彩る世界に絵筆をのせて   作:保泉

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祭りは終わった

 

 

 広い応接間のソファーの上に、死屍累々の男達が転がっていた。

 

 シーザーの家……規模は屋敷に着いた俺達だったが、ウンガロのドキドキアドベンチャーに参加した面々が精神的な疲労を訴え、呻き声を上げている。

 勿論、原因はウンガロの設定した内容である。

 

 普通のアドベンチャーものにしておけばよいものを、彼はよりにもよってジャパニーズホラーのテイストを盛り込んだ。迫るクイズのリミットと薄笑いする亡者達。屈強な精神を持ちながら、じっとりした粘度のあるホラーに耐性のないイタリアーノ達は、揃いも揃って疲労困憊だった。

 

 

「目が、目が俺を見て……ッ!」

 

「落ち着けペッシィ……ッ! いつまでビビってんだ」

 

「足寄越せって追いかけてくんだよッ、なんでジョルノ来なかったんだよお前ッ!」

 

「ナランチャ、それはきっと、足をあげても命を寄越せって言われるパターンですよ」

 

 

 どうやら一部の少年達が、しっかりトラウマを植え付けられたらしい。

 やり過ぎちゃった、と頬を掻くウンガロの頭上に、シーザーが無言で拳を落とした。参加しないで本当に良かった……。

 

 

 

 

 *

 

 

 

「さてヘーマ。何度、怪我をするなと言い含めれば良いのか検討もつかないが……説教は後に回すとして、今の怪我についてどうにかしよう」

 

 

 優雅に紅茶を飲むシーザーから迸る怒りのオーラに目を泳がせ、俺はピクテルを盾(人身御供)にする事を決めた。彼女を全面に出せばきっと逃げられるはず。首を振らないでピクテル、後生だから。

 

 

「あの子を呼ぶには色々と説明が面倒だ、代わりに治療もできる者を呼んでおいたぞ」

 

 

 ドアノブが回り、開いた扉から入室してきたのは、褐色の肌の少年だった。身形は良い。きちんとアイロンを掛けられたシャツとスラックス、その上にベストを着ている。

 丁寧に撫でつけられた髪なども含め、一言でまとめるなら少年執事だろうか。

 

 

「お久しぶりでございます、DIO様。他の皆様はお初にお目にかかります。私、この屋敷にて執事見習いをしております、マニッシュ・B・ダービーと申します」

 

 

 少年執事こと、マニッシュ君は丁寧に一礼をする。見たところ、ウンガロ達と同じくらいの年齢だろうか。

 いやまて、ツッコミ所はそこじゃあない。ダービー、だって?

 

 

「もしかして、テレンスの」

 

「そのとおりでございます。テレンスは私の養父、DIO様方がエジプトの屋敷にお戻りになる前まで、私は養父に師事を受けておりました」

 

 

 俺達と入れ替わりで奉公先をツェペリ邸に変更したらしい。テレンスも水臭いな、息子がいるなら紹介してくれればいいのに。

 

 

「マニッシュは優秀な執事見習いだけど、スタンド能力も優秀なんだ。彼の能力でヘーマさんの治療をするよ」

 

 

 何故かにこやかな顔のレオーネの隣を見れば、いつぞやのメカニックなデカい蜂。

 咄嗟に身体を伏せた俺の予想通り、先程まで頭があった場所を蜂が通り過ぎた。

 

 

「あ、こら。なんで避けるかなぁ」

 

「どうして毎度顔面を狙ってくるッ!」

 

 

 狙うポイントが急所すぎて、つい避けてしまうだろうが。

 

 袖を捲って腕を出せば、レオーネはしぶしぶ蜂の針を俺の腕に刺した。

 

 途端に霞み出す意識。朦朧とした状態で、ディオの腕が俺の背中を支えるのを感じた。

 

 

