ウェスがジョセフの家に居候を始めてから数か月たった11月の秋、俺はレオーネに呼び出されて再びアメリカの地を踏んでいた。
自宅の固定電話にかけてきた彼は、世間話をしながら遊びにおいでとだけ俺に伝え、それ以上何も言おうとしなかった。
ジョセフの家を訪ねるとそこには俺を呼んだレオーネだけでなく、承太郎と車椅子に乗った右目に眼帯をした銀髪の男がリビングで待っていた。
「久しぶりだねヘーマさん」
「元気そうでなにより。……ウェスの様子はどうだ?」
「随分安定しているよ。勉強も楽しいみたいだしね」
ウェスの居候当初に聞いた事だが、レオーネはSPW財団に関係するスタンド使い達の主治医のような位置にいるようだ。ウェスについても月に二回ほど、勤務地であるイタリアから飛んできては往診している。
彼も大概、ワーカーホリックと言っていい。
「お前に彼女ができないのは、忙しすぎるせいか」
「話題の転換がいきなりすぎだろ!? ほっといてよ!」
「あの承太郎でさえ結婚しているのに。レオーネは見目も性格もいいのに何故だろうな」
「俺が知りたいよ……」
哀しげに顔を覆っていたレオーネだが、しばらくすると顔を上げる。ヘーマさんとだと話がずれると、困ったように笑っていた。すまんな、反応が良くてつい。
紹介するよとレオーネは車椅子の男に視線を向ける。楽しそうにこちらの様子を見ていた男は、車椅子の車輪を操作して前に移動した。
「はじめまして。私はジャン=ピエール・ポルナレフ。レオーネ達の友人だ。君のことはいろいろ話に聞いているよ」
「はじめまして、中野平馬です。何を聞いたかとても気になるので、後でこっそり教えてくれるとうれしい。かわりに情報元の笑い話を提供しよう」
「それは楽しみだ」
にこやかに握手を交わす俺達を、承太郎とレオーネが嫌そうな顔で見ている。ほう、すでに妙なことを吹き込んでいる犯人が見つかったな。話をしたほぼ全員が該当するとは確信しているけれど。
ごほん、とレオーネが誤魔化すように咳をして、承太郎を見る。軽く頷いた彼は俺に向かってとりあえず座れと言ってソファーを指さした。
「今回、平馬を呼んだ理由は、ハルノについてだ」
思わず腰を浮かせた俺を承太郎が手で制する。まずは聞けということらしい。
ハルノの居所は、一年前に虹村の親父さんによって判明していた。健康的な顔色で学校の授業を受けている姿が映り、俺は安堵で胸を撫で下ろしたものだ。
ただ、どういうことか現地のギャングがハルノの周囲を保護しており、SPW財団の調査員が近づけず、レオーネも何かと牽制をされているとのことだった。
そこでレオーネは、財団とは関係の薄い俺に、ハルノに会いに行って貰おうと考えた。
だが、ポルナレフが見つかり事情を聞いたことでその計画を止めたそうだ。
ディオとの戦いの後、弓と矢の存在を知ったポルナレフは承太郎と共に矢の行方を追っていた。その最中に故郷であるヨーロッパで少年少女による麻薬の被害が急増していることを彼は知り、独断で調査に向かったそうだ。
そして麻薬を広めている組織――イタリアのギャングであるパッショーネだと特定した。
しかしパッショーネはその組織力でポルナレフとSPW財団との連絡方法を絶ち、彼を完全に孤立させる。そして一人の男によってポルナレフは両脚と右目を失う重傷を負うことになった。
男はパッショーネのボス、ディアボロ。赤い髪の当時二十代前半程の男だった。そして戦闘に長けるスピード自慢のスタンド『シルバー・チャリオッツ』でもはねのける、強力なスタンドを持っていた。
「奴との戦いでその能力を私は確信した。ディアボロは『時を飛ばす事』ができる」
『――ほう』
ポルナレフの静かな声が部屋に響いた直後、耳に届いた面白がるような聞きなれた声に、ポルナレフが身構えるのを俺は見た。声の方向を見上げてみると、大人の姿のディオが不敵な笑みを浮かべている。
「DIO……!」
『久しいな、ポルナレフ。お前ほどスタンドの操作に長けた男を、そこまで追い詰めるスタンド――非常に興味深い』
「……褒め言葉として受け取っておこう」
『なに、実際に褒めているのだぞ? 時を飛ばす、か……なんとも不可思議な言葉だな。これは推測だが、飛ばされてしまった時を私たちは気づけず、本体だけが自由に行動できる……このあたりの能力ではないか?』
「――その通りだ。奴のスタンドで飛ばされた時間も、私たちはそれぞれの行動を取っている。ただ、その間を知覚できず――奴にかすり傷ひとつ負わせられない」
ポルナレフの言葉にくつくつと笑うディオ。どうやら研究心が疼いて仕方がないようだ。機嫌の良い彼はちらりと俺を見るとニヤリと笑い、キャンバスの中に戻っていった。
うわ、なにか企んでいるぞあいつ。
