズなのか。

 

 それに書かれた文字によると、『スケッチブックとキャンバスは別物だから大丈夫』とのこと。ふわっふわな説明ありがとう。あとで詳しく教えてくれ。

 

 

 突然現れたディオに康一くんは後ずさって離れ、青年達も彼らを止めようとしていた仗助くんもこちらを振り向いた。

 

 

「誰だてめーは」

 

『随分とまあ、小さくなったものだなヘーマ。気分はどうだ?』

 

 

 意地悪気に笑いながらディオは聞いてくる。少年姿になったときの仕返しか、俺のほうが状況悪くなってるじゃあないかい。

 

 ところで無視された状態の青年の顔が非常に険しいのだが、それはどうするつもりなのか。

 

 

 俺がしきりに訴えると、ディオは今気づいたとばかりに青年達へ顔を向け、つまらないものを見るような表情を浮かべている。

 

 

『私に意識を向ける前に、屋上にいる覗きをどうにかしたらどうだ』

 

「!」

 

 

 その場にいた全員、一斉に天井を見上げる。明るい空を切り取った明り取りの窓に、こちらを覗きこんでいる人影があった。

 

 

「ひ、人だッ! 屋根の上に人がいるよッ!」

 

「おめーらの身内ってわけじゃあなさそーだな、さっきの言い方じゃあよ~」

 

「当たり前だッ、俺達は三人家族だぜッ」

 

 

 誰もが天井の窓に気をとられていた。億泰と呼ばれた青年の後ろの壁、正確には壁にあるコンセントからバチリと火花が散る。

 静電気のような小ささだったそれは、すぐに人間大の大きさになり億泰くんに向かって腕を振り上げる。

 

 

「億泰ゥーッ! ボケッとしてんじゃあねーぞッ!」

 

 

 億泰くんと共に弓を掴んでいた兄貴と呼ばれた青年が、彼を庇うように殴り飛ばす。その無防備な背に電気のスタンドが拳を当てる瞬間、その姿が横に吹き飛んだ。

 

 

『ぐぁ!』

 

『間に合ったみたいだね、よかった』

 

 

 拳を握り締め、転がる電気のスタンドを見下ろしながら、少し微笑む少年姿のジョナサン。ううむ、こんなに大きいサイズを実体化しているというのに、やはり俺には負担がない。

 

 億泰くんとお兄さんはジョナサンによって助けられ、それまでの怪我はあるが命に関わるようなものはないようだ。彼らは電気のスタンドを睨みつけると、警戒しながら立ち上がる。

 

 

『うぅ……虹村形兆に一発入れることはできなかったが……これは頂いていくぜーッ!』

 

「あッ!? 弓と矢が……電気になっていくッ!」

 

 

 瞬く間に物質である弓と矢がエネルギーである電気に変換されいく。電気のスタンドはニヤリと笑うとコンセントに戻っていった。

 

 

「きさまッ!」

 

『これを利用させてもらうよ~ッ。あんたにこの「矢」でつらぬかれて、スタンドの才能を引き出されたこの俺がなーッ!』

 

 

 形兆くんが自身のスタンドを動かす前に、電気のスタンドは姿を消した。先ほどジョナサンに不意打ちをされたばかりだ、追撃を恐れたのだろう。

 

 乱入者が去り沈黙が広がる部屋の中で、一人だけ動く者がいる。

 

 

「……おやじ、どうしたんだよぉ~?」

 

 

 億泰くんにおやじと呼ばれた、肉の塊に手足と顔のパーツがついたような生き物。彼が酷く怯えた様子で後ずさりながら、俺を見ながら目を見開いていた。

 

 いや、正確に言えば俺ではない。

 

 彼はディオを見て怯えている。

 

 

『どこかで聞いた名前だと思えば、虹村ではないか。ほう、随分と愉快な姿になったな』

 

「うひぃぃぃッ!」

 

『どうやらその姿になっても主人のことは忘れていないらしい。ふむ、なかなか忠誠心が高いじゃあないか。感心感心』

 

 

