彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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次の道のために

 

 

 ピクテルに抱きかかえられたまま、典明とチラチラと視線を向けてくるアレッシーの二人と一緒にその場で待っていると、承太郎達が現場に到着した。どうやらスタンド使いの襲撃は無事に収まったようだ。

 

 真っ先に早人くんの怪我を仗助くんに治してもらい、その後に俺の右手を治療して貰った。

 

 

「シーザーに報告決定じゃな」

 

 

 俺の額にデコピンをして、ジョセフはため息をついた。

 弁解の余地が無い俺は、しょんぼりと俯くしかない。先々に起こる説教を思うと気が重い。

 

 少年となった吉良の横で承太郎と典明が話し合っている。そこから少し離れた場所ではジョセフと仗助くん達が目を覚ました早人くんとなにやら盛り上がっていた。

 

 

 残るのは俺とピクテル、そして俺を気にするアレッシーのみ。

 

 

 右手も治ったというのに、ピクテルが俺を成人姿に変えようとしないため、言葉を話せない俺とアレッシーの間に会話の花が咲くことは無い。

 

 気まずさに視線を泳がせていると、ピクテルが俺を抱えたまま、アレッシーに手招きをしてどこかへ移動しようとしていた。

 

 

 ぎょっとしたアレッシーが俺とピクテルを交互に見ると、何かに納得した表情で誘導に従っていく。もしかして、うまく動けない自分の代わりにピクテルを操作していると思われたとか?

 

 

 違う、違うぞ。俺の意志じゃない。ピクテル、お前いったい何をするつもりなんだ。

 

 

 道に設置されている現場近くのベンチの前でピクテルは止まる。そしてアレッシーに向けて俺を差し出した。……最近、自分が渡される度に物になったような気分になる。

 

 

「へ……お、俺に抱っこしろってことですかねぇ」

 

 

 こくこくと頷くピクテルに、怪訝な表情で俺を受け取るアレッシー。ピクテルはベンチに座れと指示をして彼が座ったのを確認すると、ふよふよとどこかへ移動していった。

 

 

 ……ちょっとピクテルーッ!? 放置は酷くないか!

 

 

 アレッシーは緊張した顔で俺を見ているし、俺は何をどうすればいいのか混乱しているしで痛いほど沈黙が漂っている。なにこれ、新手の罰ゲームなのか。

 

 意思疎通の身振り手振りも難しい今、どうやって沈黙を打破するか頭を悩ませていると、ゴッという鈍い音の後にアレッシーの身体が横に傾き始め、やがてベンチに倒れた。

 

 

 今何が起きた。

 

 

 驚いて顔を後ろに向けると其処には長めの棒を手に持ち、まさに今振り下ろしましたと言わんばかりのピクテルの姿。

 

 言葉を失っている俺にパチリとウインクをすると、彼女は来た方向へと急いで戻っていった。耳を澄ませば、どうやら向こうが騒がしい。アレッシーが気絶したため、吉良の姿が元に戻ったのだろう。

 

 自らのスタンドがしでかしたことに顔を青ざめさせていると、今度はバンッという音が聞こえ……その後、ざわめきの声も聞こえなくなった。

 

 

 ……まさか、まさかだよな? まさかその為に人を昏倒させるとかないよな?

 

 

 嫌な予感が俺の胸いっぱいに広がり、つい息を潜めて待機する。ピクテルが再び姿を現したとき、彼女は手に額縁つきのキャンバスを持っていた。

 

 

 その絵は――どう見ても吉良のスタンド。

 

 

 いい仕事をした、と非常に満足そうな笑顔のピクテルは、俺に絵を見せながらウキウキと機嫌良くそれを眺めている。

 

 ……もしかして、俺のスタンドは今でも暴走したままなのではないだろうか。ピクテルの暴挙を目の当たりにして、ストレスで痛む頭に手を当てる。俺を抱えたままの一番の被害者の彼だが、謝ったら許してくれるだろうか……。

 

 ピクテルを追いかけて来た承太郎が、この場にいるそれぞれの三人を見つけて一瞬口を引き結び、深々と息を吐いていた。

 

 

 なんだかもう……すいません。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 ピクテルに気絶された二人の内、吉良はSPW財団を通じて警察へと引き渡され、アレッシーは絵から出て来たジョナサンが担いでホテルへと戻って来た。

 

 吉良との一連の経緯に対して遣る瀬無い気持ちでいっぱいの俺は、ディオに抱えられながら鬱々としていた。絵から出てくるなり怒鳴ろうとしていた二人でさえ声をかけることを躊躇しているほど、俺の纏う雰囲気は重苦しいだろう。

 

 

 よし、やっぱり引きこもろう。

 

 これ以上室内の空気を悪くすることに気が咎め、かといって明るく振舞うのも難しいと判断した俺は、ピクテルに絵の中に入れてもらうように頼む。

 了承したピクテルが俺に伸ばした手を、横からディオが掴んだ。

 

 

『承太郎、私達は席を外す。何か聞きたいのなら後にしろ』

 

「ああ」

 

『ジョジョ、君も来い』

 

『うん』

 

 

 ディオに抱えられたまま、彼の絵の中に入る。ジョナサンもその後に続いた。その場にピクテルだけが残ることになるが、彼女は外の話を聞いておいてくれるだろうか。ずっと絵を描いていそうな気がするが。

 

 

 絵の中に入ったことで、俺の姿は成人のものへと変わる。以前入ったときとは違い、絵の中はまるで普通の部屋のようだった。ソファーもベッドも机もあり、ディオの部屋だからなのか壁一面に本棚が備え付けられているが、中身はガラガラだ。

