彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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初手

 

 

 虹村の親父さんの肉の芽の除去に成功した翌日の夕方。虹村家の三人がホテルの部屋を訪ねてきた。

 

 

 勿論彼らを呼んだのは俺であり、虹村の親父さんの力を借りるためだ。彼のスタンド『ワンモアタイム』の透視能力を。

 

 

 怯える親父さんをこれ以上怖がらせないために、ディオとジョナサンは絵の中に戻ってもらう。それでも俺を見て顔を引きつらせているため、俺自身も赤ん坊に戻った。

 

 どうにか落ち着いた親父さんに向かって、承太郎が口を開く。

 

 

「昨日伝えたが、この町に潜伏しているスタンド使いを探して欲しい。データが必要だと聞いているが、実際に何がいる?」

 

「データの数が少ない方が良いのなら、名前と何か身体の一部でもあれば出来る。DIO様の場合は、当初は身体に流れるジョースター一族の血を利用なさっていた」

 

 

 親父さんが語るには、本名でも偽名でも、その名前で誰かが対象となる人物を認識していれば良いらしい。精度としては、生まれ持った名前が一番強く、やはり一時的な偽名になると見ることが出来る映像が劣化するようだ。

 

 今回は吉良本人の毛髪を、自宅からSPW財団の調査員によって採取していたようで、身体の一部は問題なく用意できたとのこと。

 

 

 承太郎が小さなビニール袋に入った吉良の毛髪を、親父さんに手渡す。

 彼は何もないところから直径九十センチはある丸い大皿を取り出した。おそらく、これが親父さんのスタンドなのだろう。

 

 これからどうなるのかと見ていれば、親父さんはテーブルに置いた大皿の底に人差し指で触れた。見る見るうちに水が大皿を満たし、水を湛えたその中に吉良の毛髪と名前を書いた紙を沈めた。

 

 

 ゆらりと水に波紋が浮かぶ。大きく、小さく、不規則なテンポで浮かび続ける波紋は、かすかな水音の後に消え去り、一つの映像を浮かび上がらせた。

 

 

 其処に浮かぶのは、メガネを掛けた黒髪の男。少し上からカメラを向けたような角度で映るその男は、小さく笑みを浮かべ誰かと話しているようだ。

 

 凄いな、と俺は感嘆する。本人の毛髪に本名とはいえ、水鏡に映る像はガラス越しに見るよりもはっきりとしており、ノイズなども全くない。

 

 

「こいつが“吉良吉影”! 後ろにアスファルトが見えるということは、今いる場所は外のようだな。もう少し視点を遠くにすることはできるか?」

 

「ああ」

 

 

 親父さんは大皿のふちに手を当て、少しだけ時計回りに動かす。まるでカメラを引いたように、吉良の姿が少し小さくなり、対面している人物が映し出された。

 

 

 だが、映った人物は。

 

 昨日会ったばかりの、早人くんの小柄な姿。

 

 

「待て平馬ッ!」

 

 

 俺の意を汲んだピクテルがディオとジョナサンの二人を成人姿で出現させる。ディオは仕方ない、という顔で俺を抱え、ジョナサンは真剣な顔で頷きその肩にピクテルがつかまる。

 蹴り開ける勢いで部屋のドアから飛び出した俺達は、非常階段を落下していると言える速さで駆け下りホテルを出た。

 

 

『飛び出したのはいいが、場所は分かっているのか』

 

 

 ディオの言葉に俺は頷く。先ほど映った像には、商店街から少し外れた靴屋の看板があった。早人くんの家はそこからあまり離れていないはず、つまり近所で吉良と会ったのだろう。

 

 

 それは彼が俺達と繋がりがあることが吉良にバレていて、かつそれを利用しようと早人くんに近づいた可能性が高くなるということだ。

 

 

 内心で舌打ちをしたい気分だった。吉良に早人くんが目を付けられたのは、ホテルの部屋を訪れる彼の姿を見られていたからだろう。

 吉良をぶっ飛ばすことばかり考えていた俺は、早人くんが狙われる可能性を完全に頭から排除していた。

 

 

 なんという失態。

 

 

『もうすぐ着くぞ。ジョジョ、お前は向こうの道から行って背後を取れ』

 

『わかった、気をつけて』

 

 

 屋根の上を走りながら、二人は互いに自らの役割を分ける。俺はジョナサンの姿が離れて小さくなっていくのを見ていたが、身体を揺すられて見上げる。

 

 ディオはこちらを見ずに、真っ直ぐ前を見ながら口を開いた。

 

 

『奴のスタンドを防ぐ方法の見当は付いているのだろうな』

 

 

 視線を泳がす俺に気づいているのか、ディオに頬をつままれる。ちょっと力入りすぎてませんか。

 

 冗談です、とピクテルに代筆を頼み、どうにか頬から手を離してもらう。痛む頬を触りながら、俺は自分の推測をピクテルを通じて説明する。

 

 

 吉良のスタンドは、手で触れることによって爆弾となるのではないか。俺が尋問を受けたときも、吹き飛ばす前は必ずその部分を触られていた。

 

 接近戦ではなく、距離をとって攻撃をすればどうにか押さえ込めるのではないかと、俺は考えていた。

 

 