 蹲る彼を楽しそうに見ながらディオは歩き近寄っていく。俺も抱きかかえられたままのため、一緒に近づいていくのだが……嗜虐的な顔をしているディオをどうやって止めようかと悩む。

 

 

「それ以上動くんじゃあねーよ」

 

 

 掛けられた声にディオの足が止まった。彼の前に立ちはだかるのは仗助くんとそのスタンド。真っ直ぐにディオを見据える目は、ジョナサンや真剣なときのジョセフによく似ている。

 

 

『その目、その顔立ち……ジョースターの一族か』

 

「一応そーみたいだぜー、最近知ったんだけどよぉ~。それより、あんたに聞きてーことがあるぜ」

 

 

 ディオもすぐにジョースターの血筋と気づいたのか、身長差で見上げながら警戒を少し強めたのがわかった。ジョナサンは少し嬉しそうだなあ……ひ孫だぞ、仗助くんは。

 

 

「あんた、さっきおやじさんに向かってよー、主人がどーのこーの言ってたよなぁ~ッ。もしかしてあんたの名前、DIOって言うんじゃねーだろーなぁ~ッ!」

 

「なに~ッ!?」

 

「DIOって……承太郎さんが言っていたッ!?」

 

 

 おや、と見知った名前が出てきて、俺はディオの服を引っ張る。気づいたディオは俺を残念そうな顔で見つめたが、一つ息を吐いてからジョナサンに目配せをした。

 視線を受けたジョナサンは頷き、ディオの横に立ってにこりと笑みを浮かべた。

 

 

『承太郎というのは、空条承太郎であっているかい?』

 

「し、知り合いなんですかッ?」

 

『どうだろう、僕はお互いの名前を知るくらいだ。ひとつお願いしたいのだけど、承太郎と連絡をとって貰えないかな』

 

『“ヘーマが来た”……そう言えば飛んでくるだろうさ』

 

 

 柔らかいジョナサンの態度にまず康一くんの態度が軟化する。まあ、この面子強面だからなぁ、穏やかなジョナサンの空気に安堵するのも分かる。

 ただ、他の三人は未だディオを睨みつけたままだ……ディオも不敵な笑みを返さない。

 

 しばらく睨みあいが続いた後、仗助くんが深々と息を吐いた。

 

 

「しょーがねーなあーッ! とってやるからちょっと待ってろよぉーッ」

 

「仗助くんッ!」

 

「康一ィ~、ちょっと俺の家の電話から、承太郎さんに連絡してきてくれねーか。俺はこいつらの見張り兼治療をしておくからよー」

 

「わ、わかったッ!」

 

 

 慌てて部屋を出ていく康一くんを形兆くんが止めようとしたが、仗助くんが彼の腕を掴んで止めた。そのまま彼のスタンドが形兆くんに手を伸ばし、あっというまに怪我が無くなっていく。

 完治した怪我を見つめながら、形兆くんは複雑な表情を浮かべていた。

 

 

『ほう、良いスタンドだ』

 

「そりゃどーもッス」

 

 

 自分の怪我を痛そうにしながら確認している仗助くんに、ディオが珍しく褒め言葉を言っている。まあ、確かに即座に怪我を完治できるスタンドってすごいよなぁ。

 そんなことを考えていたらピクテルに頬をつねられた。すいません、スタンドがピクテルで本当に良かったです。

 

 

『自分の怪我は治さないのかい?』

 

「俺のスタンドは自分のことは治せねーッスよ。傷の治りは早いけどよー」

 

『そうか……』

 

 

 曾孫が気になるジョナサンは仗助の腕に手を置いた。その手から光が漏れ、徐々に仗助くんの傷が小さくなっていく。

 

 

『治せないと分かっているのなら、もう少し戦い方を考えなくていけないよ』

 

「あんたも治療ができるスタンドを……?」

 

『これは波紋さ』

 

 

 驚く仗助くんと少し得意げなジョナサン。その姿は外見年齢はどうあれ、俺には曾孫を驚かせて嬉しい爺さんにしか見えない。

 

 未だこちらを睨む虹村兄弟の視線を受け流すことに留意して、俺は早く承太郎が来ることを心から願った。

 

 

 

 

 

 


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