彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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現状と記憶と

 

 

 暗い部屋に、扉の隙間からささやかに光が差し込む。

 

 朝日ではなく、痛みによって目を覚ました俺は、薄めで部屋の中を確認した。どうやら吉影さんはいないらしい。

 

 

 俺が監禁されてすでに数日が経っている。

 尋問という名の拷問もどきは何度も受けているが、吉影さんがこの部屋を訪れるのは朝と夜の二回だけで、それが俺が日付を数えられる唯一のものだった。

 

 日に日に残虐になっていく尋問に口を閉ざし続けた俺は、そろそろ忍耐が限度を超えそうな吉影さんの様子から、この部屋からの脱出を試みることを決めた。

 

 

 情報を得る為とはいえ少し耐えすぎたかも、という後悔はある。

 

 昨日の夜で、左足を爆破されて逃げにくくなってしまった。

 

 

 痛みは当然、全身満遍なく感じている。殴られ刺され切り刻まれ、仕舞いには爆破され……よく生きているなと俺自身でさえ不思議である。

 キャンバスに本体を入れている影響だろうか、血はあまり出ていない。赤ん坊姿であればそもそもこんな目にはあっていないのだろうけれど、キャンバスの中の身体がとても不安である。

 

 妙に冷静さを保つ思考能力は、痛みへの逃避だろうか。少々精神が危うくなり始めているのかもしれない。

 

 ふよふよと俺の右上にピクテルが浮いている。

 

 彼女の仮面もひび割れて酷い状態だ。それなのにけして外そうとしないのは、彼女自身も傷ついているからだろう。俺が顔を殴られて腫れているので、もしかしたら彼女もその状態なのかもしれないな。我がスタンドながら、身だしなみにも気を使う乙女である。

 

 

 痛みを訴える身体のサインを努めて無視をしつつ、壁を使ってどうにか片足で立ち上がる。

 

 部屋にあるものを一通り見回して、俺はポラロイドカメラが置いてある棚にケンケンで近づいた。……意外と動けるものだな。

 

 

 ポラロイドカメラを左手で持ち、棚に寄りかかって思案する。

 

 吉影さんのスタンドを見るまで全く気づいていなかったが、たしかあの人は漫画の四部のボスキャラだった気がする。俺の記憶とは姿形が違うのだが、スタンドの姿は記憶と整合していたので、きっと覚え間違いだろう。

 

 能力はたしか爆弾……実際に俺の身体が爆破されているので、外れてはないはずだ。

 

 

 早いとこ抜け出して情報を伝えなきゃあな、と先ほどからこそこそと動いている写真をピクテルが左手で掴んだ。

 

 

「よう、爺さん。さっさと部屋から出してくれない?」

 

『誰が出すかッ! 死に掛けだというのにしぶとい奴め!』

 

 

 昼間に目が覚めるといつもいる幽霊の爺さんが、写真の中からつばを飛ばす勢いで怒鳴っている。写真には俺も写っていて、たしかこれが爺さんのスタンド能力だったような覚えがある。

 

 対処法はなんだったけなー……とりあえず破けばいいか?

 

 

『何をするッ!』

 

「破けばいけるかなって。こういうもんって大抵悪いところだけ取ればどうにかなるだろ?」

 

『おおざっぱに破くんじゃないわッ! く、これならどうじゃ、貴様の手も裂けるぞ!」

 

 

 写真の中で爺さんは手首のない俺の右手を掴む。爺さんのところだけ破りぬくつもりだったため、確かにこれでは俺の手も影響を受けるだろう。爺さんの言うとおり裂けるのかもしれない。

 

 だが。

 

 

「あいにく、痛みにはここ数日でなれちゃってねぇ。いまさら傷が一つ増えようがたいした違いはない、よッ」

 

『あっ!』

 

 

 びり、と写真が破ける。

 

 切り取った爺さんの写真を折りたたみ、映っている面が見えないようにして摘む。目的のものを目線で探していると、引きちぎられるような激痛と共にゴトリと肘から先の右腕が床に落ちた。

 

 くっそ……覚悟済みであるからって痛いのは変わんねぇんだよ。顔をしかめつつピクテルが手招きしている場所までケンケンで移動する。床に置かれた高級菓子の紙箱に爺さんの写真を入れて蓋を閉める。その上から部屋にあったハードカバーの蔵書を十冊くらい置いてみた。

 

 

 なにやら爺さんが叫んでいるようだが、耳から流して部屋の入り口へとケンケンで近づいた。ここ数日、俺が開けることが出来なかった扉は、すんなりと開いた。どうやら成功したらしい。

 

 

 ホテルに帰る前に家の中を物色する。あの写真の爺さんにも見覚えがあって、たしかスタンド使いを増やしていたような記憶がある。

 ということは弓と矢を所持しているのではないかと。

 

 だが、流石に体力が限界で早々に切り上げた。爺さんの封印を厳重にしてから承太郎達に探してもらおうと監禁されていた部屋に戻ると、積み重ねられた分厚い本の塔が崩れており、箱の蓋が開いていた。

 

 チッ、崩れにくいように箱の回りにも本を積み上げるべきだったか。

 

 廊下に出ると弓と矢を写真から伸ばした手で持つ、爺さんと遭遇した。その顔は非常に焦っており、俺に気づくと一目散に外へと逃げ出していった。片足しかない俺は追いかけることも出来ず、遠くなるその陰を見送るしかない。

 

 深い息をはいたあと、承太郎に迎えに来てもらおうとこの家の電話の受話器をとるが、何も音がしない。ふと見ると、電話線が刃物で切断されているのに気づいた。あんのクソジジイ……。

 

 