 しかし、俺の考えを伝えるとディオは残念なものを見る目で俺を見た。何がいけなかった。

 

 

『それで、遠距離攻撃の手段は?』

 

 

 目線を逸らす俺の頬をつねりながら、どれだけ頭に血が上っていたのだお前は、とディオが言う。

 

 ああ、俺も今、ようやく落ち着けた気がするよ。だからどうかつねるのをやめてもらえないか。

 

 手を離したディオは、俺のスタンドがあれば即始末できるのだがな、とニヤリと笑う。お前のスタンドならばそうだろうよ。

 

 

『まあ、使えんものをどうこう言っても仕方がない。ここはセオリー通り先手必勝といこうか』

 

 

 軽い口調でつぶやいたディオは、どことなく楽しそうに見えた。

 

 まて、お前もしかして。

 

 

 俺が制止しようと彼の服を引っ張る前に、ディオが屋根の上から飛び降りる。いつの間にか目標地点にたどり着いていたらしく、驚いた顔でこちらを見る早人くんと黒髪で眼鏡をかけた男。

 

 ディオは走っていた勢いを全く殺すことなく、眼鏡の男に向かって右の拳を振り切った。

 

 

 当然のごとく背後に吹き飛ばされる眼鏡の男。

 

 おい、万が一人違いだったらどうするつもりなんだ。下手をすれば死ぬぞ、と顔を青ざめさせた俺に大丈夫その時は被害者が一人増えるだけだとディオは落ち着いて言った。

 

 まったく大丈夫じゃない、と憤りを込めてぺしぺしとディオの胸元を叩くと、心配しなくてもいいと彼は笑う。

 

 

『妙な感触を感じた。ぶよぶよした風船を殴りつけたような、手ごたえのない感触をな』

 

 

 彼の言葉に殴り飛ばされた眼鏡の男を見る。少し離れた場所でゆっくりと起き上がっているその男は、服についた土を払って立ち上がった。

 

 

「まさか、いきなり殴りつけられるとは思わなかった」

 

 

 眼鏡をとって胸ポケットに入れると、男は俺を見て笑顔を浮かべた。

 

 

「久しぶりだね、平馬くん。本当にその姿が君の真実の姿だとは、聞いたときは驚いたよ」

 

 

 男の横に佇むヴィジョンは、吉良のスタンドそのもの。やはり、この男が吉良吉影で正しいようだ。

 

 吉良は笑みを浮かべたまま、視線を俺からディオへと移す。

 

 

「姿が似ていると聞いていたが、違うな。平馬くんの手と違ってごつすぎる」

 

『ひょろいヘーマと比べられてもな』

 

 

 残念そうな吉良の視線を、嫌そうな顔を隠しもせずに受け止めるディオ。嫌なのはどちらにかかるんだ、視線か俺程度との比較か。

 

 

「平馬さん……もしかして、こいつが」

 

 

 ディオの隣に移動してきた早人くんが、吉良を一度睨んでから俺に視線を移す。俺が頷きを返すと彼は離れておきますと言ってその場から立ち去ろうとする。

 

 本当にしっかりと状況が読める子だなあ、と感心している俺だったが、離れようとする背中に声がかけられた。

 

 

「そちらは商店街だろう。やめておいたほうがいい、もし『誰かに触られてしまったら』大変だからね」

 

 

 足を止める早人くん。ゆっくりと振り返る姿を、穏やかな表情で見つめ続ける吉良は、優しささえ感じとれる口調だった。

 

 

 触れられたら大変、ということは接触によって起爆するということだろうか。

 俺とディオがここに来る前に、吉良が早人くんに触れていたとしたら……爆弾を仕掛けられていても、おかしくはない。

 

 人質を取ったつもりなのか、余裕を崩さない吉良。

 

 

 どうすればいいと焦る俺をよそに、ディオが一歩前に足を進めた。そのまま歩き続けるディオの服を俺は掴むが、彼は進むことをやめなかった。

 

 

『私の見解としては、コイツが爆弾を設置できるのは一度に一つだけだ。尋問の際、何かを爆発させる度にヘーマに触れていたぞ? つまり、そこの子供に爆弾を仕掛けていたとしたら――いまは絶好の機会とというわけだ』

 

 

 爆弾にできるのは一度に一つだけ。その言葉を聞いた吉良は、少しだけ眉を動かした。この仮定が正しいのだろうか、それ以上表情が変わらないため正誤がわからない。

 

 

『さて、どうなるか』

 

 

 まるで実験をしているかのように、ディオは吉良に向かって拳を振るう。その様子を目で追っていた吉良だが……不意に口元に笑みを浮かべた。

 

 

 そして低く響く破裂音と、背後から来た衝撃に俺は前方に吹き飛ばされる。宙に浮いた俺が見たのは、どうにか体勢を整えてはいるが、左腕が肩の下から無くなっているディオの姿。

 

 

 投げ出された俺の身体を捕まえたのは、ディオでもジョナサンでもなく……スーツを纏った腕。

 

 

「後方に注意を向けるべきだったね。例え注意していても見えなかっただろうけれど」

 

 

 見上げれば眼鏡をかけた男の顔が見える。その顔に浮かべられた笑みは、あの捕えられた日々に見たものだった。

 

 

 

 


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