彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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第七章 絡まる運命
邂逅する先触れ


 

 

 ナポリの港についたあと店で食料品を数日分購入し、俺が運転するレンタカーで異国の道路を走る。正式に借りることによって足がつきやすくなるが、背に腹は代えられない。行き先が固定された電車や飛行機内の狭い場所で、追手と対峙するよりはマシである。

 

 俺はバックミラー越しに後部座席に座るトリッシュを盗み見る。気晴らしの為にか車外の移り変わる景色を眺めている彼女は、わずかに潜めた眉から内心の不安がうかがえる。

 

 

『ヘーマ、これからどうするつもりなんだい?』

 

「最終的には、海外へ一時的に脱出かな。俺の滞在可能日数、後半月だし」

 

「国から出るの? あたし、パスポートを持ってないわ」

 

「作ってもらっているよ。急ぎでと伝えているが、それでも時間はかかると思う」

 

『つまり、それまでは逃げ回ると』

 

「そういうこと」

 

 

 イタリアは他組織もあるとはいえ、パッショーネの根城だ。トリッシュの身柄を求める者がいる限り、イタリア国内に彼女の安息の地はない。

 

 かと言って、トリッシュも慣れない海外生活などしたくはないだろう。

 

 本来ならばボスと対面で話ができればよかった。血の繋がった父親といえども、認知もしてないうえにトリッシュの後見人は俺だ。こっそり連れ出そうとせずに正当な対応をしていれば、話が決裂することもなかったかもしれない。後見人を殺していこうとしたあたり、可能性はとても低いけれども。

 

 

『ヘーマ、うしろから妙なのが来ている』

 

「妙?」

 

 

 ディオの声にバックミラーを見上げると、そこには一台のバイクが映っていた。ただし、運転している者の影はやけに小さく、顔も人の素顔とは言い難い。まるでお面をかぶったようだと、俺は顔をしかめた。

 

 

「スタンドかな」

 

『間違っていないだろうが、近づいてこんな』

 

『本体らしい姿もないし、偵察なんじゃあないのかい?』

 

 

 遠隔操作型なら可笑しくはないが、堂々とスタンドが姿を現していることが腑に落ちない。遠隔操作型は本体から離れて動かせる代わりに、パワーと耐久力がない。スタンドが姿を現すときは、大抵止めのときになるのだが……本当に近づいてこないなぁ。

 

 

『あれを偵察と仮定して、遠隔操作型はありえんな。本体との距離が離れすぎている……考えられるのは遠隔自動操縦型か。追跡だけなのか戦闘も可能なのかはわからんが』

 

「ずっと付きまとわれるのは面倒だな」

 

 

 どこで襲い掛かられるかもわからない状態は好ましくない。シートベルトを外し、ハンドルを助手席に座るディオに任せて運転席から後ろの座席に移動する。ディオが運転席に座ったことを確認してから、天板の窓を開いた。

 

 

「……なにをするの?」

 

「足止めかな」

 

 

 トリッシュに笑いかけてから、窓から顔を覗かせて追いかけてくるスタンドを目視で確認する。俺の姿に気が付いたのか、一定だった距離が徐々に短くなっていった。

 この光景って、一般の人にはどんなふうに見えているのだろう。恐らくひとりでに走るバイクとかで、ホラースポットにならないと良いがこの道路。

 

 俺はピクテルから受け取ったものを、追手のスタンドへと広がるように投げつける。スタンドは驚いた顔でそれに絡まり、バイクは転倒して盛大にスピンをしていった。

 

 追手と俺たちの距離がみるみるうちに開いていく。

 

 

『――何をした』

 

「投網。想像以上に効果があって俺もびっくり」

 

 

 投げつけたのは、ロープが素材の網だった。網を投げたのは初めてだが、うまい具合に絡まって何よりだ。俺は漁師も向いているかもしれん。

 

 スタンドとバイクの姿が遠くになってから、窓から出していた頭を引っ込める。

 

 

「これで少し時間稼ぎが」

 

 

 助手席に座りシートベルトを着けようとしたとき、突然車体が後方に傾いて金属――恐らくフレームがアスファルトとこすれる不快な音が響きだした。

 

 

『後ろのタイヤがやられたな』

 

 

 車を止め、警戒を表すことなく堂々とドアを開けて降りるディオにつづいて、俺も車から降りて後ろに周る。車から距離を取りつつ確認すれば、後輪が二つともパンクして潰れていた。

 あたりを見回すが先ほどのスタンドの姿は見えない。しかし、パンクしたタイヤに四角い穴が開いているのを見れば、スタンドの仕業で間違いない。

 

 近くにいるのは間違いなく、その姿は見えない。どこかに隠れているのか、こちらを攻撃するつもりがないのかと首を傾げる。

 

 車が走行不能になり、ここに足止め、もしくは移動速度を低下させるのが目的か。

 

 ジョナサンと、彼に促されてトリッシュも車外に出てきた。ジョナサンは車から離れているようにと俺達に告げると、バックドアに手で触れる。

 

 

『ギャッ!?』

 

『ああ、やっぱりいた』

 

