彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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三日目

 昨日、二人が寝静まった後にネットでいろいろ検索してみた。SPW財団、ジョセフ・ジョースター、1989年の日本発飛行機墜落事故。

 思い出せるだけ、単語を検索したが、該当するものはなかった。

 

 

 ここが違う世界だったということに、これほどまで安堵する理由が俺にはわからなかった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 今日はディオとジョナサン、二人一緒にモデルになってもらうことにした。

 

 家に来た時に着ていた服で、応接間のソファーに腰掛けてもらう。鉛筆を走らせていると、ジョナサンが眠そうに欠伸をした。

 

 

「眠ってもいいぞ。ただし、よだれ垂らして居眠りしている絵になるけどな」

 

「起きます!」

 

 

 慌てて口元を確認するように拭うジョナサン。俺は喉で笑いながら、顔を洗ってくるように勧める。

 休憩にしよう、と告げるとジョナサンは急いで応接間を出ていった。

 

 

「忙しない奴だなぁ」

 

 

 鉛筆を置き、お茶でも淹れてこようと腰をあげた時、肩を掴まれた。

 

 そのまま下に押されて椅子に座った体勢に戻る。もちろん犯人は応接間に残った人物、ディオだ。

 彼は俺の座っている椅子の後ろに移動していて、強引に顔を上に向けさせられてメガネを奪い取られる。勢いが良かったせいで、耳が痛いんだけど。

 

 

「おい、ディオ」

 

「君の顔は母に似ている」

 

 

 耳を押さえながら俺の前方に移動したディオを睨むと、彼は淡々とした声で呟く。

 

 

「ジョナサンは僕に似ていると言ったが……フン、僕がこんな間抜け面と思われているとは不愉快だな」

 

「おいコラまてや」

 

 

 普通ここは母親の面影でデレる場面じゃないのか。ディオがデレるのなんてエンド前のジョナサンか神父位だろうけど。

 いやいや其処じゃない、そんなに言うほど間抜け面してるのか俺は。たしかにキリッとした表情なんかしたことないけれども!

 

 

 ディオはかきあげた俺の前髪を軽く引っ張る。ちょっと痛いからやめて欲しい。

 

 

「鬱陶しい前髪だな、切るか伸ばすかどっちかにしろ」

 

「確かにそろそろ散髪に行こうと思っていたけどさぁ」

 

「おや、こんな所にハサミが」

 

「……切るなよ?お前が切るなよ?ちゃんと店に行くつもりなんだからな?」

 

「このディオに任せるがいい」

 

「やめんかっ!」

 

 

 性質の悪い笑みを浮かべながら、右手にハサミを持って左手で俺の肩を掴むディオ。左手でディオの右手首を掴みながら、どうにか椅子から立ち上がろうとする俺。

 

 そんな攻防戦はジョナサンが戻ってくるまで地味に続くことになった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 午後になって俺は数日前に用意していたキャンパスに下描きを始めていた。少年達にはボードゲーム系とトランプ、知恵の輪、英訳されている小説などを渡しておいた。

 どうにか時間をつぶしてくれることを願う。

 

 

 下描きを進めながら考えるのはジョナサンとディオの距離だ。

 

 ジョナサンのディオに対する容赦のなさが見え隠れしているため、恐らく『君がッ 泣くまで 殴るのをやめないッ!』イベントは終了している。

 

 

 原作に表現されていない七年間、それのきわめて初期の彼らではないだろうか。

 

 

 ジョナサンとディオは、互いが互いを強烈に意識している。自分が持っていないものに劣等感を抱いて、心の其処から欲しがっている。

 

 彼らはカードの表と裏だ。もしお互いが存在しなければ、ジョナサンは不出来なジョースター家の息子のまま成人したかもしれないし、ディオはジョースター家を繁栄させた当主として名を残したかもしれない。

 

 

 ジョナサンにはディオしか見えていないし、ディオもジョナサンしか見えていない。相手がいるから劣等感を持ち、相手がいるから驚異的な早さで成長する。

 

 

 そして成長したがゆえに、悲劇が起こり――互いの存在を許せなくなる。

 

 

 下描きの手を止め、マグカップから冷えたコーヒーをすする。

 

 

 俺が悲劇を止めるのは不可能だろう。

 彼らがここに来て三日目、二人が話す時間よりも俺と会話しているほうが随分と長い。

 

 行き成り百年後の時代に跳ぶ、という不可思議極まりない体験をした同類だというのに、ジョナサンとディオの距離はとても遠い。

 

 

 彼らは表向きとはいえ友人のように会話をするには、七年間の時間が必要なんだと思う。共通の話題、共通の体験……時間を共有したからこそ、互いを把握できた。

 

 

 いつまで彼らが俺の家にいるのかは分からない。だが、きっと長くはいないのだろう。

 

 そんな予感がする。

 

 

 

 一つ息を吐いたとき、ドアを叩く軽い音が鳴る。

 

「ヘーマ、三時になったからお茶しようよ」

 

 ひょっこりと顔をのぞかせたジョナサンに笑みを向け、俺はディオが淹れた紅茶を飲むべくリビングに向かった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 下塗りまで済ませたキャンパスに、描きこみを行っていく。絵の具を塗り重ねていくキャンパスは、すでに大まかな少年達の姿を描き出している。

 

 今日のうちにある程度進めておきたい。

 

 絵を描いているときに、こんなにも気持ちが急いたことはない。早く描いて完成させなければ、という言葉だけが頭の中を巡り続けている。

 

 

 何かに憑かれたかのように、一心不乱に筆を持つ手を動かす。

 

 

 自分なりに目処がついたとき、漸く筆をおくことができた。

 

 

 すると両腕を掴まれて引っ張られ、座っていた俺は無理やり立たされた状態になった。両脇にはもちろん居候の二人、ジョナサンとディオ。

 

 

「ようやく止まった」

 

「さあ、夕食にするぞ」

 

 

 なぜか怒った様子の二人に引きずられてアトリエを出る。

 

 

「いま、何時だと思っている?」

 

「え」

 

「もう十時だよ。声をかけてもまったく反応しないし」

 

 

 窓から見える外の景色は電灯の光以外は真っ暗だった。うわ、時間の感覚なくなってた。

 

 

「夕食はね、ディオが作ったんだよ」

 

「使い方はわかったからな、まったく百年後のキッチンは便利なものだ」

 

 

 料理できたんだお前、と呟いた声が聞こえたのか、出来ないと言ったつもりはないとディオは返した。ディオの家は昔酒場を経営していたんだって、と補足するジョナサン。

 

 

「芸術家というのは早死にしやすいと聞くが、食事の時間も忘れるようなら当然だろう」

 

「邪魔しちゃいけないと思って声かけなかったけど、これからは引っ張ってでも休憩させるから」

 

 

 ずんずんと進む二人に引っ張られる俺。

 

 俺の腕を取りながら、前日よりも打ち解けたように見える二人の姿。

 

 予想でしかないが、原作よりも打ち解けたのは早いだろう。

 

 切っ掛けは、イレギュラーは明らかに俺の存在。

 

 それはあまりにも些細な変化。

 

 良いことなのか悪いことなのか、影響があるのか無いのか……今の俺には判断が出来なかった。

 

 

 

 ただ、夕食のディオの作ったスープは、おいしかった。

 

 

 


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