『夢こそマニッシュの領域だ。安心してそのまま眠れ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつけば、目の前にジェットコースターやメリーゴーランドが建ち並んでいた。俺はそれをぼんやりと見上げ、正面に立つ人影から視線を故意に反らしていた。

 

 

『ラリホ~ッ! ようこそヘーマ様、夢の世界へ。風船あげましょ~か?』

 

「いりません」

 

 

 ピエロのような浮いているソイツから、一歩後ろに下がる。だって鎌持ってるし、同じ仮面でもピクテルより禍々しいし……あまり夜には会いたくない容貌だ。

 マニッシュ君のスタンドだろう、妙に軽い口調の死神は笑顔の仮面のせいか不気味だ。

 

 

『あらま残念。それでは早速、この瓶の中身をぜ~んぶ飲み干しちゃってちょ~だい』

 

「……この、緑色の液体は」

 

『ゲームでいうところの傷薬だよ~ん。ほらほら、ググッといってみよ~。ヘーマ様のカッコいいとこ見てみたい~』

 

「どこで覚えたそんな一気コール」

 

 

 渡された瓶を半目で見る俺に、ヘラヘラと笑う死神のようなスタンド。本当に傷薬なのか、どう見ても毒ですが。

 

 イッキ、イッキと煽る死神の声に背を押されて、怪しげな液体を飲み干した。これは……不味い、というか苦い。そして青臭いエグミが味覚と嗅覚を刺激して泣きたい。後味が悪いにもほどがあるだろう。

 

 

『これで傷もバ~ッチリ治ってますヨ~! 別に飲まなくても治せますけどネ』

 

「おい」

 

 

 様式美ってヤツだよん、と笑う死神に空の瓶を投げつけた。くそ、避けられた……ッ!

 

 

『おお、コワイコワイ。身の危険を感じちゃう! 治療も終わったことだし、本体に起こしてもらってね~』

 

「待て、一発殴らせ……」

 

 

 ひらひら手を振る死神に拳を握り締めたが、振るう前に意識が一瞬暗転し、回復した視界では天井を見上げていた。

 

 ……なんか、妙にムカつく夢を見た気がする。

 

 残った不快感に眉をひそめていると、ひょっこりと素顔のピクテルが俺の顔を覗き込み、ペタペタと触って何やら確認した後、キャンバスの中に俺を放り込んだ。

 小さい姿に戻された俺の身体はディオに抱えられ、服をめくられて胸の傷を確認される。次は背中とひっくり返され、体温の低い掌が肌を粟立たせた。つめてえ。

 

 

『傷ひとつないな。よくやったマニッシュ』

 

「光栄です」

 

 

 ピクテルが出したジョナサンに俺を渡し、ディオは笑みを浮かべてマニッシュ君を労う。

 綺麗に一礼する少年の横で、俺はシーザーによる念入りなチェックを受けている。もういいだろ、と拒否をすれば、彼はまだだと首を横に振る。

 ぽんぽんと背中をリズミカルに叩くんじゃあない、眠くなる……中身は成人した男だぞ。泣くぞ。

 

 シーザーにあやされる俺を何ともいえない表情で見ている、パッショーネの面々。さあ、俺をボスにする案を撤回するのは今だぞ。

 

 

「よし、しっかり治っているな。では、次に移ろう……ボスについてだ」

 

 

 計画変更の期待を込めた視線を贈る前に、シーザーが話を先に進めてしまった。ちょっとだけ待ってほしかった……。諦めてピクテルに大きい姿に変えてもらう。

 引き締まる室内の空気に彼は頷き、ウンガロに視線を移して呼んできてくれと頼んだ。了承したウンガロが部屋を出て行くと、シーザーは俺を呼ぶ。

 

 

「ウンガロがイタリアにいることが不思議だっただろう?」

 

「まあ、話を聞かれたんだろうとは思ったけど」

 

「その通り。盗聴されたんだよ……絶対に防げない方法で」

 

 

