彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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四日目

 今日はジョナサンとディオの監視付での作業となった。

 

 監視といっても、二人はアトリエ内で絵を見たり小説読んだりしているだけなんだけどね。どうやら俺が自分に対しては大雑把で、頓着しない性格ということを見抜かれたらしい。

 

 昨日の過集中に入り込んだのは初めてだった、と言っても信用されない……人間、信頼を取り戻すのは並大抵じゃないと実感したよ、こんな事で。

 

 うう、たまたまなのになぁ。

 

 

 いつもとは違う、自分以外の息遣いがするアトリエで、下塗りした絵に描き込んでいく。俺の目を通して見た彼らの一部が、其処に存在できるように。

 重ねて重ねて、交じり合う色でさえも、二人の姿を際立たせるように。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「すごいね」

 

 

 描きあげた絵の横で道具の片づけをしていると、ジョナサンがポツリと呟いた。アトリエには俺とジョナサンしかいないようだ。ディオの姿は見えない。片づけを始める前はいたはずだから、もしかしたらお茶でも淹れているのかもしれない。後で分けてもらおう。

 

 

「僕とディオが鏡の前にいるみたいだ。きっと僕達を知ってる誰が見ても、この絵は僕達だってわかるだろうな」

 

 

 ちょっと、情けない気持ちになるけど。ジョナサンは頬をかきながら苦く笑う。

 

 

「どうしてだ」

 

「今の自分が、未熟だってわかるからだよ。これは、ヘーマから見た僕達だろう?」

 

 

 ジョナサン曰く、鏡で自分を見るよりもはっきりと、自分のだめなところが見えてくるのだと。

 

 

「元から僕は弱かった。紳士であろうと心だけは努めていたけれど、いじめられている女の子を庇うことはできても守ることが出来なかった。

 この絵は、そんな僕自身を容赦なく突きつけてくる。このままではいられないと、心を奮い立たせてくれる」

 

 

 この時代に来て、この絵が見れてよかったよ。

 

 

 静かに呟くジョナサンの目は、初日の途方にくれた少年の目をしていなかった。強い、覚悟を決めた『大人』の目。

 

 ……本当にこの年頃の少年は、あっという間に男になってしまうんだな。

 

 『昔』の経験がある俺には、けして出来ない羽化。進化が可能な彼らと違って、変化することしかできない。

 

 それでも、それでも。俺の存在が、彼らの助けとなれるのなら。

 

 

 

 俺はいくらでも、世界を切り取り塗りつぶそう。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 昼ごはんを作りながら、本当にあいつ等は十三歳かと悩み始めた俺。

 

 どうしてあんなにしっかりしているんだろうか。やはり時代か、どうせ俺は平和ボケした日本人さ。

 

 なんか釣られて俺までシリアスな雰囲気になってたんだけど。今思い返すと顔から火が出そう。なんだよ世界を切り取り塗りつぶそうって。厨二か、俺の病気はまだ治ってないのか。

 

 ともかく、今日のごはんは麻婆豆腐定食だ。レトルトを使っていない本格派だぞ、これでも。ご飯と味噌汁に漬物を添えてでっきあっがりぃー。

 

 

「おい」

 

「うっはぁぁいっ!」

 

「なんだその返事は」

 

 

 気を抜いた瞬間に声をかけられ、素っ頓狂な音を口から放り出した俺。あっぶねー、フライパン落とすところだった。

 

 振り返ると呆れた顔のディオ。手には茶色い封筒を持っているようだ。

 

 

「ちょっと驚いただけ。で、それなに?」

 

「わからん、新聞の間に挟まっていた。手紙か?」

 

 

 ……ああ、そうかまたかぁ。

 手で髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。まったく、いい加減に諦めればいいのに。

 

 

「ん、まあ。届くのを楽しみにする類じゃない手紙かな」

 

 

 びりびりと封を開けて中身を読むと、案の定、予想したとおりの内容が書いてあった。視線を感じて顔を上げると、ディオが説明しろとばかりに俺をガン見している。まあ、隠すことでもないし。

 

 

「初日にさ、空き巣のおっさんがいただろ。おっさんは俺の爺さんの絵を盗むつもりだったみたいだが、爺さんの絵ってこの家にないんだよね」

 

