彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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騒動の影

 

 

 次の日の朝。俺はディオに拉致られていた。

 

 

「自分の絵以外にも入れるんだな……俺だけだろうけど」

 

 

 ちなみに、今居る場所はディオが封じられている絵の中である。起床直後にピクテルが俺をひっつかんで放り込んだ。どうやら俺が起きる前にディオと話をつけていたらしい。

 

 

 そしてその犯人であるディオだが、俺の背中を枕にして寝転がっている。その状態になってから随分と時間がたつが、彼は全く動こうとしなかった。

 

 眠っていないことはわかるのだが、そろそろ俺が辛くなってきた。寝返りをうちたい。

 

 

「随分と」

 

「ん?」

 

「育つ環境で異なるのだな」

 

 

 この俺の血を引いているというのにと、ディオは小さな声で言った。

 

 ウンガロ達のことを言っているのだろう。俺は振り返ろうと身体を起き上がらせたが、ディオによって強引にうつ伏せ状態に戻された。どうやら振り向いて欲しくないらしい。

 

 打ち付けた顎をさすりながら、育ての親である二人を思い浮かべる。

 

 

「明るいジョセフとスージーさんに育てられているからな。環境は確かにいいか」

 

「三人ともどこかお前に似ていた。ジョジョでも、俺でもなく」

 

「そうか?」

 

 

 似ているといっても、自分自身を客観的に見ることが出来ないため、俺には良く分からない。

 

 しばらく沈黙が続く。俺はただじっと、ディオが話し始めるのを辛抱強く待った。

 

 

「……絵は描かないのか」

 

「は?」

 

「この時代に来てしばらく経つが、お前が絵を描いているのを見ていない」

 

「いや、まあ、小さすぎて鉛筆自体持てなかったからな」

 

 

 予想していた方向とは異なる言葉を投げかけられ、思わず気が抜けた回答を返す。絵ね……確かに描いてないな。そう言われると描きたくなってくるじゃあないか。

 

 

「そうだな、明日までに道具を揃えてスケッチにでも行こうかな。弁当を持ってピクニックもいいかもしれないなぁ」

 

「……それでいい。ジョジョと行って来い」

 

 

 後ろからクスクスと笑う声がする。少しだけ気分が上昇したのだろうか。

 ディオは来ないのか、と俺が尋ねると、彼は考えたいことがあるのだと。

 

 

「もう戻れ」

 

「え」

 

 

 背中の重みが無くなったと思えば、襟首をつかまれ引っ張られる。ぬるい感触を通り抜けると、俺は砂浜に座り込んでいた。

 

 

「あッ! おはようございます平馬さん」

 

「康一くん……おはよう」

 

 

 少し前に座っていた康一くんが振り返って挨拶をしてくれた。ふと上を見上げるとふよふよ漂う仮面のピクテルの姿。さっき引っ張ったのは彼女のようだ。

 

 しかし、ディオの様子が変だったというのに聞きそびれてしまった。最後まで彼がどんな顔をしていたのかも、分からないままだ。妙に考え込んで、こじらせていなければいいが。

 

 

「今さっき、始まったばかりなんですよ。ジョナサンさんと承太郎さんの対戦」

 

「始まったばかりってことは、次が仗助くんなのか」

 

「あ、いえ……仗助くんは、その」

 

 

 目の前で繰り広げられる猛スピードの攻防を見ながら、俺は康一くんの隣に座りなおす。なにあれ、目が追いきれないんですけど。スタンドを使っている承太郎はともかく、ジョナサンは本当に何なんだ。

 

 何故か言いよどんでいる康一くんが、ちらちらと隣に視線を送っている。隣に座っているのは仗助くんだが、どんよりと気落ちした様子で体育座りの体勢となっている。

 

 よく見ると制服の所々に砂がついているのに気づき、理由を察してそっとしておくことに決めた。

 

 

「ウンガロたちは?」

 

「ジョースターさんと一緒に散歩に行きましたよ。長引きそうだからって」

 

 

 確かに一進一退の対戦は見ごたえがあるが、流石にこのスピードではウンガロ達も良く分からないだろう。ジョナサンはもとより、承太郎も楽しそうだなぁ……ストレス解消になっているようだった。

 

 

 昨日は勢いで承太郎も有罪としたが……少し早まったかもしれない。

 

 

 小さい頃から父親が多忙で殆ど家にいなかった承太郎は、もしかしたら『父親とは仕事で家にいないもの』だと考えているのではないかと思ったからだ。

 

 幸い、承太郎は母親がホリィのような包容力のあるとても強い女性だったため、不良にはなったものの性根はひねくれずにすんだ。世界的なミュージシャンの父親の分まで、たっぷり愛情を注いだからだろう。

 

 それを承太郎は、伴侶にも求めているのではないだろうか。ただし、何も語らずに。

 

