彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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五日目

 今日は朝からゲーム三昧だった。

 

 初日から作業に没頭していたせいで一緒に遊ばなかったためか、それともルールが分からなかったのか……おそらく後者だとは思うが、手付かずのゲームが結構残っていたからだ。

 

 まずはトランプと彼らにルールを教え、やってみるとすぐに上手くなったのはやはりディオだった。本当に器用だなコイツ。

 

 ジョナサンはひたすら勘が良く、相手を騙すタイプのゲームは見破る確率が異様に高かった。

 

 必然的に俺がビリだよ……。

 

 

「弱いな」

 

「あえて口に出すとは流石ディオ。そこはそっとしておいてくれよ」

 

「他のゲームするかい?」

 

「お気遣いなくジョナサン。次は勝つ……!」

 

 

 連勝しているためか、単純に俺が弱くて面白いのか……ニヤニヤ笑っているディオを睨みつける。チクショウ、鼻で笑われた。

 

 

「では何か賭けようか」

 

「のった!」

 

「二人とも!」

 

「別に良いだろう、賭けられるものは限られている」

 

 

 なにしろ僕達は財布も持っていないからな、とディオ。財布以前に当時のお金貰っても俺は使えないぞ。

 劣化が少なくて偽物と判断されるだろうし、俺が持っている日本のお金を彼らに渡しても結果は同じだろう。

 

 

「よし、じゃあ俺は昨日買ってきたプリンを賭ける!」

 

「僕は負けたら紅茶を淹れてこよう」

 

「うーん、僕はヘーマが隠してたマフィンかな」

 

「いつの間に見つけてきた!?というかそれ俺のだろ!」

 

 

 ちゃっかり自分の賭け金にするとは、ジョナサン……侮れん。

 

 く、勝てば紅茶とマフィンで休憩タイムだ。頑張れ俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果、肩を落としながら昼ご飯を作る惨めな俺……。

 

 

 そんな俺を笑いながら見ているのは、戦利品のプリンを食べるディオと、マフィンを食べるジョナサン。

 

 何故勝てん……。

 

 

「ゲームの時は表情が豊かだね。全部顔に出ているよ、ヘーマ」

 

「分かり易すぎて少々飽きたな」

 

「なん……だと……」

 

 

 つまり俺は良いカモってことか。泣くぞ。

 

 茶碗にご飯をしゃもじで荒っぽくよそう。今日のお昼は鯖の塩焼きと肉じゃがだこのやろー。

 

 

「食後にもう一つゲームをしようか」

 

「また賭け金ありで?」

 

「もちろんだ」

 

 

 食べ終わったプリンの容器を持って、ディオが台所スペースへ入ってくる。ゴミ箱に捨てながらニヤリとディオは笑った。

 

 

「そうじゃないと意味がない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事の後の片付けも終了し、俺達はテーブルを囲んでいた。

 

 手に持つのは午前中と同じトランプ。結局トランプしかしなかったな、ゲーム。

 

 

 勝負するゲームは、大富豪。俺の勝率が比較的高かったからだ。

 

 

「じゃあ、始める前に賭けるものを決めないとな」

 

「それなんだが、今回は自分が出せるものではなく、相手に要求したいものを賭けないか?つまり、勝者が自分が欲しいものを手に入れるということだ」

 

「んー、別にいいか。ジョナサンはどう?」

 

「僕もいいよ」

 

 

 トランプをきりながらディオの提案に頷く。ある程度混ざったあと、カードを配りだす。

 

 

「僕の要求は『ヘーマもイギリスへ連れて行く』だ」

 

 

 手が止まる。ディオを見上げると真剣な表情で俺を見つめていた。

 

 

「い、けるかどうか分からないけど?」

 

「試してみないとわからないだろう。チャンスは恐らく一度限りだろうが」

 

 

 僕は失敗するつもりは微塵もない。

 

 かすれる俺の声が、ディオの力の篭った声に押しつぶされる。俺の主観になるが、その表情と声音には冗談と感じられるものが一切含まれていなかった。

 

 

「なら、僕の要求も同じだね。ヘーマ、君をジョースター邸に連れて行く」

 

「ジョナサン、まで……」

 

「僕は……いや、僕達はもっと君と話していたい。君が描く絵をもっと見たいし、君に紹介したい人たちがたくさんいるんだ」

 

 

 ジョナサンは俺の手をとり、力強く握り締める。

 

 

 はっきり言って、俺は混乱していた。

 

 俺がジョースター邸に行く?十九世紀のイギリスに?……なんの冗談だ。彼らがここに存在しているといっても、俺が彼らの世界にいく意味がない。

 

 

 

「俺の、要求は……二人が写真と俺の絵の手土産を持って、元居る場所に戻ることだ」

 

 

 なぜなら俺の世界はここで。彼らの生きる世界とは、文字通り住む世界が違うんだ。

 

 

 沈黙を返す二人。その表情は、目は、この五日間で見たことがないほどギラギラしたもので。納得していないことがありありと分かった。

 