 困り顔で笑うレオーネの様子に、俺は犯人を悟った。ドナテロのアンダー・ワールドだな、盗聴方法は。会話の記憶を掘り出したか。

 となると、ドナテロとリキエルもここに来ているな。ウンガロが呼びに行ったのは二人のことか。話し合いから外しても、どの道聞かれて勝手に動かれるよりは、巻き込んでしまって目の届く所に居させた方が良い。

 ハルノが狙われたという前例もある、シーザー達の判断に、異論はない。

 

 パタパタとスリッパで走る音が部屋の外から聞こえてくる。ドナテロを制止するウンガロの声と、リキエルの笑い声。ついでに響いた鈍い音と、ドナテロの悲鳴……あの子達は何をしているのだろう。

 

 

『転んだね』

 

『スリッパで走るからだ。曲がりきれずに転がって壁にでもぶつかったのだろうさ』

 

 

 苦笑するジョナサンと、呆れ顔のディオ。俺もそう思います。

 

 

「いたた……」

 

「大丈夫、ドナテロ?」

 

 

 少しヨロヨロしたドナテロを、ウンガロが肩を支えながら扉をくぐる。微笑みを浮かべているリキエルと、オロオロした様子の赤い髪の少年も後に続いた。

 

 

「お待たせしました、リキエルです」

 

「ドナテロ、です……」

 

「ド、ドッピオです」

 

「改めて、ウンガロです。この馬鹿と黒髪は弟なんだ」

 

 

 にこやかに挨拶する彼等に、ああ、とかよろしく、とか返すギャング達。ブチャラティ達はともかく、リゾット達は意外にも、子どもは大丈夫だったりするのだろうか。プロシュートとホルマジオはわかりやすく面倒見が良いけれど。

 

 和やかにウンガロ達と話すハルノを微笑ましく見ていると、そっとレオーネが俺の側に近づいてきた。

 なにかと首を傾げていると、神妙な顔で彼はプラスチックのケースを差し出した。

 

 

 長い赤い髪の男の姿が透かして見える、DISCを。

 

 

「どういうことだ」

 

「あ……これマズ」

 

「何故これを持ってんだ? あ?」

 

 

 

 引きつった顔のレオーネの胸倉を掴む。少し締まっているのか、苦しそうな彼に向かってガンを飛ばしていると、制止に入ったジョナサンとシーザーに引き離された。そしてピクテルによって幼児の姿に戻される。

 

 

『抑えろ、ヘーマ。それともその顔を子ども等に見られたいか』

 

 

 大きい姿になったディオが、俺の目元を手で覆う。暗闇しかない視界で、ぐちゃぐちゃになった思考を一時的に放棄する。何に反応したのかわからない、暴力的な心を宥めるために。

 

 先ほどいた少年……ドッピオといったか、彼がディアボロなのだろうか。記憶を抜かれているのなら、此方に対して敵意を見せない理由にはなるが、どうもしっくりこない。

 ドッピオはどう見てもハルノと変わらない年齢だ、トリッシュの父親であるなら三十歳はいっているはず。あまりにも、若すぎる。

 

 

「ごめん、レオーネ。動揺した」

 

「いーよ、先に説明しなかった俺も悪いしね」

 

 

 視界を塞がれたまま謝れば、気にしてないと笑うレオーネの声。反射で波紋の攻撃をしてもおかしくないというのに、我慢してくれたのだろう。申し訳なくて優しさが痛い。

 

 今回の件にプッチが巻き込まれていることは明白だ。ボスの記憶を奪うことになった経緯も含め、しっかり聞かなくてはならない。

 

 

「だから全部吐け」

 

『ディオ、もう少しそのままでお願いするよ。まだ落ち着いてないみたいだから』

 

『わかっているさジョジョ。そらヘーマ、いつまで耐えられるかなァ?』

 

 

 ちょ、ちょっとまてディオ。脇腹は止めて、落ち着くから、故意にシリアス壊そうとするのは止めてッ!

 


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