自分と同じ、時に関するスタンドに興味を持つことは理解できるが、相手はギャングのボス……研究させて欲しいと願っても絶対に首を縦には振らないだろう。
俺のピクテルで奪ってもスタンドは使えないからな、と考えたところでプッチの顔が浮かんだ。
「平馬、顔色が悪いがどうした」
「おれ…………がんばる」
「ちょっと目が虚ろで怖いよヘーマさん」
声を掛けてくる承太郎やレオーネはプッチの能力を知らない。知っているのは俺達三人とウェス、そしてジョセフだけだ。他人のスタンドを取り出し、別の者をスタンド使いにできるという能力は、知れば誰もがプッチを狙うだろう。
今は悪用しないと宣言しているプッチだが、誰かにそれを強要されることは考えられる。
故に知る人間が少ないことに越したことはなく……ディオの企みを察しても俺は言葉を飲み込むしかないのである。
……後でジョナサンに相談しよう。
「続き、話してもいいかい?」
「うちのディオが遮ってすいません。さ、どうぞ」
ポルナレフの声に俺は我に返り、自分の両頬を叩く。それを目を細めてみていたポルナレフは何かを言いかけて口を閉じ、ふっと笑った。
しかし彼が口を開こうとしたとき、玄関の方向からにぎやかな子供の声が響いてきた。
「今はここまで、だな。夕食の後にでも続きを話そう」
ポルナレフの提案に一同は頷き、お茶でも淹れようかとレオーネがキッチンへと歩いていった。
俺もピクテルのスケッチブックからお土産の菓子折りを取り出し、勝手知ったる他人の家、キッチンから深めの大きい皿を借りてクッキーをその中に入れた。
レオーネの淹れた紅茶を飲みながら、なかなか子供たちがこちらに来ないなと疑問に思って様子を見にいこうと俺は腰を上げる。
リビングのドアまであと四歩のところで、勢い良くドアが開いた。うっわ、危ない。
「あ、ヘーマパパ」
「やあ、徐倫。お邪魔しているよ。さっきからどうしたの、妙に騒がしいけれど」
「えーと……ウンガロに彼女ができたの」
「ほほう」
それはそれは。面白いことを聞いた。
視界の端で、レオーネが愕然とした表情を晒しているのが見える。後で飲みにでも誘おうかと考えている俺の前で、徐倫がもじもじと手を遊ばせていることに気が付いた。
「あ、あのね。私、も……ボーイフレンドができる、かも」
ガシャン、と何か割れるような音が耳に届いたその時、俺の意を受けてピクテルが成人バージョンでジョナサンとディオを出した。
「任せた」
『仕方がないなあ』
『愉快だから構わん』
俺は徐倫を抱えると、リビングのドアを開けて廊下へと出る。ドアを閉める瞬間に振り返ったとき、幽鬼のようなオーラを纏う承太郎と、実に楽しそうなディオが対峙している姿がチラッと見えた。
よーし、足止め頼んだぞ二人とも。
「ヘーマパパ?」
「ちょっと外で続きを聞かせてくれるかな。お庭でいいから」
「……? うん」
リビングの中から聞こえてくる音を、徐倫の耳を手で塞いで遮り、きょとんとした顔の彼女を玄関へと誘導した。
*
夕食の後に俺がポルナレフらに言われたのは、けしてギャングに関わるなということだった。
此方とて関わるつもりはない。無事にハルノに会えたのなら、お世話になっているギャングの人たちには挨拶をしようとは考えていたが。
思考が読まれたのか、三人から疑いの視線を貰う俺……勘が鋭いな。
「大丈夫だ、なんとかする」
「それ、関わることが前提だよな」
「積極的にはいくつもりはないぞ……ただ、俺はスタンド使いだからな」
「だから、気をつけろと言っているんじゃあねえか」
承太郎が唸るような声音で言う。真っ直ぐな緑の目は、ディオを封じたときと何も変わっていない。
心配してくれるのは分かるが、何しろ今回はディオが研究用スタンド欲しさに件のボスを浚いかねない。ピクテルも喜んで協力するだろうから、ジョナサンと俺でどうにか止めないと……。
「関わった時のことを考えていたほうが、二の舞は防げるだろう」
じっと見返す承太郎の目から視線を逸らさすに俺は断言する。しばらく時間が過ぎたのち、承太郎はため息をついた。俺はそれを了承と受け取り、にっこりと笑う。
「確実に連絡が取れる手段……心当たりはあるか?」
「ああ……この子を使う」
ピクテルがスケッチブックから取り出した『この子』を、俺は腕に止まらせる。
まるまるとした目が、キョロリとその場にいる全員に注がれる。
「ヘーマさん」
「ん?」
「本気?」
「勿論だ。ロマン溢れる通信手段だろう。ハトも良いけれどやっぱりフクロウが」
「うん、ヘーマさんがそれでいいならいいや」
フクロウゴーレムの羽根を撫でながら熱が入ってきた俺の声を、レオーネが投げ遣りに遮った。
良い手段だと思うけどなあ。