 承太郎が選んだ女性は、きっと優しい女性なのだろう。子供のために離婚を決めるほどには、愛情深い人なのだろう。

 

 それなのにすれ違う原因は、承太郎の認識と言葉の足りなさではないだろうか。

 

 

 外国では愛情を確かめ合う最初のステップは言葉だ。気持ちを表に出そうとしない承太郎では、最初からつまずいているようなものだ。

 

 漫画とは違い典明やレオーネがいるため其処まで多忙になっていないと予想していたが、俺は彼の生真面目な性格をすっかり忘れていたらしい。ワーカーホリックを侮っていた。

 

 対処法を考えなきゃな、と俺は薄っすらと笑いながら悪巧みを計画し始めた。

 

 

 

 ちなみに、承太郎とジョナサンの対決は制限時間オーバーの引き分けだった。いや、もう……凄いとしか言えない。

 

 

 

 *

 

 

 

 昼食の後、俺はスケッチブックと筆記用具を持ってホテルを出た。

 

 思った以上にジョナサンが承太郎との対決で疲れていたため、連れて行くことはせずに一人でぶらぶらと街を歩く。音石の件でホテルに閉じこもったままだったから、観光気分で描きたい景色を探していた。

 

 ああ、しまった。ホテルで景色のいいところ聞いておけばよかったかもしれない。

 

 すでにホテルを出てから数十分経っているため、戻るには少し面倒だ。どこかの店でお勧めの場所でも聞いてみようかと進む方向を変えたとき、丁度店から出てきたサラリーマンと俺はぶつかった。

 

 その人が持っていた大きい封筒が地面に落ち、中に入っていた書類が道に散らばる。

 

 

「すいません、余所見をしていて!」

 

「いや……こちらもよく見ていなくてすまない」

 

 

 慌てて書類を拾い集め、同じく書類を拾っているサラリーマンに差し出す。俺の様子に気づいたサラリーマンは書類を受け取ろうとして、何故か動きが固まった。

 

 なにやら俺の持っている書類を凝視しているようだが、少し皺になっているのが原因だろうか。

 

 

「本当に申し訳ない、皺になってしまって……」

 

「……大丈夫だよ、会社に持ち帰るだけだし、いざとなればコピーをとればすむからね」

 

 

 そう言って笑うサラリーマンに俺は安堵のため息をつく。優しい人でよかったが、これからはちゃんと前を見て歩こうと心に決めた。

 

 

「失礼だが、君は男性でいいのかい?」

 

「……性別を確認されたのは初めてですね」

 

「いやすまない、随分と綺麗な人だと思ってね。思わず確認したくなってしまった」

 

 

 申し訳なさそうなサラリーマンの男性に、俺は引きつった顔を返すしかない。あれぇ、俺ってばディオと顔が似ているはずなのに、どうして性別を疑われているんだろうか。そんなに顔が引き締まってないか。

 

 先に失礼をしたのは俺のほうであるし、とりあえず気にしないようにする。

 

 

「あ、そうだ。どこか景色のいいところを知りませんか?」

 

「景色、かい? それなら海のほうはどうだろう。ホテルの先に岬があるんだが、見晴らしもいいし夕焼けも綺麗だよ」

 

「ホテルの先……」

 

 

 やはり最初にホテルで聞いておいたほうが良かったようだ。いや、ここで聞けたことを幸運と思わなければやってられない。

 

 

「ありがとうございます、行ってみます」

 

「ああ、あまり崖には近づきすぎないほうがいい。毎年、観光客の事故があるんだ」

 

「気をつけます」

 

 

 サラリーマンの男性に一礼して、俺は来た道を戻っていった。

 

 はあ、今日はもうホテルに戻ったほうがいいかもしれない。明日の朝から行くことにしよう。

 

 

 

 

 

 

「あ、いいところに帰ってきた!」

 

 

 ホテルに帰り着いた俺を待っていたのは、ほっとした表情のウンガロ達と俺の知らない少年だった。

 

 

「いったいどうしたんだ? そこの子は友達?」

 

「うん、仲良くなった早人って言うんだ……ってそれじゃあなくて! 俺達とんでもないもの拾ったんだよ!」

 

「とんでもないもの?」

 

 

 ドナテロがリキエルを指差して慌てているのを見て、俺の視線は布に包まれた何かを抱えているリキエルに移動する。

 

 何を抱えているのか覗き込んでみるが、布の塊があるだけで何も見えない。

 

 

 ――ん? 見えない?

 

 

 記憶を掠めるキーワードに首をかしげていると、困った顔をしたリキエルの言葉に俺は目を見開いた。

 

 

「赤ちゃん、拾ったんだ……透明な」

 

 

 

 




平馬くんの手は綺麗です。

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