彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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訪れた客人

 

 

 

『……おい、いつまで呆けた顔をしているつもりだ』

 

 

 固まったままの俺を見かねたディオが、俺の頭を小突く。衝撃で停止したままの俺の思考が動き始めるが、衝動の赴くままにジョナサンに詰め寄り、その肩を掴んだ。

 

 

「ジョナサン……俺、夢を見てるのか? ディオが友人を連れてきたなんて、ここは現実なのか?」

 

『大丈夫、君は起きているよヘーマ。信じられないだろうが、これは現実だよ』

 

『絞められたいのか二人とも』

 

 

 口元をひくつかせるディオ。そろそろからかうのを止めないと、後が大変なのでここで終了とする。しかし、ジョナサンがノってくるとは思わなかった……冗談、だよな。本気で思っているとかないよな。

 俺は思考を振り切ってプッチさんに笑みを向けた。

 

 

「平馬です。よく来たプッチさん、ゆっくりしていってくれ。それで今日の宿は決まっているのか?」

 

「呼び捨てでかまいませんよ。DIOが泊まっていくようにと言われまして」

 

「よしわかった。何か受け付けない食べ物はあるかな?」

 

「貝類にアレルギーがありますが……」

 

 

 やはり弟分――年齢はすでにディオのほうが上ではあるが――が友人を連れてきたなら、張り切って歓迎をするべきである。いつも台所を譲ってくれないテレンスも、今回ばかりは許してくれるだろう。

 

 

「ふむふむ、了解。夕飯は俺が作ろう、二人とも何かリクエストはある?」

 

『麻婆豆腐だな』

 

『味噌汁が飲みたい』

 

「……どうして食材が手に入らない、無理なものをわざわざ言うんだ」

 

 

 メニューの方向性を決めるためにリクエストを聞いたが、まったく役に立たなかった。なに、俺に作るなって言いたいのか、お呼びじゃあないってか。ディオならともかくジョナサンまで、泣くぞ俺。

 

 二人はすぐに冗談だと笑ったが、じっとりとした視線を向ける俺をなだめる彼らの様子を、プッチは目を白黒としていた。なにか驚かせてしまっただろうか。

 

 じっと見つめる俺に気づいた彼はすぐに微笑を浮かべたため、何かをたずねることも無く、俺達は昼食のためにアトリエを後にした。

 

 

 

 

 

 

 俺の丹精こめて作った夕食も終わり、それぞれ寛ぐ時間となった夜。俺は一人アトリエでキャンバスの準備をしていた。来客であるプッチさんの絵を描かせてもらおうと、明日になればお願いをするつもりだ。断られたとしても、次の絵を描くための準備になる為、俺は全く損をしない。

 

 鼻歌を歌いながら下塗りをしていると、金属の擦れる高い音が聞こえた。俺が後ろを振り向くと、扉のノブに手をかけたプッチが佇んでいた。

 

 

「邪魔をしてしまったでしょうか」

 

「いいや、下塗りをしているだけだから」

 

 

 そうですか、と口にした後は黙り込むプッチ。彼の視線が俺に向けられているのを感じて、何か用かなと尋ねた。

 

 

「少し話せますか」

 

「いいよ、もう終わるから……バルコニーにでも行くか?」

 

 

 基本的に、この家に俺の部屋というものは無い。ベッドがある部屋は存在するが、主に使うのが俺というだけであって、俺だけの部屋は存在しなかった。ディオとジョナサンは絵の中の私室で眠るため、部屋が必要ないと思っていたが……来客があることを考えると、個人部屋をそれぞれ用意する必要があるかもしれない。

 

 こんな夜にプッチだけでアトリエに来たということは、ディオたちの前では聞きづらいことだろうか。

 

 先導する俺の後ろについてくるプッチの足跡を耳にしながら、バルコニーへの階段を上っていった。

 

 

 

 

 バルコニーに置いてある椅子に腰掛けると、プッチももう一脚の椅子に座る。星空を見上げている俺を見据えていたプッチだったが、しばらくの後に口を開いた。

 

 

「貴方は、何故いまもDIOを閉じ込めたままでいるのです」

 

 

 落ち着いた声音でプッチは尋ねてきた。そう見えるか、と彼の方向を見ずに答える俺に、はい、と頷きが返ってくる。

 

 

「まあ、俺の意志が反映しやすい状況であることは認めるよ。ただ、ディオはそれが嫌なら嫌だというぞ」

 

「……彼から、天国のことは?」

 

「そういえば屋敷に居るときに聞いたな、運命から自由になりたいと解釈したが」

 

「ならば何故、彼を封印したままに」

 

 

 言い募るプッチに、俺は苦笑を浮かべる。確かに、ジョースター家との争いが休止している今、ディオの封印を解いても彼の命がすぐにどうこうなるということは無い。

 

 

「俺がそれを望んでいないからだ」

 

 

