呆然と廊下を見つめていた少年達だが、我に返ったのかわたわたと慌て始めた。
「い、いまジョセフじいちゃんが若くなって、ジョセフじいちゃんに似た人に連れて行かれたッ」
「ドナテロもそう見えた? よかったぁ、僕の目が悪くなったんだと思った」
「ほっとしている場合かよリキエルッ! なんかヤバそうな感じだっただろ!」
「落ち着けよドナテロ。まずは部屋に入ろう、仗助兄ちゃん達もさ」
「お、おう」
総勢六名の少年達がずらずらと部屋に入ってくる。そのうちの三人は仗助くん達だが、残りは十歳前後の少年達だった。
そのうちの一人、一番年上に見える少年がベッドに座っている俺に気づくと、笑みを浮かべて駆け寄り、抱きついてきた。
「ヘーマパパッ!」
その呼び方で俺を呼ぶのは二人しかいない。一人はハルノ、もう一人は――黒髪の、小さな小さな子供。
「ウンガロ……?」
「そうだよヘーマパパ、俺……ウンガロだよ」
抱きついてきた少年の頬に手を滑らす。記憶の中でふくふくとしていた丸い頬は、成長のためかすっきりとしていた。背も、もう俺の胸の下くらいになって、伸びる手足はしなやかに健康的だ。
ぽろりと、俺の目から雫がこぼれる。
心から溢れる歓喜と共に、俺はウンガロを抱きしめた。
「ありがとう、覚えていてくれて……生きていてくれて……ッ」
よかった、生きてた。承太郎達はちゃんと約束を守ってくれていた。
泣きながらぎゅうぎゅうと力を込める俺を見上げていたウンガロが、くしゃりと顔をゆがめた。ヘーマパパ、と震える声で呟く彼の頭をそっと撫でる。
「まだ……まだ、兄ちゃんが見つかってないんだ。レオーネ兄ちゃんも承太郎兄ちゃんも探してるけど、兄ちゃん……見つからないんだッ!」
「ウンガロ」
「おれ、おれだけッ……おればっかり…………ッ」
ウンガロのその後の言葉は、声になることはなかった。泣き声を押し殺していたからだろう、俺の服を握り締めながら、ウンガロはただただ嘆いていた。
とても、優しい子に育ったな。
見つからないハルノがとても心配なのだろう、自分が何かできないことが、自分ばかり恵まれているのが辛いのだろう。
もしかしたら、ずっと溜め込んでいたのかもしれない。ジョセフ達にに心配をかけまいと、まだ幼い心の中に。
俺はウンガロ、と声をかける。口元を噤みながら、ウンガロは視線を俺の顔に向けた。
「俺も探すよ、ハルノを……ようやく、探せる。……大丈夫、きっと見つかるさ。何しろ俺が探すんだからな」
「十年……見つからなかったんだよ?」
「まだ十年しか経ってない、そう考えるんだ」
ぽんぽんと、ウンガロの背を叩く。
そう、まだ十年。いつもは五十年が過ぎていたのに、今回はまだ五分の一だ。
だからきっと会える。
「パパに任せろ。ハルノはきっと見つけてみせる」
笑顔を向けて、ぐりぐりとウンガロの頭を撫でる。少しだけでも信じてくれたのか、ウンガロは小さく頷いた。
「……なあ、俺達ちょっと外に出ていたほうがいーのかな?」
「ドナテロ、しーッ! 静かにしないとッ」
「二人とも声がでけーよッ! いまはなぁー、黙って見守るシーンなんだぜ~ッ!」
「億泰くんの声のほうが大きいよッ」
わざわざソファーの背に隠れながら、こちらをちらちら覗いている少年達。変な気を回していないで其処から出てきなさい。
「なにやってんだよ、ドナテロとリキエルは」
「だって……」
呆れた声でウンガロが少年二人を呼ぶと、おずおずと二人は顔を出してこちらに近づいてきた。なんというか、近づき方が体験で猛獣に餌をやるサファリパークの客みたいなのだが。
「怯えられてるなあ」
「ッ! あ、あのッ、怖いとかじゃなくて!」
「その、貴方がウンガロが言う『ヘーマパパ』だと分かるんですけど、えっと……」
初対面で嫌われたかと内心落ち込んでいると、察したのか慌てて首を横に振る少年達。しばらくもじもじとしている二人を見かねたのか、ウンガロが声をかける。
「もしかして、なんて呼べばいいのか迷っているとか?」
「……うん」
まあ、確かに俺は実際の父親ではないし、初対面である二人は俺の名前を知っているかどうかも分からない。