 

 車の車体からキューブ状にバラバラになりながらスタンドが出てきた。驚く俺の目の前で次第に一塊となったスタンドは、痙攣を起こしており動こうとしない。

 

 

『ジョジョ……波紋を車に流したのか』

 

『気配を感じてね。スタンドにも効果があるみたいだ……しばらくは痺れたままだと思うけど、近づかない方がいいよ』

 

 

 それ以前に俺とディオはスタンドに近づけない。痺れているということは波紋エネルギーがスタンド一杯に詰まっているということだからな。ひょいとつまみ上げるジョナサンから少しだけ後ずさった。

 

 

 捕まえたスタンドの大きさは、精々十歳位の大きさだった。子供の手足の長さでよくバイクを運転できたものだ。いや、この場合はバイクを運転できるほどの知能と自我があることに注目すべきだろう。

 

 自動操縦型にしては、非常に柔軟性が高い。追跡の続行が難しくなればすぐに次の方法を考え、足止めに移行するなんて、完全に個人として成立している。

 

 俺の『ピクテル・ピナコテカ』は如何に自我が発達していようとも、遠隔操作型だ。本体と感覚は同期している上に、スタンド自体の物理的な力は低い。

 

 本体に全く影響のない自動操縦型で、ここまでの思考の自由を得られる理由は一体何なのだろう。

 

 

 俺はスタンドをつまむジョナサンの足元に視線を下げた。

 

 

「……影があるな」

 

 

 ピクテルによって実体化しているジョナサンはともかく、追跡してきたスタンドも地面に影を浮かび上がらせていた。つまり、このスタンドは一般人にも見えるということだろう。実体があるからこそ車のバックドアに同化できたのか……詳しくはまだわからないが。

 

 

「ジョナサン、そいつは通信機を隠し持っていそうか?」

 

『いや、なさそうだ』

 

『ほう…直接本体と意思疎通ができるということか』

 

「少なくとも現在位置の把握と簡単な連絡はできるだろうな。そうじゃあないと、現在どの作戦が実行されているかが分からない」

 

 

 スタンドが通信機を持っていれば、本体との連絡する能力は無いといえる。持っていないからこそ、スタンドは黙ったままこちらを見ているのだろう。

 

 

「なあ、お前は話せるか?」

 

『……なんだ』

 

「よかった。聞きたいことがある……本体はパッショーネのボスの味方かどうか、だ」

 

 

 スタンドは俺の問いに黙り込んだ。本体が回答を拒否しているのだろうな。まあ、別に答えてくれなくても問題ない質問ではあるが。

 

 

「じゃあ次の質問だ――ボスの能力に興味はあるか」

 

『――本体からの質問だ、お前は知っているのかと』

 

「知らなかったら興味はあるかなんて聞かないさ。どうやら反骨心は十分にあるみたいだな」

 

 

 ボスの能力に興味を持つ……つまり、ボスの正体を知りたいと考えていることに他ならない。パッショーネは正体を隠す方針のギャングだ。活動を秘匿し、社会を裏から操ることを前提としている。

 

 予想ではあるが、ボスの正体についても同様なのではないだろうか。組織の名前を前面に売らない以上、ボスの正体が判明していることに利点は無い。むしろトップシークレットとして探ることすら禁止されている可能性がある。

 

 そうであれば、何よりも重要なボスの能力という秘密に興味を持つということは、ボスを害する意思があるということ。

 

 つまりこのスタンドの本体は、組織に対する裏切り者だ。

 

 なら俺が彼らが欲しい情報を与えることができれば、一時的に手を組むことすら可能だろう。

 

 

「交渉をしよう。後を付回されるのは苦手なんだ」

 

『――内容は』

 

「こちらの要求はトリッシュや俺たちを襲わないこと、提示するのはボスの名前及び年齢や背格好……そしてその能力だ」

 

『――何故お前はそれを知っている』

 

「知人がボスに襲われてね、奇跡的に生き延びたその人物から聞いたんだ」

 

 

 ポルナレフが生き延びなければ、知る機会は無かっただろう。スタンドに向けて苦笑いを浮かべる俺をじっと見ながら、スタンドは時間をくれと本体の言葉を伝えた。

 

 

「かまわないが、生憎ボス側からも追いかけられているからな、それほど待てないぞ」

 

『――二十分だけだ。そのスタンドを通して連絡する……以上だそうだ』

 

「二十分か……まあ、見晴らしもいいし何とかなるかな」

 

 

 本体の伝言を伝えきったのか、黙ってしまった追跡してきたスタンドを、ジョナサンに降ろすように言う。地面に座り込んだスタンドは、まだ少し身体が痺れているようだ。

 

 

「食べ物は食べられるか?」

 

『……可能だが、それがどうした』

 

 

 俺の問いに訝しげな顔をするスタンド。そうか、飲食可能か。それなら丁度いい。

 

 

「今から昼ごはんだ、お前も食え」

 

 

 ピクテルが取り出したサンドイッチを差し出すと、スタンドは呆気に取られた顔でそれを受け取った。

 

 

 

 


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