「ここが、ウンガロのスタンド能力の世界、ですか」
「ああ……」
「なんというか……長閑ですね」
見渡す限り、色とりどりの花が咲いた花畑が広がる鮮やかな世界……周りを眺めるハルノの隣で、俺はこめかみをもみほぐしていた。
此処に来る直前に見えた、あの魔法陣に覚え間違いがないのならば……あれはウンガロの『ネバーエンディング・ストーリー』のもの。あらかじめ描き上げた絵本の中に、見た者を飲み込む能力だ。
そして絵本のストーリーをラストまで演じなくては、ウンガロが解除しない限りこの世界から出られない。前準備こそ必要だが、飲み込まれた相手の知らないストーリーであれば、脱出は不可能という凶悪な面も持つスタンドだ。
『お疲れ様、ヘーマパパ。迎えにきたよ』
空からウンガロの楽しそうな声が響く。視線が周囲から集まって、熱いと錯覚してしまいそうだ。そしてイタリア語を話せたんだな。
「ああ、ウンガロ……もう少し穏便な方法はなかったのか?」
『だって大所帯になってたからさ。窓ガラスは後で弁償するよ、レオーネ兄ちゃんが』
「OK出したのはあの馬鹿か……まったく」
『いやあ、サプライズって楽しいよなッ!』
見事ないたずらっ子に育ったウンガロに、目元を手のひらで覆う。なるほど、ウンガロ単独だと兄としてのストッパーが効かないのか。
普段はドナテロ達のフォローに回っているから、お父さん全く気付かなかったよ。
ウンガロ曰わく、纏めて移動させるためらしい。例え敵対していても、ウンガロのスタンド能力に捕らわれていれば、拘束も容易いからだと。
効果は分かるが、心臓に悪いので出来れば控えてもらいたいです。
説明しろと視線で訴えてくる彼等に、敵襲ではないことと、移動中であることを伝える。それまで各自寛ぐようにと言えば、若い面々から暇だと訴えられた。
うむ、俺の体調が万全であれば、カードゲームやスポーツなどの遊具を提供するのだが。
悩んでいると、ウンガロが新作のアトラクションで遊ばないか、と提案してきた。
折角なので、強引に若い組を送り出すことにしよう。
『そうだ、賞品はヘーマパパの描いた原画にするよ』
「絵? おいおい、そういうお行儀よさそうなもんじゃあなくてさ、もっと……」
『最低価格五万ドル、リラだと八億以上はするかな』
「おい、やろうぜ、なッ! フーゴもいくぞッ」
「引っ張らないで下さい、ミスタ」
効果は抜群だ。
いやいや、それよりもだ。俺の絵、そんな高値で売買されてんのか。五万ドル……約五百万円か。イタリア・リラは安いから金額がとんでもなく思えるな。八億って。
『ヘーマパパの絵はアメリカの富裕層に大人気だから、もっと上がるよ絶対。さっきの値段はあくまで一番最初の価格だから』
『ふむ、購買層をジョセフの繋がりで広げた甲斐があったようだな』
『応接室の壁に絵を飾ったりね。仕事させて貰えないからって、完全にマネジメントへ熱中してるもんな』
老後の楽しみでマネジメントされているのか俺は。
賞品に釣られた年下組を抑える成人組も何名か参加し、出てきた扉をくぐっていくのを見送れば、草原には俺とディオとトリッシュ、ブチャラティとハルノ、フードの男ことリゾットと金髪でスーツの男ことプロシュートが残っていた。
よし、いい感じにメンバーを絞れたぞ。流石に人数多すぎて、話し合いには向かなかったからな。
しかし、賑やかし要員が不在の現状、ものすごく空気が重い。しまった。これはさっさと話し終えたほうがよさそうだ、主に俺の胃の健康のために。
「それじゃあ、これからのことについて話し合おう……って言いたいが、君らはボス、ひいてはパッショーネという組織自体をどうしたい」
視線が集まったことを確認して、俺は自分が考えている内容を口にする。
俺たち、元はといえばポルナレフだが、元々彼がパッショーネに敵対する原因となったものは、麻薬が故郷に蔓延していたからだ。