 封印を解かない理由はあの日の承太郎の前での誓いと、俺の我侭ゆえに。

 

 ざわりと空気が震える。プッチから敵意と言ってもいい、黒い視線が俺に突き刺さり、真剣な顔をした彼を俺は目を細めて見る。

 

 

「彼の道を阻むつもりですか」

 

「そのつもりは無いよ。ただ、まあ……今のところそうなっているだけだ。俺はディオから一言も『手伝ってくれ』だなんて言われていないしな」

 

 

 絵の中に封印して以来、ディオが天国について話題にしたことはない。諦めてしまったのか、今は目指すつもりが無いのか……彼が語らない以上、俺にはわからなかった。

 

 まず内容を吟味しないとわからないため、声をかけられたら真面目に検討するつもりではある。

 

 そう伝えれば、プッチは困惑した表情を浮かべる。

 

 

「……貴方は、何をしたいのだ。

 闇の帝王とも呼ばれたDIOもジョナサン・ジョースターも手元に置き、ジョースターの一族とも剣ではなく握手を交わす。天国への道を手伝うこともなく、邪魔をするつもりもないなど……」

 

 

 改めて他人から見た俺を告げられると、実にどっちつかずな対応をしているなと自身でも思う。だが、それを辞めるつもりは毛頭ない。

 ピクテルが俺の隣に現れ、一つの絵を取り出す。それはディオの首を封印した絵であり、それを見てプッチは息を呑んだ。

 

 

「俺はただ、好きな人たちが争う姿を見たくなかったんだ」

 

 

 俺の能力のキャンバスは、実はとても頑丈だ。

 一度空のキャンバスに額縁を止めたものを、承太郎にスタープラチナでラッシュしてくれるように頼んだが、破壊できないどころか皹すら入らなかった。

 

 キャンバスごと破壊できないなら、ディオを殺すには封印を解かなくてはいけない。だが、俺が生きている限り、ディオの封印が解けることはない。

 

 ジョースター家の皆は、何かのために自分を犠牲にすることはあっても、他人を犠牲にすることは出来ない奴らだ。封印を解くために、俺を殺すなんて考えもしない。

 

 

 ディオが俺の能力に封印されている限り、ジョースター家の彼らは手を出せない。

 

 彼らが手を出さないのなら、SPW財団も独断で俺に手を出すことはない。

 

 

 いざという時に頼れるスタンド使いとして、ジョースター家は優秀な戦力だ。彼らの反感を煽るようなことは避けるだろう。

 

 

 貴方の寿命が尽きたときはどうする、という言葉に、太陽の光を浴びない限りは尽きないさ、と俺は笑った。俺が吸血鬼の素質を持っていることを知って、プッチは目を丸くしていた。

 俺はくすくすと彼を見て笑う。

 

 

「プッチ、君と話すディオは随分と気が抜けていた」

 

「それは、貴方とジョナサンの方が」

 

「俺達は家族。だが、君は友人だ。俺は本当に嬉しかったんだ、ディオに気を許せる友人が出来たことが」

 

 

 ディオにとって、友情とは利用するものだった。ディオの友人は全て彼の手足でもあった。そんな彼が、義兄弟であるジョナサン以外に、素の表情を晒していた。

 『漫画』で知っていた事実……それが、直接目にするとこうも嬉しいという感情が溢れるとは。

 

 

「ディオが羨ましいくらいさ、親友と呼べる存在は、向こうの世界には居なかったからね」

 

 

 俺の前世の性別が異なっていたからか、美喜ちゃんと一緒に居たからか……俺にはあまり同世代の男の友人がいなかった。かなり年上なら少なくないのだが、良くて弟、下手すれば孫扱いだ。

 

 

「ジョースターの彼らは、違うのかい」

 

「もちろん友人だ。だが、どちらかというと親戚という感覚が強くてなあ。ウンガロ達もな、兄弟が多いのも少し羨ましい。俺は義姉はいたけどね」

 

 

 恐らく、ジョナサンの子孫という情報が、ジョセフや承太郎達を親戚と認識しているのだろう。弟分の家族なら俺の家族、いつの間にか大所帯になったなぁ、と思わず浮かれる。

 

 そんな俺を黙って見ていたプッチは、ごくごく小さな声で呟いた。

 

 

「……私には、妹が居た」

 

「妹さんか。プッチの妹なら美人なんじゃないか?」

 

「ああ、とても気立ての良い、身内びいきを抜かしても自慢の妹だったよ」

 

 

 懐かしそうに空を見上げるプッチだったが、次の瞬間、その表情が凍りつく。まるで、感情を無理やり抑えるかのように。

 

 

「……そして、弟もいたのだ。生き別れの、双子の弟が……。

 二人とも……私のせいで、人生を破滅に追い込んでしまった」

 

 

 ひやりとした風が、俺とプッチの間を吹きぬけていった。

 

 


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