 

 何冊か紐で綴じた本があるが、これはどうやって手に入れたのだろうか。ディオに聞いてみると、承太郎の資料を借りて、ピクテルが用意した紙に手書きで写したそうだ。

 

 随分と暇だったんだな……今度本屋に連れて行こう。

 

 

 さて、と紅茶を準備し終えたディオが仕切りなおしをする。

 

 

『この世界に来てより、ヘーマらしくもない落ち着きの無さは自覚しているな。あの世界にいた時のお前ならば、策もなく動くなどありえん』

 

「そんなことないぞ」

 

『いや、ディオに僕も同意するよ。君は確証も無く動いたりはしない、必ず道筋を想定してから行動している。でも最近は、衝動のままに動いているね』

 

 

 動いていないと、息が出来ないみたいだ。

 

 

 静かなジョナサンの言葉に、俺はそっと目を閉じる。

 

 

 ――本当にヘタレなんだから――

 

 すぐに再生できる彼女の声。幼い頃からずっといた、離れるなんて考えてもいなかった大切な人。美喜ちゃんがいない世界は、少し息苦しい。

 

 

 黙ったままの俺に、ディオは小さく息を吐いた。

 

 

『それほど必要とするなら、何故連れてこなかった』

 

「……一人娘なのにできるわけないだろ」

 

『俺は別に、美喜とは言っていないが?』

 

 

 お前の中で該当するのは一人だけのようだが、とニヤニヤ笑っているディオ。ジョナサンも困ったように笑っているのを見て、俺はずりずりとソファーに寝転んだ。

 

 

「俺ができるわけないって、気づいているくせに」

 

『もちろんだ。惚れた女にキスさえできんヘタレには無理だ』

 

「毎回えぐってくるのやめてくれない」

 

『だが、やれないのとやらないのでは大いに異なる。お前はやらないと決めたのだろう』

 

『それなら、踏ん張るしかないね』

 

 

 彼女に弟って認識されちゃうよ、と意地悪気に言うジョナサンに、俺は思わず笑った。

 

 そういや、俺は弟分だと断言されていたな。美喜ちゃんが俺をどう思っているかなどそれ以来聞いていないが、このままでは弟分扱いからは抜け出せないだろう。

 

 それはやはり面白くない。

 

 俺とて今の性自認は男、対象外扱いされるのは心外だ。

 

 勢い良く両手で自らの頬を張る。ビリビリと痺れる感触が、尻込みしていた俺の思考を刺激していく。

 

 

「いっちょ、真面目に鍛えてみるか。美喜ちゃんに勝てるくらい」

 

『……随分遠い目標だな。何十年鍛えるつもりだ?』

 

『もっと身近な人物にしたほうがいいと思うな』

 

 

 心機一転で景気良く定めた目標は、二人から即却下された。俺にとっては美喜ちゃんもお前らも同じ位遠い目標なんだけどな……。

 

 

 

 

 

 

 ついでに俺から提案がある、と立ち直った俺が二杯目の紅茶を飲み干した後、ディオが話し出した。

 

 

『俺達は今ジョースター家とSPW財団におんぶに抱っこされている状態だが、早々に自立する必要がある』

 

「う、まあ心苦しいのはとてもあるが、そう簡単に自立すると言っても俺、赤ん坊だしなぁ」

 

 

 就業年齢に達していないのはピクテルの能力で誤魔化せるが、戸籍がないと何も出来ない。下手をすれば不法入国として公的機関に目を付けられるのは面倒だ。

 

 

『そこで、だ。ジョジョは恐らく難色を示すだろうが、とりあえず俺の考えを聞けよ』

 

『不安だけど……まずは聞こう』

 

 

 ジョナサンが頷いたのを見て、ディオは口を開いた。

 

 

『アレッシーにヘーマの存在が把握されたことで、いずれ俺がピクテルに封印されていることも表ざたになる。長く見積もっても数年、秘密にできる期間はその程度だろう。

 ヘーマの身体の年齢が十歳未満では、満足にスタンド能力も扱いきれん』

 

 

 俺自身を守るためのスタンド能力だが、元々ピクテルに殴り合いは出来ない――アレッシーは昏倒させていたが、あれは不意打ちだから除外する――ので、本体である俺の戦力こそが重要になる。

 

 二人の才能を十全に生かすためには、俺が自身を守ることが出来なくてはならない。

 

 

『ジョースター一族の奴らはお人好しばかりで問題は無いが、SPW財団は下手をすれば敵に回る可能性もある。危険視するあまり、ヘーマを監禁しろと言い出す輩もいるはずだからな』

 

 

 確かにその可能性は高い。子供であるウンガロ達にさえ、悪意をぶつけるようなDIOに恨みを持つ人物は、SPW財団だからこそ他にも存在するだろう。

 

 SPW財団はジョースター家の援助こそ行っているが、創始者であるスピードワゴン氏の遺志だからこそ続いている面もあるだろう。それ以上に、ジョセフ達もSPW財団の仕事を手伝っているだろうけれど。

 

 解体されていない爆弾を管理したい気持ちもわかるが、俺としては実に遠慮したい未来だ。自由に絵を描きに出かけられないなど、一週間で脱走する自信がある。

 

 

『自立して金も稼げる、周囲を守る戦力も手に入れられる。そんな仕事に興味は無いか?』

 

「すげぇ胡散臭い」

 

『何をするつもりだい』

 

 

 胡散臭いものを見る俺とジョナサンの視線に、ディオはクツクツと喉で笑った。

 

 

『ギャングになればいい』

 

 

 


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