彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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たまには昼間に更新したい。



晴れた気持ちの良い日に

 

 

 透明になった赤ん坊については、ジョセフが預かることになった。俺は日中は赤ん坊に戻っていないといけないので、世話が出来ないからだ。

 

 むしろ一緒にわしが面倒をみようかと言っていたが、ピクテルのつねり攻撃付きで断った。俺を赤ん坊扱いするな。赤ん坊だけど。

 

 

 数日、本体をキャンバスに入れた状態で検証してみたが、ジョナサン達を出したまま更に俺を出すことは負荷が大きいらしい。

 短時間では問題ないが、長い間その状態が続くと突然意識が落ちた。

 どうやら負荷を緩和する為の肉体の本能によるもののようで、回復するまで数日かかってしまった。

 

 目を覚ました俺に降りかかる説教は、ジョナサンとディオをはじめほぼ全員分。心配してくれるのは嬉しいが、数時間正座はあんまりじゃあないだろうか。

 

 よって、外に絵を描きに行くときは、俺は一人で行動することになった。ピクニック計画は、俺が赤子モードでないと無理のようだ。

 

 先日まではウンガロ達も一緒に出かけていたのだが、学校を休んで杜王町に来ていたため帰国した。ジョセフにお前は帰らないのかと聞いてみたら、承太郎が帰るときに帰ると目を逸らしながら言っていた。

 スージーさんが怖いのは分かるが、あまり後回しにするほうがまずいと思うのだが。

 

 

「一人で絵を描くのはいつものことだけど、寂しくもある」

 

「独り言かい、平馬くん」

 

「あ、こんにちは吉影さん。仕事帰りですか?」

 

「出先からそのまま帰ることになってね」

 

 

 海沿いの道で絵を描いていると、最近良く会う以前ぶつかったサラリーマンの男性──吉影さんに声をかけられる。会う時間帯はいつも朝か夕方なので、通勤経路に俺がいるらしい。

 

 吉影さんがひょいと俺の手元のキャンバスを覗き込む。

 

 

「景色だけではなく、家も描くのだね」

 

「別荘地帯だけあって、個性的な家が多いですからねぇ。面白くって」

 

 

 今描いているのは白を基調としたログハウス風の家だ。その前に描いた灰色のレンガを使った家も描いていて楽しかった。なんて素晴らしいんだ別荘地帯。

 

 

 ウキウキしながら俺が鉛筆を動かしていると、何か考えている様子だった吉影さんがもしよかったらと言葉を続ける。

 

 

「私の家も描いてみるかい? 日本家屋なのだが、この辺りには珍しいと思う」

 

「日本家屋ですか! ぜひお願いします!」

 

 

 吉影さんの言葉にすぐに飛びつく俺。遠慮や自重など絵の題材の前にはいらん。

 

 即答した俺に目を丸くした吉影さんだったが、すぐに苦笑に変わる。付いておいでと手招きする彼の後を、俺は足取りも軽く歩いていった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 たどり着いた吉影さんの家は、想像していたよりも豪邸に分類する家だった。中だけしか見ていないが、承太郎の家もそういえば凄かったことを思い出す。

 

 驚いた顔で見回している俺を見て、吉影さんがクスリと笑った。

 

 やべ、また顔が緩んでいただろうか。

 

 

「描きたくなったかな?」

 

「とても……いいなあ、日本風の家」

 

「ありがとう、両親から継承しただけなんだがね。

 ――ずっと絵を描いていたのだろう? お茶でも飲まないかい」

 

 

 確かに、昼食後に出かけてからずっと描いていたため、喉は渇いている。だが行き成りお邪魔するのも気が引けて一考していると、遠慮しなくともいいと肩を叩かれた。

 

 

「少し疲れた顔をしているよ。一杯だけ、私の我侭に付き合ってもらえないかな」

 

「なら……一杯だけご馳走になります」

 

 

 言葉を選ぶのがうまいなあ、と感心しながら俺は彼に続いて門を通り抜け、玄関をくぐった。

 

 

 家の中もなんとも趣のある和風な造りになっていた。うわぁ、全部描きたいとキョロキョロしながら庭も眺めていると、一つの部屋に案内された。

 どうやら応接間となる部屋らしく、掛け軸やささやかに生けられた花が部屋を通り抜ける風に揺れている。

 

 

「座って待っていてくれ、お茶を用意してくる」

 

「ありがとうございます」

 

 

 部屋を出て行く吉影さんを見送って、俺はいそいそとスケッチブックを取り出す。その場から移動はせずに、見える景色を描いていく。

 

 別荘地帯ということもあり、外からは車の騒音も聞こえてこない。温かさよりも暑さを感じるようになった日差しが、庭にある池に反射して部屋に水の波紋を浮かび上がらせている。