 その証拠に、二人は要求するものを変えてこない。

 

 二人が勝てば、俺が負ければ――何が何でも連れて行くつもりのようだ。

 

 

「要求はそろったな。じゃあ、はじめようか」

 

 

 配り終えたカードを、そっと裏返す。

 

 

 

 

 

 

 そして、俺は一番に抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 不貞腐れて不機嫌な二人を宥めるのには相当苦労した。ディオは予想していたけど、ジョナサンまでああも頑なになるとは……。

 

 時刻はもうすでに午後二時五十分を回っている。初日に二人が家に来たのが三時ごろだそうだが、もし帰るとすればこの時間くらいだろう、と俺の勘が言っている。

 

 外れたときはそのときだっ!笑い話になるだけさ。

 

 

「ほら、これお土産用のクッキー。昨日焼いた残りだけど食べてな」

 

「……」

 

「絵も持って行けるかわからないけど、しっかり抱えとけよ」

 

「……」

 

「二人とも返事しろよ」

 

 

 まさかの無視です。どうやらまだ納得していないようです。これは一発拳骨でもプレゼントしたほうがいいんだろうか?

 

 

「……ヘーマも」

 

「ん?」

 

「ヘーマも、ちゃんとご飯食べないとだめだよ。絵ばかり描いて、食事の時間を忘れないようにね」

 

「いや、あれはあの時だけ」

 

「忘れないようにね」

 

「わかりました」

 

 

 呟くような声音で、ジョナサンが俺に注意をするが、正直物申したいんだが。実際に言ったが目が反論は許さないと告げていた。前半の無邪気な少年は何処に。

 

 

 次はディオかなー、とちらりとそちらに視線を向けると、睨みつける眼光と交差した。

 

 

「って、痛い痛い左手がつぶれるゥッ!」

 

「フン、軟弱だな」

 

「握力勝負ならともかくお前掴んでるの手首だからな!?早く離さないと捻り返すぞゴラァ!」

 

 

 本当にコイツは、暇さえあれば俺を罵ったり苛めたりこうして攻撃してきたり……お兄さんそろそろ本気で泣くよ?

 

 ようやく解放された左手首を揉んでいると、何かを顔に投げつけられた。おま……もういいや。

 

 投げられたのはハンカチだった。端のほうにアルファベットで「ディオ・ブランドー」と刺繍されている。

 

 

「くれてやる。正直、僕達のほうが貰いすぎだからな」

 

「ディオがデレた」

 

「……妙に不快になったんだが、とりあえずつねっていいな?」

 

「ごめんなさいやめてください」

 

 

 力強く、そう、物凄く強く頬をつねられ、即効謝罪する。しまった、心の声が漏れた。いや、あまりの衝撃に自制心が吹っ飛んでいったぜ。

 

 

「僕もあげられたら良かったんだけど、ハンカチ持ってなかったみたいで」

 

「気にするなって。ジョナサンにはありがたい忠言を貰ったしな」

 

 

 しょんぼりするジョナサンの肩を叩きながら笑って言うと、一旦きょとんとした後にジョナサンは笑った。

 

 

 

「もうすぐだな」

 

 

 三時まで三十秒。

 

 

「ジョナサンは洋食でも綺麗に食べられるようになれよ。和食は大丈夫だったろ?」

 

「あはは、うん、頑張るよ」

 

 

 あと二十秒。

 

 

「ディオはそうだな、無茶はするなよ。何事も正道や王道が一番強いぞ」

 

「頭の片隅には残しておこう」

 

 

 あと十秒。

 

 

「それじゃあ、元気でな。風邪引くなよ」

 

「ヘーマも、元気で」

 

「……」

 

「ディオ?」

 

 

 あと一秒。

 

 

 ディオの右手が、俺の左手を素早く掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中には時計の秒針が時を刻む音だけが響く。

 

 そこに、俺一人が立っていた。

 

 

 

「本当に、三時だった……」

 

 

 人が二人減った空間は、俺の声がやけに大きく聞こえる。

 

 ソファーに腰を下ろしながら、右手に持ったハンカチと左手に残った手のあとを見た。

 

 

 アイツ、最後まで諦めてなかったな。

 

 

 残り数秒のときに掴まれた手。その前に掴まれたときよりも、ずっと強い力だった。周りを見ると、お土産代わりに渡した絵は消えている。クッキーも、三人で撮った写真も。

 

 

 なのに、俺はなんで。

 

 

「……あー、ちょっと行きたかったのか?俺」

 

 

 センチメンタルになった自分に苦笑いをするしかない。こちらから拒絶しておいて、実際は連れて行って欲しかったなんて……俺こそデレろよ。

 

 

 

 チャンスはもう通り過ぎてしまった。きっと二度と来ないだろう。

 

 

 俺はこの世界を選んだ。

 

 

 

「さあて、ディオの真似をして紅茶を淹れて……絵でも描こうかね」

 

 

 まだ明るい日差しが差し込むキッチンには、三人分の食器があって少し寂しいけれど。

 

 

 

 


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