それさえなければ、イタリアの秩序の一角となる、パッショーネにそれほど敵意を持っているわけではない。その国によって特色は異なるものであるし、あえて乗り込んでいく理由もない。
ただ、ボスに関してはトリッシュが関わるため、どうにか話し合いの場を作らねばならないだろう。
リゾット達の目的はボスの抹殺と組織の乗っ取りだ。元はといえば碌な報酬を渡さなかったボスへの不満があり、チームのメンバーを惨殺されたこともあって、ボスに対する負の感情はとても強い。
組織自体は特に不満はないようで、麻薬に対しても特に変えようとする意識は低いようだ。
ブチャラティ達は子供にも麻薬が広まっている現実に心を痛めており、ハルノのチーム加入をきっかけに組織での地位の上昇を目指したらしい。ボスについては思うところもあるものの、必ず殺すというほどではなく、いつか街に広まる麻薬を撲滅するのが目的のようだ。
こうやってそれぞれの目的を並べてみると、噛み合っているような違うような。どうやって目的をすり合わせようかと思案していると、リゾットが口を開いた。
「俺達暗殺チームは、ヘーマ・ナカノの下につく」
ぽかんと口を開けた俺を一瞥して、リゾットはブチャラティに顔を向けた。
「一戦して、おおよその戦力は把握している。仕留められないことはないが、仕留めた先を想像すればヘーマ・ナカノの下についたほうがいい。チーム全員、納得している」
『ほう……私に下るのではなくヘーマを選んだか。鼻が利くな』
「いや待とう。俺の下につくってなんだそれは。いったいどういう話し合いの元、そんなことになっているんだ」
『戦いの末私が勝ち、死か服従かを選ばせただけだが?』
いつの時代だ。
まてよ、暗殺を担っていたチームメンバーが俺の下に……つまり部下になるということは、いつのまにか、俺はギャングの一員に数えられてはいないか。唯の画家だというのに。
彼らがディオの部下になるのなら、この問題は発生していない――そのことに気づきディオの顔を見たとき、にやりと笑う彼の笑顔に、顔が引きつる。
こいつ、狙ってやりやがったな。
思えば、以前もディオは俺にギャングになれと提案したときがあった。今は戸籍と外見年齢がさほど乖離はしていないが、いずれ完全に人間の域を超える。俺と世界をつなぐ存在は、身内以外はSPW財団のみ。
今回そのSPW財団が一部とはいえ敵対している現状、乗っ取れそうな組織が目の前にあれば、目敏いディオは逃さないだろう。
異議あり、と訴えたい。
勝手にギャングにしようとするなとディオの頬をつねりたい。ストッパーたるジョナサンを出す余裕もないほど、力のない我が身が恨めしい。
ちくしょう、今度からは余裕を持って行動してやる、今に見ていろディオめ。
そう考えて、俺は全てを棚上げした。ああ、そうだ後にしよう。
遠くを見ていた目をブチャラティに移動する。目を伏せ、思案をしている彼の肩を、ハルノのまだ細い手が添えられた。じっと見つめるハルノにブチャラティは頷き、少し後ろに下がった。
一歩前に出たハルノに、従うような位置に。
まるで主役が交代したような光景に、ディオが喉で笑う音が聞こえる。ハルノは組織に入ってまだ数日もたっていない、それなのにブチャラティはまるでハルノをたてるようにそっと後ろに佇んでいる。
人たらしの才能は、ディオ譲りかジョナサン譲りか……どちらにしろ、ハルノがハイブリッドなのは間違いないだろう。唯でさえジョースターの一族は優秀なのに、ディオ要素まで入るとなると、末恐ろしい。
ウンガロ達も多数を率いることはできなくはないが、どちらかというと個人の興味がある方向に突っ走る傾向があるので、リーダーはやりたがらない。現場向きともいえる。
それに対し、ハルノはどうなのか。
「僕の夢は、ギャングスターになることです」
まっすぐ俺の目を見つめる。
