彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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恐喝

 

 昼飯も済んだ二十分後、再びスタンドを通して本体の人物から連絡があった。スタンドに車を修理させるから、近くの町の、最初の駐車場まで移動してくれとのことだった。

 

 対面で真偽を確認しようとしているのだろうが、非常に罠っぽい。胡散臭い。偵察と対象の現在地を固定することに止まった小柄なスタンドとは違い、次は戦闘を覚悟しなくてはならないだろう。

 

 しかし、このままここに留まることも、別の追っ手に追いつかれるだけだ。

 

 

「スタンドによる戦闘慣れの差かな、後手後手だ」

 

 

 愚痴る俺にジョナサンが苦笑する。

 

 

『僕達も単純な格闘戦では、早々劣るつもりはないけれど、スタンドはその能力で状況をひっくり返すことができるからね』

 

『相手が自らの領域に引き篭もるというのならば、引き摺り出せばよかろう』

 

 

 力尽くでな、と口を吊り上げるディオは非常に頼もしかった。よっ、頼りにしてるぞ悪のカリスマ。

 

 ディオの大きな手が、俺の顔を覆うように掴む。

 

 

「おい、何を……いだだだだッ!」

 

『何故か非常にイラついた。そら、だんだん力を込めてやろう、どの位耐えられるか実験も兼ねてなッ!』

 

 

 俺の内心の揶揄を察知したディオのアイアンクローは、ジョナサンが止めるまで続いた。

 

 何やってんだこいつ等、という小柄なスタンドの目が俺の心に突き刺さる。ヤバい、アホな状態が向こうにも筒抜けだ、と気づいた俺は落ち込んだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 日も傾き、夕焼けの眩しさにも目が慣れてきた頃、ようやく指定された町の駐車場へとたどり着いた。車を止めて、全員で外に出る。

 

 駐車場には俺達以外にも車が止めてあったが、近くの建物――おそらく休憩所だろう――で休んでいるのか人影はなかった。

 

 

「見えない、けどいるよな」

 

『こちらを窺っている奴らは三人か』

 

「――前から思っていたけれど、どうやってわかるんだ」

 

『視線と気配だが? 早くヘーマもできるようになれよ』

 

『興味があるみたいだから、訓練内容を練っておくよ。頑張ろうね』

 

「あれぇ、藪蛇だった……!」

 

 

 さらりと修行内容が追加されることが決定し、俺は戦慄する。

 

 車の陰から広いスペースに出ようと進み始めたとき、車のミラーに人影が映っていることに気づいた。振り返った俺が見たものは、怪訝な表情から驚愕に変わった三人の顔。

 

 それの理由に思い当たる前に、トリッシュ達の姿は消え、日の暮れた駐車場に、俺は一人で立っていた。

 

 

 いや、正しくは一人ではない。

 

 

「おまえがヘーマ・ナカノで間違いないな」

 

 

 俺の前方に、黒髪を左右で分けて結んだ、細身の青年がバインダー片手に佇んでいた。

 

 

「おまえだけをこの空間に隔離した。俺の許可がなければ入ることも出ることも不可能だ」

 

 

 淡々と話す青年の顔には、まんまと捕まった俺を侮るような色はなく、ただ状況を伝えるだけにとどまっていた。

 

 そしてようやく俺は交渉に出遅れたことを悟る。

 後手に回っていることは理解していたが、こうもあっさりディオ達と引き離されるとは考えていなかった。

 

 さらに先ほどディオが言った「此方を窺っている三人」に目の前の青年が含まれていないとすれば。ディオ達は三人のスタンド使いに襲われうるということだ。

 

 

 つまり俺にとってディオ達は人質であり、ディオ達にとっても姿の消えた俺は人質となる。

 

 

 ――こういう勝負の場を経験したことはない。駆け引き自体を面倒くさいと考えていた俺が、初めて行ったのがディオの助命だ。

 あれは相手が承太郎だから成功しただけで、本来なら失敗していたはずだ。

 

 それに対して相手はギャング、こういう場はお手の物だろう。

 

 だが、間抜けな俺はともかく――“あの”ディオが俺に忠告の一つもせず、暢気に状況に流されるわけがない。

 

 

「不可能じゃあない」

 

「……なに?」

 

「許可を貰うまでもない、お前を倒せばここから出られるんだろう」

 

 

 彼等は俺の人質にはなり得ない。俺より遥かに強い二人が、人質になるはずがない。力尽くの交渉を先方が望むのならば、誘いに乗ってやろうじゃあないか。

 

 

「気がついていないようだから忠告してやる。この世界に入ることを許可されたのはおまえのみ、スタンドは外にいるぞ?」

 

 

 ああ、道理でピクテルが出てこないと思った。

 

 

「それに、向こうは動いたみたいだぞ」

 

 

 青年が指差す方向に視線を向けると、不自然な位置に鏡が立てかけてあった。其処に映っているものは外の世界。

 

 血肉に濡れた手をはらっているディオと、険しい顔で喉を押さえているジョナサンの姿――喉を見れば、まるで粘土をくりぬいたように四角い穴が空いていた。

 そして彼の手にはキューブ状の肉の塊……あのスタンドに抉り取られたのだろうか。

 

 あれでは息が出来ない、ピクテルにジョナサンの身体をしまうように伝えようとすれば、彼女は手早く彼をしまい込んだ。流石、仕事が速いぞピクテル。

 