 

 正確には、爺さんはこの家で絵を描かなかった。家のアトリエは俺専用のものだ。爺さんが絵を描くのはいつも知人の家で、アトリエもそこにしかない。

 

 所有権もその知人が持っているし、ごくごく個人用のプライベートな絵しかないと聞いている。

 

 

「この手紙の主はさ、それを知らないんだ。俺もあの人も広めるつもりもない。だから俺の描いた絵を、爺さんが描いたと思い込んでるんだよなぁ」

 

 

 俺は絵を描いていることを爺さん以外の誰にも言っていなかったから、画材道具を買っているところを手紙の主は見ていたのかもしれない。

 

 

「勘違いしているこの人は、爺さんの絵を売れって何度も言ってきてるんだよ」

 

 

 実に困ったことだ。ないものを売れって言われてもどうしようもない。

 深く深くため息を吐いていると、ディオが鼻を鳴らした。

 

 

「そいつは実力行使も厭わんのだろう?」

 

「え」

 

「ヘーマの身体の動き、護身術程度だろうが人相手にあまりに慣れている。僕はこれでもボクシングの経験があるんだ。それなのに不意打ちの攻撃をいなされて、君にあっさりと捕まったからな」

 

 

 ディオの指摘は正解だった。

 

 

「よく柄の悪い人たちに絡まれるよ。適当に転がして逃げてるだけだけどな」

 

 

 軽い脅し程度なんだろう、まだ。より酷くなってきたら知人の人にも相談しないといけないだろう。

 

 

「まあ、なんとかなるよ」

 

 

 難しい顔をするディオに笑って、お盆を持ち上げた。さあ、お昼だ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「さあ、絵を選べ」

 

「意味が分からんぞ」

 

「もうちょっと詳しく言ってもらえないかなヘーマ」

 

 

 アトリエにて俺が描いてきた絵を前に、二人に向かって指を突きつける。呆れ顔と困った顔。数日で見慣れてきた表情を返す二人に、俺はにんまりと笑う。

 

 

「餞別だ。好きな絵持ってけ」

 

「餞別って、何故」

 

「なんとなくだ。記念だと思っとけ。いらないってんなら別にいいけど……ちょっと寂しいぞ」

 

 

 がたがたと身近な椅子を引き寄せて座る。これは本当に餞別だ。俺の勘というなんとも不安な指標ではあるが、彼らはもうすぐ帰ってしまう気がする。

 

 俺は彼らの絵を得た。だからこそお礼に何かプレゼントが出来ればと思ったんだ。

 

 

 ただ、俺は絵しか取り得がないから、気に入ったものがあれば持っていってもらおうと考えた。

 

 

「好きな絵、て言われてもなぁ。第一持って帰ることができるのかな」

 

「さあな、そこらへんは考えてないだろうあのバカは」

 

「ひどい……事実だけど!」

 

 

 しまった、持って帰ることが出来ない可能性を考えてなかった。なにか、なにかほかに記念になるものはないか……ってそうだ!

 

 

「写真撮ろう!」

 

 

 いいこと思いついた、と笑みを浮かべた俺とは対照的に、二人は不思議そうな顔をしている。

 

 

「写真って、そんな高価なもの大丈夫なのかい」

 

「一つ印刷するのに相当な時間と、有毒な薬品が必要と聞いたことがあるが」

 

「こんなところでジェネレーションギャップ!」

 

 

 写真って西暦何年から確立された技術だっけ?これってもしかして持ち帰ることが出来たらオーパーツなんじゃ……うん、気にしない。

 

 

「すぐ終わるから大丈夫。はい、二人とも其処に立ってー。カメラ位置オーケー、オートシャッターの準備オーケーと。二人ともここのレンズに視線合わせとけよ」

 

 

 急いで二人の間に立つ。どうせだから突っ立ってるのも楽しくないな!

 がばり、と二人の首に腕を回して引き寄せる。

 

「わあ、ヘーマ!?」

 

「おい離せ!」

 

「いいからいいから!ほら二人ともレンズに向かって笑顔!」

 

 

 

 カメラにはもちろん、いい笑顔の俺と、慌てたジョナサンと嫌そうなディオの画像が記録されてました。

 

 

 


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