 どうやら自力で戻るしかないらしい。途方もない道のりを思って、俺は深々とため息をついた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「やっぱ無理じゃねぇの、自力で帰るのって」

 

 

 どうにか吉良邸の門をくぐり、ホテルへの帰路を片足で進んでいた俺だが、数分進んだところで力尽き街路樹に寄りかかっていた。

 

 

 いっそ人が通ってくれて、救急車でも呼んでくれればいいのに。なぜ人っ子一人通らない。

 

 

 今頃は写真の爺さんが吉影さん――もう敬称いらないや、吉影に俺が逃げたことが報告されているだろう。もしかしたら、逃げるスピードが遅いことを見越して俺の息の根を止めに戻ってくるかもしれない。

 

 きついが、死ぬわけにもいかない。もう少し気合を入れるかと地面を触る左手に力を入れようとしたとき、声をかけられた。

 

 

「平馬さんッ!」

 

「……あ?」

 

 

 少し離れたところに俺に向かって走ってくる少年が一人。焦った表情で駆けてくるその少年は、ウンガロ達とよく遊んでいた――。

 

 

「早人くん」

 

「酷い怪我……誘拐犯にやられたんですね」

 

 

 俺の前でしゃがみ込む早人くんは、顔をしかめながらも冷静に俺の怪我の様子を判断している。本当この子は冷静だな。

 

 早人くんは俺が行方不明になっていることをジョセフから聞いたらしい。それでウンガロ達が言っていた俺がよく絵を描きに行っている海岸沿いの道を、もしかしたらと探してみてくれたようだ。本当にありがたいことだった。

 

 

 俺は早人くんにホテルの電話番号を告げ、ジョセフと連絡を取ってもらうことようにお願いした。電話は近所の家で借りるようである。

 

 どろりと腹の奥底に溜まる黒いものを押しとどめ、早く迎えが来ないかなと俺は目を瞑った。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 その後、早人くんとその場で待っていると車に乗って承太郎が駆けつけてきた。

 俺の無残な様子を見て眉をひそめ、後部座席のドアを開けてから俺の身体を毛布で包むと抱えて乗せた。ドアをしめた後、助手席に早人くんが乗り込むのを待って車は動き出した。

 

 説明しようと口を開く度、承太郎に制止され車に揺られること数分後、ホテルではなくジョナサン達が手合わせをした砂浜に着いた俺を待っていたのは、俺の姿を見て安堵した康一くんと億泰くん、同じく安堵した表情をするもすぐに険しい顔に変わった親子の姿。

 

 

「おお、そっくりだ」

 

「そんなことを言っておる場合かッ! そんな、ボロボロになりおってッ」

 

 

 承太郎に毛布ごと抱えられている俺の顔に、ジョセフの大きい手のひらがぎりぎり触れない距離で添えられる。いや、確かに顔の傷もすごいことになっているけどさ、毛布の中見られたらどうなるんだろう。

 

 反応が怖くなった俺はこのまま仗助くんに治してもらおうとするが、承太郎が砂浜に俺を降ろしてさっさと毛布をめくってしまう。制止する暇もない。

 

 

 案の定、右腕と左足が欠損している身体を見て、四人は息を飲んだ。

 

 

「なんて……ひどいッ」

 

「平馬さんにはよー、あの二人がついているんじゃねーのかよ……それでも、勝てねーってことか~ッ?」

 

「ああ、違う。俺は二人を出すこともできなかったんだよ」

 

 

 俺は肘までの長さになった右腕を上げる。

 

 この事件で気づけた俺の最大の弱点『右手を失うこと』。この弱点に気づかなかったせいで痛めつけられる羽目にはなったが、幸いなことに俺は生き延びることができた。

 まだ大丈夫、対策を打てる。

 

 

 俺の説明をじっと聞いていた仗助くんが、俺の身体にスタンドで触れる。たちまち治り復元されていく身体に、彼の能力の凄さを思い知る。

 

 完全に欠損した俺の手足も復元されているのは、あくまでこの身体は俺のスタンド能力で出したもので、本体自体のパーツは揃っているからだろう。

 それでも痛みも後遺症もなく、完全に治癒されている身体を確認して俺はその場に立ち上がった。

 

 俺の横に浮かぶのはピクテル。

 仮面は修復され、右手も今度は現れている。かぽっと仮面を外した彼女は自身の身体を両手でぺたぺたと確認した後、満面の笑みを浮かべて仗助くんの頭を抱きしめた。

 

 どうやら相当嬉しいらしい。ぎゅうぎゅうと抱きついているピクテルの胸に顔を埋めた状態の仗助くんから、グレートだぜ、と小さく呟きが聞こえたのだが。堪能するがいいよ青少年。

 

 

「……で? あの二人は出さねえのか」

 

「うッ」

 

 

 生温い目で仗助くんを見ていた俺を、承太郎の冷静な声が現実に引き戻す。いや、まあ、出さないといけないけれどな。ほら、二人にも報告しないといけないし。

 

 

「ただ、そう……まずは敵の対策をする必要があると思うのだよッ」

 

「さっさと出せ」

 

「はーい」

 

 

 分かった出すから、出すからその握った拳を戻して欲しい。ピクテルに合図をすると彼女は仗助くんに抱きついたまま、二人のキャンバスを取り出して手を差し入れては引っ張り出す。

 

 そして出てきた二人はというと。

 

 

「……」

 

「……」

 

「平馬、敵のスタンド使いについて報告を頼む」

 

「……へい」

 

 

 ひたすら無言で俺を睨みつけている。正直、怒鳴られるより相当怖い。

 

 どうやら先に報告をすべきだと黙っているようだが、終わった後俺はどうなってしまうのだろうか。戦々恐々としながら、承太郎に促されて吉影について分かったことを話していった。

 

 

 


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