 

 綺麗な家だな、と俺は目を細めて手を動かし続けた。

 

 

「待たせてすまない。どうも茶葉を切らしていたようでね、コーヒーでもかまわないかな」

 

「全然かまいませんよ」

 

 

 お盆にカップを二つ載せて、吉影さんは部屋に戻ってきた。差し出されたカップを受け取り、口をつけようとするとかすかに感じるアルコールの匂いに手が止まる。

 

 

「カフェ・コレットというイタリアで飲まれるコーヒーだよ。ただ、ホイップクリームの代わりにミルクになっているけれどね。飲んだことは?」

 

「ないです。……入っているのはウイスキーですか?」

 

「グラッパというイタリアのウイスキーさ。最近気に入っていてね、平馬くんにも薦めてみたんだ」

 

 

 目線で促されてコーヒーを口に含む。エスプレッソなのか苦味が舌に残るが、香りがとてもよくて俺は気に入っていた。そんな表情が表に出ていたのか、吉影さんが気に入ったようだねと微笑んでいる。

 

 

「よかったよ、全部飲むほど気に入ってくれて。手間がはぶけるからね」

 

「なんのことで……ッ、うぁ……ッ?」

 

 

 ぐらり、と視界がゆがんだ。傾きそうになる身体をテーブルに両手をつくことで支えるが、今にも意識が薄れそうになっている。

 

 いったい何が起きているのかと霞む視界で周りを見渡そうとしたとき、カシャっという音が背後から聞こえた。ゆっくり振り返ると、其処には写真を吐き出している最中のポラロイドカメラ。

 何が写っているのか確認したくとも、意識を保つことが精一杯で身体が動かない。

 

 俺が元凶だと思われる吉影さんを睨みつけるために顔を上げたとき、彼の背後に浮かぶ人影に目を見開いた。

 

 

「スタンド……使い、か」

 

「……おや。平馬くんもスタンドとやらが見えるみたいだね」

 

 

 ならば気をつけないといけないな、と吉影さんが呟くように言った直後、俺は右手を襲った激痛に喉から叫ぶ。

 

 

「ああぁぁあぁあふぐッ! ぅうーッ!」

 

「おっと大きな声は困るな、近所迷惑じゃあないか」

 

 

 刃物で切断されたように切り離された俺の右手首より先が床に転がる。何処からか飛んできた細長い布が、俺の口をふさぐように巻き付いて叫ぶ俺の声をふさいだ。

 

 目の前の吉影さんのスタンドはなにもしていない。それならば、ほかにスタンド使いがいるはずだ。

 

 ジョナサンとディオを呼ぶためにピクテルを出すが、彼女は首を横に振って『左手だけ』を俺に見せるように広げた。

 

 ピクテルの右手がない。俺の右手が切り落とされたからか。

 

 でも何故彼女は首を横に振った? キャンバスから彼らを抜き出すには手があれば――――。

 

 

 いや、できないのかもしれない。

 ピクテルはいつも『右手』でキャンバスの中を探っていた。スケッチブックに絵を描くのも『右手』で、その絵を取り出すのも『右手』だった。

 

 

 ピクテルの能力を使うのに、『右手』は必須だった!

 

 なんてこった、こんなときに俺のスタンドの一番の弱点が分かるなんて!

 

 

「それが君のスタンドかね? どうやら攻撃してこないようだが……もしかして、右手がないからできないのかな?」

 

 

 穏やかな容貌に愉悦をにじませて、吉影さんは笑う。彼が無造作に俺に近づき、転がっていた右手を拾う。指の平で撫ぜ、その後に頬ずりする様子を見て、右手が切り離されているというのに背筋に悪寒が走った。

 

 やばい、この人変態だ……手フェチを嫌な方向にこじらせた感じの。

 

 ずりずりと後ろに下がって俺は廊下に出ようと身体に力をこめる。痛みのおかげで少しだけ制御が利くようになった。

 

 後一歩で廊下に出る距離になったとき、俺の身体は逆方向――室内へと跳ね返された。

 

 障子も何もない場所を通ろうとしたはずだった。だが、何か見えない壁がそこにあるように通り抜けることができない。

 

 閉じ込められた、と俺の頭が理解したそのとき、ぐらりと再び視界がゆがんだ。

 

 

 もう……意識を保てない。

 

 

「昼間は失敗したが、今回は丁重に聞き出さないといけないな。スタンドも無力化でき、美しい手も手に入れた。……やはり私はついている」

 

 

 薄れる意識のなか、ディオとジョナサンの怒る声が聞こえた気がした。

 

 

 


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