「俺は中野平馬という。十年前にウンガロとハルノに会ったことがあって、そのときにヘーマパパと呼ばれていた。君達の名前も聞いていいか?」
「僕はリキエルです」
「ドナテロ、です」
「リキエルとドナテロな。俺のことは好きなように呼んでいいよ。呼び捨てでもかまわない」
今にもウンガロの後ろに隠れそうな二人に、苦笑を浮かべながらしゃがみこむ。ああ、ちょっとジョセフの気持ちも分かる気がする、実際の父親ではないが、初めて会う息子ってどう対応すればいいのか全く分からない。
フレンドリーに接するのも、真面目に接するのも、嫌われたらどうしようという俺の心ばかり先行して、無難な対応しか取れないものなんだな。
ジョセフも相当な覚悟を決めて、仗助くんに会いに来たのだろう。俺はもう少しジョセフの助力をしようと心に決めた。
じっと二人の反応を待っていると、リキエルがじゃあ、と口を開いた。
「僕も、ヘーマパパって呼んでいいですか」
「かまわない」
「俺も、いい?」
「ああ、よろしくなリキエル、ドナテロ」
ほっとした顔をする二人の頭を撫でると、嬉しそうに笑ってくれた。ああ、可愛いなあ、もう。三人まとめて抱きしめると、口々に苦しいと言いながらも笑っていた。
ちらりと背後にいるディオの様子を見る。無表情で俺達を見る彼の内心は、ちら見程度では量れない。後で話してみなくては、と吐きそうになるため息をぐっと耐えた。
*
一通り笑ってからお茶をみんなに用意する。
今回ジョセフが来日した一番の理由、スタンド使いの音石についてだが、どうにか確保ができたようだ。なんでもジョセフが音石を探すことが可能なスタンドということがばれてしまい、それで急遽港と船上で音石と戦うことになったとのこと。
「ぶっちゃけ、ジョセフに護衛は必要なのか? 義足とはいえ、アイツの戦闘力はその程度じゃ落ちないだろ」
「念のためとウンガロ達の安全がメインだな、実際は」
あっさり頷く承太郎に、やっぱりかと笑う俺。漫画でどうだったかはもはや覚えていないが、あの筋肉を維持するには毎日のように鍛えないと無理だろう。恐らくシーザーが原因と俺は見る。
『ただいま』
「……おかえり、ジョナサン」
俺が成人姿になっている理由などを説明していると、晴れ晴れとした表情のジョナサンが、肩にジョセフを担いで戻ってきた。
ぐったりしているジョセフだが、息はしているよな?
ベッドに横たえられたジョセフを見て、慌てた様子の仗助くん達が確かめて、胸をなでおろしているので大丈夫のようだ。
『ふふ、孫と手合わせできるなんて思わなかったから、つい力が入っちゃったよ』
「……そうか。ジョセフは強かったか?」
『うん、強いというよりも上手いかな。何をしてくるか分からなくて、楽しかった』
パワータイプのジョナサンに、テクニックタイプのジョセフ。漫画を思い出すとジョセフの方が、相手が格上ばかりで経験が多そうだが、それに勝るとはジョナサンの素質は本当にとんでもない。
「そこに曾孫と玄孫もいるけど、手合わせするか?」
「えッ」
「なッ」
『機会があればお願いしたいなあ』
ニヤリと笑って仗助くんと承太郎を指差すと、ジョナサンは嬉しそうに頷いた。ふられた二人は何故こっちに振るんだと非難の目を俺に向ける。
いやあ、俺ってば思い出しちゃってさぁ。
仗助くんにはガラガラの礼と、承太郎って確か……結婚して子供がいたけれど、仕事にかまけて蔑ろにしていたよなあ?
くいくいと服を引っ張る感触に顔を右下に向けると、ドナテロがしかめっ面で承太郎を指差している。
「ヘーマパパ、承太郎兄ちゃんのこと叱ってやってよ。仕事ばっかりで徐倫のことほったらかしなんだぜ!」
「徐倫、というのは承太郎の子供か、ドナテロ」
「娘だよ」
「ほう……情報提供感謝だ」
ギロリと承太郎を睨みつけると、小さく肩が動くのを見た。ほうほう、自覚は有り、と。
「ジョナサン」
『うん、承太郎にも必要みたいだね。今日はヘーマの負担が大きいから、明日にしようか。仗助はどうする?』
「え、俺は」
「強制で」
「何故にッ!?」
にこやかに判決を下すジョナサンに、目元を覆う承太郎と、無理やり入れ込まれて嘆く仗助くんの肩を康一くんが叩いた。
いやあ、明日が楽しみだなッ!