 

「一人減ったか……どれだけもつか見物だなぁ?」

 

「ああ、減らされる前に俺もさっさと出ないとな」

 

 

 そうディオが、外の彼らの息の根を止める前に。

 

 ストッパーのジョナサンが脱落した今、あそこには我が道を行くディオとピクテルしかいない。俺の制止もないならば、ピクテルが自重するはずがない。

 

 襲ってきた彼らだけコレクションするならばまだいい、下手するとトリッシュまでドサクサに紛れて入れかねん。

 

 

 あー、でもそのほうが安全……いやいや、監禁はいかんよ監禁は。女の子相手に。

 

 

 足元に転がっている石を、青年に投げつけると同時に走り出す。青年の前に人型のスタンドが現れて手で石をはじくのを確認しつつ、拳を振りかぶった。

 

 

「スタンドに対して生身で何を……ッ!?」

 

 

 青年は迎撃しようとしたスタンドの拳を、手で受け止めた俺に目を剥いた。意識が逸れた隙にスタンドの顎目掛けて拳を振りぬいたが、防御されてしまった。惜しかった。

 

 

「何故本体がスタンドに触れられる……!?」

 

「スタンドが接近戦に慣れていないなら、工夫が必要だろう?」

 

 

 ひらひらとピクテル製のグローブを、見せ付けるように手を振る。俺の手を見て青年はスタンド能力か、と顔をしかめた。あの小柄なスタンドを通じて伝わっているようでなにより。

 

 

「ならば攻撃できないようにするのみ! 胸から上のみ許可するッ!」

 

「げッ」

 

 

 青年は懐から取り出した鏡を、俺に向かって投げた。慌てて避けようとしたが、掃除機に吸い込まれる埃のように、俺の身体が鏡にのみこまれていった。

 

 

 あ、あらー。見事に拘束されちゃった。

 

 

 鏡の落下に伴い、地面に打ちつけた肩が痛い。先日貫通した左肩じゃあなくてよかったけれど、動けない状態なのは変わりない。

 

 

 しかし、小さい鏡だというのによく俺の身体は通っているものだ。マジマジと胸の辺りを見ていると、ざりっと地面を踏みしめる音が近くから聞こえた。見上げれば手に布を持ち、何かの薬品を滲みこませている青年の姿。

 

 なにそれ、と小さく呟いた声を拾ったのか、青年は小さく笑って何だと思うと返してきた。

 

 

 意識を失うような薬品を、俺に使おうとしているように見えます。え、なに俺浚われるのか?

 

 

「拉致る為にも意識があると面倒だからな」

 

「そういうのはご遠慮いたします」

 

「……遠慮するな、薬品代はそれほどかからない」

 

 

 値段の心配はしてねえよ。

 

 

 必死で身体や顔を逸らせて抵抗するも、後頭部を掴まれ呆気なく口元を布で覆われてしまった。霞み行く意識をどうにか留めるために口の中を噛もうとしたが、顎をつかまれて防がれる。

 その際に口から息を吸ってしまい、急激に薄れる意識で俺が見たものは、驚いた顔の青年とぬるま湯のような暗闇、そして俺を覗き込むピクテルの姿だった。

 

 

 

 

 

 

『ヘーマは?』

 

 

 ディオは平馬を抱えたピクテルに視線を移した。だいじょうぶ、と口を動かした彼女に小さく笑みを浮かべる。足元に転がった三人の男を気にも留めず、ピクテルの傍へ一歩踏み出した。

 

 次の瞬間、破裂音とともにディオの頭に小さな穴が空く。延髄から額にかけて貫通した穴から、一筋の血が流れ出た。口の傍を通ったそれを舌で舐め取り、後ろを振り返ってディオは笑みを浮かべた。

 

 

 見るものを凍りつかせ、心を奪うような蠱惑的で壮絶な笑みを。

 

 

『予想より頑丈じゃあないか。成る程スタンド能力のみに頼っているわけではない、か……確かに君たちは実力があるようだ。私としたことがうっかり過小評価をしてしまったな』

 

 

 彼が振り返った先には立ち上がることはできずとも、ナイフや銃を構える三人の男達。其のうちの一人、スーツを身に纏った金髪の男が、銃を片手に苦々しく顔を歪めた。

 

 

「Mostro(化け物)が……ッ!」

 

「あー、頭を貫通してるってのによぉー……はは、マジモンじゃねーか」

 

 

 赤毛を刈り上げた男が引きつった顔で笑う。もう一人の頭頂部以外を剃った特徴的な髪型の男は、目を見張ったままそれ以上反応をしていない。

 

 ディオは一歩ずつ踏みしめるように男達に近づく。その姿を睨みつけながら、それでも三人の男達は逃げようとしない。

 ナイフを構え銃を構え、己がスタンドを構え……いつでも迎撃できるようにと痛んだ身体を動かした。

 

 彼らの様子を見て、ディオは興味深げに目を細める。

 

 

『……ふむ、このディオの力を存分に体感したというのに、逆らう気力があるか。このまま殺すのは簡単だが、惜しい人材だな。

 人殺しはヘーマも嫌がることだし……君達にはチャンスをやろう』

 

 

 

 私に服従して本懐を遂げるか、無残な意味のない死か――好きな選択肢を選ぶがいい。

 

 

 

 にたりと、闇が笑った。

 

 

 

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