「汚職が蔓延るこの国じゃあ、正攻法では何もできない。裏を取り仕切るギャングになってのし上らなければ、子供に麻薬を売るような組織を、潰すこともできない」
爛々と、その目に野心の炎を灯して。
「僕は、ボスを引き摺り下ろし、組織を乗っ取り……あの街を奪います」
ク、と喉から音が漏れた。ククク、とディオも口をゆがませていた。先に笑い出したのはどちらだっただろうか、広い青空の下に俺とディオの笑い声が響いていた。
「似すぎ、似すぎだろう、コレ! どういうことだ、身体はジョナサンだったのに!」
『のし上がることが目的だと? フフ、お前は本当にジョースターの血を引いているのか、疑いたくなるほどだ!』
笑った。そして納得した。ハルノは兄弟のなかで一番ディオに似ている。彼の素質を存分に受け継いでいる。広い視野で物事を捉えることができる、組織の上に立てる人材だ。
元々ディオにもその素質はある。ただし、ジョナサンに対するコンプレックスと対抗心で、目先の物事しか見ないようになっていたが。
「そうか、夢か――それもいい」
危険きわまりないことだが、止めることはしない。
しかし……もう一人聞くべき相手がいる。
「トリッシュ、君はどうしたい」
俺の問いに、彼女は目を瞬かせた。
「君が望めばボスにもなれるぞ」
「冗談……じゃあないのね?」
もちろん本気だとも。俺はトリッシュに向かって笑みを向ける。彼女は困惑と呆れが混ざった表情を浮かべている。
「向いているとは思えないわ。あたしはただの女の子よ?」
「あんなパワー型のスタンドでただの女の子とは言えな……くはないな、うん」
背筋が冷える微笑みから逃げるように目線をずらす。ほ、ほら微笑みひとつで相手を威圧できるなんて、ものすごく向いていると言えないだろうか。
目を合わせようとしない俺に延々と視線を向けていたトリッシュは、何かを思いついたようにニンマリと笑う。
「ヘーマさんはあたしの後見人、つまり保護者よね」
「あ、ああ、そうだが」
「未成年のあたしにとって、義理の父親とも言えるわよね。
なら、ボスがヘーマさんなら……娘のあたしは後継者にはなるわね、パパ?」
はい?
「ああ、それだと僕も候補になりますね、ヘーマパパ」
なんですと?
ニヤニヤ笑う娘の言葉に怯んでいれば、援護射撃とばかりに息子の言葉。なぜそうなる。
リゾットが少し口の端を吊り上げ、頷いた。
「成る程、秘密主義故にボスの素顔を知る者はほぼ存在しない。成りすますことは可能ではある」
「俺の顔を幹部の爺さんが知っているが」
「それは問題ない。正体を隠すためだったとすればいい。ペリーコロを生かした理由を、部下を反乱で失わないためと言えば……参謀の独断だったと」
正体を隠し、参謀を通じてパッショーネをまとめていたボスだが、ある日自分が命じた内容とは異なる指令が、部下達に与えられていることに気付いた。
組織の利益になるからこそ黙認していたボスだったが、組織の中で娘の存在が露わになってから、覚えのない指令が降りた。
娘の護衛だ。
すでに娘と暮らしているボスがそんな命令を下す筈が無く、すぐに参謀の裏切りに気づいたボスは、娘を守るため追っ手に自らの正体を明かし、参謀を捕らえるべく動きだした。
「シナリオとしてはこんな感じかしら」
「なんだか凄いプロローグに……」
映画の予告のような内容に引きつる俺。地味に俺が後見人になれた理由が補完されていて、真実味が増しているのが憎らしい。
「これでバックストーリーも完成しましたね」
「楽しそうだなぁ、ハルノ……」
「そりゃもちろん。折角、妹ができたんですから、可愛いお願いくらい叶えてあげないと」
「キャーッ、兄さんステキ!」
俺をボスにさせることを可愛いお願いとは断じて認めん。仲良くなってくれるのは喜ばしいのだが、どうしてこう、俺の外堀を埋めてこようとするのか。
良い顔のディオがとどめとばかりに肩を叩き、俺はうなだれて了承するほかなかった。